<天真愛譚ANGELIC BULLET>

2009・7・7

 「天真愛譚ANGELIC BULLET」は、ガンガンパワードで2007年No.6(6月号あたりに相当)から開始された連載で、スクエニではよく見かける「天使(悪魔)試験もの」の作品のひとつとなっています。同時期のパワードでは、これに近い設定を持つ「ハザマノウタ」(介錯)という連載も開始されており、この「天真愛譚」とセットにして「天使もの2作品降臨!」というような告知文句も見られました。このような設定の作品は、新人の読み切りにも連載化作品にも頻繁に見られるのですが、なぜスクエニがこの手のマンガを積極的に採用するのかはよく分かりません。

 作者は壱河柳乃助。かつて、少年ガンガンで2004年から2005年にかけて「ファイナルファンタジークリスタルクロニクル」の連載を行っており、さらには、この連載の1年ほど前には、「ブレイド三国志」なる三国志ものの短期連載の作画を手がけています。そして、この連載とほぼ同時期に、この「ブレイド三国志」が本連載化して、以後長期連載となります。つまり、ガンガン本誌での本連載開始と並んで、パワードの方でこの「天真愛譚ANGELIC BULLET」を開始しているわけで、どういうわけかこの時期にひどく積極的に連載を打ち出しています。

 しかし、同時に連載というスケジュールが厳しかったのか、あるいは他に理由があるのか、なんとこのマンガ、途切れ途切れの連載でわずか4回の連載で立ち消えになっているのです。並行して始まった「ハザマノウタ」が堅調に連載を重ねていったのとは対照的に、まさに一瞬のうちに消えてしまいました。そのため、このマンガのことを覚えている読者はほとんどいないと思われます。

 推測するに、この壱河柳乃助にそこまで積極的に連載を持たせる意味があったのか、それが非常に疑問です。「ブレイド三国志」の方の連載も大規模で毎回ページ数が多いのに、それに加えてこちらでも連載をさせる。しかも、決して新鮮とは言えないありふれた「天使試験もの」です。さらには、1年前の「ブレイド三国志」の短期連載時には、とある問題を引き起こしており、その点でも一部読者の間で不信を招いた作家でもあったのです。ならば、そこまで無理をして連載させる必要はなかったのではないか。わずか2号で消えて後になって、そう思わずにはいられませんでした。

 しかし、今一度このマンガの数少ない話を読み直してみると、設定こそ新鮮味はないものの、ストーリーはかなり捻っていて面白くなりそうな期待もありました。しかも、ガンガンの方の「ブレイド三国志」の方の内容が、あまりにも奇天烈で不可解な怪作に終始しているので、むしろこちらの方が全然ましなのではないかとすら感じました。出来れば、こちらの方を連載した方が良かったのではないかとも思えてしまったのです。


・とにかく目立つ「天使(悪魔)試験もの」。
 それにしても、スクエニでは、このような「天使(や悪魔)が人間界に試験や試練を受けに来るマンガ」がやたら目立つような気がします。なぜこんなに多いのかはさだかではないのですが、読み切り作品・連載作品を問わず、しかも複数の雑誌で恒常的に見られます。

 特に多いのが新人による読み切り作品で、フレッシュガンガンや(かつての)ガンガンパワードなど、新人の読み切りを集めた雑誌においては、その中に大抵このような設定のマンガがひとつやふたつ見られることが多い。他にも、ガンガンWINGやGファンタジー、はてはヤングガンガンの方にまで同系の読み切りが見られます。もしかすると、新人の作家にとって、これは描きやすい定番のジャンルなのかもしれません。少女マンガ的な恋愛をベースにした作品から、少年マンガ的なバトルをメインにした作品まで、多少バリエーションに差はありますが、いずれも「天使や悪魔が試験のために人間を対象に何かを行う」ようなマンガ になっています。やはりスクエニ的新人には定番のジャンルなのか。あるいは他の出版社でもある程度似たようなマンガは見られるのでしょうか(少女マンガ誌には結構ありそうですが)。

 そして、読み切りだけでなく、連載マンガにもそのようなマンガがコンスタントに登場してくるのです。かつてエニックスの少女誌ステンシルが刊行していた時代には、そのようなマンガが幾たびか見られました。やはり少女マンガとは相性がいいようです。そして、同時期のガンガンWINGで、仲尾ひとみによる「がんばらなくっチャ!」という名物連載がありました。これも一見して少女マンガ的な作風にも見えるのですが、中身は決してそうでもなく、むしろ変人・変態が多数登場する破天荒なノリのマンガとして、多くのWING読者の話題となってしまいました。

 そして、ぐっと時代が下がった2007年のガンガンから、「紅心王子」という連載がスタートします。これは、悪魔の王子が人間の世界に試練を受けに来るという、まさにこの手のマンガの王道を行くような展開で、しかもガンガンにしては珍しく少女マンガ的なタイプの作品です。しかし、雑誌では異色ながら繊細な感性で描かれた優れた良作となっており、ガンガンでは異色の人気作となっています。

 そして、この「紅心王子」とほぼ時期を同じくして、このガンガンパワードの方で「天真愛譚ANGELIC BULLET」と「ハザマノウタ」という、同じく天使や悪魔(的存在)が登場するマンガがふたつも同時に連載開始。うち、「ハザマノウタ」は、試験というモチーフはなく、他とはややストーリーが異なるのですが、それでも天使と悪魔が競い合い闘い合うという設定には、やはり共通するニュアンスが感じられます。やはり、このような作品を、スクエニの編集部が、ひとつの定番路線として考えていることは間違いないでしょう。


・なぜ壱河柳乃助なのか。
 このように、同じような定番の設定とも言える作品が過去から幾多も見られ、正直なところ新鮮味に欠ける上に、壱河柳乃助を連載作家に起用したことも、大きな疑問でした。壱河さんは、まったく同時期にガンガンで「ブレイド三国志」の本連載版の作画を担当し始めたばかりで、これから忙しくなるだろうことは容易に予想できる作家でした。それなのに、なぜこの作家をガンガンパワードの方でも連載させたのか。もしかするとずっと前からこの連載の企画は持ち上がっていて、「ブレイド三国志」とは別のスケジュールでこの時期の連載が決まっていたのか。この可能性が最も高そうですが、しかし、「ブレイド三国志」の本連載化がこの時点で決まっていたのだから、こちらの連載は延期か取りやめにした方が良かったのではないか。そのように柔軟に対応していれば、こんなわずか2話で立ち消え(!)というような事態にはならなかったでしょう。

 しかもこの壱河さん、かつて一年ほど前に「ブレイド三国志」の短期連載版を4回ほど掲載した頃、ある問題(?)を読者との間で引き起こしていました。
 それは、「ブレイド三国志」という三国志ものの連載を始めるに際して、なぜか「(三国志の舞台である)中国が嫌いだが頑張ります」という不可解なコメントを残し、それが元で一部で大いに物議を醸し、自身のブログも更新されなくなりやがて閉鎖するという事態になってしまうのです。「中国が嫌い」という発言自体一見してよく分かりませんが、当時のブログを見る限り、彼はこの時期ネット右翼と化していたようで(笑)、中国や韓国をヘイトするような発言とリンクページの追加がふんだんに見られていました。そのような大きく歪んだ思想を抱いていたが為に、「(三国志の舞台である)中国が嫌いだが頑張ります」という意味不明な発言が出たのだと思われます。そのような作家を、ここまで積極的に採用するのは読者から見ればやはり不可解だったことは間違いありません。編集部としては、そこまで実力のある重宝すべき作家だった、ということでしょうか。しかし、このマンガがあっさり立ち消えになったことで、当時はまだ精神的に問題を抱えていてそれも連載に響いたのかな・・・と推測してしまいました。

 もっとも、今ではあれから数年の時が過ぎ、今でも壱河さんがネット右翼的な思想を抱いているのか、そこから脱却して正常に戻ったのかどうかはよく知りません。そのような思想からは脱却していることを切に望みたいものです。


・ストーリーの展開は興味深いものがあったのだが・・・。
 しかし、肝心の内容は、設定自体は本当に定番過ぎるものの、ストーリーの展開やキャラクターの描き方に中々のものが感じられ、むしろ期待できるところもあったと思います。もっとも、わずか4話で終了してしまったため、これからさらに興味を持てる展開になる前に、いきなり消えてしまっているのが残念でなりません。

 天界にあるマコノム天使学園という天使が通う学園。そこに通う「人間の魂を持った」天使であるアガペロという少年が、このマンガの主人公です。彼は、天使なのに人間の魂であるということで周囲から差別され、それを見返すために日々努力を重ねて首席の地位を堅持、今回行われる地上への”天務員”実地試験でも、トップクラスの成績を取って 天務員採用の推薦コースに進む権利を得ようと張り切っています。彼は、幼馴染で抜群の成績を持つフィリアという女の子に頭が上がらず、彼女に追いつくためにそこまで奮闘しているのです。

 そして、肝心の人間界での試験なのですが、人間の恋を成就させるという試験内容のはずが、なぜか人間の間で生活していた大悪魔・アスモデウスの恋の手助けをしてしまい、しかも人間の人妻との間に不倫の関係を成就させ、そのお礼に悪魔の力まで授かってしまうという、天使としてあるまじき行為を行ってしまいます。しかも、任務の最中に、人間界に降りていた元天使だというエロゼノという男と関わることになり、彼にその失態の一部始終を見られて脅され、所有物として扱われるという屈辱の事態まで迎えてしまいます(笑)。

 しかし、それでもアガペロはあきらめませんでした。エロゼノに対しても真っ向から啖呵を切り、もう一度天務員に向けて努力することを宣言。しかも、なぜか学園長がアガペロに対して好意的で、これまでのトップクラスの成績を大いに評価し、今回の試験の内容まである程度評価した上で、特別追試験を行うことをアガペロに告げ、前回の試験でなぜか生まれてしまった歪んだ恋愛感情を打ち消すいう課題を達成するために、再び地上に降りるようにうながします。そして、さあこれからまた地上でどんな出来事が待ち構えているのか・・・と大いに期待したところで、連載はいきなり途切れ途切れになり、最終的には立ち消え。これでは正直報われません。

 ただ、この冒頭のわずかな話だけを見ても、主人公の前向きでたくましい姿や能力、悪魔や他の天使が絡んでくる興味深い展開、エロゼノというすかした元天使の個性など、見所が多く、これから面白くなる可能性は十分あったと思います。唯一、相変わらず絵の仕上がりが雑でやや見づらいことが欠点ですが、これも許容範囲でしょう。もしこのまま連載を続けていれば、実は面白いことになったのかもしれないのです。


・「ブレイド三国志」よりもこちらを連載していた方がよかった・・・かもしれない。
 以上のように、この「天真愛譚ANGELIC BULLET」、「天使(悪魔)試験もの」というありふれて新鮮味のない設定で、しかも同時期に他誌(ガンガン)で連載を抱えている作家を起用するという、見るからに無理のありそうな企画で、当初からうまくいくかどうかかなり疑問視していたのですが、その結果は大きく的中したようで、それも予想以上に早い段階での立ち消えとなってしまいました。これは、比較的堅調だったガンガンパワードにおいては、珍しく数少ない失態と見てよいでしょう。
 複数の雑誌での同時連載だけなら、多くの作家が行っていて、そのいずれも成功させている人も珍しくありません。しかし、この壱河柳乃助においては、やはり荷が重すぎたようです。かつて問題を起こしたり、肝心の絵柄でも仕上がりが雑で見づらい欠点があるなど、いろいろと不安要素のある作家さんなので、その心配が如実に出てしまった形となったようです。

 しかし、肝心の作品の内容は、早すぎる立ち消えゆえに数少ない序盤の話からしか類推できませんが、それでもこれから面白くなりそうな興味深いストーリーを構成していたように思えます。基本設定自体はありきたりな感は否めないのですが、しかし実際に動くストーリーやキャラクターには見るべきものも感じられました。決して悪いマンガではありません。

 これならば、むしろガンガンの方の「ブレイド三国志」の連載よりも、こちらの方を連載した方が良かったのではないかとも思えます。この「ブレイド三国志」、冒頭でも書きましたが、とにかく当初から破天荒に過ぎるマンガとなっており、決して面白いとは言えない作品になっています。なぜかガンガンはこのマンガをやたら押しまくっていますが、このような不可解な三国志ものよりも、十分見込みのあるオリジナルの連載であるこの「天真愛譚」を優先した方が、はるかにいい選択ではなかったか。それに、このようなファンタジー設定のマンガならば、中国は出てきませんし、作者の思想的にも安心して制作に取り掛かれます(笑)。その方が壱河さんにとっても有効ではなかったか。

 正直なところ、このマンガを最初に採り上げようと思った目的は、凄まじい速さで消えていった作品をあえて掘り返してネタにすることだったのですが、実際に作品を読み返してみたところ、意外にも思った以上に読めるものだと感じてしまい、これは自分でも予想外の成果となりました。このマンガが本格的に連載されなかったことが、今となっては残念でなりません。


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