<トリフィルファンタジア> 

2009・11・5

 「トリフィルファンタジア」は、Gファンタジーで2008年2月号から始まった連載で、2009年10月号まで、1年半余り、合計で20回の掲載を経て終了しました。最初からコミックス2巻での終了が決まっていたらしく、1巻につき10話の話が収録されています。

 作者は夜麻みゆき。かつて、エニックス初期の頃からの人気作家であり、ドラクエ4コマで好評を博したのち、「レヴァリアース」「幻想大陸」「刻の大地」の3部からなるファンタジー作品がいずれも大ヒットし、特にガンガンで連載された3部作の総集編とも言える「刻の大地」は、長らく雑誌でも最大の看板作品のひとつとして、絶大な支持を集めていました。しかし、その「刻の大地」がGファンタジーへと移籍されて以降、極度の不振に陥り、連載が不定期になりやがて2002年の掲載を最後に中断、その後、まったく掲載が途絶えてしまったのです。そして、最後に掲載されてからもう5年近い年月が経過し、もう誰もがその復帰はないと思っていたころになって、まさかの復帰連載の告知がなされ、これは本当に多くの人を驚かせました。

 このとき、かつての多くのファンが「刻の大地」の連載復活を望んでいたようですが、残念ながらそれはかなわず、まったくの新作であるこの「トリフィルファンタジア」の連載が決定。久々に復帰された夜麻さんが描く新作がどんなものなのか、これにも注目が集まりましたが、それはほのぼのとしたファンタジーな世界観でのショートストーリーとなっていて、その優しい世界観と善き人々の姿、寓話的で考えさせるストーリー、コマ割りに代表される独特のマンガ表現と、どれも実に夜麻さんらしい作品となっていました。一方で、ページ数の少ない小編で毎回Gファンタジーの巻末に掲載されるなど、かつてのような大きな連載にはならなかったのですが、しかし夜麻さんが復帰されて新作が読めるというだけで、非常に高い価値があったと思います。

 連載はマイペースでゆっくりと進み、前述のようにあらかじめ終了も決まっていたようで、20話の掲載を経て円満の終了を迎えます。全体を通して、今のGファンタジー、もしくはスクエニでは異色の連載となったようで、これからこのような作品が登場するか、あるいは今後も夜麻さんのこのような連載が読めるかどうかは分かりません。むしろ、今回の連載は、「あの夜麻さんの復帰だから」という理由で特別に掲載が認められたような、極めて個性的で独創性の高い優れた作品になっていたと思います。


・「刻の大地」末期から「トリフィルファンタジア」への軌跡。
 夜麻みゆきさんは、元はドラクエ4コマでデビューした作家であり、その当時から相当な人気を博していました。その後、1994年からGファンタジーで「レヴァリアース」、同じくギャグ王で「幻想大陸」というファンタジーストーリーを手がけ、これがまず大人気を獲得します。そして、そのふたつの連載が終了した後、今度は2006年から少年ガンガンで「刻の大地」の連載を開始。この3つの作品は、同一の世界観で相互に密接に関係しており、この3つを合わせて「刻の大地三部作」と称され、かつてのエニックスでは絶大な人気を獲得しました。特に、ガンガンで連載された「刻の大地」の人気は高く、ガンガンでも最大の看板作品として長い間連載を続けました。

 しかし、2000年に入って、衝撃的な出来事が起こります。ガンガンで大人気だったにもかかわらず、突然Gファンタジーへと移籍させられてしまうのです。ガンガンの路線変更が大きな理由だと思われますが、この移籍には夜麻さん本人も相当驚かれたようで、本当に突然の出来事だったようです。そして、移籍後の「刻の大地」は、どういうわけか極端に調子を落とし、実質的な不定期掲載となり、2003年に入った頃には完全に連載が中断してしまいます。当時、一迅社のゼロサムの方でも「不思議の環〜RIDDLE〜」という連載を同時に行っていましたが、こちらもまもなく中断となり、いずれも完全に雑誌から消えてしまいました。そして、2005年になってGファンタジー上で「刻の大地」の連載終了が告知されてしまうのです。これは、熱心な読者に凄まじい衝撃を与えた出来事で、多くの読者の悲しみの声が聞かれました。そして、それ以降夜麻さんの動向は完全に途絶えてしまうのです。

 その後、もはや夜麻さんの存在も忘れ去られていた2008年になって、突如Gファンタジーでこの「トリフィルファンタジア」での復帰が告知されます。これは、かつての読者に非常な驚きを持って受け止められ、復帰を喜ぶかつての読者の声がネットの至るところで聞かれることになりました。このとき、かつての多くのファンが「刻の大地」の連載復活を望んだのですが、夜麻さんのコメントによれば、「もうあの作品は描けない」とのことで、それは多くのファンを残念がらせました。そして、この「トリフィルファンタジア」の連載は、かつての作品のようなファンタジー長編ではなく、ほのぼのした世界観での小さな物語となっていて、まるで作者自身が復帰の第一歩を踏みしめるかのような、のんびりした肩の張らない作品になっていたのです。


・まるで自分を癒すかのような、ほのぼのした世界の物語。
 そして、そんな経緯で始まったこの「トリフィルファンタジア」ですが、かつての連載で苦労した自分を癒すかのような作品となっており、どこまでもほのぼのした優しい世界を舞台に、人々の優しさが身にしみるような作品になっています。

 舞台となるのは、どことも知れぬ青い星、赤道近くにあるという砂漠の海、その中に佇む「オンファス」というオアシスの国家です。さらに、その町の片隅にある「猫の居眠り通り」にある小さなパン屋「トリフィル」が、主人公たちの暮らす家。ここに住む2人の姉妹・ルナとルチル、そして居候ジェイドの3人が、物語の主役となっています。
 まずは、この主人公三人組の、のんびりとした日々の暮らしにほんわかとします。姉妹は毎日おいしいパンを焼いて、町の人々にもおいしいパンは愛され、最近になって住み着いたという居候ジェイドとも三人で仲良く暮らしています。日々の穏やかな日常、そんな中に時に訪れる思わぬハプニングも驚き楽しむ、そんな平和な日々を丹念に描いているのです。

 この3人だけではありません。オンファスに暮らす人々は、誰もが屈託のないいい人ばかりで、時に訪れる外来の客や商人、そして人間とは異なる不思議な存在まで含めて、みなでこの平和な町のほのぼのした日々を作り出しています。オンファス独特の面白い習慣や風習、外来の商人たちからもたらされる珍しい物品、時に訪れる楽しい祭りやイベント、不思議な存在が住まう場所、そんなものがひとつひとつ丹念に描かれ、それぞれに練りこまれた設定があるようです。コミックス各話に「小さな物語の素描」と題して、そんなモチーフの数々が丁寧に解説されています。

 「小さな物語」とあるように、これまでの作者の作品、とりわけ「レヴァリアース」や「刻の大地」のような壮大な物語は、ここにはありません。平和な町の善き人たちが繰り広げる、ちょっと不思議で興味深いエピソードと、それからもたらされる日々の小さな幸せを、まるでいとおしいものを慈しむかのように、毎回じっくりと描いているのです。


・機知に富んだエピソードの数々。絵本のような寓話的な内容。
 しかし、毎回語られるエピソードは、必ずしも優しいばかりのものではありません。中には、ちょっと暗い話、厳しい話、怖い話、そして哀しい話など、読む者の心に何かを残すもの、何かを考えさせるものも、また数多く見られるのです。そして、そんな話でもその根底にはやはり善き人々の優しさがある。人間や世界のあり方をじっくりと語るその物語は、決してテーマを強く語る社会派の作品というわけではなさそうですが、間接的に人間や世界の本質を提示する、いわば「寓話」的な内容になっています。また、作品の絵柄・世界観がほのぼのとしていることもあって、一種の「絵本」のような作品だと感じる人もいるようです。全20話ある話は多種多様で、読者によってどの話が気に入るか、心に残るか、人それぞれの感じ方が如実に出てくるようなマンガになっています。

 わたしが特に気に入った話としては、まずは第六話の「目隠しの塔に禍が住む、のこと」でしょうか。目にしたものを不幸にする「禍(わざわい)」なる子供が、自らの力で小鳥を殺してしまったことを悲しみ、目に見えない塔にこもって1人寂しく住んでいたところを、ある月の夜の晩に訪ねてきたルチルに救われる、というお話。今まで心を閉ざしていた禍が、ちょっとしたルチルの行動で結果的に人を助けることになり、それで心を救われるという心温まるストーリーでした。最後にルチルに小鳥を描いた手紙が届くエンディングも美しい名エピソードだったと思います。その次の第七話「カゴの言うことは絶対、のこと」も、やはり人々の優しい心が全面に出たいい話です。

 その次に次にあたる第八話の「わたしとあなたはあらかじめ忘れられている、のこと」はちょっと怖いけど面白い話です。町のどこかにあるという「アーベイコーベイ」なる博物館を訪ねたジェイドが、不思議で実はかなり怖い目に遭うというお話。全部で4つの展示室があるこの博物館は、どの部屋に入っても不可解な目に遭い、訪れたほかの人は皆部屋に囚われてしまいます。どの部屋の仕掛けもいかにも機知に富んだもので、中でも「食事」の部屋で訪問者が逆に食べられてしまうくだりは、宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思わせるものもあるかもしれません。そんな中で、ジェイドだけは、なぜかメモに夢中で部屋の仕掛けにまったく引っかからず、最後に訪れた部屋では恐ろしい案内人に食べられそうになってしまいますが、それもかつてこの博物館を訪ねたルチルの行動が思わぬ形で幸いして、あっさりと解放されてしまいます。人間を捕らえる恐ろしい博物館の仕掛けと、なぜかあっさりその危機を切り抜けてしまうジェイドの幸運と、そのふたつが対照的に語られる面白いエピソードでした。


・独特のコマ割りに見られる凝ったマンガ表現も見所。
 そしてもうひとつ、そんな面白いエピソードを描く「絵」の表現にも見るべきものがあります。中にはオーソドックスな描き方をしているエピソードもありますが、大抵はさまざまな見せ方の工夫が見られ、毎回のように雰囲気の異なるエピソードになっているのです。

 中でも、コマ割りの表現には非常に気を使っており、様々な形の個性的なコマ、それを組み合わせた凝ったコマ割りでストーリーが構成されています。実は、昔から夜麻さんは、「レヴァリアース」や「刻の大地」の時代から、独特のコマ割り表現が随所に見られていました。今回は、ショートストーリー集という構成で世界の様々な側面を見せるという内容もあって、そんなコマ割りによる表現がさらに全面に出ているのです。
 具体的には、まず極端な形をしたコマが多い。縦や横にひどく細長い、極端な長方形をしたコマがその代表で、加えて時に円形のコマに何かを入れる表現も見られます。そして、そんなコマがいくつも時に重なりあうように組み合わさって、独特のテンポを持つストーリーの構成、そして独特の広がりを持つ世界観を実現しています。

 このような作画に関しては、コミックス1巻巻末の結賀さとるとの対談、および2巻後書きにおいて、その創作方針が示されています。これによれば、「コマ割のイメージは、全体と部分のバランス」と発言しており、まず最初に全体を意識し、そして全体と見開きを意識し、さらに全体と見開きと1枚を意識し、そして全体と見開きと1枚と1コマを意識すると。その1コマが全体の中で音楽のような流れで組み込まれているか、あるいは部分を全体に広げてリズムやテンポに気をつけているか、そんなことを考えているというのです。さらには、プロットを見て映画のような流れでイメージしたストーリーを、いかに二次元のマンガの中に落としこむか、それを考えるとも発言しており、1コマごとにシーンを前後の構成まで吟味して画面に当てはめていく、綿密な作業を繰り返しているようです。この創作姿勢には本当に感心してしまいました。


・これが今のスクエニで掲載されたのは奇跡。夜麻さんの奇跡の復活を喜びたい。
 それにしても、このマンガが今のスクエニで連載されたのは、いろいろな点から見て奇跡的だったと思います。

 まず、この時期に来て夜麻さんが復活を遂げたこと。これ自体があまりにも大きな奇跡でした。かつて、「刻の大地」連載末期での不調を知っている者としては、そのまま消えて消息が分からなくなった夜麻さんは、もう二度と復帰されないのではないかと思っていたのです。その思いは、年を追うごとに強くなり、最後に連載されてから5年がたった2008年になった時には、かつて熱狂的ななファンだったわたしでさえ、もはや完全に忘れていたくらいだったのです。それが、いきなりなんの前触れもなく復帰が告知され、無事に連載が開始され、コミックスにしてわずか2巻、2年足らずの小さな連載ではあるが、完全な新作を拝むことが出来た。これは、今になってかつての夜麻ファン、エニックスファンに贈られた、最大の奇跡のひとつではなかったか。

 そして、このような夜麻さんという作家の感性、個性が全面に出た作品が、今のスクエニの雑誌で連載されたことも、ひとつの奇跡ではないかと考えます。
 今のスクエニは、「萌え」「腐女子」「ギャグ」「少年マンガ」などの売れ線が期待できるジャンルの作品を、集中的に打ち出す路線を採っており、そんな人気ジャンルの作品をアニメ化することで、ひとつのビジネススタイルを確立しています。それはそれで成功しており、良作も数多く輩出出来ており、必ずしも悪いわけではないのですが、一方で作家ならではの作品、作家独自の創作が出た作品は、以前よりずっと少なくなりました。夜麻さんのかつての作品「刻の大地」三部作も、元々は彼女がデビュー前に手がけていた同人作品です。かつては、そのような作家自身が大切に創っていた作品を、そのまま連載させることが当たり前だったのですが、残念ながら今はそうではありません。

 そんな中で、この「トリフィルファンタジア」という、夜麻さんの創作精神が全面に出た作品が、今になって連載された。このマンガは、どう見ても今のスクエニが求める売れ線ではありません。もし、これと同じようなマンガを、例えば新人が描いてきたら、それが連載として採用されるかどうか。おそらく、その可能性はかなり低いのではないかと思います。むしろ、この作品が連載されたのは、「夜麻さんだから」「夜麻さんの久しぶりの復帰作だから」という理由が大きいのでないか。かつての超人気作家だった夜麻さんの新作だからこそ、売れ線でない個性的な作品でも特別に掲載された。そんな風に思えてならないのです。そう考えると、この「トリフィルファンタジア」が、今になって連載されたのは、やはりひとつの奇跡ではなかったかと思うのです。


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