<ひぐらしのなく頃に 宵越し編>

2007・9・21

 「ひぐらしのなく頃に 宵越し編」は、Gファンタジーで2006年8月号から2007年8月号まで連載された作品で、タイトルからも分かるとおり、「ひぐらしのなく頃に」のシリーズ連作のひとつにあたります。しかし、他の編と異なり、原作と言えるPCゲームが存在しておらず、原作者がマンガのために新たに話を書き下ろしたオリジナル作品であることが大きな特徴です。作者は、原作はもちろん竜騎士07、そして作画は、Gファンタジーで過去に何度か読み切りを掲載した新人作家のみもりが担当しています。

 コミックのみのオリジナル編としては、先に角川書店の「コンプエース」で連載された「鬼曝し編」と、現在連載中(ただし長期休載中)である「現壊し編」がありますが、この「宵越し編」は、それともかなりイメージが異なる作品で、一連のひぐらし関連コミックの中でも、やや異彩を放っています。明らかに雰囲気・方向性が異なる絵柄、大きく外れた時代設定、そして肝心のストーリーについても、他の編とはかなりニュアンスの異なるものとなっています。

 そのため、ひぐらしの作風に慣れた読者にとっては、初見でやや抵抗を感じるかもしれず、しかも、他の編ほど分かりやすい人気を得られる要素が少なく、全体的に地味かつ暗い印象を帯びた作品となっているため、やや読者に対する訴求力に欠けるところがあるかもしれません。しかし、肝心の内容は手堅くまとまっており、他の編と比べても地に足の付いた正統派のミステリーとなっている感があり、決して悪い作品ではありません。むしろ、ひぐらしにあまり詳しくない一般の読者にとっては、こちらの方がよりとっつきやすい作品になっているかも知れません。明らかにイメージの異なる絵柄も、読み進めていけば決して悪いものではなく、むしろ暗めのストーリーの雰囲気をよく出していて好感が持てます。そしてこちらにおいても、一般の読者には抵抗の少ないものとなっています。唯一、他の編よりやや分量で劣る点は見られますが、逆に言えば、その分無駄な要素があまりなく、きっちりとまとまった良作になっていると言えます。


・「祟殺し編」の連載を継いだオリジナル編。
 この作品がコミックオリジナルとなったのは、原作のPCゲームの構成、そして掲載誌の事情が理由にあります。
 この作品が掲載される直前まで、掲載誌のGファンタジーでは、本編のひとつ「祟殺し編」が掲載されていました。これは、本編の中でも「出題編」と呼ばれる編のひとつで、他の出題編が他誌で掲載される中で並行して連載されました。そして連載の終了後、他の出題編が、それぞれ対応する「解答編」と呼ばれる編の連載に移行する中、この「祟殺し編」だけは、対応する解答編である「皆殺し編」に移行することが出来ませんでした。

 理由は、この「皆殺し編」の内容が、他の解答編の要素を含んでいるため、それら解答編の連載が終了しないかぎりは、掲載することが不可能だという事情があったためです。そうなると、このGファンタジーだけは、他の雑誌が解答編で盛り上がっている中で、ひとつだけ何の連載もない状態が続き、雑誌として著しく盛り上がりに欠ける状態になることは明白でした。のちに「皆殺し編」を連載するにしても、それまでの空白で、読者のひぐらしへの興味が下がってしまうことを懸念したのでしょう。そのため、原作者の竜騎士07との協議を重ね、このGファンタジーでだけは、新たにオリジナル編を書き起こして連載を継続することが決定したようです。

 そんな経緯もあってか、この一編だけは、他の編(PCゲームで見られる本編)とはかなり異なる位置づけとなり、物語の舞台も本編の昭和58年から大きく離れた、20年後の 平成の世となっています。これは本編のいわば後日譚のような形であり、直接的には本編に関係を与えないための配慮でもあるのでしょう。本編では時代的に登場しない、携帯電話が推理の重要な要素となっているのも見逃せません。それ以外にも、様々な点で異なる特徴があります。


・他の編とは明らかに異なる雰囲気の絵柄。
 まず、最大の違いは、明らかに大幅に異なる絵柄でしょう。
 一言で言えば、萌え系の絵柄ではないことが最大の特徴です。他の編のコミック化作品が、多かれ少なかれことごとく萌え系の要素を備えているのに対して、この絵柄からは萌え要素はほとんど感じられません。むしろ、少女マンガ的な要素の色濃い作風です。

 作画担当者のみもりさんは、Gファンタジーでマンガ賞受賞作が掲載された時から、かなり少女誌寄りの絵柄で、スクエニでは比較的女性向けの作品が多い、Gファンタジーの雰囲気には合っていました。その後の読み切りも同系の作風で、のちには他出版社の少女誌で連載を持つようになったことからも、やはりその傾向の強い作家であることは間違いないでしょう。萌え系の絵柄の特徴であるすっきりとした描線とは大幅に異なり、描線が繊細でにじみでるような描き方をしていることが、最大の特徴だと言えます。もちろん、「ひぐらし」シリーズのコミック化作品である以上、極端に女性向けの絵柄ではありませんが、それでも少々人を選ぶことも事実で、若干抵抗を感じる読者がいてもおかしくありません。

 実際の読者の評価でも、やはり賛否両論のところがあり、「この絵ではいまいち」という人から「こういった絵の方がいい」という人まで、人によって様々な意見が見られました。
 ただ、それでも全体的に見れば、意外にも支持する層は広く、かなりの人に受け入れられたようです。それも、萌え系の絵柄が苦手で、抵抗を覚えやすい一般寄りの読者でその傾向が強かったようで、新たな評価層を獲得しました。一方で、従来の「ひぐらし」読者の間でも、最終的にはこれを受け入れた人は多いようで、「今までの絵柄とは違ってとっつきにくかったが、読んでみるとこれはこれで雰囲気があってよい」という好意的な評価が多分に見られました。


・正統派ミステリーの要素が強い一編。
 そして、肝心の内容においても、ゲームで発売された本編とは、かなり印象の異なるものとなっています。
 全体的に見て、割とオーソドックスなミステリーものになったように思えるのが、最大のポイントでしょう。原作も、もちろん推理の要素を売りにした作品ですが、しかし話によってはひどく破天荒な展開を見せがちなのに対し、こちらの方は、ごく一般的なミステリーの構成を踏襲しているように思えます。一夜限りの閉鎖状態の場所(この場合、村)が舞台で、集まった少数の人間の中に犯人が確実にいる、というスタイルは、まさに推理物の王道とも言えます。

 とりわけ、集まった人間たちがそれぞれの立場、それぞれの思惑を優先させて、自分に都合のいいことをしゃべり、そのために本来あるはずの真相がねじれていくという構図が、最も読者を惹きつけます。そして、その真相をひとつひとつ丹念に解き明かしていくという作りは、過去の名作推理にも見られたもので、この作品でも非常に面白い推理要素となっています。また、実際に過去の作品をモチーフにして作られたことも、コミックスの作者後書きで記述されています。

 そして、もうひとつ、本編ではよく見られた「ホラー」の要素が、こちらでは若干薄くなっているように思えるのも、よりミステリー寄りの作品である印象を与えています。一応、霊の存在が端々に現れること、とりわけ「死んだはずの人間がしゃべる」というシーンは、確かにホラーだとも言えますが、これも実際には、ミステリーの構成の一環として(貴重なひとつの証言として)扱われている感が強く、あまり強く読者を怖がらせようとする作りは感じられません。

 それ以外では、本編では必ずといっていいほど見られた、前半の明るい日常シーンがまったくなく、全体を通して暗く陰鬱な雰囲気で満ちている点も、やはり大幅に異なる印象を与えます。日常シーンがないために、全体のボリュームがさほどでもないことも特徴的で、その分一夜の事件の中核のみが語られる密度の濃い構成となっており、短編ながら十分読ませる作りとなっています。この方が推理物としてはオーソドックスな作りでもあり、原作を読んだことのない一般の読者や、原作でも前半の日常シーンが冗長に感じられる人には、このスタイルの方がとっつきやすいかもしれません。


・精一杯の人生を生きようとする姿に惹かれる。
 そしてもうひとつ、ひとりひとりのキャラクターたちが、事件を通じて考え方を改め、これからの人生を懸命に生きようとする姿には、大きく惹かれるものがあります。

 この「宵越し編」の登場人物は、「雛見沢」という特殊な環境に置かれた本編のキャラクターたちとは異なり、ごく一般的な普通の人たちです(雛見沢関係者の魅音は除きますが)。しかも、過去の人生に失敗し、そのまま挫折して人生を終えようという人も複数含まれます。そんな人たちが、この一夜の出来事を通じて、自らの考えを改めて立ち直り、のちの人生を最後まで精一杯生きようとする姿、これこそが作品最大のテーマとなっています。
 キャラクターのこれまでの境遇も、挫折した理由も、ごく普通に見られるようなものばかりで、実際の現代にこのような人物がいてもおかしくないようなキャラクター描写となっている点も大きい。本編に比べて、若干社会派の要素の強い一編とも言えますし、この作品を通して、読者が自らの生き方を見つめなおす契機となってもよさそうです。

 そして、唯一の本編からの登場人物として、魅音(らしき人物)の剛毅な立ち振る舞いにも惹かれるものがあります。他のキャラクターたちがごく一般人でおびえて行動する中、ひとり泰然として振る舞い、よく状況を判断して真相を導き、襲い来る敵に対しては刀を振るって圧倒的な戦闘能力を発揮する。本編の同キャラクターとは全く異なる、円熟した大人の女性としての魅力が全面に出ています。本編では見られない帯刀した黒い和服姿も素晴らしい。そして、そんな魅音の妹である詩音も最後に登場し、姉妹の間で見せる強い絆の描写も印象的で、本編を知っている読者にとっては、ここが最大の見所と言えるかもしれません。


・やや地味ながら手堅くまとまった良作。シリーズ未経験者にも薦められる一品。
 以上のように、この「宵越し編」、これまでの「ひぐらし」シリーズとはかなり異なる印象を持つ一品です。しかも、萌え要素には乏しいと言える絵柄や、比較的オーソドックスなミステリー形式で本編のような派手な展開がなく、小さくまとまっている構成から、やや地味な感もある作品となっているかもしれません。しかし、それでも内容は手堅くまとまっており、原作の持ち味である推理要素や人間描写がきっちりと見られる、優れた良作になっていると言えます。萌えのない絵柄も決して悪いものではなく、むしろ、今までのシリーズとは異なる雰囲気の作画を提示して、新しい印象を持つシリーズ作品を作り上げた意義は大きいものがあります。これまでとは異なる読者層の支持を得た、シリーズ未経験者にも薦められる作品となっており、一方でこれまでのシリーズのファンの間にも、新しい視野で楽しめる作品となりました。

 これまでのスクエニによる「ひぐらしのなく頃に」のコミック化作品は、どれもパーフェクトに近い成功を遂げており、非常に高いレベルで原作の魅力を再現してくれました。そして、この「宵越し編」は、原作にはない初のオリジナル編でありながら、これもスマートに完成された良作となっており、やはり優れた成功作となりました。これには、ゲーム原作者・竜騎士07による安定したストーリーの構成力がやはり大きく、雑誌側の都合による要請ながら、それでもきっちりとまとまった原作を書き上げた力量は高く評価されるべきでしょう。そして、他の作家陣とは異なる作風ながら、それでも自分自身の仕事をきっちりと成し遂げた作画担当者であるみもりさんの努力も大きい。正直、これまでにないオリジナルの書き下ろしで、しかも明らかに異質の作風の作家を採用して、果たしてこれまでと同様の読者に受け入れられるのか、少々不安でもあったのですが、それも杞憂となりました。

 これから先のスクエニの「ひぐらしのなく頃に」企画は、あとは原作の解答編を残すのみとなり、しばらくすれば原作でも佳境である最後の二編へといよいよ入っていくと思われます。しかし、その一段前において作られたこのオリジナル作品も、手堅い良作であり、「ひぐらし」の世界を広げるのに十分な成果を挙げることが出来ました。これもまた、他のコミック化作品と並ぶに恥じない一作となったと思われます。


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