<妖幻の血>

2007・3・25

 「妖幻の血」は、少年ガンガンで2001年11月号より連載を開始した作品で、のちにガンガン増刊の季刊誌であるパワードへと移籍されました。しかし、しばらくして長く休載状態となり、現在に至っても連載は再開されていません。作者は赤美潤一郎(あかよし・じゅんいちろう)

 作者の赤美さんは、元々は創作同人で活動されていた方のようですが、2001年にパワードで新人による読み切り作品としてこの「妖幻の血」が掲載され、それが好評を得て、しばらくしてほぼそのままの形で連載化されます。しかし、このマンガが連載を開始した当時のガンガンは、あの「エニックスお家騒動」の真っ最中で、編集者の一部が離脱し、それに引かれる形で多くの主要連載陣が雑誌から抜けていました。そして、残ったガンガンの編集者たちが、その穴埋めとして新連載を多数開始したのですが、この「妖幻の血」も、その中のひとつとして開始された側面があります。

 しかし、このお家騒動後のガンガンが、主として低年齢向けの少年マンガ路線にシフトしていく中で、この「妖幻の血」は、ダークで背徳的な世界観、耽美的な絵柄が特徴の伝奇的な作品で、高年齢のマニア向けとも言える要素の強いマンガであり、その点でガンガンでは異色の作品として非常に目立つ存在でした。なぜ、当時の編集部が、このような路線とは正反対とも言える異色の連載を始めたのかは分かりません。しかし、異色であるにもかかわらず、ガンガンではかなりの読者の支持を集め、人気連載のひとつとして一斉を風靡します。

 しかし、結局のところガンガンの誌面とは折り合いが悪かったのか、のちにガンガンパワードへと飛ばされてしまいます。しかもそちらでは連載の調子を大幅に崩してしまい、ほどなくして休載状態に入り、実質的に立ち消えに近い形となってしまいました。もはや最後に掲載されてから数年の時が経過しており、再開の可能性は非常に低いと言えるでしょう。この記事では、連載終了作品として扱います。


・極めて暗く陰鬱、そして耽美的な世界観と絵柄。
 このマンガは、まず見た目の絵のイメージからして、他のガンガン系連載とは大幅に異なっていました。この、極めて暗く陰鬱な印象の画面は、当時の読者にも鮮烈な印象を残し、まずこの点で多くの人の目を惹きつけました。
 具体的には、先行する人気作家である「冬目景」の影響が顕著で、絵柄の方向性は非常に近いものがあります。しかし、この赤美潤一郎の絵柄は、冬目景と比べてもさらに濃く暗いイメージが強く、ひどく陰鬱な印象が強くなっています。

 さらには、作品の舞台が昭和初期に設定されており、その極めて暗い時代を表した世界観でも、暗さ・陰鬱さが際立ちます。しかも、主人公や周りを固める登場人物の設定も、極めて退廃的で無気力、あるいは非人道的で背徳的な思想を有しているものばかりで、とにかくネガティブな方向性に特化したイメージで、そこに明るさは見られません(突発的に入るギャグは例外として)。さらには、耽美的とも言える艶やかな描写も多く、暗い画面の中で妖しい美しさを醸しだしています。全体的に、高年齢の読者向け、それも大人向け、マニア向けの要素が非常に強い作品と言えます。

 このようなイメージの作品は、ガンガン系では非常に珍しく、長い歴史の中でもほとんど見られません。唯一、初期ガンガンでこれも異色作品だった「夢幻街」がこれに該当するかなという程度です。まして、この当時のガンガンは、低年齢向けの王道少年マンガやラブコメ萌えマンガを中心とする路線を推し進めており、そんな連載陣の中では、ますます持って異質と言える存在だったのです。


・非人道的で背徳的な思想を持つ登場人物たち。
 さて、このマンガの大まかなストーリーは、陰陽師の家系の出で「蛇血」と呼ばれる強力な血の能力を有する主人公・中谷柳之介(なかたにりゅうのすけ)が、ある因縁から吸血人形の少女・のばらと出会い、それを契機に数奇な運命に巻き込まれ、やがては彼女の出生の秘密を追い求めていくというものです。

 主人公の中谷柳之介は、陰陽師の家系で強烈な能力を秘めているとは言え、普段はごく普通の青年です。が、彼の周りに集う人物たちの方が曲者です。極めて強い残虐性を持つのばらもそうですが、それ以外にもひどく背徳的で人の道に反するような思想を持つ人物が次々と登場し、柳之介は彼らの思惑に翻弄されることになります。

 その典型とも言えるのが、その柳之介の大学時代の先輩である杉浦(杉浦秋彦)で、人間や動物の死体から「義体」を作って数々の人体実験を行い、その実験体に自分の妻までも使うという、極めて非人道的な存在として描かれています。多くの人が救われれば、代わりに何人かの人が犠牲になってもよいとする背徳的な思想の持ち主でもあります。

 しかし、そのような非人道的な人物ではありますが、柳之介に敗れて危機に陥った時には、自らその思想に殉じる形で死を選び、最後までその思想を曲げることはありませんでした。このあたり「背徳的な悪人ではあるが、その生き方には見るべきものがある」という描かれ方をしています。このマンガでは、このように悪辣な人間は数多く登場しますが、しかし単なるやられ役の悪人ではなく、その生き方には強固な一本の筋が通っているように描かれている人物が多いのです。これこそが、このマンガ最大の魅力でしょう。

 杉浦以外では、中盤から登場する謎の人物で、柳之介の蛇の血に人を食わせようとする「幽戸」と呼ばれる者も登場します。飄々とした外見と普段の性格とは裏腹に、その残虐性には見るべきところがあり、杉浦と並んでこのマンガの暗黒面を象徴する人物となっています。


・「消極的な主人公」という人物像。
 そしてもうひとつ、主人公である中谷柳之介も面白い。彼は、陰陽師の名門である中谷の血を引き、一族の中でも特に強い能力を持った存在ではあるのですが、しかしその能力を積極的に使おうとせず、本家の屋敷を出て場末でひっそりと薬屋を営み、日々を消極的に生きています。いわゆる高等遊民的な存在で、自分からは積極的には何もしない。むしろ、行動を共にすることになった人形・のばらの方が積極的で、彼女に引きずられる形でストーリーが進んでいきます。

 そして、実は当初の設定では、柳之介はこのような能力の持ち主ではなく、特別な力は何もない、本当に普通の学生だったらしいのです。それが、編集者の「主人公らしくない」という意見を受けて、あのような能力を持つ設定になったようです。
 つまり、このマンガは、「何ら能力のない普通の青年が、人外で積極的な性格の少女に振り回される」という設定がベースにあり、これは最近の創作では流行りのようです。分かりやすい言い方をすれば、いわゆるヘタレ主人公の典型と言ったところがあり、このような伝奇ものの設定と合わせ、昨今では非常に特徴的な(よく見られる)設定で、これには興味深いものがあります。

 特に、低年齢向けの少年マンガを志向していた当時のガンガン作品とは、全く正反対のキャラクター像であるところが面白い。むしろ、極めてオタク的、マニア的な作品によく見られるキャラクターです。その点では、中途半端に編集の意向を取り入れた能力者としての主人公よりも、本当に何の特別なところもない、普通の青年としての主人公を見てみたかったし、その方がこの物語にはよりふさわしかったように思います。


・ストーリーやギャグ、キャラ萌えなどでも評価が高い。
 さて、このようなダークな世界観が特徴の伝奇物で、それも退廃的・消極的・背徳的な人物が中心ともなれば、どうしてもそういった暗い思想に比重が置かれがちで、沈滞した雰囲気の作品になりがちです。しかし、このマンガは、ストーリーの展開や、ときたま合間に入るギャグなども面白く、純粋に娯楽要素が多いのも魅力的です。ダークな雰囲気の作品でありながら、ガンガン系らしくキャラクター人気が高いのも特徴的でした。

 特にストーリーについては、かなり意外な展開を見せることも多く、読者を飽きさせません。ストーリーの面白さでは、本家である冬目景作品を上回っているところもあるように思えます。冒頭第1話で、柳之介の敵として襲い来る杉浦の妻であるぼたんが、次の2話で杉浦の死後に仲間になるくだりなどは、意外性溢れる展開でかなり好意的に受け止められたようです。これは、実は読み切り版と同じ展開ではあるのですが、それを読んでいなかった読者には特に好評でした。

 中盤以降の展開では、さらわれたのばらを助ける(”買い戻す”)ために、柳之介自身が闇市場で競売にかけられるエピソードも面白く、最後に意外な買い手が現れて新たな局面に至るなど、ストーリー作りでもかなりの配慮が見られます。休載直前には、いよいよのばらと柳之介の出会いに関わるエピソードが始まり、いよいよ物語の核心に迫るかというところだったのですが、それが長らくの休載で中断したまま先が読めなくなってしまったのは、ひどく残念なところです。


・これほどの作品がパワードに飛ばされ、中断したまま立ち消えになるというのはあまりにも惜しい。
 しかし、これほど様々な魅力に溢れる作品が、中断したまま消えてなくなろうとしているのは、あまりにも惜しいものがあります。途中までは連載経過も全く問題のない作品だっただけに、余計にそう思えます。

 実は、移籍させられる前、ガンガンでの連載中は、まったく休載することなくコンスタントに連載していたのです。そのまま連載を続けていれば、何の問題もなかったはずです。しかし、それが「ガンガンの誌面とは合わないので、パワードで描きたいことを描かせる」ということになってしまい、しかも季刊誌であるパワードで、ガンガン時代と同様の連載ペースを確保するという目的で、1回の掲載でガンガンでの3回分のページ数を載せることになりました。しかし、これは当初からペースを守れるか非常に不安な連載形式であり、案の定まもなくこの連載計画は破綻し、まったくページ数を確保することが出来ず、大幅に連載ペースが遅れることとなりました。
 しかも、やがて作者の赤美さんが体調を崩されたらしく、そのまま長期中断という運びとなりました。ガンガン時代の健全な連載経過を見ていたものとしては、パワード移籍以後の連載経過にはやりきれないものがあります。

 正直なところ、あのままガンガンで連載を続けていればどうなっていたか、非常に気になります。作者の体調不良が究極の原因とはいえ、パワード以降の連載の崩れ方を見るに、ガンガンでそのまま毎月連載を続けていれば、あそこまで崩れることはなかったのではないかと思えます。
 しかし、お家騒動後のガンガンでは、最終的にはどうしてもこのような高年齢向け、マニア向けの作品を載せ続けることができず、季刊誌のパワードへ移籍という、マンガ家としては酷な選択を採らせてしまったのです。これが、かつてのガンガンならば、なんら支障なくそのまま連載を続けることができたでしょう。

 そして、この「妖幻の血」の移籍と同時期に、ガンガンでは他にも個性的で優良な作品を他誌に移籍させ、あるいは打ち切るようなケースが増え、そして残った画一的な作品ばかりが誌面を席巻するという、味気ない雑誌となってしまい、クオリティはひどく落ちてしまったのです。この「妖幻の血」の移籍、そして休載からの立ち消えという結果は、昨今のガンガンの融通の利かない、許容範囲の狭い路線を象徴する出来事であったと言えます。


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