<夢喰見聞>

2002・9・30
改訂2003・7・3
全面的に改訂・画像追加2007・5・3

 「夢喰見聞」は、月刊ステンシルで2001年12月号から始まった連載で、雑誌内でもかなりの実力派連載として、後期のステンシルでは大きな存在感を示した作品です。作者は真柴真(ましばしん)。当時のステンシルは、あの「エニックスお家騒動」の直後であり、峰倉かずやや天野こずえ、森永あいといった人気作家ばかりがことごとく他出版社へと抜けてしまい、大きな痛手を被っていた時代でした。そんな時に、去っていった作家の穴埋め的な存在として、連載を開始されたこの作品でしたが、そんな始まり方にもかかわらず、その内容はひどく優れており、安定した評価と人気を得て、後期ステンシルの中心作品のひとつとなりました。

 しかし、ステンシルという雑誌自体は、人気作家が多数抜けた痛手から最後まで立ち直ることができず、2003年をもって廃刊してしまいます。廃刊に伴い、多くの連載が最終回を余儀なくされる中で、この「夢喰見聞」は、その実力を買われ、Gファンタジーへと移籍して連載を継続することになります。以後、Gファンタジーでも変わらぬ安定したクオリティを維持し続け、こちらでも雑誌を支える長期連載となり、2007年についに最終回を迎えるまで、極めて堅実な連載を続けることになります。

 肝心の内容ですが、「夢の世界を舞台にした幻想ファンタジー」といったところでしょうか。主人公である「獏」の蛭孤(ヒルコ)という少年が、悪夢に苦しむ依頼人の頼みに応じて、その者の夢の中へと入り込み、不条理溢れる夢の世界で、悪夢の原因となる謎を解き明かして解決に導く、といった話です。謎解きはかなり本格的で、一種の推理、ミステリー要素が含まれているのも大きな特徴です。その点において、このマンガは単なる幻想ファンタジーには留まらず、本格的なミステリーとしても楽しめる奥の深いもので、それがさらに作品の評価を高める要因となっています。

 さらには、時代設定が大正となっており、当時の華やかさと暗さが混在する浪漫あふれる世界観も魅力的な作品です。それを再現する絵のレベルも高く、幻想的な雰囲気に魅了される作品ともなっています。その一方で、あまりにも暗く陰惨な展開を辿るエピソードの数々は、決して万人向けとは言えず、人を選ぶところもあるかもしれません。しかし、それでもこのマンガの完成度は相当なもので、毎回の凝ったストーリー展開や、凝ったミステリーのギミックの数々、大正時代を舞台にした魅惑的な世界観、幻想的で不条理な夢の世界を再現した画力と、特筆すべき点は数多くあります。


・この作画センスは並ではない。
 真っ先に特筆すべきは、その作画レベルの高さでしょう。単に絵が綺麗というのもあるのですが、それだけではない、実に洗練されたセンスを感じる構図が盛んに見られます。

 とはいえ、まずは大正時代の風俗を描いた浪漫あふれる作画に惹かれます。建物の描写などにそれが強く感じられ、特に主人公の獏が住まう喫茶「銀星館」の外観・内観 が、それを代表していると言えます。この、積み重ねたレンガや窓のステンドグラス、壁の装飾などが細かく描かれた精緻な描写は、主人公が赴く夢の世界や、あるいは表紙などのカラーイラストでも頻繁に見られ、まさにこのマンガのイメージを象徴するものとなっています。加えて、全体的に黒い影の部分が強調して描かれたシャープな色彩表現が、この作品の陰鬱さをよく表しています。

 しかし、このマンガは、単に精緻で美麗な描写が見られるだけの作品ではありません。真に見るべきは、不条理な夢の世界を描き切る確かなセンスでしょう。
 主人公の入る夢の世界は、依頼人の歪んだ心境をダイレクトに表したような、極めて不可解で不条理な光景が広がっており、毎回それを巧みな作画で描く、その非凡ならぬセンスに強く惹かれます。高さのある立体的なシーンを描くことも多く、深く暗い夢の世界の奥行きをよく表しているとも言えます。

 中でも最も印象的だったのが、連載序盤の第5話で見られる悪夢の描写です。
 その悪夢とは、周りの物体がなぜかすべて「文字」になって現れるという光景で、真っ暗な背景に、白い漢字だけが立体的に浮かび上がるその描写には、驚くほど洗練されたセンスが感じられます。

 このような作画は、単に綺麗な絵が描けるというだけでは作り出すことができません。作者の奥深い作画力が感じられるシーンであり、このような作画が、連載序盤のうちにいきなり登場したことで、いきなりこのマンガのレベルの高さを感じることができました。


・凝りに凝った謎解きのギミック。
 そして、次に読者を大いに引きつけるのは、毎回のように見られる凝った謎解きの数々でしょう。これがまた最高に面白いのです。
 前述のように、この物語の舞台は、依頼人の歪んだ心境が露骨に表れる悪夢の世界であり、その不条理で理解しかねるような光景からは、一見すると支離滅裂な印象しか受けません。しかし、主人公の蛭孤は、そんな世界の有り様を鋭く解析して悪夢の真相に迫り、依頼人の心に潜む苦悩の源泉を探り当てていきます。このときの謎解きの描写には、洗練された推理要素が色濃く感じられ、謎解きミステリーとしても大いに楽しめる作品となっています。

 中でも、錯視的なトリックを駆使した視覚的な謎解き、文字(特に漢字)や文章をトリックに使用した謎解き、写真や漫画などの二次媒体を使った謎解きなどがよく見られ、そんなパズル的なギミックを駆使した回は、特に印象に残ります。中でも、文字や文章をトリックにした謎解きは顕著で、そこには作者の趣味がよく出ているのかもしれません(前述の第5話もそれに該当します)。

 こちらで最も印象的だったのが、何といっても連載後期の第43話、タイトルもずばり「漫画」と命名された回の話です。これは、依頼人が持ち込んだ漫画の原稿が、謎解きの材料として使われる話です。「この漫画の中に、隠された宝の在り処が描かれている」といった依頼で、原稿に秘められた一種の宝探しゲームとして、その謎解きが大変に面白い。しかも、その漫画の原稿自体が、昔の「ポンチ絵」と呼ばれていた明治・大正時代の漫画の雰囲気をよく表しており、それを見るだけでも十分に楽しめるものでした。最後に、蛭孤によって漫画に潜むあるトリックが発見され、ついにその謎が解かれますが、実はそれにはさらに裏があり、もうひとつの隠されたトリックで大どんでん返し、というラストにつながります。このトリックは実によく出来ており、「ポンチ絵」自体の描写の面白さも相まって、極めて鮮烈な印象を残しました。
 実際、この第43話は、読者の間でも非常に評判が良かったらしく、長期連載で数あるエピソードの中でも、屈指の完成度を持つ1話となっています。



・暗く陰惨なエピソードこそが作品の本質。
 しかし、そんな謎解きにも見るべきところがありますが、このマンガの本質は、やはり人間の負の心理が強く出た、暗く陰惨なエピソードでしょう。
 毎回の悪夢の描写や、そんな悪夢に悩む依頼人の心理からして、暗く歪んだものがありますが、そんな悪夢を見事に解決したところで、必ずしもよい結果を生むとは限りません。結局のところ、依頼人の暗く背徳的な心に真の原因があるわけで、悪夢の正体が分かったところで直接の解決にはならず、最終的には依頼人の「自業自得」のような形で、極めて陰惨なエンディングを迎えることが非常に多いのです。
 もっとも、その一方で、悲惨な最期を迎えたと思いきや、その後に意外な真相が暴露され、一転してハッピーエンドを迎えるという、全く逆のケースもあります。そんな明るいエンディングは、普段は暗くひどい最期を迎えることの多いこのマンガでは、数少ない救いとなっており、たまにそういった話に遭遇すると、より明るさが際立ちます。

 ただ、全体的には、やはり陰惨なバッドエンドを迎えることが多く、やはり物語の主流はひどく暗いものだと言えます。その点で、少々人を選ぶところもあるかもしれません。
 かつて、ガンガンWINGで「まいんどりーむ」(藤野もやむ)という短編作品があったのですが、これも夢の世界を舞台にして悩みを解決する話でした。しかし、こちらの作品の方が、幻想的で心地よい雰囲気に溢れ、優しいエンディングで終わる話だったのに対して、この「夢喰見聞」は、徹底的に暗く惨劇に満ちた作風に終始しています。そのあたりで、まさに「裏まいんどりーむ」とも言える作風であり(笑)、毎回のごとく人間の暗黒面が強調されたその内容には、実に圧倒されるものがあります。


・ストーリーやキャラクターにも見るべきものがある。
 そして、そのような、毎回の依頼人の悪夢を解決するエピソードに併せて、主人公である「獏」の出生の秘密を探る、大きなストーリーも並行して進んでおり、こちらもひどく興味深いものがあります。

 主人公である「獏」の蛭孤は、ある日突然、帝都の片隅の喫茶「銀星館」に現れ、そこの店主である霧霞(みづき)の元で居候となり、悪夢の解決を求めてやってくる依頼人の頼みを聞く日々を送っています。しかし、そんな主人公の過去は一切が不明で、それが長い連載の間で、少しずつ解き明かされていきます。
 ここでは、店主である霧霞の役割が大きく、かつて獏と化して店からいなくなった兄・梓(あずさ)の代わりのように店に現れた蛭孤を気にかけ、最愛の兄との繋がりを求めて、蛭孤の存在に執心する様には、ひどくいとおしいものがあります。最終的には、梓の帰還が実現して一気にストーリーが進み、コミックスでも最後の一巻は、蛭孤と梓の関係が一度に明かされ、終局へと向かうストーリーで占められています。

 ストーリーを彩るメインキャラクターたちも魅力的です。ここでは、ストーリーの中心となる蛭孤・梓・霧霞に加えもうひとり、銀星館の居候である一二三(ひふみ)の存在も面白い。彼は、大金持ちの御曹司で、垢抜けた明るい性格をしており、店主の霧霞に一目惚れして勝手に銀星館に住み込んでいます。その底抜けに明るく破天荒な言動は、作中ではムードメーカーと化しており、基本的に暗く陰惨な作品の中では、数少ない救いと言える存在となっています。かといって、単なる賑やかしというだけでもなく、興味半分ながら悪夢の依頼にも協力し、時にはその破天荒な言動と、金持ちの御曹司らしい財力が意外な手助けとなって、依頼の解決にも一役買う存在となっています。


・最後に発売された外伝「夢喰見聞 妄鏡堂」について。
 このように、とにかく完成度が高く、様々な点で見るべき点も多かったこの「夢喰見聞」、2007年をもって無事完結し、最終的にコミックスも9巻を数えました。掲載誌がマイナーなステンシル(Gファンタジー)であり、内容的にも大きな人気の出ないような作風でもあったため、あまり注目されることはありませんでしたが、実は5年以上に及ぶかなりの長期連載だったのです。

 そして、コミックス最終9巻の発売と連動して、外伝的作品である「夢喰見聞 妄鏡堂」のコミックスも同時発売されているので、最後にこれを紹介して終わりにします。
 「夢喰見聞 妄鏡堂」は、本編である「夢喰見聞」よりもかなり前、作者の新人時代に描かれた短編作品で、本編にも登場する「妄鏡堂」なる館に住まう、戒吏という主人の男と、助手である志摩という少女の物語です。このふたりは本編にも登場しますが、なぜか志摩(本編では「シマ」)の方は少年へと設定が変更されており、大きく印象が異なっています(戒吏の方はほとんど変わりません)。なぜ変わったのかを考えるに、この志摩こそが、実は短編作品の主役であり、本編とは異なる役割を演じていたからだと思われます。

 内容的には、のちの「夢喰見聞」につながるだけあって、基本的に近いものがあり、戒吏と志摩のふたりが、妄想に苦しみ館を訪れる依頼者の頼みに応じて、妄想の根源を辿り解決策を見出していくというものです。本編同様に、人間の負の側面が大きく出た陰鬱な作風は健在で、ストーリー作りも既に手馴れており、この時点で高い完成度を持っていたことが窺えます。絵的には、まだ若干劣るところが見られますが、それでも総じて申し分のない画力が見られ、マンガ家の新人時代の短編作品としては、非常にレベルの高い作品になっています。

 最後には、主人公である志摩の存在の謎へと迫るストーリーとなり、その謎が解き明かされてのエンディングは、一応のハッピーエンドながらなんとも不穏な余韻も残る、実に印象深いものとなっています。本編のかなり前に描かれた短編ながら、本編同様のクオリティで楽しめる、稀有な作品であると言えるでしょう。


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