<悪魔と俺> 

2009・10・3

 「悪魔と俺」は、ガンガンONLINEで創刊直後の2008年10月から3回に渡って掲載された読み切り連作とも言える作品です。当初は数あるガンガンONLINEの一読み切りとして、他の人気作家の連載の中ではさほど目立つ存在ではなく、特に話題に上る作品ではなかったと思います。しかし、次第にその過激な内容が徐々にネット上で話題にのぼるようになり、しかも2回、3回と掲載を重ねるにつれそれは高まっていきました。

 作者は吉川英朗。元々はスクウェア・エニックスマンガ大賞で特別大賞を受賞した新人であり、その受賞作「疫病神と俺」は、少年ガンガン2008年2月号に掲載されました。この作品は、それほど尖った過激なものではなく、人間の少年と人外の少女が出会って運命に立ち向かうコメディ+シリアス調の作品で、決して出来は悪くなかったと思います。特別大賞という高いランクの賞を受賞していることもあり、そんな作者に期待する声も多かったと思うのですが、まさかその作者が、ここまで過激な凄まじいマンガを描くことになるとは、一体誰が予想したでしょうか。

 そして、その後2009年7月になって、ガンガンONLINEのコミックスが創刊された際、このマンガもその創刊ラインナップの一角に加わりました。コミックスのタイトルは「悪魔と俺 汁だく」。その表紙も中身を連想させるかのようないかにもエロに満ちたもので、コミックス中身の過激さを予想させるに十分でした。
 しかし、このマンガ、なんと発売を直前にした約10日前になって、突如発売が中止になってしまうのです。それに合わせて、ガンガンONLINEに掲載されていた読み切りもすべてことごとく削除され、作品タイトルも何もかも消えてしまいました。これは、多くのガンガンONLINE読者、スクエニ読者にとってあまりにも衝撃的な出来事であり、ネット上で一気に話題が沸騰し、今年のスクエニでも最も注目を集める作品のひとつになってしまいました。

 ことの経緯の詳細はいまだ謎ですが、作者のブログでの発言もいろいろな憶測を抱かせるもので、果たしてこの発売中止が本当に正しい行為だったのか、あるいはこのような作品を掲載すること自体がまずかったのではないか、いろいろと疑問の尽きない作品になってしまいました。


・スクエニ系エロマンガのハイエンドモデル。
 このところ、スクエニでは、男性向けのエロや萌えに満ちたマンガがコンスタントに見られるようになり、もはやひとつの方針として定まってきた感があります。

 元をただせば、2005年にガンガンパワードで短期連載され、ネット上で爆発的に話題になりコミックスが売れまくった「みかにハラスメント」あたりが起源でしょうか。これ以前にも、少年向けにエッチやお色気要素を出した作品はいくつもありましたが、純粋に「エロ」を描くことを目的としたマンガは、このあたりが発端だったと思います。
 そして、以後のスクエニは、このようなエロマンガを出すことに抵抗がなくなったようで、むしろエロマンガで(主にネット上での)話題作りを狙ったような企画があちこちで見られるようになっていきました。具体的には、一連の「萌えアンソロジー」にその傾向が顕著で、これまでに出た3つのシリーズ「妹アンソロジー」「先輩アンソロジー」「女装少年アンソロジー」においては、いずれも固定化された執筆陣によるエロを第一目的とした萌えマンガで多くが占められています。

 そして、そのような作品は、中心雑誌であるガンガンでも載るようになり、中でも2009年3月号に掲載された「B/M」(氷樹一世)というマンガは、これまでのガンガンの常識を突き破るような「え?これがガンガンに載るの?」というような作品だったため、多くの人の目に触れてしまい、これもまたネット上を中心に大きな話題となってしまいました。

 しかし、この「B/M」がネット上で話題を振りまいていたころ、実はもうひとつ、密かに話題になりつつあったマンガがあったのです。それこそが、まさにガンガンONLINEで掲載されていたこの「悪魔と俺」であり、当時は2回目の読み切りまで掲載されたばかりの頃で、1回目の読み切りにも増して自重しない内容が、一部読者の間で大いに取りざたされていました。
 その内容は、もはやガンガンの「B/M」すら霞むほどの過激すぎるエロ表現が凄まじいインパクトを与えるもので、おそらく純粋なエロさ・過激さで言えば、このマンガこそがスクエニでナンバーワンでしょう。まさに、スクエニ系エロマンガの最先端、ハイエンドモデルとも言うべき作品が登場していたのです。


・一見して普通の同居系ラブコメに見えるのだが・・・。
 内容的には、まさに「悪魔と俺」というタイトルどおり、悪魔の美少女と人間の主人公の同居型のラブコメであり、全体的にはそれほど尖った作品ではありません。街で不良に絡まれる女の子・シフォンを主人公の青年・健太郎が助けたら、彼女は実は悪魔で、その手で肉体改造を受けてしまうというくだりで始まります。しかし、その肉体改造が強力すぎて、シフォンの方が太刀打ちできなくなり、下僕のモンスターを召喚してやりこめようとするも、なぜかそのモンスターが毎回暴走してシフォンに襲い掛かって凄まじくエロい展開となってしまいます。そして、敵であるはずの健太郎に毎回助けられて終わり、というなんとも言いようのないストーリーで、何かエロいシーンを読者に見せるために、妙にひねくれた不自然な設定になった気がします。

 絵的にはいかにも男性向け萌えマンガのそれであり、異様に肉感的で巨乳全開のヒロイン・シフォンの造形が際立ちますが、それ以外はごくオーソドックスな少年誌的な絵柄であり、これはマンガ賞を受賞した読み切りの頃からさほど変わっていません。エロシーン以外の箇所をぱっと見た印象では、特にエロ全開という感じはしません。

 また、ストーリー自体も、ドタバタのラブコメマンガそのものであり、いい意味でおバカな展開はカラッと明るく読めるところがあり、こちらもごくオーソドックスなものです。マンガ全体が隅々までエロに満ちているというわけではなく、一部にエロいシーンが挿入されている。そのようなタイプのマンガであり、マンガ全体がエロい設定とストーリーに満ちている「B/M」や「萌えアンソロジー」とはやや方向性が異なるのですが、このマンガの場合、そのエロシーンの過激さこそが問題なのです。


・これは凄まじい触手と蟲の嵐。
 どのようなエロシーンかというと、シフォンが自分で召喚したモンスターにひたすら襲われまくるというもので、そのモンスターが触手全開のタコだったりスライムだったり気持ちの悪い蟲だったりと、なぜかそんなものばかりで、毎回必ず暴走するそんな気持ち悪いモンスターたちに襲われ、シフォンは体中を散々いじりまくられることになります。

 で、このときのエロシーンがあまりにも過激すぎるもので、もはや通常の少年マンガや青年マンガすら突き抜けており、ほとんど18禁と言ってもいいようなマンガになっているのです。これは、スクエニのこれまでのマンガの中でも突出したすさまじさで、ちょっと他に例が思いつきません。まさかこのようなマンガがガンガンONLINEで掲載されているとは・・・。何も知らずにこのマンガを読んだ人は大いに驚いたのではないでしょうか。

 そして、前述のように、それ以外はごく普通のドタバタ系ラブコメ展開が続くマンガのために、このエロシーンの過激さだけが、あまりにも目立つものになってしまっています。エロシーンとそうでないシーンとのギャップが凄まじい。そこの部分だけ完全に別のマンガのようです。エロマンガにありがちな異様なまでに巨乳のシフォンが、触手や蟲に全身を攻撃され体中を粘液だらけにしてもだえまくります。2回目の読み切り以降では、シフォンの姉であるリリーも登場し(こちらは貧乳)、こちらもシフォンと二人揃ってエロい目に遭いまくります。

 このようなエロシーンは、数あるエロ描写の中でも、おそらくはかなり人を選ぶタイプのもので、触手や蟲という気持ちの悪い生物(なまもの)に対する耐性がない人にとっては、恐ろしく抵抗の強いものであることは間違いないでしょう。このような過激なエロ表現に抵抗がない、マニア読者に好まれるマンガであると言えます。キャラクターの性的な部分の描写、過激ないじられ方も半端ではないため、普段は画像を載せるこのサイトにおいても、このエロシーンだけはどうしてもまともに載せることが出来ませんでした(笑)。さすがにこのような画像はそのまま載せられません。まさに、他のスクエニのエロ系マンガの中でも、頭一つ以上完全に突き抜けたマンガであったことは間違いないでしょう。


・なぜこのマンガは発売中止になったのか。
 それにしても、いくら過激だからといって、長い間ガンガンONLINEで掲載し続け、コミックスも発売間際で印刷まで始まっていたような作品を、いきなり発売中止にすると言うのは本当に驚きです。これは一体どういう理由なのでしょうか。

 実際、コミックスは本当に発売する直前まで行っていたようです。雑誌での宣伝告知のページでも、他の同時発売のコミックスと共に、表紙画像付きで紹介されていましたし、作者のブログによれば、もうコミックスも印刷されていたようです。そんなときになって、いきなり発売中止とは理不尽が過ぎます。せっかく発売まで漕ぎ着けた作家にとっては、あまりにも衝撃でしょうし、上記のブログでもその落胆ぶりが伝わる記事が見られました。

 今までガンガンONLINEで長く掲載され続けたことを考えると、ガンガンONLINEの編集者は、このマンガの掲載は問題なかったと考えていたことになります。コミックスの発売も当然と考えていたのでしょう。それがいきなり中止されるということは、編集者以外の人間による決定、より具体的にはスクエニ上層部の人間(プロデューサーや経営陣)による決定があったのではないかと思われます。発売間際になって、たまたまなのかあるいは毎回チェックが入っているのか、とにかく上層部の人間の目にこのマンガが留まり、「これは限度を超えている、発売できない」と決定されたのではないか。そして、そんな上層部のお偉いさんの「鶴の一声」を理由として、発売間際でいきなり発売中止、ONLINE掲載分も完全に削除、という強引な措置が行われてしまったのではないか。そんな推測をしてしまいます。


・しかし、作者にとってはひどい話。他出版社で刊行されて本当に良かった。
 しかし、中止の理由はどうあれ、これは作者にとってはあまりにもひどい話です。せっかく頑張って描いてきて念願のコミックス化にまで漕ぎ着けたのに、直前になっていきなり発売中止はひどすぎます。

 まず、いきなりの発売中止の決定自体が問題です。いくら問題のあると思われる作品だとしても、それを直前でいきなりコミックス発売中止どころかONLINE掲載分まで削除というのはありえません。第1話の掲載が2008年10月で、コミックスの発売が2009年7月ですから、ゆうに9ヶ月近くもONLINEで掲載され続けていたことになります。そこまで掲載し続けていながら、いまさら「なかったこと」にするとはどういうことか。問題のある作品が出てきたというのは分かります。しかし、それならばもっと早めにチェックをして対応を取る体制を作るべきではないか。あんな時期になっていきなり強引な中止とは、それまでに一体何をやっていたのかということになります。

 さらには、そもそも、このようなマンガを企画してONLINEに掲載した編集部の方にも問題があると言えるでしょう。作者の吉川さんの受賞作は、このようなエロマンガではありませんでした。そして、ここ最近のスクエニの動向を見ても、このような男性向けのエロ系のマンガをコンスタントに打ち出す方針があることは明白であり、このマンガもそのような編集部の方針で企画されたものではないかと思われます(特に、ガンガンONLINEは、これほど過激ではありませんが、他にも似たような作品がいくつか見られています)。しかし、ここまで過激な描写のあるマンガを出してしまうというのは、さすがにやりすぎ、悪乗りのしすぎではなかったか。

 幸いにも、のちにこのコミックスは、他社のメディアファクトリーから出版されることが決定し、タイトルも「悪魔と俺 特盛り」と変更され、大幅な描き足しも加えて無事に刊行されました。まさに、捨てる神あれば拾う神ありといったところで、ここにおいて吉川さんはようやく救われたといったところでしょう。しかし、元々このマンガを打ち出したスクエニは、まさに「捨てる神」になってしまったわけで、あまりにも理不尽な対応で評価を下げたばかりか、マンガ賞で特別大賞を受賞した有望な作者まで他社に逃してしまったのです。


「読み切り作品」にもどります
トップにもどります