<お嬢様と妖怪執事 藤原ここあ短編集>

2009・1・9

 「お嬢様と妖怪執事 藤原ここあ短編集」は、かつてはWING、今ではJOKERを中心に活躍中の藤原ここあによる読み切り作品を集めたコミックスで、全部で4つの短編が収録されています。主にWINGで掲載された作品、それも2001年のお家騒動以後の読み切りを集めて、1冊のコミックスにまとめたようです。

 藤原ここあは、元を辿ればお家騒動以前からの作家で、当時のWINGでは新人として初の短期連載「わたしの狼さん。」の評判も良く、期待の新人として注目を集める存在でした。しかし、2001年のお家騒動で主要な連載作家の多くが抜けた後、残った数少ない有力な作家となり、いきなり雑誌を支える中心的な作家として抜擢される形となりました。そして「わたしの狼さん。」の実質的な続編として始まった「dear」は、2002年から2008年まで続く長期連載となり、騒動後のWINGを支える大人気作品のひとつとなりました。

 それらの連載の一方で、読み切り作品も数点残しており、今回の短編集にまとめられたものは、「dear」の連載の前後から2つずつ、最も早いものは2003年、遅いものは2009年に入ってからの掲載作品と、非常に幅広い期間から集められています。内容も実に様々で、藤原ここあらしい美形・美少女キャラクターによるコメディタッチの作品が主流ではあるものの、その中には完全なギャグ調のものから、一切ギャグ要素の入らないシリアスなものまで、作者の作品つくりの幅の広さ、あるいは長い執筆期間を経ての変遷が感じられます。特に、「dear」の連載後に描かれた2つの読み切りは、長い連載の重圧から解放された後に描かれたためか、それまでにない新しい作風と作者の成長が垣間見えるものとなっています。

 また、この短編集のタイトルにもなっている一編「お嬢様と妖怪執事」は、のちに2009年からJOKERで連載を開始する「妖狐×僕SS(いぬぼくシークレットサービス)」の原型となった作品だと思われ、そちらでも作者の変遷を知る興味深いものとなっています。


・JOKER連載の原型「お嬢様と妖怪執事」。
 コミックスの最初に掲載されているのが、表題作にもなっているこの「お嬢様と妖怪執事」です。2006年に1号だけ発刊された読み切り雑誌「ガンガンカスタム」に掲載された作品で、たった今述べたように、のちの連載「妖狐×僕SS」の原型となったと思われる作品でもあります。設定やストーリー面で色々と変更が加えられているものの、基本となる作風には共通したものが感じられます。

 狩島家と呼ばれる名家のお屋敷。そこに住む令嬢の下に、ある日妖怪の座敷童が現れます。それも、イケメンの執事として現れ、頼んでもいないのにお嬢様に付きまとい、あれこれと世話を焼こうとします。お嬢様にこき使われることが至上の喜びと語って気持ち悪いくらいに尽くすのですが(笑)、お嬢様の方は、身体が極端に弱いながらも、両親に心配をかけまいと、できる限り自分だけでがんばろうとします。その行動の食い違いと、双方の強い個性が合わさって、ぎくしゃくしつつほほえましい交流が楽しめるコメディ作品になっています。合間に4コママンガも挿入されていますが、お嬢様の身体の極端な弱さをネタにしたものあり、イケメン座敷童の妖怪らしからぬ行動をネタにしたものありと、いかにもこの作者らしい笑えるコメディになっています。

 そのコメディの最たるものが、対立する悪の(?)座敷童が対決を挑んでくるシーンでしょう。よその旧家に住み着いている座敷童が、自分の方に運気を呼び込もうとして家に侵入してくるのですが、なぜかこちらもイケメンの執事姿で、そちらの主人であるお嬢様に対する溺愛ぶりも共通したものがあり、そんなふたりがなぜか毬(ボール)を使って対決する様がやたら笑えます。毬ならばどんなボールでもOKらしく、最後には魔法でファイアーボールを打ち込んで勝利、というバカバカしいオチが待っています。

 その一方で、ふたりのぎこちない交流から生まれてくる本当の思い・・・お嬢様の日々の懸命な頑張りをずっと見守ってきた座敷童の愛と、それに応えようとするお嬢様の強い決意が感じられるラストがすがすがしく、心地よい読後感の残る作品になっています。このふたりの絆の強さ、このテーマがのちのJOKERでの連載へと直接つながっています。JOKERの連載では、この読み切りで人間だったお嬢様が妖怪へと設定が変わっており、妖怪同士の交流というさらに興味深いシチュエーションを見ることができるでしょう。

 なお、このマンガが掲載されたガンガンカスタムは、この藤原ここあのほか、スクエニの人気連載作家による読み切りで構成された雑誌で、実力派の作家たちによる読み切りが多数掲載された意欲的な雑誌でしたが、この1号のみで終わってしまったようで、続刊は残念ながら出ていません。


・藤原ここあ最大の怪作「山田」。
 2番目に掲載されているのが、この短編集の中でも最大の異彩を放つ、藤原ここあ最大の怪作「山田」です。これは、WINGで「dear」の長期連載を終えた藤原ここあが、同誌で初めて描いた次回作に当たる作品(2008年10月号掲載)で、しかし「dear」とは全く異なる作風に対して、WINGの読者の間では一種異様な話題となりました。

 どんなマンガか。そのストーリーは、同僚の女性教師に告白しようと悩んでいた有沢という先生に対して、山田というナルシストな生徒が奇怪な行動を取ってしつこく応援(?)を繰り返すというもの。有沢先生は、普段から自信が持てず気弱な性分で、好きな同僚の先生(江角先生)にも告白できずに悩んでいたのですが、それに対して山田というイケメンながら異様なナルシストな生徒が、自分をアピールするための方策をいろいろと授けようとします。が、その行動があまりにも異様で、「いかに自分を変態的なまでにセクシーに見せるか」という1点のみに集中しており、有沢先生は山田の行動に恐れおののきます(笑)。

 しかし、山田の「自分はこんなに努力している。この情熱は優しさや不安や遠慮で砕けるほど薄くない」という確固たる決意表明を聞いて、気弱な有沢もついに触発され、江角先生に告白しようとするのですが、間違えて恋のライバルの石黒先生に告白してしまい、しかも彼にいきなり殴られぼこられるという意外な展開を迎えてしまいます(笑)。しかし、そこにいきなり山田が登場し、石黒先生とフェンシングで対決するというさらなる意外な展開に発展。最後には山田の「必殺 エロい目!」で先生を胸焼けさせて勝利してしまいます。

 この物語は、一応は「山田の純粋で情熱的な生き方を見て、有沢先生も気弱な心を翻して勇気をもって行動する」というシリアスな要素も含まれてはいますが、実際にはそれ以上にギャグ全開の作品となっており、最後には山田と有沢先生の間で強引なBL展開に突入するなど、美形キャラによる耽美・ナルシズム・BLなどを過激なネタにした異様な怪作となっています。


・軽快な短編コメディ「STRAY DOLL」。
 3番目に掲載されているのが、この短編の中では唯一飛びぬけて掲載時期の早い「ストレイドール(STRAY DOLL)」です。WINGで2003年10月号に掲載されており、まだ「dear」の連載が始まって間もない頃、当時は「dear」のほかにも次々といい新連載が投入され、お家騒動で受けた被害から立ち直っていた時期でした。お家騒動後のWINGが最も安定した 時期であり、このマンガもちょっとした短編でありながら、当時の明るい雰囲気が伝わってくる軽快な作品になっています。また、この作品は、騒動以前に描かれた同名の短編と同じシリーズであり、その点でもひどく懐かしい作品となっています。

 美形の人形遣い・フィズと、彼に使える人形の少女・麗王のふたりを中心にしたコメディ作品ですが、イケメンのフィズが毒舌美少女人形の麗王にいじられまくる作品になっており、「美形のキャラクターがいじられる」という、いかにも藤原ここあらしいコメディになっています。いかにも毒のあるコメディもまたしかりで、毎回思わず笑えるようなシーンが本当に多い。この麗王という毒のある美少女も、また藤原ここあ的なキャラクターだと言えるでしょう。

 一方で、幾多の人形を駆使して人助けを行う主人公の姿、とりわけ人形の持つ思いを具現化して下敷きになった娘たちを救うエピソードなどは、ちょっといいなと思わせる話になっていて、短い話ながらも充実感のある読み切りになっています。このマンガを連載化しても面白いものになったと思うのですが、残念ながら当時は「dear」の連載が始まって間もない頃で、既に人気連載となっていたこの作品に加えて、もうひとつ連載がはじまるようなことはありませんでした。その点ではちょっと残念でしたが、それでもこれはWINGの安定期に数多く登場した優れた読み切りのひとつとして、当時のよき思い出のひとつとなっています。


・藤原ここあ最大のシリアス作品「私は」。
 そして、短編集最後の4番目に掲載されているのが、この中で最も優れていると思われる、「私は」です。これは、前述の「山田」からほどなくして、やはりWINGに掲載された短編なのですが(2009年2月号掲載)、しかしそれとは打って変わって完全にシリアスな作品となっており、ギャグやコメディの要素は一切ありません。藤原ここあの作品の中では非常に珍しいタイプの作品で、これまでにない作者の新しい側面、作者の成長が窺える名作となっています。

 高校卒業を目前とした女生徒・森永が、この物語の主人公です。彼女は、高校で三年間写真部に入って活動してきて、部の仲間やクラスメイトともそこそこうまくやってきて、はた目には平穏な日々を送ってきました。しかし、その内面は決して豊かではなく、本当の意味での人付き合いが出来ずに、誰とも触れ合うことが出来ずに、密かに孤独に過ごしてきたのです。そのため、自分の撮ってきた写真にも自信は持てず、「人と関わって心を豊かにしないと良い写真は撮れない」という顧問の先生の言葉が重くのしかかっています。
 そんな彼女には、普段からよく行くカメラ屋のおじさんの知り合いがいました。控えめな性格の彼には、なにか自分と同じものを感じて、居心地のよさを感じていたのですが、しかしある日、自分の撮った写真を見られてしまいます。そのことに動揺した彼女は、あわてて写真を回収して逃げるようにその場を去ります。自分と同じ感性を持つ彼には、わたしの写真に中身がないことを見抜かれてしまうのではと恐れてしまったのです。

 このような微妙な心の動き、それも普通の人よりも劣っているとも思われるような孤独な感情を切々と描いたところが、実に素晴らしく、これまでの藤原ここあ作品以上に、心に残るところがありました。この「私は」こそが、この短編集最大の白眉だと言ってもよいでしょう。あるいは、これまでの作者のすべての作品の中でも、これが最も素晴らしいものがあるかもしれません。


・作者の多彩な側面が見える良短編集。
 以上、様々な作風の作品が集まっているこの作品、いかにも藤原ここあらしい作品が見られる一方で、作者最大の怪作と言える異様な作品や、あるいは作者の新たな成長が見られる作品など、藤原ここあの多彩な側面が見える良短編集となっています。

 のちの連載の原型となった作品「お嬢様と妖怪執事」が、短編集のタイトルと表紙になっていますが、実際にはこれ以外の3つもいずれ劣らぬ良作であり、楽しいコメディ短編となっている「ストレイドール(STRAY DOLL)」、作者の異様なギャグ精神が露骨に出た強烈な印象の怪作「山田」、そして完全にシリアスのみで構成された作者の新境地「私は」と、どれを取っても読み応えのある作品が集まっています。中でも、最後に収録されている「私は」は、名作とも言える優れた作品になっていると思いますし、作者の成長が顕著に窺える一作として、是非ともこれは多くの読者にチェックしてほしいと思います。

 加えて、ひどく幅広い時代から集められた短編集になっているのも面白いところです。「dear」の連載初期の頃に描かれた作品から、連載終了後になって描かれた作品まで、その点でも作者の変遷と成長が見える1冊になっているのではないでしょうか。今見ると、「ストレイドール」のような一昔前の作風と絵柄は、ちょっと懐かしくもあります。一方で、現在のJOKERの連載の直接の原型である「お嬢様と妖怪執事」、比較的最近になって描かれた「山田」「私は」を見て、「dear」から「妖狐×僕SS」への作者の移り変わりを感じるのも楽しいでしょう。

 なお、藤原ここあは、これ以外にも短編をいくつか描いており、それもお家騒動以前に描かれた作品がまだ存在しています。読み切り版の「わたしの狼さん。」は、同作品のコミックスに収録されており、またデビュー作読みきりの「CALLING」、この短編集収録と同じシリーズ「STRAY DOLL」は、「わたしの狼さん。THE OTHER SIDE OF LYCANTHROPE」の方のコミックスに収録、これ以外にゲームアンソロジーでいくつか描いていますが、これらはコミックスには収録されていません。興味と機会があれば、こちらの方の短編も合わせて読むことをおすすめしたいところです。


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