<笑顔>

2008・7・12

 「笑顔」は、ガンガンWING2007年8月号に付録として付いた小冊子「ちっちゃいガンガンウイング」に収録された読み切りで、他の収録作同様、ページ数の少ない短編の読み切りとなっています。
 作者は、江添友弘。かつて、ガンガンWING誌上でいくつかの読み切りを残してきた新人作家ですが、過去の作品も良作が多く、コアなマンガ読みの間では非常に評価された読み切りをも残しています。そして、この「笑顔」も、例に洩れずひどく優秀な作品となっており、またしてもこの作者の実力のほどを見ることが出来ました。

 この「ちっちゃいガンガンウイング」、WINGでの連載作品の番外編と、新人作家を中心とする読み切りが主な内容の冊子でしたが、いずれもさほどの分量のない小品といったところで、あまり本格的な内容の作品は多くありませんでした。わずかに、連載の番外編としてカザマアヤミの「ちょこっとヒメ」の番外編の出来が中々良く、久々に登場した小島あきらによる「魔法元少女メルヘンクルル」、稀捺かのとによる「まっちんのいちにち」が割と読めた新作読み切りに数えられる程度で、いまひとつ物足りない内容だったと思います。

 しかし、そんな中で掲載された、この「笑顔」だけは、短編ではあるがそれでも非常に本格的な内容を持つ一編であり、しかも強く芸術性を感じさせるような内容になっており、ライトな娯楽作品の多いこの冊子(あるいはWING本誌も含めて)の中で、ひどく異質とも言える作品となっており、ひとつだけ大きく目立つものになっていました。この小冊子において、このようなマンガが読めたことは、個人的にもまったくの予想外でありました。このような作風が、一般に広く人気を得られるとは考えにくいですが、しかしそんな作品が、このような場で読み切りとして読めたことは、大変な幸運であったと思います。


・江添友弘の作品。
 前述のように、作者の江添さんは、これまでも重厚で骨太なストーリーを持つ読み切りを何度か手がけており、WINGの新人の中でも、その実力はかなりのものがあると思われる存在です。その一方で、WINGで人気を得られそうな萌え系の絵柄やキャラクターではなく、また多少ながらまだ絵的にこなれていないところがあり、見た目的に大きな印象を与える作品ではないため、今ひとつ幅広い読者の間で注目を集めることは少ないようです。コアなマンガ読みに発掘されて評価されるタイプの、通好みの作家だと言えるでしょう。

 中でも、最初に掲載された読み切りである、「千年龍の恋」(2005年4月号掲載)は、壮大なスケールでせつない物語が印象的なファンタジーストーリーで、そのような読者の間で非常に高い評価を呼び、ネットの一部サイトで注目される作家となります。かつて存在したマンガレビューサイト「書斎の住人」の管理人さんが、特にこの作品を絶賛していたのをよく覚えています。
 その後、2006年8月号に掲載された「かがやきの日」という読み切りも、前作に近い印象を持つ厳しい世界観での重厚なファンタジーもので、この作家の持ち味が遺憾なく発揮された作品となっています。

 かと思えば、2007年3月号に掲載された「ぼくらのスーパーカルシウムほね子」は、打って変わってコメディタッチの軽快な作品で、これはこれで読める作品となっていました。コメディタッチのマンガとはいえ、やはりその独特の世界観は魅力だったように思います。

 そして、この「笑顔」なのですが、これは以前とはまったく異なる方向性を持つ作品で、極めて現実的な世界での人間の生き様を描いたリアルな物語で、これまでとはまた一味異なる良作を見せてくれました。このように、この江添さんの読み切りは、作品によってかなり印象が変わることが多いのですが、どの作品も安定して読めるマンガになっており、作者のマンガ製作の幅の広さを感じることが出来るものとなっています。
 しかし、そんな江添作品の中でも、この「笑顔」の存在感、完成度は一際抜きん出ており、数あるWINGの読み切りの中でも、まったく異質な作品であるように思います。このようなマンガは、WINGだけでなく、スクエニ全体を通してもほとんど見ることができません。


・或る画家の一生を描く物語。
 この物語は、「ドーク・ラフト」という名の、ある画家の生涯を描いた話です。この画家は、有名な画家として高額の料金で依頼を引き受け、技術的にも卓越した才能を持つ成功者でしたが、性格的には決していいとは言えない傲慢な画家でもあり、そのことでもつとに有名になっていました。

 しかし、そんな彼が、ある日名も知れない娘と出会います。娘は、何も持たない庶民の娘でしたが、純真な性格であり、彼が傲慢に自分の絵のうまさを誇示して見せても、それに純粋に感動して喜ぶような娘でした。彼は、そんな娘の態度を悪からず思い、いつもの傲慢さも幾分ほだされ、日々自分の絵を見せるために娘と何度も会うようになります。

 ある日、その娘が見合いをすることになり、自分の絵を描いてくれと頼んできます。報酬として持ってきた金がほんの少額だと知った彼は、いつもの傲慢さでにべもなく断ろうとしますが、娘の素朴な反応に戸惑い、「こんなはした金で描くのは今回きりだ」と言って引き受けることになります。しかし、その絵を描こうとした時になって、ラフトの心にまだ若かった日の思い出がよぎります。それは、まだ自分が純朴だった若かりし青年の頃、小さな女の子に向けて純粋な心で絵を描いた思い出でした。目の前の娘にかつての女の子の姿が重なり、そして思わず涙してしまいます。

 そして、この日を境に、自分のこれまでの傲慢な絵の描き方を後悔するあまり、ラフトはまったく絵を描くことができなくなり、全財産を失い完全に破滅してしまいます。仕えていたものはすべて去り、何もかも無くしてしまった彼は、あの娘のことを想いますが、もはや彼女も嫁に行ったまま戻ってくることはない身でした。ついに、ラフトは、かつての弟子の下に向かい、紙とペンをもらって最後の絵を描き上げます。それは、彼女とその伴侶が生まれてくる子供と共に幸せに笑っている素晴らしい絵であり、弟子の手により最後の最後でその娘の手に渡ることになりました。

 この物語は、非常に感極まる情感に満ちたもので、本当に感動できるものとなっています。読者の評価も圧倒的で、この小冊子の中で抜群に評価の高い一作となりました。ガンガンWINGの読み切りの中でも屈指の作品であり、良作の多い作者の過去作と比べても見劣りせず、むしろさらにさらにレベルの高い珠玉の一作と見るに十分な作品でした。


・まるでゴーゴリの小説を思わせるような芸術性の高い一作。
 単にレベルが高いだけではありません。このような人の一生、それも画家という芸術家の生涯を描くような作風は、とみに芸術性の高さを感じさせるもので、他に掲載された娯楽作品とはまったく異質なものがありました。この付録小冊子の中では、ある種場違いなものまで感じたのも事実で、「まさかこんなところでこんなマンガが読めるとは」とまで思ってしまいました。あるいは、この小冊子のみならず、ガンガンWING、ひいてはスクエニの読み切り作品の中でも、とりわけ異質なものだったと思います。

 個人的には、このマンガを読んで、あのゴーゴリの小説を思い出してしまいました。ゴーゴリとは、19世紀ロシアの小説家ニコライ・ヴァシリエヴィッチ・ゴーゴリのことですが、小説家であると同時に美術にも造詣の深かった彼は、画家を主役にした作品をいくつか描いています。このマンガは、それらの作品を彷彿とさせるところがあります。
 具体的には、ゴーゴリの小説のひとつである「肖像画」に似たところがあります。細かいプロットはもちろん違いますが、若い頃は純真に絵を志していた青年が、絵で成功を収めることで俗世にまみれて堕落していき、あるきっかけで自分の虚栄に満ちた絵の描き方を自覚して戸惑い、最後には破滅してしまうという、おおまかなあらすじがよく似ているのです。まさに、往年の文学作品を思わせるような、芸術性の高い作品であったと言えると思います。

 それも、わずか24ページの短編にすぎない読み切り作品においてです。そもそもページ数の少ない作品であり、決して大作とは言えないちょっとした読み切りのはずなのですが、それでもこのマンガの圧倒的な完成度はゆるぎないものがあり、「これならば、もっと本格的な長編で読んでみたい」とまで思ってしまいました。付録小冊子の短い読み切りで終わらせるには、あまりにも場違いでもったいない作品だったと思います。


・スクエニのマンガではほとんど見られないタイプの作品。
 そして、ここまで何度でも書いてきたとおり、このようなタイプの作品は、スクエニのマンガではほとんど見られないものではないかと思います。そもそも、このようなマンガが、読者に大きな人気を得られるとは思えないのです。

 スクエニのマンガは、多かれ少なかれ少年少女向けの娯楽作品が大半であり、別にそのことが決して悪いわけでもありません。ただ、その一方で、近年になってひどく卑俗な娯楽作が増えてきたのも事実であり、かつてより低俗なテーマの作品が増えたのでは?と危惧されるところもあります。中心雑誌のガンガンでは、編集部が一般向けのメジャー誌を志向するあまり、露骨に少年向けの娯楽(バトルやお色気)を目指した作品が増えてしまいました。青年誌であるヤングガンガンも、作品の質自体は良好なのですが、青年誌特有の「エロ・グロ・バイオレンス」を強く志向した作品がかなり目立つのも事実で、少々アクの強い作品が多くなり、特に女性読者には抵抗が強い雑誌になってしまったのも事実でしょう。

 マニア向けとも言えるGファンタジーや、このガンガンWINGについては、まだそれほど露骨な低俗化は見られませんが、それでも以前ほど整った作風ではなくなりつつあり、特に近年のWINGは、かつてとは異なる露骨なエロ萌えを志向した作品が見られるようになっており、質の劣化を少々危惧している状態です。

 新人の読み切りにも、そのような作品が増えているのですが、そんな中でこの「笑顔」だけは、あまりにもそんな作品とは隔絶したものがあり、まさか今になってこのような新人読み切りが出てくるとは・・・と心の底から驚いてしまいました。このような物語を描ける新人がまだいて、しかも活躍の機会を与えることが出来るならば、WING、スクエニもまだまだ捨てたものではないなと思ってしまいました。


・読み切りだからこそ読めた作品か。
 しかし、このマンガを連載化、もしくはこれと同じコンセプトの作品を連載化するのは、ひどく難しいことではないかとも思えます。いくらなんでも、ここまで娯楽要素に乏しい作品を連載して人気を得られるとは思えません。設定的にも、ファンタジー要素のない、リアルな現実世界という地味な設定で、しかもリアルなおっさん(笑)が主人公の話を掲載して、それに読者が付いてくるとは思えない。言うなれば、これまでのWING(スクエニ)のマンガならば持っている、少年少女向け、あるいはマニア・オタク向けの娯楽要素がほどんど見られない作品を、本格的に連載化できるとは思えないのです。

 あるいは、絵的にも決して受けがいいとは思えません。江添さんは確かにいい絵柄を確立しているのですが、近年の萌え志向の人気を得られるような絵柄では決して無く、緻密な絵で読者の目を引くような絵柄でもなく、実に素朴でシンプルな作画であるため、その点でも連載化で注目を集めるには少々厳しい作品になっています。

 そう考えると、このマンガは、このような読み切りだからこそ読めた作品であると言えるかもしれません。それも、本誌での読み切りではなく、付録小冊子という本誌とは別の場所だったからこそ、このような異質な読み切りも載せる余地があった。そう思えてならないのです。この「ちっちゃいガンガンウイング」という付録小冊子は、かつて付いた付録冊子「ガンガンWING4コマエディション」と同じコンセプトの付録なのですが、この「4コマエディション」の作品が、どれもほんの数ページ程度の分量で、しかもありがちなものばかりでいまいちだったのに対して、この「ちっちゃいガンガンウイング」では、この「笑顔」という、短編ながらもまとまったページ数(24ページ)の非常に優れた作品を眼にすることが出来た。これは大きすぎる成果だったと言えるでしょう。

 しかし、このようなマンガは、連載化はもとより、もう一度読み切りで読むことも難しいタイプの作品ではないかと思われます。しかし、わたしとしては、江添さんのこのような優れた作品を、もっと本格的な形で読んでみたいと思いますし、本誌でのよりページ数の多い読み切りか、しいては連載獲得をつとに希望してやまないのです。


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