<ゴッホちゃん>

2012・12・11

 「ゴッホちゃん」は、ヤングガンガンで現在数度掲載されている読み切り作品で、4コママンガとなっています。タイトルどおり、画家のゴッホを主人公にした作品で、現実のキャラクターを崩した軽快なコメディがそつなく楽しめる一方で、絵画や芸術の本質に迫る真面目なネタ、リアルな作画も随所に織り込まれた、異色の作品になっています。最近の4コマ作品ではあまり見られない、新感覚の作品ではないでしょうか。

 作者はマブレックス。ヤングガンガンからの新人らしいのですが、最初に登場したのはヤングガンガンの増刊号の方であり、2010年1月30日に発売された増刊Vol.8に掲載された「ウルトラマリンブルーマン」が初掲載作品になります。この「ウルトラマリンブルーマン」、ゴッホとは別時代ではあるものの同じ画家であるフェルメールを主役にした作品であり、4コマとしては新感覚の異色ぶりが目立っていました。こちらも、画家の現実のキャラクターを崩して軽快なコメディに仕立てつつ、時に真面目に画家や美術についての知識も盛り込まれ、作者の絵に対する思い入れも顕著に感じられる作品になっていました。この「ゴッホちゃん」も、そのコンセプトを完全に受け継いでおり、作者の絵や芸術に対するあくなき愛を感じることができます。(この記事では、「ウルトラマリンブルーマン」の方も同時に扱います。)

 そして、この「ゴッホちゃん」は、2010年の10号に最初の読み切りが掲載されて以降、中々の好評を得ているのか、その後コンスタントに何度も掲載されるようになり、現在(2010年12月現在)合わせて4回ほど掲載されています。毎回のページ数は少ないながらも、ぴりりと効いた面白さは健在で、回を追うごとに面白くなっているようにも見受けられます。今の4コマの流行からは外れた作品ではありますが、新しいタイプの4コママンガとして、これから発展していくと面白いと思いました。同時に、作者である新人作家・マブレックスさんにもかなりの才覚を感じるので、この作品を機に連載などを持たせて活躍してほしいところです。


・実在の画家を巧みにコメディ化。
 このマブレックスさんの作品「ウルトラマリンブルーマン」「ゴッホちゃん」は、いずれも実在の画家であるフェルメールとゴッホを主人公に据えた作品であり、加えて同時代の画家も多数登場しています。「ウルトラマリンブルーマン」には同時代の作家のレンブラント、「ゴッホちゃん」では、彼の友人だった画家のゴーギャンやロートレック、親密な文通での交流で知られる弟のテオらが登場、また、「ウルトラマリンブルーマン」では、フェルメールの贋作家として有名な20世紀の画家・メーヘレンも時を越えて登場。これは現実にはありえない設定ですが、作中ではごく自然に双方がコミカルな掛け合いを繰り広げるなど、リアルさにとらわれないコメディ作品として見るならと「これもあり」だと言えるでしょう。

 また、主人公も含めて同時代の画家たちも、その多くが普段はコミカルなデフォルメキャラクターか、あるいはゴーギャンなどはなぜか獣人化して描かれているなど、全体的にリアルさにはこだわらない、コメディ作品ならではの造型で描かれています。しかし、そこまで崩した造型でありながら、意外にも画家の性格や外見もよく捉えているようにも見え、これには感心させられます。コメディとはいえ完全に崩しきっているわけではなく、バランスの取れた作画になっていると言えるでしょう。

 バランスの取れているのは作画だけではありません。コメディのネタも巧みで、こちらでもある程度現実の史実や美術の知識を取り入れつつ、それでも思わず笑ってしまうような脱力のネタに仕上げています。例えば、「ウルトラマリンブルーマン」の主人公フェルメールは、現実では「ウルトラマリン」と呼ばれる青色の高価な顔料をふんだんに使って絵を描いていたのですが、それをコメディのネタにして、ひたすらウルトラマリンブルーに強烈にこだわり、もはや病的に愛して高価なものにもかかわらず買い求めまくるという、その偏執狂的な言動を面白おかしく描いています。この場合、現実にウルトラマリンをふんだんに使用したフェルメールの画家としてのリアルな側面をネタ元に、それを病的に愛するという作者ならではのオリジナルの虚構を加え、ひとつの4コママンガのネタとして完成させているわけで、現実の画家の本質と作者のオリジナルをバランスよく融合させた、優れた4コマになっていると思うのです。

 「ゴッホちゃん」も基本的にはまったく同じで、普段から奇行を繰り返しながら憎めない性格で周囲を振り回すゴッホを筆頭に、そんな彼の才能を信じてバックアップする真面目な弟のテオ、きさくな性格でゴッホの奇行にもあきれつつフォローするよき相棒のゴーギャン、独特の感性で絵に取り組むなかば変人として描かれたロートレックなど、それぞれが少しずつ現実のキャラクターを崩しつつも、しかし魅力的なキャラクターに仕上げています。このコメディならではの親しみやすくアレンジされた画家キャラたちは、大変に好感が持てるもので、何度も読み切りを読んでいくうちに、わたしはすっかり気に入ってしまいました。


・笑えるコメディだけではない。絵画・芸術の素顔に触れるエピソードこそも魅力。
 このように、バランスよく笑って楽しめるコメディとしても十分に面白いのですが、このマンガは決してそれだけではありません。時に画家たちの絵や芸術の知識や、絵に取り組む姿勢を描いたエピソードも要所要所で盛り込まれ、これが本当に感心させられます。

 例えば、ゴッホが「イタリアン・チョーク」という画材を愛用していて、それを実家に住む弟テオに催促するエピソードや、たっぷりのミルクを素描の定着液に使うという知識、ロートレックがマニアックな人と動物が性行為をしているようなグロテスクな感じの浮世絵を所持していたこと(笑)など、「へえそんなエピソードがあったんだ」と、マンガを読んで感心しつつ突っ込んだ知識も得られるようなネタが随所に見られるのです。

 「ウルトラマリンブルーマン」でも、フェルメールがいかにウルトラマリンにこだわっていたかのリアルなエピソードや、あるいは贋作家・メーヘレンによる見事な贋作テクニックの一端に触れるなど、画家の周囲の知識がふんだんに見られます。これを見ると、本当にこのマブレックスという作家の、詳しい絵画に関する知識ばかりでなく、絵画や画家、芸術に対する惜しみない思い入れや愛を感じるのです。思えば、この画家を扱った一連の読み切り自体が、そういった絵画に対するマブレックスさんの思い入れから生み出されたと言っても過言ではないと思います。一見してコメディで元ネタの画家を崩して描いているように見えて、実はその本質はしっかりと捉えていて、それを読者に向けて快く紹介している。「芸術家といっても、こんなに親しみやすくて面白いネタがあるんだよ」と平易に語り掛けているようです。

 このような「実在の画家の素顔を親しみやすく紹介する」ようなコンセプトの4コママンガは、かなり珍しいものだと思います。この作者ならではの個性が全面に出た4コママンガだと言えるでしょう。


・実際の絵画が出てくるシーンこそが最大の見所。
 そして、そんな画家のリアルな素顔に触れるネタの中でも、クライマックスと言えるものが、実際の絵画をマブレックス自らが描いているところです。

 これは、本当にある絵画の作品を基本的にはそのまま描き、時にこの作品ならではのデフォルメされたキャラクターが同時に描かれていたり、あるいは絵画の中にキャラクターが入り込んでその一部になっていたりする一連の大ゴマです。このマンガのキャラクターが入り込むことで、彼らが自分の絵を読者に向けて見せる(紹介する)ような効果も持っています。

 そして、これが本当にリアル。まさに現実の絵を再現しています。というか、このマブレックスさんの画力は尋常ではありません。実は、思いっきりくだけてデフォルメされたキャラクターが数多く見られる一方で、リアルに画家の姿を描くことも多く、その素描が実によく描けているのです。効果線で顔の陰影を表現した姿が素晴らしい。そして、そんなリアルな画力で描いた現実の絵画の模写も、実に見ごたえがあります。現実の絵画を、モノクロの4コママンガの中で最大限うまく再現している。実在の絵画と比べても遜色ないくらいで、そんな絵画がタイトルと共に作中の随所で読者に向けて紹介されているのです。まさに「4コマを読みながら名画を鑑賞できる」と言っても過言ではありません!

 そして、単に絵が見られるだけでなく、その絵に関する4コマのエピソードがまたいいのです。特に、毎回の読み切りの最後は、たいてい名画の大ゴマで終わっていて、そこに感動できるエピソードが用意されています。
 例えば、デフォルメされたゴッホが農家のじゃがいもの収穫に立会い、絵のモチーフとしてあれこれ吟味するシーン。彼は、しばらく唸って考えたのち「汚いは キレイ」と言って、あえてじゃがいもを洗わずに土がついたままの姿で「籠一杯のじゃがいも」を描きます。「老夫婦の愛情で育まれた大地の恵み。その「美」は時に、宝石に優る」という編集者による柱のキャプションも素晴らしく、あえて大地の素朴な美しさに目を向けた画家の姿に感動してしまいました。

 そしてもうひとつ、ゴッホがカフェの近くで創作活動をするエピソード。「カフェに寄らないの?」と訊く店員に対して、「お金ないし」と首を振って断るゴッホ。そんなゴッホにおもむろに差し出された一杯のコーヒー。「サービスです」という言葉に感動したゴッホは、「やはりカフェはいい」と静かに一言発してコーヒーをたしなむ。こうして描かれたのが「夜のカフェテラス」。このエピソードには本気で感動してしまいました。「人々の温もりが、名画を生む原動力。」 これこそが現時点で最高のエピソードだと思いました。


・これは新感覚の異色4コマ作品。さらなる展開に期待。
 以上のように、この「ゴッホちゃん」、マブレックスと言う新人の個性が遺憾なく発揮された、4コママンガとしては珍しいコンセプトの異色作品になっています。絵画や美術を扱った4コママンガは他にもいくつか見られますが、このように実在の画家にスポットをあて、それを軽妙に崩して笑えるコメディにする一方で、リアルな絵画や画家の姿も同時に描き、芸術の一端を読者に見せるコンセプトも持つような作品は、これ以外には中々見られないでしょう。わたしは4コママンガの歴史にはさほど詳しくないので、過去を当たってみれば同じような作品もないとは言い切れませんが、しかし最近ではこんなマンガはあまり見られないのではないでしょうか。まさに昨今の4コマとしては異色であり、「異彩を放つ新人」という雑誌連載時の触れ込みも決して間違っていません。

 わたしとしては、このような他では見られないオリジナリティの高い作品、そしてそれを描く新人作家は貴重であり、大いにその個性を伸ばしていくべきだと考えます。スクエニは、これまでも4コママンガで良作が多く、「ゴッホちゃん」と同じヤングガンガン誌上でも「WORKING!!」というアニメ化まで達成した大人気作品があります。また、ウェブ雑誌のガンガンONLINEでは、4コママンガに特に力を入れていて、昨今では多数の良作が生まれています。そして、この「ゴッホちゃん」は、それらとは異なる個性を持つ新感覚、新コンセプトの作品として、これもまた新しい良作となる可能性を十分に秘めています。

 できれば、今後のマブレックスさんの再登場を、できれば連載を希望したいところです。まずコメディ4コマとして十分に楽しめる要件を満たしつつ、その上で絵画に対する確かな知識を持ち、画家や芸術に対するあくなき思い入れ、愛を惜しみなく作品に注ぐこの作家を大いに評価したい。4コマ作家は数多くあれ、これほど「異才」と呼べるほど異色な作品を描く人材は、実に貴重なのではないでしょうか。


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