<ヘブンズ>

2008・9・8

 「ヘブンズ」は、ガンガンWING1998年冬季号に掲載された読み切りで、のちに2001年11月号に再度掲載されました。この再掲載は、あのお家騒動でWINGから多数の連載が抜けていくまさにその号にあたり、去っていく作者のためにかつて評判の良かった作品を最後に再掲載したのだと思われます。ふたつの掲載の間で、特に加筆・修正などの違いはありません。

 作者は、綱島志朗。のちのWINGであの「ジンキ」を連載し、それが評判を得て一躍有名になる作家ですが、これがおそらくは初掲載作品に当たります。初掲載のこの読み切り時にはもちろんまだ無名であり、しかもこの当時のWINGは、1998年に新装される以前の頃であり、新人による読み切り中心の季刊誌でした。そのため、この雑誌を読んでいる人も多くはなく、あまり知られていない作品になっていたと思われます。

 この読み切りを掲載してしばらくのちに、WINGは新装され、通常の連載中心の隔月刊誌に生まれ変わるのですが、綱島さんは、その新装1号から「LIFE:ERRORS」という連載を始めます。これが連載第一作となるのですが、この作品はあまり知られないうちに終わってしまい、直後に第二の連載である「ジンキ」の連載を開始。これが大いに人気を集めるわけですが、この読み切り「ヘブンズ」は、その「ジンキ」の原点とも言える作品となっており、作者の創作の根幹を知る上で非常に重要なものとなっています。

 それは、このマンガが、「ジンキ」同様にロボットや女の子が出てくるという、この作者ならではの「ロボットマンガ」になっていることも大きいのですが、それ以上に、作品の根幹となるテーマにおいて、強く共通するところがある点が非常に大きいのです。この「ヘブンズ」のテーマをそのまま拡大し、連載マンガへと発展させたのが「ジンキ」だと言っても過言ではありません。その点において、わずか24ページの短編でありながらも、このマンガの存在意義は非常に大きいものがあると思われます。


・ロボットと人間が地道に活動を行う姿を描く。
 「ヘブンズ」は、ある軍隊に所属する部隊名です。この部隊は、戦争で前線に出て激しく戦うような部隊ではなく、戦争の後処理、とりわけ地雷の処理を行うことを主な任務とした、いわば末端の部隊です。
 主人公は、手違いなのかこの部隊に突然所属されてしまった古屋谷陽子という少女。何がなんだか分からぬうちに配属されてしまった陽子は、部隊の女隊長・ルッカに部隊とここでの仕事の説明を受け、しかも早速地雷処理用のロボットをあてがわれ、いきなり初日から作業に駆りだされることになります。地雷処理の作業は、ほとんどの場合「頑丈なロボットに踏ませて爆発させて回収する」という荒っぽいもので、毎日地雷の爆発にビクビクしながら、しかも慣れない作業で服も身体もボロボロになりながらも、なんとか毎日を過ごしていきます。

 そんなある日、隊長のルッカが対ロボット用の地雷を踏んでしまいます。陽子には危ないから逃げろといいつつその場に残ろうとする隊長の姿を見て、陽子は見捨てることは出来ず、何とか隊長を助けようと精一杯奮闘します。最後には奮闘空しくタイムリミットを迎えてしまいますが、実はその地雷は不発弾で、隊長はそのことを分かっていたのでした。
 こうして、その一件は何事もなく済んだのですが、しかしこれで改めて地雷の怖さを知った陽子は、なぜこんな危険な目に遭ってまでこの仕事を続けるのか、それをルッカに問います。ルッカは、戦争が終わっても地雷が残る、そして関係の無い人が命を落とす、そのことが許せないと言い、そして「ヘブンズ」という部隊名の意味は、そんな人間の代わりに天国へ言ってやろうとする連中のことかもしれない・・・と語ります。
 そして最後に、「自分を助けようとしてくれて嬉しかった」というルッカの感謝の言葉を耳にし、今まで疎んじていたはずのこの「ヘブンズ」と隊長を、いつの間にか好きになっていることに気づき、日々仕事を続ける道を選んでいくのです。

 この話は、短編ながら実によく出来ており、誰の目にも留まらない地味で危険も伴う作業ながら、それでも決して無意味なことではないその仕事に、日々地道に奮闘するふたりの姿がよく描けています。「地雷の処理」という、現実でもいまだ大きな問題となっているものを扱うことで、ある程度社会派の要素も帯びた秀作になっており、わずか24ページの短さでこれといった大きな展開もないのですが、それでも読者の心に何かを残す作品となっています。



・なぜこのマンガが「ジンキ」の原点と言えるのか。
 このように、かなりの小品ながら秀作だと思われるこの「ヘブンズ」ですが、しかしなぜこのマンガが「ジンキ」の原点なのでしょうか。
 ひとつには、作品がロボットもので、かつこの作者ならではの女の子のキャラクターがメインで登場することが挙げられるかもしれません。ロボットに女の子と、これらのモチーフが「ジンキ」に直接受け継がれていることは間違いありません。これも、分かりやすい「ジンキ」との共通点です。そしてもうひとつ、この「ヘブンズ」という部隊が「ジンキ」にも登場することも、直接的な関係と言えます。

 しかし、実際には決してそれだけが理由ではないのです。実は、より深く、作品のテーマそのものも「ジンキ」に繋がっていると思えるのです。だからこそ「ジンキ」の原点と言える作品になっているのです。
 そもそも、「ジンキ」とは一体どんなマンガなのでしょうか。元から「本格的なロボットもの」として打ち出され、そのロボットの本格的で緻密な造形に注目が集まりました。また、当初から女の子のキャラクターに人気が集まった点も否定できません。さらに、連載の途中であのお家騒動で一旦中断し、WINGからブレイドへと掲載誌が移ってからは、その内容に大きな変化が見られ、よりキャラクター中心の構成となり、元のスタイルからは大きな方向性の変更がなされ、元からあったテーマやストーリーが拡散し、分かりにくくなってしまいました。
 このように、ロボットやキャラクターなどの分かりやすい魅力に話題が集中し、さらに連載途中で紆余曲折があったため、「ジンキ」の持っていた本来のテーマ、方向性が一見して分かりにくい作品になっています。では、「ジンキ」の持つ本来のテーマとは何か?

 「ジンキ」では、「アンヘル」という組織がロボットを使った活動を行っており、主人公もそれに加わって操縦士として奮闘することになります。しかし、この組織が活動する舞台は、南米ベネズエラの秘境とも言えるジャングルの奥地であり、そこで「古代人機」と呼ばれる正体不明の兵器の侵略を防ぐために、日夜人知れず戦っています。ここで重要なのは、戦いの舞台が誰も来ないような奥地であり、そこで日々人知れず戦っているという点でしょう。

 ロボットものというと、侵略者を倒す正義のロボットが主役の「ヒーローもの」か、あるいは大規模な戦争におけるロボットの活躍を描く「戦争もの」を思い浮かべてしまうのですが、この「ジンキ」の場合、どちらとも異なるのではないかと思います。侵略者を倒すために戦っているという点では、「ジンキ」もヒーローものと言って言えなくもありませんが、実際には、誰も知らない場所でほとんど誰にも知られずに戦っているわけで、「ヒーロー」のような扱いを受けることはありません。しかも、恒常的に繰り返される古代人機との戦いは、完全に日々の日常と化しており、毎日地道にロボットを整備し、地道に訓練に励んで、人間の世界を守るために日々の戦いに望んでいるのです。これは、日々注目されることなく地雷の除去に励む「ヘブンズ」の部隊と非常に近い姿であり、そしてこれこそが、両作品の最大の共通点なのです。

 つまり、どちらの作品も、「ロボットを使って、地道に日常の仕事に励む」姿を描いているのです。これは、ロボットの華々しい活躍を見せるヒーローものや戦争もの作品とは、大きく異なる姿であり、その泥臭いとも言える地味な作業、それにあえてロボットを使っているという点が重要なのです。地味で人には注目されないけれど、しかし誰かが必ずやらなければならない作業。あえてそんな仕事に従事するロボットや人間の描写こそが、この綱島志朗の創作の原点だと思うのです。
 作中に登場するロボットも、決してかっこいいとは言えません。「ヘブンズ」の地雷回収ロボットは、決して洗練されたスマートな姿ではなく、むしろ重機を思わせるような無骨で鈍重な姿をしています。しかし、このロボットは、対人対戦車の地雷ではびくともしない頑強な性能を誇っており、この作業にはなくてはならない存在なのです。「ジンキ」に登場するロボットも、基本的には同じ思想でデザインされています。こちらのロボットも、やはりスマートな姿ではなく、無骨でごてこてしい体躯をほこっていました。戦い方も必ずしも「かっこいい」と言えるものばかりではなく、むしろ泥臭い戦い方でなんとか古代人機を倒す、という姿が強調されていたように思います。

 このような、「無骨な姿のロボットと、懸命に奮闘する人間が、地道に日々の作業に励んでいく」というテーマ。元々の「ジンキ」は、このようなテーマを持つ作品だったはずなのです。そして、このテーマは、作者の初掲載読み切りであるこの「ヘブンズ」にも共通しています。これこそが、この「ヘブンズ」が「ジンキ」の原点だと言える、まさに最大の理由なのではないでしょうか。


・この素朴な絵柄も、今見てみると決して悪くない。
 このように、作品の根幹となるテーマや、ロボットと女の子というモチーフは、のちの連載にそのまま繋がると言ってもいい作品となっていますが、一方で絵柄に関しては、まだまだ初期の頃の素朴さ、あるいは拙さも残るものになっています。しかし、今見てみると、新人作品の作画レベルとしては十分ですし、これはこれで決して悪くない絵柄で、むしろ好感も持てます。

 「ジンキ」時代の綱島さんの絵柄は、女の子の描写に力が出て肉感的なものとなり、いかにも男性に人気を得られそうな作風となり、実際に男性のマニア層を中心に大きな人気を獲得しました。しかし、この「ジンキ」のはるか以前、デビューし立ての頃のこの「ヘブンズ」の絵柄は、そこまで肉感的な描写にはまだ乏しく、むしろ人物の線が細く素朴な印象を受けます。しかし、今見てみるとこれはこれで魅力的であり、また年端の無い少女の純粋さがよく出ているような気がしますし、あるいは作者自身のまだ素朴だった新人時代の精神をも、強く映しているような気さえします。全体的に、新人作家らしい初々しさというか、創作にかける素朴な純粋さがまだ残っているようで、むしろ好感すら持てます。

 作者ならではのロボットの描写にもそれは言えており、「ジンキ」の頃の恐ろしく緻密に描かれた完成されたロボットの造形にはまだ及ばないものの、これはこれでこの作者ならではの無骨なロボットのフォルムや、激しい作業に従事してついた汚れや傷の描写など、中々に雰囲気よく描かれています。シンプルな作画の分、この当時の方が読みやすいという利点もあるようで、一個の作品として考えても、大きく見劣りするものではありません。新人の作品でこれだけのビジュアルレベルならば十分だとも言えますし、すでに読み切り第一作からして高いレベルの絵柄を確立していたと言えます。


・素朴ながら優れたテーマを持つ秀作。かつ後の作品に繋がる非常に重要な作品。
 以上のように、この「ヘブンズ」、ロボットものでありながら、地雷除去という地道な作業に奮闘する姿を描くという、優れたテーマを持つ秀作となっています。作者の初掲載となる小規模な読み切り作品ながら、すでに一定のレベルの完成度を持ち合わせ、読ませる作品になっている点は注目に値します。

 その上で、このテーマが、作者ののちの連載作品「ジンキ」の原点になっていると言う点は、非常に重要です。つまり、デビュー作の段階から、すでにあのような「ロボットを使って地道に日常の仕事に励む」という独特の方向性を持つロボットものの姿を確立していたわけで、この作者ならではの独創性の垣間見える創作の姿には見るべきものがあります。まだ新人の段階で、ここまで地味な方向性の作品を描く人は、そう多くはないのです。
 若い新人の作家は、どうしても既存の作品の影響を受けがちで、それも、どうしても派手な娯楽要素に走りがちでもあり、そういう新人作品は決して少なくはありません。そんな中で、この「ヘブンズ」の創作姿勢は、新人作品としては明らかに異質で、その独自性には目を引かれます。どうしてこのような作品を描くようになったのか、同じロボットものでもヒーローものや戦争ものではなく、あえてこのような作品を描くようになったきっかけはなんだったのか。そのあたりの創作精神の遍歴を、是非とも聞いてみたいと思います。

 それと、冒頭に述べたとおり、この作品は二度ガンガンWINGに掲載されています。一度目は普通に新人作品として掲載されたのですが、二度目の方は、あの「エニックスお家騒動」で綱島さんが離脱することになる号、「ジンキ」が一旦打ち切りになってしまうまさに最後の号に、どういうわけか「ジンキ」と共に掲載されているのです。なぜこの作品を最後に掲載しようと思ったのか。当時のWING編集部の真意はよく分かりませんが、結果として、これが去り行く綱島さんのエニックスでの遺作になってしまったような気がします。ブレイドに移籍後の「ジンキ」が、「ジンキ・エクステンド」とタイトルを変更して、テーマもストーリーも大きく方向性が変質してしまい、「ジンキ」本来の作品性が一旦失われてしまったため、さらにそれを強く感じてしまうのです。


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