<I'm あ 総理>

2006・4・23

 「I'm あ 総理」は、第3回スクウェア・エニックスマンガ大賞で準大賞を受賞した読み切り作品で、少年マンガでは珍しい「政治もの」として注目を集めた作品です。準大賞と同時に、この回の審査員であった荒川弘による特別賞も受賞しています。作者は新人の夏海ケイ。ガンガンパワード2003年冬季号に掲載されました。


・少年マンガで政治とは・・・。
 このマンガは、少年マンガ部門での受賞作でありながら、「政治」という普段あまり見られないモチーフを扱ったことが印象的でした。およそ少年マンガにおいて、政治を扱う作品は非常に珍しいものです。例えば、トップクラスのメジャーな少年誌である週刊少年ジャンプなどは、「政治・宗教・戦争を扱ったマンガは御法度」という噂が存在するほどで、実際にジャンプで政治もののマンガが登場することはほとんど(というか、まったく?)ありません。他の少年誌でも状況は似たようなものでしょう。
 例外としては、かつてのマガジンで「クニミツの政」という、かなり本格的に政治を扱ったマンガがありましたが、これは掲載誌のマガジン自体が対象読者年齢が高めで、ある種半分は青年誌的な雑誌であることが大きく、この作品も青年誌寄りとも言える内容になっています。逆に言えば、ストレートに少年向けのマンガで政治を扱う作品は皆無に近いわけです。

 しかし、このマンガは、その極めて珍しく、少年誌ではあまり喜ばれないジャンルである政治に挑戦しているところが最大の「売り」と言えました。それも、ある程度地位を築いているベテランの作家が(自分の力を頼りに)珍しいジャンルを手がけるのならば分かりますが、これは新人によるマンガ賞の投稿作品です。マンガ賞の他の投稿作品が、少年マンガでありふれたジャンルであるバトルやファンタジーばかりの中で、あえて政治というモチーフを選んだ印象は鮮烈で、そして肝心の内容も非常にインパクトの強いものとなっています。


・「少年マンガ的」政治マンガ。
 そして、その内容も、まさに「少年マンガ的」な政治ものになっています。
 そもそも、高年齢対象の青年・大人向けのマンガでは、政治を扱ったマンガもさほど珍しくはありません。そのような作品では、やはり現実にある政治を扱うということで、ある程度の「リアリティ」を持つものが普通です。現実の政治や社会を徹底的に反映したリアリズムを持ち、実際にある問題を読者に考えさせる「社会派」の作品であるわけです。

 では、「少年マンガ的」な政治ものとはどういうものか? この「I'm あ 総理」は、今の日本の政治状況を忠実に反映したものではなく、むしろかなりの破天荒な設定やストーリーが目立ちます。これこそがまさに「少年マンガ的」と言えるものではないでしょうか。
 このマンガの舞台は、選挙法が大幅に改正され、「全年齢への選挙権拡大」と「総理大臣の立候補国民投票制」となった20XX年の日本。そして、主人公は、その最初の選挙で11歳にして総理大臣に選出された少年・獅堂壮利(しどうそうり)です。「全年齢への選挙権拡大」「総理大臣の立候補国民投票制」(実質的に大統領制に近い?)というだけで、このマンガがかなり現実からは離れた設定を採用しており、今の日本の政治をそのまま描写した作品ではないことがわかります。むしろ、「もしも〜だったら」という設定を採用した「IFもの」に近い作品と言えるかもしれません。
 そして、主人公はなんと11歳の少年総理大臣。これもかなり非現実と言えますが、しかし非常に斬新な設定とも言え、物語の冒頭からインパクトに溢れています。そして、この少年総理が、「寒いダジャレとチョコレートが好き」という子供らしい一面を見せつつ、しかし一方では卓越した政治見識と、そして機知と大胆さを合わせ持ち、普通の政治家があえてやらないような思い切った政策を次々を打ち立て、年寄りの政治家たちを翻弄する様は非常に痛快です。ある意味では、これは少年総理の活躍をメインに据えた「ヒーローもの」とも言えるかもしれないのです。

 つまり、このマンガは、「破天荒で大胆な設定をベースにして、その上でヒーロー的な主人公が痛快な活躍を見せる」という、かなり「少年マンガ的」な方法論で作られているのです。政治ものではありますが、大人向けマンガに見られるようにリアリティを重視するだけでなく、政治を舞台にして少年が痛快な大活躍をする少年マンガになっています。言うなれば、「普通の少年マンガでよく見られる『バトル』や『ファンタジー』などのモチーフを、そのまま『政治』に置き換えたマンガ」と見てもよいかもしれません。


・現実を反映した政治ものとしても面白い。
 しかし、このマンガは単なる少年マンガ的な娯楽作品ではありません。確かに、設定そのものは破天荒で非現実的と言えるかもしれませんが、そこで扱われる政治課題は今の日本のそれをそのまま採り入れており、現実の日本を反映した政治ものとして見ても非常に面白いのです。
 しかも、それら今の政治課題があまりにも露骨にストレートな形で登場し、それに対して主人公の少年総理が一切の建前なしでバカ正直に改革に取り組み、対立する政治家たちにも歯に衣着せぬ本音で発言を繰り返すなど、ある意味では現実の政治に対する「風刺」と言える側面もあります。破天荒で非現実的な設定だからこそ、現実の政治課題を露骨に風刺できるわけです。これが、リアリティを重視した現実路線の政治ものならば、こういった方法は取れません。つまり、このマンガは、決して単なる少年マンガ的な痛快ヒーローものに終始しておらず、実は極めて効果的に現実の政治状況を採り入れており、「社会派の政治もの」として見ても非常に面白いのです。


 また、「11歳の少年総理」という設定も、必ずしも非現実的な要素ばかりではありません。確かに「子供の総理」という事実自体はありえないようにも思えますが、「なぜ子供が総理に選ばれたのか」その事情は納得いく形で描かれ、しかもそれがありがちな国民心理によるものとされており、このあたりの描写には思わず唸ってしまいました。「なんとなく」「夢を見たくて」選んだというのは、確かに今の日本なら大いにあり得る話です。


・インパクトは絶大、心に響く強烈なメッセージ。
 そして、何といってもこのマンガの最大の魅力は、本気で胸を打つ主人公の熱いメッセージです。これは本当に素晴らしい。
 このマンガ、実は技術的にはそんなに大したものではありません。絵はかなり印象的な濃さがありますが、まだまだ新人らしく雑な部分が目立ちますし、ストーリーの構成、完成度にも一考の余地があります。しかし、そんな些細な欠点など吹き飛ばすほどの強烈なインパクトが、このマンガはあるのです。
 その最たるものが、ラストのクライマックスシーン、少年総理に反発して人質事件を起こした若者との対話で、主人公の獅堂総理が床に這いつくばりながら放つメッセージです。政治家としての自分のあり方を決意表明する鮮烈なシーンですが、わたしは、このページを見て本気で感動してしまいました。いや、何度読み返してもここのシーンだけは本当に心に響きます。しかも、これが現実の日本の政治との乖離をも露骨に表わしており、その点でも本当に感心します。このマンガを読めば、今の日本で政治家のことを「先生」と呼ぶことが明らかにおかしいことに気づくはずです。

 さて、この「I'm あ 総理」は、決して突出した完成度の作品ではありません。同じ新人作家の投稿作品でも、例えば荒川弘やMINAMOあたりの作品は、絵的にも内容的にも非常に高い完成度を誇っていますが、この「I'm あ 総理」の完成度は、さすがにそれらには見劣りがします。前述のように、絵的にもストーリー的にもまだ改善の余地がある作品で、技術的にはさほど目立ったものはありません。この内容ならば、マンガ賞でもまず入選レベルの作品で、準大賞は少々高すぎる評価のようにも思えます。
 しかし、このマンガには、少々の完成度の低さなど吹き飛ばすほどの鮮烈なメッセージのインパクトがあります。完成度以上に、素晴らしく人の心に残る作品になっているのです。これならば準大賞でも納得できますし、審査員の荒川弘が特別賞を与えたのも十分に理解できます。いや、準大賞ではなく、思い切って大賞を与えてもよいほどです。
 わたしは、世の中の良作には大きくふたつの種類があると考えています。ひとつは「欠点は多いが、それ以上に何か圧倒的な魅力がある作品」。そしてもうひとつは「全体的に欠点の少ないタイプの、完成度の高い作品」です。この「I'm あ 総理」の場合、明らかに前者であると言えます。荒川弘やMINAMOの作品が、その優れた完成度で大賞(準大賞)を獲得したのに対し、このマンガはその「熱いメッセージのインパクト」という圧倒的な魅力で準大賞を獲得している。完成度自体はさほどではないものの、作品の魅力では勝るとも劣らないものがあるのです。


・このマンガを連載化してほしかったというのが本音。
 さて、このマンガで鮮烈なデビューを飾った夏海ケイさんは、その後ガンガンパワードでいくつかの読み切りを執筆したのち、少年ガンガンで「王様の耳はオコノミミ」という編集部主導の料理マンガの連載を始めました。しかし、未だにデビュー作であるこの「I'm あ 総理」を超える作品は出ていないように思えます。特に、連載マンガである「王様の耳はオコノミミ」は、王道的でありがちな料理マンガといった感が強く、平凡な作品に留まっている印象があります。「I'm あ 総理」で見られた、少年マンガであえて「政治」を扱うオリジナリティや、強烈なメッセージによるインパクトなどが、この作品では見られないのです。

 やはり、ぜひともこの「I'm あ 総理」をそのまま連載化してほしかったところです。かつてのエニックスの新人では、デビュー作をそのまま連載化してヒットに結びつけた人は何人かいますし、デビュー作と同じ雰囲気・方向性の作品で連載化して成功した人も含めればかなりの数にのぼります。夏海ケイさんにも同じ道を歩ませてほしかったというのが本音です。「I'm あ 総理」ならば、「政治を扱う少年マンガ」というだけでオリジナリティは抜群ですし、それを連載するだけで他の雑誌とは異なる独創性を見せることも十分に可能でした。その上で、少年マンガ的で痛快な内容で少年読者でも存分に楽しめ、それでいて現実を反映した社会派の政治ものとしても読める懐の広い内容、人の心を打つメッセージのインパクトと、様々なポイントで楽しめる良作になっていたと思うのです。
 しかし、今のガンガンは、まずメジャー志向の一般的なジャンルのマンガを載せることを第一に考える編集方針のため、この「政治」のような少年誌では一般的でないジャンルの作品を、あえて載せることは考えなかったのでしょう。それどころか、「王様の耳はオコノミミ」という、編集部主導でメジャーな料理マンガをそのままなぞったかのような作品を連載させられるわけで、これでは作者本来の魅力が発揮されていないのではないでしょうか。

 個人的には、「I'm あ 総理」で人質事件を起こした若者(八千代)に対して、最後に獅堂総理が残す「こっち(政界)に来いよ 待ってるよ」という言葉の続きを連載で読みたかったところです。八千代がこの言葉に奮起して政界をめざして立候補し、政界に入って獅堂総理と共に奮闘する話が読みたかったと思うのですが・・・。今となってはこの作品も過去の読み切りとなってしまい、ほとんどの人の記憶から忘れ去られているのが残念でなりません。



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