<時間ですよ>

2006・3・22

 「時間ですよ」は、第9回エニックス21世紀マンガ大賞で奨励賞を受賞した読み切り作品で、「奨励賞」というランクの低い賞でありながら、かなり完成された感のある良作です。掲載は少年ガンガン1999年8月号。作者は宇夢和実です。

 しかし、この「時間ですよ」が掲載された少年ガンガン1999年8月号では、同マンガ賞で大賞を受賞した「STRAYDOG」(荒川弘)が掲載され、さらに入選を受賞した「ぼくらのポストマン」(神田晶)も掲載され、さらにさらに珠玉の読み切りであった「コウノトリの仕事」の前編まで掲載されており、しかもこれらすべてが非常にレベルの高い読み切りであったため、奨励賞というランクの低い作品であったこの読み切りは、相対的にほとんど注目されることなく、まったく印象に残らないままで読者の記憶から消えてしまった感があります。しかし、実際にはこの作品も十分な良作であり、これが全く注目されなかったのは、あまりにも不遇であったと言わざるを得ません。


・宇夢和実とは何者か?
 さて、前述の通り、このマンガの作者は宇夢和実さんなのですが、この方はその後「コミックフラッパー」などで読み切りを重ね、その途中でペンネームを梅川和実と変えて活動するようになります。そして2001年から、当時創刊された「週刊コミックバンチ」で、作者初の連載作品である「ガウガウわー太」を開始します。そして、これがマニアを中心に大いに受け、コミックバンチの中でもかなりの異色作として一躍有名になります。その後の活躍についてはもはや言うまでもないでしょう。

 しかし、この梅川和実が、かつて別ペンネームでガンガンに読み切りを残していたという事実は、もはやほとんど知られていません。それが、この「時間ですよ」なのですが、これは作者のオリジナル作品では商業誌初掲載作品であり、実質的なデビュー作に当たります。当時から既に中性的で優しい絵柄は完成されており、内容的にものちに「ガウガウわー太」で見られる細やかな心理描写と温かい雰囲気が強く感じられ、デビュー作の段階で既に作者の個性が確立されていたのがよく分かります。


・優しく温かい物語。
 この作品は、死が運命づけられた人間の魂をあの世に導く「死神」候補の少年が主人公の物語で、死神になるための試験として、人間の男の子の魂を導く任務を受けるお話です。実は、このような「死神(や天使)が人間の魂を天国に導く」というマンガは、ファンタジー系雑誌では珍しいものではなく、当時のエニックスでもGファンタジーを中心にちらほらと目にした記憶があります。そのため、物語の設定だけを見れば、やや新鮮味に欠けるところもあるのですが、その内容はよく考えられており、同タイプのファンタジー作品の中でも特に読めるものとなっています。

 物語の中心となるのは、12歳の幼さで死ぬことが決まった森崎兼二という男の子です。彼の元に、死神候補である主人公の喪中(もなか)と、その相棒の影丸がやってきます。もちろん、兼二をあの世へ導くためにやってきたのです。「時間ですよ」というタイトルは、実はこの時に主人公が発する言葉で、つまり「あの世へ行く時間ですよ」という意味なのです。

 しかし、兼二は、あの世へはどうしても行こうとせず、ふたりを連れ回し、自分の死を頑として受け入れません。彼には、宇宙飛行士になりたいという夢があり、どうしても死にたくなかったのです。しかし、あの世行きを拒んだ魂は転生することは出来ず、この世で地縛霊となってしまい、やがて消滅してしまいます。死神候補である喪中は、「自分が死神になりたいのは、そんな地縛霊になって消滅するような霊をひとりでも救いたいから」という思いを打ち明け、兼二を必死に説得します。魂さえあれば転生できる。記憶は失っても命は消えない。今度こそ願いをかなえることができると。その心からの温かい説得によって、ついに兼二は自分の死を受け入れ、あの世へと行くことを決意します。このあたりのふたりの細やかな心理描写と、相手のことを真に思いやる温かな想いが胸を打つのです。

 こうして兼二は無事天国へと導かれ、喪中も無事任務を果たして試験に合格し、晴れて正式な死神となります。そんな喪中の元に、天国を抜けだした兼二が会いに来て、「ありがとう」のお礼を言って去っていきます。兼二の人間への転生も決まり、すべてが丸く収まって穏やかなエンディングを迎えます。

 以上のように、この物語は、全体を通して穏やかで温かい雰囲気に溢れており、「死」というシビアで重いテーマを扱う作品でありながら、そこには作者の言い知れない優しさが感じられるのです。これは、以後の宇夢和実(梅川和実)作品にも共通する要素でもあり、前述のように、デビュー作であるこの作品で既に作者の個性が確立されていたことが窺えます。
 さらには、このような雰囲気は、当時のエニックスの作品に広く見られた要素でもあり、そのイメージをもよく表した一作となっています。当時のエニックスマンガ独特の方向性を実に鮮明に表した新人作品だと言えるでしょう。


・中性的で優しい絵柄。
 内容だけではありません。作者独特の優しい絵柄も、すでにこの時点で完成されています。
 そして、これはいかにもエニックス的な絵柄でもあり、中性的で男女問わず受け入れられるような、くせの少ないプレーンな絵であることも特徴的です。当時のエニックスの絵柄を代表するかのようなビジュアルの作品であり、いきなり読み切りでガンガンに載っても全く違和感のない新人作品でした。そのまま連載しても良かったくらいです(笑)。

 そして、絵のレベル自体もきっちりとまとまっています。これが作者のデビュー作だけあって、一部にまだ技術的に見劣りする箇所もあるのですが、それを含めてきっちりと安定して読めるだけの画面をうまく作り上げています。とにかく仕上がりが丁寧でかつすっきりとしていて、読みやすいのが最大の長所なのです。
 実は、最近のガンガンでは、少年マンガを意識した新人作品が多いのですが、それらの絵は仕上がりが汚く、とにかく読みづらいことが非常に多いのです。まだデビュー作で絵の技術が確立していないのは理解できるのですが、それでももう少し時間をかけて読みやすい画面を心がけてほしいと思ってしまいます。
 それとは対照的に、宇夢和実さんのこの作品は、確かにまだ技術的にはさほど目立ったものはないのですが、それでもその技術の範囲内で出来る限り丁寧に仕上げようという意識が感じられ、余計な細部の描き込みや効果も入っていないため、シンプルで読みやすい絵になっているのです。そして、この「読みやすい」絵柄というのも中性的なエニックスマンガの特長であり、わたし個人としてもやはりこちらの方が気に入っています。


・キャラクターも魅力的。
 そして、宇夢和実(梅川和実)作品で特筆すべきは、やはりキャラクターでしょう。
 作者のこの後の作品、特に「ガウガウわー太」などは、様々な点で我々を萌えさせてくれたマンガではあるのですが(笑)、オリジナルのデビュー作品であるこの作品には(残念ながら)萌え要素はほぼありません(そもそも女の子がほとんど出てこないんです、このマンガ)。しかし、その独特の感性で描かれる、個性的な性格のキャラクターは健在です。

 このマンガは、ほとんどが主人公の死神(候補)・喪中と、彼にあの世へと導かれる男の子・兼二のふたりが中心なのですが、そのそばでもうひとり、主人公の相棒である影丸の存在が面白い。彼(彼女?)は、主人公の仕事を手伝うために常に同行しているのですが、ほとんどしゃべらない上に、まったくの無表情のままで付き従っています。しかし、そんな様子でありながら、そこには確かな存在感があり、その微妙な立ち振る舞いから、その内面に広がる考えまで読めるような気がするのです。ビジュアル的にも見栄えがする人物で、なんとも掴み所のない存在でありながら、その実とても個性的で面白いキャラクターでありました。


・これは絶対に奨励賞クラスの作品ではない。
 以上のように、この「時間ですよ」は、新人のデビュー作でありながら既にきっちりと完成された感があり、派手さこそないものの、穏やかで優しい作者の創作精神を感じる、心温まる作品となっています。はっきりいって、これは奨励賞クラスの作品ではないでしょう。
 奨励賞と言えば、上から大賞・入選・佳作と来てその下に位置する受賞ランクですが、この作品は、どう悪く見ても佳作レベルか、普通ならば入選を取ってもおかしくないレベルの作品です。これが奨励賞止まりというのは、正直かなりシビアな評価だとも思えます。

 しかし、実は掲載当時のガンガンでは、これが奨励賞でも誰も違和感を覚えなかったのです。なぜなら、この「時間ですよ」が奨励賞を受賞した第9回エニックス21世紀マンガ大賞では、あの荒川弘の「STRAYDOG」が素晴らしい評価を得て文句なく大賞を受賞しており、さらには神田晶の「ぼくらのポストマン」、山祗晶緋呂の「徒爾少々」というどちらも非常に面白い作品が入選を果たしており、これらの作品と比べれば、この「時間ですよ」が相対的には劣る作品であることは明白だったからです。「時間ですよ」は確かに優秀な作品なのですが、しかし入選受賞の「ぼくらのポストマン」「徒爾少々」が相手では少々分が悪すぎました。これらの作品は、どちらも入選以上の面白さを持つ珠玉の読み切り作品なのですが、それが入選に入っているのだから仕方ありません。「時間ですよ」が奨励賞止まりなのも納得できてしまうのです。
 まして、この時は大賞にあの荒川弘の「STRAYDOG」が入っているのです。前述のふたつの入選作品すら霞んでしまうほどの完成度を持つ作品が大賞に入っている状態では、この大賞や、さらには入選作品よりも相対的に劣る「時間ですよ」が奨励賞扱いなのも無理のない話で、誰もこのことにほとんど違和感を持たなかったのです。

 さらには、この「時間ですよ」の掲載号が、1999年8月号であったことも大きい。この号では、前述の「STRAYDOG」「ぼくらのポストマン」が両方同時に掲載されており、しかもこれに加えて、「STRAYDOG」のさらに上を行くかのような完成度を持つ読み切り「コウノトリの仕事」の前編までも掲載されているのです。「STRAYDOG」「ぼくらのポストマン」「コウノトリの仕事」と珠玉の読み切りが3つも掲載されている誌面では、この「時間ですよ」の存在が非常に薄いものになってしまったのも仕方ないところです。しかも、この「時間ですよ」は、「STRAYDOG」の一つ前に隣接して掲載されているのです。もうほとんど荒川弘の前座扱いです(笑)。いくらなんでも、相手が荒川弘では分が悪すぎでしょう。このマンガがさして人々に注目されず、特に印象に残らずに消えてしまったのも納得出来てしまうのです。

 それにしても、この当時のガンガン、エニックスの新人のレベルは本当に凄いものだったのだなと改めて思います。今では実力派の作家として知られている梅川和実の作品が、実に単なる奨励賞止まりで、しかも誰もそのことに違和感を覚えなかったのだから、改めてそのレベルの高さを思い知らされます。
 そして、それら珠玉の読み切りがこれだけ掲載された「少年ガンガン1999年8月号」というのは、一体どんな雑誌だったのでしょうか(笑)。ガンガンの歴史上でも最高の一冊ではなかったかと思います。

 ・・・しかし、あの荒川弘と梅川和実が、かつてガンガンの同じ号で、デビュー作の読み切りを同時に(しかも隣同士で)掲載していたというのは、なかなかに面白い事実ですね。


・エニックスでデビューさせるべき作家だった。
 しかし、改めて言いますが、この「時間ですよ」は間違いなく優秀な作品です。確かに「STRAYDOG」や「ぼくらのポストマン」「徒爾少々」そして「コウノトリの仕事」には劣るかもしれませんが、これはこれで十分すぎる良作だったのです。これだけははっきりと伝えておきたい。

 そして、この作品でオリジナル作品初掲載を果たした宇夢和実(梅川和実)さんですが、その後「コミックフラッパー」でシリーズ読み切りを掲載した後、コミックバンチで「ガウガウわー太」の連載を始めるなど、エニックスからは完全に離れて活動するようになります。しかし、これだけの良作を最初にガンガンで残したのだから、なんとしてもそのままエニックスでデビューさせるべく引き止めるべきだったと考えます。
 それに、宇夢(梅川)さんの作風自体も、本来的にはエニックスで活躍するほうがふさわしかったとも思えます。この中性的で優しい絵柄と雰囲気は、まさにエニックス的なものに他なりません。わたしなどは、コミックバンチで「わー太」が連載されている時も、「なんでこんなエニックス的なマンガが、ぽつんとひとつだけコミックバンチに載っているのか」と不思議に思って見ていたくらいなのです(笑)。そして今となっては、巡り巡って、広い意味でエニックス系とも言える「Comic REX」に移籍して連載しているわけですから、やはり落ち着くところに落ち着くものなのだな、と改めて思うわけです。

 しかし、エニックスで引き止めなかった理由もありました。当時のガンガン編集部は、「時間ですよ」掲載から一年も経たないうちに雑誌の路線を変更してしまい、このような中性的な雰囲気の作品をガンガンに載せる意思が無くなってしまったため、無理をしてまで宇夢(梅川)さんを引き止める必要性が無くなってしまったのです。そして、そのために、のちに実力派の作家として活躍する宇夢(梅川)さんを、その読み切りデビュー作を掲載するというアドバンテージを得ておきながら、この時点でいきなり逃してしまったのです。

 今となっては、この読み切りでの「宇夢和実先生の次回作にご期待ください」という編集者のコメントが空しく聞こえるばかりです。ほんとガンガンは、この当時に珠玉の新人を多数発掘しておきながら、それらの惜しすぎる新人をことごとく失っていますね。


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