<かさぶたさん>

2006・8・19

 「かさぶたさん」は、第2回スクウェア・エニックスマンガ大賞で佳作を受賞した作品で、ガンガンWING2003年10月号に掲載されました。作者はカザマアヤミで、これが彼女の実質的なデビュー第一作となります。

 この作品は、佳作という低いランクでの受賞でありながら、実に丁寧に描かれた良作の印象があります。しかし、他の受賞作のように、スケールの大きい設定やストーリーが特徴の「大作」といった印象ではないため、「大賞」や「入選」を取るには少々インパクトが弱いかなという感もあり、「やはり佳作あたりの受賞で妥当かな」と思わなくもありません。しかし、その一方で、ちょっとした日常の出来事と登場人物の細やかな心理を丹念に描いており、爽やかな読後感を持つ良作となっています。また、デビュー作でありながら、すでに今とほとんど変わらないほど絵柄が完成していたのもポイントです。


・マイナー思考の心理。
 このマンガは、主人公であるあっちゃん(温乃)という高校生の女の子が、登校中に電車で大学生らしい兄ちゃんに毎日出会うようになり、ふたりが互いに意識し合い、少しずつ引かれあっていく様を丹念に描いた、「ガール・ミーツ・ボーイ」(?)とも言えるストーリーとなっています。ここでクローズアップされるのが、主人公・あっちゃんのマイナー思考の描写で、これが実に切実で面白い。
 あっちゃんは、たまたま電車で出会った大学生と、「かさぶた占い」という、普通の人はほとんどやらないような趣味(癖)が一致したことから、俄然興味を持ち、日々観察を続けるうち、それ以外の趣味もことごとく一致することに気づき、これまでにない好感を持ち始めます。この「マイナーな趣味の人間が、自分と趣味を同じくする人間と出会った時の喜び」が、実にうまく描かれていて、ああ誰しもそう思うよなあ、と微笑ましく読むことができます。筆者であるわたし自身も、かなりマイナーな趣味の人間なので、このあたりの描写には大いにうなずけるものがあり、このマンガに対する好感度も非常に高くなりました。

 特に面白いのが、前述の「かさぶた占い」という極めて特殊な趣味(癖?)を描いたシーンで、これは「怪我が治りかけた時のかさぶたをはがして、血が出なければラッキー」というもので、「そんなこと自分以外誰もやらないだろう」というような趣味を、たまたま電車に乗り合わせた大学生がやるのを見て、心の底から驚愕するのです(笑)。このあたりの激しい喜びは、本当に当人にしか分からないものなのでしょう。


・自分と同じ趣味の人と付き合いたいという、微笑ましい行動。
 そして、待望の同じ趣味の人を見つけたあっちゃんは、以後なんとかしてその大学生と話してみたいと思うようになり、きっかけを作ろうと日々様々な試みを重ねていきます。この行動がまた微笑ましくてなごみます。確かに、見た目に自分と同じ趣味に見えるからと言って、いきなり見ず知らずの人に話しかけるというのは、あまりにも不自然と言えますし、高校生の女の子としては、それはかなり勇気のいる行動でしょう。
 そこで、自然なきっかけを作ろうとして、そばに近づいたり、目を合わせようとしたり、近くに定期を落としてみたりと、日々試みを重ねていき、、ほとんどそれは空回りしてしまいますが、それでも少しずつではあるが近づいていく感触も得られ、好感を持って明日に望みます。このあたりの細やかな描写のひとつひとつが、主人公の微妙な心理をよく描いています。前述のマイナー趣味の心理といい、この作者はこういった心情描写が巧みですね。


・そして、最後に・・・。
 そして、日々の努力(?)で好感触を得たあっちゃんは、ついに今日こそ声をかけてみようと決心し、電車に乗り込みます。しかし、ここで思いがけない出来事があり、近づいたと思った関係が、実は思った以上に遠いものであったと感じてしまい、一旦はあきらめてしまいます。せっかく見つけたと思ったマイナー趣味の同好者と、気の合う付き合いが出来ると思っていたあっちゃんは、大いに落ち込みます。
 しかし、偶然にも帰りの電車でもう一度出会ったことで思い直し、今度こそと思い切ってアタックをかけ、ついに成功します。実は、相手の方も自分と趣味が一致しているところを見ていて、同じことを思っていたのでした。ついにふたりは打ち解け、「マイナー趣味の同士で楽しく語り合う」という目的を達成し、ハッピーエンドで終わります。最後まで微笑ましい描写で幕を閉じるあたり、読後感も実に爽やかです。


・シンプルながらもかわいらしく完成された絵柄。
 そしてもうひとつ、このマンガの最大の魅力は、やはりそのかわいらしい絵柄でしょう。
 極めてシンプルで線が少なく、背景もそれほど描き込んでいないにもかかわらず、マンガの絵として過不足なく完成しています。このセンスのよさはかなりのもので、実質的な作者のデビュー作でありながら、技術的な拙さはほとんど感じません。実際、カザマさんのその後の読み切り、そして昨今連載中である「ちょこっとヒメ」あたりと比較してみても、ほとんど変わらないほどの絵柄がすでに出来上がっています。特に、キャラクターの微妙な表情や、1コマごとに効果的に背景トーンを採り入れた雰囲気作りが巧みです。

 そして、このマンガの時点ではさほどでもなかったのですが、実はこの人の絵は非常に萌えることがのちに判明します(笑)。キャラクターの柔らかい描線と中性的な画風があいまって、いわゆる「癒し系」の萌えマンガの素養を備えていました。このマンガに限っては、キャラクターの外見よりも巧みな日常描写や心理描写の方が目立っており、ストーリーや設定も非常にシンプルなため、特に萌えが目立つ内容ではなかったのですが、これがのちの読み切り、そして連載マンガの方では大きくブレイクすることになります。


・ストーリーはシンプル、キャラクターの描写に力が入った通好みの作品。
 このマンガは、ストーリー的には至ってシンプルで、特筆すべきことはあまりないかもしれません。ストーリーで読者を引っ張って読ませるような物語ではなく、むしろ、キャラクターの細やかな心情描写で、ちょっとした日常のエピソードを丹念に描いた作品です。

 このあたりの特徴から、この作品は、そのような細かい人物描写、心理描写を重視するマンガマニア(マンガ読み)に対して受けのいい、通好みの作風であると言えます。実際、ガンガンWINGに最初にこの読み切りが掲載された時も、一般の読者の間では大きな話題にはならず、むしろ一部のコアな読み手の間で密かに評価を受けていたように思えます。派手な設定やストーリーもなく、受賞ランクも「佳作」というレベルで、小さくまとまった小品という感は否めませんでしたが、実はかなりの良作であり、カザマアヤミというマンガ家の実力を十分に知ることの出来た、優秀なデビュー作であったと言えそうです。


「読み切り作品」にもどります
トップにもどります