<コウノトリの仕事>

2006・2・11


 「コウノトリの仕事」は、新人作家・MINAMOによる、「水辺の物語」に次ぐガンガンでの2作目の読み切りです。MINAMOさんは、1998年に「水辺の物語」という作品で第7回エニックス21世紀マンガ大賞・準大賞を受賞し、これが少年ガンガン1998年7月号に掲載され、読者の間でも高い評価を得ました。その後一年のブランクを経て、満を持した形で発表した2作目の読み切りが、この「コウノトリの仕事」です。

 掲載は少年ガンガン1999年8月号・9月号。つまり、この作品は、新人の読み切り作品ながら前後編で掲載されています。ベテランの重鎮作家の読み切りや、あるいは何らかの企画物での読み切りならば、このように複数号に渡る掲載もあるでしょうが、単なる新人作家が前後編で掲載されるというのは、実に破格の扱いであり、このMINAMOという新人作家が編集部からいかに高い評価を得ていたかが良く分かります。そして、この作品は、その高い評価に見事答えており、素晴らしい完成度を誇る珠玉の読み切りとなっています。

 そして、この読み切りの前編が掲載された少年ガンガン1999年8月号では、あの「STRAY DOG」(荒川弘)と「ぼくらのポストマン」(神田晶)という、非常にレベルの高い読み切りがふたつも掲載されており、この「コウノトリの仕事」の掲載も併せて、その読み切り作品の充実ぶりは奇跡的なレベルに達します。さらに、この読み切り前後編が掲載された直後の10月号では「徒爾少々」(山祗晶緋呂)、年が明けて2002年2月号では「DOME CHILDREN」(山崎風愛)と、これまた珠玉の読み切りが掲載されます。この当時のガンガンは、連載作品のラインナップも非常に充実していましたが、実は読み切り作品に於いても素晴らしいラインナップを誇っており、まさにあらゆる点において最盛期だったことが窺えます。


・これが本当に新人の画力なのか。
 この作品に触れると、誰しもまず新人とは到底思えないほどの極めて高い画力に圧倒されます。本当にこれが新人の読み切りなのでしょうか。
 この読み切りは、前編・後編共にセンターカラーで掲載という破格の扱いなのですが、そのカラーページの画面の質感にまず引き込まれます。そして、本編においてのモノクロページでの画力の高さにさらに驚くことになります。
 一口に「画力が高い」と言っても、「デッサンがうまい」「構図がうまい」「描き込みが凄い」「色の塗りがいい」などマンガ家によってその内容は様々だと思いますが、このMINAMOさんの場合、空間描写の巧みさ鮮烈な色彩感覚に目を奪われます。

 この物語は、赤子の魂を運ぶコウノトリと天使たちの活躍を描いたもので、広い大空が物語の舞台となっています。そして、この大空を飛び交うコウノトリと天使たちの姿や、天空に浮かぶ巨大な建造物の壮観な光景など、空をモチーフとした空間描写にまず引き込まれます。構図の取り方が実に巧みで、多彩なアングルから繰り出される空の光景は見ていて(読んでいて)飽きません。その世界観に圧倒されます。

 そして、その画面をさらに引き立てるのが、鮮烈なまでの色彩表現です。カラーページの、絵の具の質感まで感じ取れるような重厚なタッチも素晴らしいのですが、 本編のモノクロページでのベタ(黒塗り)による表現がさらに素晴らしいのです。具体的には、この物語は空、それも夜の空が主要な舞台なのですが、その夜の空を表現する黒いベタの表現が実に鮮烈なのです。この黒く塗られた夜の空と、それ以外の白い絵の部分とのコントラストが素晴らしい。しかも、この作品は、スクリーントーンをまったく使っていないことがさらにこの点を際立たせています。トーンを使っていないために、よりいっそう白と黒のコントラストが際立つのです。

 ところで、わたしは、かつて初期の天野こずえさんの読み切りで、ベタを使った夏の空の表現に大いに引き込まれた経験があります。黒で描かれた空に、眩しい夏の青空を感じることが出来るのだから不思議です。
 そして、天野さんが黒のベタで夏の青空を表現したのとは対照的に、このMINAMOさんは黒のベタで夜の星空を巧みに表現しているのです。いや、元々黒という色は夜を表す方が普通ですから、MINAMOさんの方がオーソドックスな表現方法ではあります。しかし、この作品の夜の空は、単なる暗い空ではなく、そこには確かに美しく静謐な空間が感じられるのです。この色彩感覚は見事の一言に尽きます。

 しかし、これが本当に新人作家の画力なのでしょうか。いや、確かにMINAMOさんはこの作品が2作目で、デビューから1年が経過しており、決してずぶの素人というわけではありません。「1年で大いにうまくなったのだろう」という推測も成り立ちます。
 しかし、実際にはその推測は間違っているのです。実は、MINAMOさんは、デビュー作である1作目「水辺の物語」の段階で、既に「デビュー作とは思えない」ほどの極めて高いレベルの画力を見せていたのです。そして、2作目であるこの作品でも、変わらぬ安定した画力を見せるばかりか、その絵はさらに洗練され、もはや最上のレベルにまで達しているわけです。
 そして、デビューして間もない段階で、ここまでのレベルに達するというのも、考えて見れば凄いことなのです。例えば、前述の天野こずえさんなどは、今では圧倒的な画力で卓越した世界観を見せていますが、しかしデビューして初期の数年の間は、まだまだそこまで高い画力ではありませんでした。天野さん以外の実力派作家、例えば荒川弘さんでも、投稿受賞作でデビューして間もない頃は、まだまだ荒削りで拙い部分もある絵だったと記憶しております。
 その一方で、このMINAMOさんは、初期の段階で既に圧倒的な画力を身に着けているわけで、これは本当に凄いことなのです。画力に関して言えば、天野さんや荒川さんをもはるかに凌ぐトップクラスの新人だったのです。


・圧倒的な世界観。
 上記の画力の説明でも半ば語ってしまった感がありますが、このマンガはとにかくその世界観に圧倒されます。
 とにかくを舞台にした壮大な世界観は素晴らしいの一言に尽きます。1作目の読み切りである「水辺の物語」が文字通り水の世界だったのに対して、一転して2作目は空の世界なのです。その空を描いた空間表現の巧みさについては、先ほども述べた通りです。そして、トーンをまったく使わずに、白と黒と手書きの効果線のみで描かれた、はるか彼方まで見渡す遠景の描写などは、まさに透き通るかのような透明感に溢れています。

 実際、このマンガの世界観の魅力はあまりにも突出しており、当時このマンガを読んだ読者の間で「まるで宮崎駿のアニメのようだ」という感想が大きく広まりました。確かに、このマンガには宮崎作品を思わせるような雰囲気に満ちており、わたし自身も大いに頷いた記憶があります。
 そして、もちろんエニックス系作品においても、ここまで素晴らしい世界観の完成度を見せるマンガはほとんどありません。今までのすべてのエニックス系作品の中でもほとんどトップクラスであり、このマンガに匹敵する作品となると、わずかに前述の天野さんの「AQUA」「ARIA」程度しか思いつきません。しかも、それが単なる新人の読み切り作品で、一部の雑誌読者が覚えているのみの、ほとんどの人が忘れた(あるいは、最初から知らない)作品で達成されているという点が驚きなのです。ちなみに、このマンガはいまだにコミックスに収録されていません。


・迫真の演出で見せる感動のストーリー。
 しかし、このマンガの魅力は、絵や世界観だけではありません。本気で感動するストーリーこそが最大の魅力でしょう。

 物語の主人公は、若く元気に溢れる天使のニナ。彼女は、パートナーであるコウノトリのフリスと共に、人間の赤子に魂を運ぶ仕事(「入魂の儀式」)に励んでいます。日々順調に仕事をこなし成長するニナですが、ある日、嵐でベテランの天使が仕事に遅れるというアクシデントが起こり、代わってニナとフリスに、三つ子の最後の子に魂を運ぶという大役が回ってきます。目前に迫った大役に、不安に押しつぶされそうになりながらも仕事に向かうニナですが、その不安を赤子の魂が感じ取ってしまい、魂が予定より早く目覚めてしまったがために、寸前で入魂に失敗してしまうのです。

 この作品では、とにかく登場人物たちの篤い信頼関係が胸を打ちます。入魂に失敗したニナは、悲しみにくれながらも、もう一度だけ入魂の儀式を行いたいと頼み込みます。しかし、それは既に死んだ赤子(死者)に対する入魂であり、神の意思に背き自らの命も落とすかもしれないという危険な行為でした。
 しかし、ニナのパートナーのフリス、仲間の天使たち、そして本来ならば危険な行為を止めるべき指揮官の立場である天使長さえも、ニナの悲痛な思いを受け取り、再度の入魂を認め、おのおのが皆全力でニナをバックアップしていきます。その篤い信頼関係、真に仲間を思う気持ちが強く胸を打つのです。

 最後には、ニナの入魂にかける強い思いと、全力でバックアップする仲間たちのおかげで、無事入魂に成功します。ニナを守るために体を張り、打ち倒されたパートナーのフリスも、仲間のバックアップのおかげでギリギリのところで助かり、無事一人の犠牲も出さずにハッピーエンドを迎えます。ラストシーンでは、今一度天使とコウノトリの信頼関係がきめ細やかな心情描写で語られ、優しさと穏やかさに満ちた感動のエンディングを迎えます。

 特筆すべきは、この作品のストーリーを語る迫真の演出です。この作品は、天使とコウノトリたちの優しさと信頼関係が全面に出た、心温まるストーリーではあるのですが、決してそれだけではなく、時に緊迫感溢れるシーン、迫力の演出が随所に見られるのです。特に、天使とコウノトリによる入魂の儀式のシーンなどは、まるでアクション映画のような迫真の演出であり、一気に物語に引き込まれます。つまり、このマンガは、単に物語自体が優れているだけではなく、それを見せる迫真の演出が素晴らしく、物語をまるで至近距離で見ているかのような、抜群の臨場感をも感じることが出来るのです。


・これはガンガンの読み切りでも最高傑作ではないのか。
 以上のように、このマンガの完成度は本当に素晴らしいもので、これほどまでに優れた読み切り作品はほとんど見当たりません。何しろ、新人とは到底思えないほどの卓越した画力と世界観、その上で映画を思わせる臨場感、迫真の演出で語られる感動のストーリーと、どこを取ってもまったく欠点が見当たりません。点数をつけるなら100点中で100点、減点なしのパーフェクトでまさに最高傑作です。今に至るまで、エニックスでこれを超える読み切り作品は見当たりません。

 そして、前述のように、この作品は1999年の8月号・9月号に前後編の形で掲載され、その前編の掲載時には、あの荒川弘さんの読み切りデビュー作「STRAY DOG」も掲載されています。さすがに荒川さんだけあって、こちらの読み切り作品も素晴らしい出来なのですが、しかし、実はこの「コウノトリの仕事」の方が、さらに完成度の高い最高傑作だったのです。荒川さんの読み切り作品だけではなく、それをも超えるような作品が当時のガンガンには存在したのです。

 しかもしかも、この当時は、これと同じ号に掲載された「ぼくらのポストマン」や、この前後の号で掲載された「ワガママ天使の育て方」(黒乃奈々絵)「徒爾少々」(山祗晶緋呂)「DOME CHILDREN」(山崎風愛)「上海妖魔鬼怪」(荒川弘)などなど、「コウノトリの仕事」や「STRAY DOG」に匹敵するような優れた新人読み切り作品が、他にも次々と登場していたという点も注目に値します。さらに、1年前に掲載されたMINAMOさんのデビュー作「水辺の物語」をこれに加えてもよいでしょう。とにかく、当時のガンガンは、連載作品だけでなく、読み切り作品のラインナップまでも充実しきっており、「コウノトリの仕事」のような最高傑作が、なんと新人の読み切り作品で読めるという、なんとも贅沢な誌面であったのです。


・これほどの新人がなぜ不遇に終わったのか。
 さて、これほどの読み切り作品を残したMINAMOさんですが、その後の活躍はいまひとつ振るいませんでした。長らく次回作が発表されることはなく、ようやく2002年になって、ペンネームを「だいらくまさひこ」と改名し、季刊誌であるガンガン増刊パワードで「マジナル」というファンタジー作品を一年間、計4回ほど連載します。これはこれで相変わらずの素晴らしい完成度の絵と世界観を見せてくれましたが、ストーリー的にはもう一歩といったところで、さほど大きな話題にもならずに終了してしまいました。
 また、ガンガンの増刊であるパワードという雑誌が、新人のための読み切り作品中心の雑誌であり、コアなエニックスファン以外ではほとんど読まれていない雑誌であったことも、話題性の低さの一因となってしまった感があります。最近(2005年以降)のパワードは、いくつかのまとまった人気連載が生まれ、パワード初の単行本も多数出版され始めるなど、かつてよりも連載作品が注目を集める環境が整ってきましたが、このMINAMO(だいらくまさひこ)さんが連載していた当時のパワードは、まだまだそこまでの雑誌ではなかったのです。

 しかし、これほどの新人が、短期間の季刊連載で終わってしまい、それ以降は次回作もないというのは意外です。そもそも、これほどの実力派の新人が、ガンガン本誌ではなく、増刊パワードという傍流の雑誌の方で連載を持つというのも不思議です。なぜガンガン本誌でデビューできなかったのか。
 実は、この「コウノトリの仕事」が掲載されてから一年も経たないうちに、ガンガンは大きく路線を変更してしまい、MINAMOさんのような作風のマンガが載る余地が無くなってしまったのです。そのため、MINAMOさんが本来活躍すべき場所が消えてしまった感は否定できません。
 思えば、このMINAMOさんだけでなく、同時期に前後して充実した読み切りを残した作家たちも、荒川弘さんと神田晶さんを除いてはほとんどがガンガンで受け入れられず、他誌に飛ばされ消えていく運命を辿ってしまっています。また、神田晶さんも、読み切りで見せたギャグマンガとは違う路線での連載を余儀なくされ、本来の個性を出し切れなかった感があります。つまり、この時期にあれだけの豊穣ぶりを極めた読み切り作家たちのほとんどが、以降のガンガンではその存在が認められず、本来の個性を発揮できなかったり、あるいは他の雑誌に飛ばされ、傍流の雑誌という不遇の場で大きな話題性を得ることも出来ずに消えてしまったのです。

 しかし、MINAMOさんほどの実力を持つ珠玉の新人が、雑誌の路線変更によって活躍の場を失い、消えていったというのは残念でなりません。この当時の新人で、唯一荒川弘さんだけが、ガンガンで「鋼の錬金術師」の連載が成功し、それが超越的な大ヒットを収め、今ではエニックス以外でも広く知られるほどの作家となりました。しかし、その唯一の成功の影で、荒川さんに匹敵するか、あるいはそれ以上の実力を持つ新人が、ほとんど人に知られることなく消えていった事実があることを、ここではっきりと伝えておきたいのです。


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