<蜘蛛の城>

2007・5・13

 「蜘蛛の城」は、ガンガンパワード2005年夏季号に掲載された読み切りで、第6回スクウェア・エニックスマンガ大賞で「入選」を受賞した作品です。作者は新人の石川泉(いしかわいずみ)。彼は、この掲載を皮切りに、以後ガンガンパワードで、「影に浮かぶ街」「黒いしみの王女」という2つの読み切りを残しています。

 内容は、濃いタッチで描かれたホラー色の強い作品で、他のスクエニ系受賞作品とはかなり雰囲気の異なる、異色作の感がありました。昨今の主流であるライト感覚の少年マンガ的な絵柄とは一線を画しており、ガンガンよりもむしろ対象年齢の高いヤングガンガン向けではないかと思えるところもあります。そのため、あまり一般受けしそうにない作風で、しかもホラーということで、さらに人を選びそうなマンガでもあるのですが、しかし、その完成度には素晴らしいものがありました。
 濃い絵柄は確かに人を選びますが、その画力には確かなものがあり、黒を基調としたその鮮烈な色彩感覚は、特に印象深いものがありました。はっきりいって、同マンガ賞の大賞受賞作や準大賞受賞作よりも、絵の完成度では上回っていました。
 いや、絵の完成度だけではありません。内容面での完成度はさらに高く、純粋に恐怖を強く感じられる演出のうまさが光り、ホラー作品として十分に読めるばかりでなく、最後まで意外性に満ちたストーリー展開のうまさ、登場人物の悲哀を描き切った人間ドラマとしての面白さ、そして圧倒的な爽やかさと同時に一抹の不安を感じさせる、余韻の残るエンディングと、どれをとっても素晴らしいの一言に尽きます。

 そして、これほどの作品をデビュー作で残した石川さんは、以後のガンガンパワードで、「影に浮かぶ街」「黒いしみの王女」という2つの読み切りを残しますが、これらも安定した良作であり、その実力にはゆらぎないものがありました。しかし、それだけの作者にもかかわらず、以後連載を持つまでには至らず、それ以降なんら読み切り作品の掲載すらなくなってしまいました。今では、最後に読み切りが掲載されてからかなりの時が経過しており、今後の再登場はもうないのではないかと懸念される状態です。


・鮮烈な黒の描写が印象的な絵柄。
 まず、この作品は、他のガンガン系作品とは印象を全く異にする、青年誌的な濃い絵柄が目を惹きました。明らかにガンガン系の売れ線マンガとはかけ離れた作風です。本来ならばもっと上のランクで受賞してもおかしくないほどの作品なのに、これが入選に甘んじているのは、そのあたりの「絵柄の受けにくさ」という事情もあるのではないかと推測してしまいました。

 しかし、確かに売れ線とは異なるかもしれませんが、新人の受賞作としては、その完成度は確かなものがありました。ホラー作品ということで、要所要所で多用される黒を基調とした描写が特徴的で、それがホラー作品としての怖さにも直結しています。そして、なによりもその黒のベタで彩られた作風が鮮烈で、とにかく印象に残る作品になっているのです。

 キャラクターや背景の造形では、まだ新人らしく多少粗っぽい箇所が残っており、やや完成されていない感があります。しかし、それでも影のある人物描写には見るべきところがあり、その暗い表情、恐怖に彩られた表情は、これまたひどく心に刻まれます。古い城の暗い内部を描いた描写も、個々の完成度はそれほどのものはありませんが、影のある恐ろしい雰囲気はよく出ており、これも印象深い。総じて、ホラー作品として、あるいは新人の作品として申し分のないビジュアルを見せてくれました。


・ホラー作品としてのレベルが高い。
 そして、そんな濃く暗い絵柄で描かれるホラー描写も完成度が高く、実際にかなり怖いものがありました。まずホラー作品として申し分なく読めるのが魅力です。

 まず、登場する怪物の描写そのものが怖い。このマンガは、「蜘蛛の城」というタイトルどおり、中世風の古城の中で、侵入してきた敵の兵士たちが、得体の知れない蜘蛛の化け物に襲われていくという話です。蜘蛛は、その姿だけでもかなり恐ろしいですが、「人間の姿に化ける」という特性を持ち、ただの人間が蜘蛛の姿に変わって襲ってくる描写では、人間が蜘蛛に半分変化したような作画で、そのような姿がまた恐ろしいのです。

 そして、それ以上に恐ろしいと感じるのが、人間に化けた蜘蛛の正体が分からず、襲ってくるかどうか分からないという意外性にあります。目の前の人間が化け物かもしれないという恐怖。これが最後までつきまといます。その時の人間の描写は、一見してそれと分からないが、実は化け物が密かに企んでいるようにも見える、絶妙に影のある表情を取っており、それがまた正体が分からない分恐ろしい。「正体が分からないから怖い」という人間の心理をうまくついていると言えます。

 そして、最後に、突然目の前に巨大な蜘蛛が現れるシーン。これが最大の恐怖シーンかもしれません。主人公である王女がふと目を覚ました時のシーンで、結局これが夢だったのか現実だったのか判然としない描き方となっており、それがさらに恐怖を倍加させています。


・ストーリー作りも光る。
 そして、ストーリーの面白さも相当なものがありました。緊迫感に満ちたストーリー展開と、最後まで謎を明かさずに引っ張り続け、真相が二転三転する意外性で、読者を飽きさせずに読ませます。

 まず、とにかく緊迫感に満ちた展開のうまさ。城に攻め込んだ敵兵たちが、守備側を全滅させ城を制圧したはいいものの、しかし大嵐で城内に閉じ込められ、そこで得体の知れない化け物に徐々に追い詰められていきます。これは、一種の密室での「逃げられない恐怖」を全面に押し出しており、それが読者の興を大いに誘います。そして、敵兵たちが化け物の襲撃に騒乱するその一方で、守備側でただ一人生き残った王女は、城内の隠し部屋に逃れ、こちらはこちらでたった一人で壁に囲まれた狭い部屋に閉じ込められ、明日をも知れない状態に陥っています。このような緊迫感を全面に出した展開は、読者を強烈に惹きつけるものがあります。
 そして、その化け物の正体を最後まで引っ張り続ける展開もうまい。目の前の人間が、本当に人間なのか、それとも化け物なのか。それを最後の数ページまで明かさず、ある時は人間だと思わせ、また一転して今度は化け物だと思わせる。そのあたりの見せ方が巧みです。

 そして、さらに捻ってある点として、まず冒頭で、のちの時代に城に入った探索者の視点から、物語が始まるところも面白い。探索者たちが隠し部屋の姫の日記を発見し、その日記を読むことで、その当時起こった事件を回想し、事件の顛末を推理するという構成で、ふたつの時間を交互に行き来しながら物語が進んでいきます。このような構成は、映画などでは決して珍しくはないのかもしれませんが、読み切りのマンガにおいて、それも新人の受賞作の段階で、ここまで捻った構成が見られるものは多くありません。随分と手馴れたストーリー作りの技術が感じられ、内容に新人らしい「素人くささ」がなく、最初から大人びた完成度を持っていました。


・キャラクターの心理を透かす表情が素晴らしい。
 そして、ストーリーと並んで、ホラー作品ならではのキャラクターの心理がよく描けています。
 とにかく、キャラクターの微妙な表情の描き方、それが巧みです。キャラクターが恐怖におびえまくる表情、微妙な不安を感じて暗い影が表に浮かび上がる表情、そして、化け物かどうか正体不明の人間が、恐ろしい正体を垣間見せるような暗く妖しげな表情と、どれも強烈に印象に残ります。元々が濃い青年誌的な絵柄ということもあり、その暗さに満ちた表情の数々には、相当な重みを持って読者に迫ってきます。
 中でも、タイトルページで見せる姫のおどろおどろしい表情が素晴らしい。このタイトルこそが、このマンガの中でも最も暗いイメージが全面に出たページでもあり、このマンガのすべてを象徴しているとも言えます。

 そして、それとは打って変わって、ラストシーンで王女を守りきった兵士が見せる、すがすがしさの中にも複雑な思いがかすかに見える表情にも、非常に感じ入るものがあります。実際、このシーンは実に素晴らしく、読者を長く読後の余韻に浸らせてやまない、最高のシーンであると言えます。


・なぜこれほどの作者が不遇な扱いに終わるのか。
 しかし、受賞作でこれほどの作品を残した石川泉さんですが、当初からその扱いは芳しくなく、のちにいくつかの読み切り作品を残したままで、長い間雑誌への掲載が途絶えており、このまま立ち消えになってしまうのではと不安視されます。

 まず、そもそものマンガ大賞での扱いに、大きな疑問があります。
 この「蜘蛛の城」、第6回スクウェア・エニックスマンガ大賞で「入選」を獲得しました。しかし、この「入選」という受賞ランクは、内容の素晴らしさにしては低すぎるのではと思われます。
 また、このマンガ賞で、入選よりも上の賞である特別大賞を受賞した「No Face, But」、準大賞を受賞した「天上レストラン」という作品、そのいずれもが、明らかに「蜘蛛の城」よりも劣っていると思われる作品だったため、余計にその印象を強く感じることになりました。なぜ、この「蜘蛛の城」の方が入選に甘んじているのか。それが不思議でなりませんでした。思うに、「No Face, But」「天上レストラン」のどちらとも、典型的な少年マンガ絵で描かれた少年マンガ作品であり、それがガンガンが強く求める作風の作品だったため、それに高い賞を与えたのでは、と推測されました。一方で「蜘蛛の城」の方は、到底幅広い人気が期待できない濃い絵柄の異色作品であり、それが入選に甘んじた最大の要因では、と強く思えてなりませんでした。

 しかも、このマンガ賞では、この「蜘蛛の城」と同じ入選に、あの堀田和哉の「お空の仲間たち」という作品が入っているのです。この作品、到底入選とは思えないような低レベルな作品であり、それとこの「蜘蛛の城」が同じ入選、というのは、到底信じ難いことでした。これほど不可解な選考は他にありません。
 以上、総じて選考基準に疑問の多すぎたマンガ賞であり、そのために、まずこの受賞の時点で、この作品が正当には評価されなかった可能性があります。

 そして、受賞後の経緯も不遇に尽きました。以後の石川さんは、ガンガンパワードで「影に浮かぶ街」「黒いしみの王女」というふたつの作品を残しますが、これも受賞作同様のホラーテイストが全面に出た高レベルの作品であり、やはり安定した確かな実力を見せてくれました。しかし、それほどの実力を見せたにもかかわらず、それ以上大きな扱いをされることはなかったのです。本来ならば、連載を持たせてもおかしくないほどの作者だと思うのですが、いつまで経ってもそれは適わず、逆にたったこれだけの読み切り作品のみを残して、以後は掲載が途絶えてしまいました。

 現在では、最後に読み切りが掲載されてから一年半ほど経過しており、もう今後の再登場の可能性は低いのではないかと推測されます。しかし、これほどの作者が立ち消えになってよいものでしょうか。確かに、今のガンガンでは掲載されないような作風ではありますが、青年誌調の濃い絵柄が許容されるヤングガンガンならば十分に掲載可能でしょうし、パワードやGファンタジーの誌面でも通用しそうです。今からでも遅くないので、なんとしても復活させて、いずれかの雑誌で活躍の機会を与えるべきではないでしょうか。


(追記)
 そういえば、これと同じマンガ賞で、特別大賞を受賞しながら、その作品が雑誌に掲載されないという不遇を囲った「松本トモキ」さんも、ヤングガンガンでわずか3号の短期連載をおこなったあと、姿が見られなくなってしまいました。この方も、かなりの個性的な実力を持つ作者だと思ったのですが・・・。いまだにこのマンガ賞への疑問は尽きません。


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