<水辺の物語>

2006・6・1

 「水辺の物語」は、第7回エニックス21世紀マンガ大賞で準大賞を受賞した読み切り作品で、ガンガン掲載の読み切り作品の中でも、最も完成度の高い優秀な読み切りのひとつです。作者はMINAMO

 掲載は少年ガンガン1998年7月号。この当時のガンガンは、隔週刊時代から月刊に戻った直後で、しばらくの間短期掲載の作品が続くなど、雑誌の建て直しを図っている時期でした。しかし、この「水辺の物語」の掲載を皮切りに、以後次々と新人による質の高い読み切り作品が掲載されるようになります。さらには、読み切り作品だけでなく、連載作品においても非常に充実したラインアップを達成し、まさに雑誌の黄金期を現出します。この「水辺の物語」は、その充実した時代の先駆けとも言える存在で、その透明感溢れるすがすがしい作風は、この時代の優れた読み切りたちの中でもひときわ印象に残っており、まさに珠玉の作品であり続けています。

 また、この1998年当時、同じガンガンで天野こずえさんによるシリーズ読み切りが掲載されており、こちらもそのさわやかな作風で一世を風靡しました。これらの読み切り作品は、まさにこの時代の雑誌の明るさ、元気さを象徴するような作品だったと言えるでしょう。


・透明感溢れる水上世界。
 このマンガは、「水辺の物語」というタイトルが象徴するように、水に満ちた光景がどこまでも広がる水上都市が舞台の作品であり、透明感溢れる水上の世界を画面一杯に描き切っています。それも、広大な遠景を写し取ったシーンが特に素晴らしく、広々とした爽快な世界観をどこまでも堪能できます。
 この光景がここまで透明感に溢れているのは、このマンガの絵が、どこまでも白を基調とした絵で統一されているからに他なりません。この作者の絵は、トーンをまったく使わないのが最大の特徴であり、そして黒のベタの部分も要所要所でピンポイントで使うにとどめているため、広く取られた原稿の白い部分がひときわ映えるのです。しかも、これだけ白い部分を残しておきながら、このマンガが「手抜き」に感じられることはまったくなく、白く何も描かれていない部分に、むしろどこまでも広大な空間を感じることが出来るのです。


・これが本当に新人の画力なのか。
 しかし、これは本当に新人のマンガ賞受賞作品なのでしょうか。受賞デビュー作の段階で、この透徹した画力レベルは驚異的です。しかも、作者自身のコメントで、「これは、初めての漫画です」と明言しています。初めて描いたマンガで、これだけの絵を描ける作家がいるなど、到底信じることができません。同じエニックス系でも、あの荒川弘さんや天野こずえさんでさえ、デビュー作の段階ではこれほどまでに絵は完成されていませんでした。エニックス系の数ある新人の中でも、まさに最高レベルの画力を有する存在だったのです。

 単に、広大な風景を描き切っているだけではありません。細部まで凝ったデザインの建造物、センス溢れる乗り物や小物の数々、そしてもちろん肝心のキャラクターも抜群によく描けています。キャラクターの表情が実に多彩で、見ていて飽きません。背景からキャラクター、細部の描写に至るまで、どこを取ってもまったく隙がありません。
 

 個人的に気に入っているのが、トーンを使わずに手書きの効果線で見せる「影」の表現です。この影が実に鮮明で美しく、白を基調とした画面を際立たせる役目を果たしているのです。
 そしてもうひとつ、「影」だけでなく、「夜」の表現も見逃せません。白を基調とした画面の中で、数少ない黒のベタで描かれた夜の空は、そのコントラストが非常に鮮烈で、澄み渡った空に浮かぶ月と星の姿が実に印象的なものとなっています。


・ボーイ・ミーツ・ガール──ひと夏のエピソード──
 さて、次にストーリーについて見ていきましょう。この作品の物語は、典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」ストーリーと言えるものです。しかも、ストーリーというほどの大きな流れは存在せず、ひと夏のちょっとしたエピソードを丹念に見せていく作品となっています。

 主人公で、のんびりと水上宅急便を営んでいる少年・ミナモは、ある日電話で灯台に呼び出され、そこで一人の少女と出会います。彼女の名もミナモと言いました。なお、作者のペンネームもMINAMOで、どうもこの作品の執筆で自分のペンネームを決定したようです。
 ミナモ(少女)は、ミナモ(少年)の名前が自分と同じことを知り、興味から誘ってみたのでした。少年は、少女を目的地まで送っていこうとしますが、少女には特に大きな目的がないらしく、ふたりでのんびりと水上を回ることになります。この時に見られるのんびりとした光景、のんびりとした時間の流れの描写こそが、このマンガの最大の見所です。前述の通り、このマンガには、大きなストーリーの流れというものがなく、むしろこの少年と少女が織り成すちょっとしたエピソードを丁寧に描き出しているところが素晴らしいのです。これは、いわゆる「癒し系」に属するタイプの作品の特徴であり、この美しい光景とのんびりしたエピソードでどこまでも癒されるかのような雰囲気は、のちの時代の作品にもよく見られるようになります。

 少女は、帰るところもないらしく、少年は自分の家に泊めてやることにします。少女には、どうしても言えない事情があるらしく、自分のわがままで少年を付き合わせ、あまつさえ家にまで押しかけてしまったことを後悔し、今度こそ帰ろうとします。しかし、少年は、そんな少女の力になりたいと思い、なんとか元気づけようとします。 このときに出てくるのが、「ミナモなかま」という表現で、これで少女の心は再び晴れていきます。このような、心温まるキャラクターの交流もまた、癒し系作品の大きな魅力だと言えるでしょう。

 翌日、少女には思わぬ迎えが来て、惜しみながらもふたりは別れることになります。そして、少年はふたたび元の日常に戻り、かつてのひと夏の出会いを思い、ちょっとした倦怠感を覚えつつも、再びゆったりとした時間が流れていくのです。


・女の子がかわいいのは、この手のマンガにとって必須条件か?
 そしてもうひとつ、このマンガの最大の魅力は、ヒロインの少女であるミナモが本当にかわいく描けていることです。いわゆる萌え系のキャラクターではないと思うのですが、それにしてもこの涼やかな外見と活発で元気な性格は実に魅力的です。
 いや、これは昨今の萌えキャラではなく、むしろ宮崎駿のアニメに登場するような女の子の趣きがあります。というか、この作品自体、宮崎作品の影響を感じるところが多いのですが、その中でも、この魅力的なキャラクターの描写は、偉大なる傑作の魅力をよく捉えていると思います。

 しかし、このようなかわいい女の子が登場するのは、この手の癒し系作品においては必須なのでしょうか?(笑) この手の癒し系マンガを、このサイトでは「ゆる萌え」と呼んでいますが、やはり、ゆる「萌え」である以上、誰か女の子が出てこないと癒されないのか? 理由はなんにせよ、これは極めて頻繁に見られる特徴であると言えますね。


・「水辺の物語」は「ARIA」の源流か?
 以上のように、この「水辺の物語」は、透明感溢れる壮大な水上世界を描き出した世界観、その世界を生み出す卓越した画力、のんびりした日常を描く癒し系エピソード、魅力的なキャラクターと、あらゆる点で完成度の高い珠玉の一作であると言えます。

 しかし、それにしても近年、このような特徴を持つ作品が、他にもなかったでしょうか。いやいや、多くの人が、これによく似た特徴を持つ作品を、すでに知っているはずなのです。そう、もちろん「ARIA」(「AQUA」)です。
 実は、この「水辺の物語」と「ARIA」は、極めて近い共通点を多数持っており、作品の方向性が実によく似ているのです。具体的には、

・・・などなど、かなりの共通点が見られます。このふたつの作品は、特別なつながりなど何もないはずですが、それがここまで似た方向性を持っているのは驚きです。水の描写で癒される作品として、何かひとつの大きな源流があるのかもしれません。

 そして、この「水辺の物語」、「ARIA」(「AQUA」)の登場よりもはるかに前に発表されているのです。「ARIA」の前身の「AQUA」がステンシルで連載が始まったのが2001年3月号。しかし、この「水辺の物語」が掲載されたのは1998年7月号。実に2年半以上も早いのです。


・人々の心から忘れられた傑作。
 そして、この「水辺の物語」の掲載後、作者のMINAMOさんは、約1年の歳月を置いて、再びガンガンで「コウノトリの仕事」という前後編の読み切りを掲載します。そして、これが「水辺の物語」をもさらに凌ぐかのような素晴らしい完成度を誇る傑作であり、ガンガンの読み切りの中でもほぼ最高の読み切り作品としてその名を残すことになります。
 そして、このふたつの素晴らしい読み切りを残した後、次こそはどんな凄い連載を見せてくれるかと心待ちにしていたのですが、意外にも中々連載が訪れることはなく、ようやく3年後に「だいらくまさひこ」とペンネームを変えて「マジナル」という作品を、ガンガン増刊パワードで短期連載で残すことになります。しかしこのマジナル、この作者の作品にしてはいまひとつふるわず、それ以上にパワードというマイナーな雑誌での短期連載ということで、まったく注目されることなく消えてしまいました。そしてその後は、もうMINAMO(だいらく)さんの再登場はなく、今では過去の人として忘れ去られた存在となっています。

 実は、「水辺の物語」「コウノトリの仕事」掲載当時のガンガンは、このような個性的な作品を積極的に載せる誌面であったのですが、その後雑誌の路線が大きく変更され、あえてこのような作品を載せる意思がなくなってしまったのです。そのため、中々連載を持たせてもらえず、さらには増刊でマイナーであった雑誌の方での連載も余儀なくされ、ついにはそのまま消えてしまったのだと思われるのです。

 しかし、これほどの作家が立ち消えになってしまったというのは、あまりにも惜しく、むしろ惜しいを通り越して理不尽ですらあります。そもそも、これほどの卓越した画力で、このような美しい世界を描ける作家というのは、エニックス(スクエニ)でも、あるいは他出版社でも数えるほどしかいません。前述の天野さんがその数少ない一人だと言えますが、MINAMOさんは、その天野さんすら画力で上回っているところがあります。なにしろ、デビュー作の段階でここまで完璧な作画を見せてくれたわけで、これは天野さんですらなしえなかった仕事なのです。
 しかもしかも、この「水辺の物語」は、あの「ARIA」「AQUA」が登場する2年半以上も前に既に描かれています。もし、この作家が正当に認められて、この「水辺の物語」の続編か、あるいはその方向性を受け継ぐ連載を行うことが出来たなら、天野さんよりも前にこのMINAMOさんの作品の方が成功していたかもしれないのです。これはあまりにも惜しいことではないでしょうか。

 ちなみに、この「水辺の物語」は、「ARIA」を始めとする他の癒し系作品にはない特徴があります。それは、主人公が男であるということ。この手のゆる萌え系の作品は、そのほとんどが主要キャラクターが女の子であり、女の子ばかりが出てくる作品が非常に多いようです。そんな中で、このマンガは、「ボーイ・ミーツ・ガール」という古くからの定番をきっちりとこなし、主役の男の子も中性的で魅力的なキャラクターに仕上がっているところがポイントです。これは、他の同系作品の中ではあまり見られない要素として、強い独創性になったと思われるのですが・・・。

 わたし自身も、個人的に、この「水辺の物語」にはすごく感動した記憶があり、その透明な世界に今でも郷愁を覚えている状態です。これまでのエニックス系雑誌の読み切りの中でも、いまだにこれが最も好きな作品なのです(実は、もうひとつ最も好きな読み切り作品があるのですが、その話はまた別の機会に)。このマンガの続きが読めなかったというのが、これまでエニックスを読んできての最大の心残りです。

 そして、今では、この「水辺の物語」は、ガンガンの黄金期のさらに前、その前夜と言える時代に、その後に続く充実したラインナップの先駆けとなった幻の名作として、心の隅に残ったままの状態となっています。作者が初めて描いたマンガが、これだけの素晴らしい作品を残した。この奇跡のような作品は、もしかしたらすべて今はもう存在しない夢だったのでしょうか? しかし、ここにある画像こそが、その存在を確かに今に伝えています。そう、これは夢のまた夢ではないのだと・・・。


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