<先輩アンソロジー>

2008・7・14

 「先輩アンソロジー」は、スクエニから出た「萌え」をテーマにしたアンソロジー企画で出たコミックスで、かつての「妹アンソロジー」の続刊に当たります。この企画、男性向けと女性向けに分かれていて、この「先輩」と「妹」アンソロジーは男性向けとして出され、これとは対となる女性向けのアンソロジーとして「年の差」「王子」をテーマにしたコミックスも出版されています。

 元々は、ガンガンパワードが中心になった企画だったのですが、いきなりストレートに「萌え」を志向したその企画には、当初からかなり戸惑うところがあり、決して素直に受け入れることは出来ませんでした。しかも、肝心の内容は、まだデビューしたばかりの新人による作品が大半で、作品のレベルも決して高いとは言えず、しかも露骨に萌え・エロのみを全面に押し出したその方針は、従来のスクエニのマンガのあり方とは大きく異なるもので、かつてよりスクエニを知る人には戸惑いと不信を抱かせるには十分でした。

 いや、実は、ここ数年のスクエニは、あの怪作「みかにハラスメント」や「D線上のアリス」のようなエロ全開の連載や、そこまで極端ではないが少年誌的でラブコメ(エロコメ)である「ながされて藍蘭島」など、萌えやエロを志向した作品はかなり見られてはいました。このアンソロジー企画も、その延長と言って言えなくもないものですが、しかしこれほどまでに極端に萌えとエロを追求した本格的な企画は、これまでと比べても一線を画するもので、もう過去に前例にないほどの凄まじい企画となっていました。

 そして、その「妹アンソロジー」がマニアを中心に話題を呼び、一定の人気を確保したのか、その続刊である「先輩アンソロジー」が発刊されることになりました。前作が「妹」キャラの萌えとエロを徹底的に追求したのに対し、今度は「先輩」キャラの萌えとエロを徹底的に追求しており、前にも増してさまざまなエロ展開を見せることになりました。今回は、この不可解な「先輩アンソロジー」の中身を徹底的に吟味してみたいと思います。


・今回もレベルが高いとは言い難い。
 まず、今回の「先輩アンソロジー」も、前回と同様に決してレベルは高くありませんでした。このアンソロジー、基本的には新人作家による構成らしく、実力のある作家はほんの少数であり、まだまだ絵的にも内容的にも優れているとは言えないものが大半なのです。今回の作家は総数8名で、内訳は「椿あす」「御形屋はるか」「佳月玲茅(かづきれち)」「巣山真也」「柚木涼太」「塒祇岩之助(ねぐらぎいわのすけ)」「香月アイネ」「忍」となっています。このうち、「椿あす」と「巣山真也」のふたりは、過去にスクエニ雑誌で長期連載を持っていた作家で、「佳月玲茅(かづきれち)」「柚木涼太」「塒祇岩之助(ねぐらぎいわのすけ)」「香月アイネ」「忍」の5人は、過去にまとまった連載を持っていない新人作家となります。ただし、このうち「佳月玲茅(かづきれち)」さんだけは、短期連載ではありますがパワードで「キミキス」のゲームコミックを連載しており、読み切りの掲載数も多く、他の新人たちとは頭一つ抜けた存在となっています。そして、最後に「御形屋はるか」ですが、彼は他社で現在「ぽてまよ」を連載している人気作家であり、唯一このアンソロジーの中で人気作家をゲストとして呼んだ形となっています。

 このように、全体的には新人の作品が中心の構成となっており、その中で椿あすや御形屋はるから、いわば読者を引き込むための人気作家を数名加えたような形となっています。なお、前作「妹アンソロジー」から引き続いて執筆しているのは、巣山真也・佳月玲茅・塒祇岩之助・香月アイネの4名で、ちょうど半数が再登場する形となりました。再登場作家が多い点と、新人作家が相変わらず多くを占めている点を踏まえれば、前作「妹アンソロジー」と大きくコンセプトは変わっていないと思われます。

 しかし、そんなマンガの中で、レベルが高いと言えるものは決して多くありませんでした。「妹アンソロジー」と比べてもどっこいどっこいで、あまりレベルは上がっていません。全体的に、お約束とも言えるようなラブコメ・エロコメ展開がほとんどで、これはと思えるようなものは多くありませんでした。しかも、どの作品もやたらエロ全開で(笑)、何かエロを入れることがデフォルトとなっているような構成に見えます。いや、実際にそういうコンセプトで作られている可能性も高いように見えます。そして、絵のレベルも高いとは言えないものばかりで、特に新人作家のそれはかなり見劣りします。絵がうまいと感じるのは、前述の椿あすと御形屋はるか程度でしょう。新人作家では、連載を持っていた佳月玲茅の絵柄が、まだ技術的には見劣りするものの、中々悪くないといったところでしょうか。


・このありとあらゆるエロのオンパレード。
 そして、最大の問題と言えるのが、萌えをはるかに通り越したエロ描写の嵐でしょう。もうどのマンガを見てもエロエロといったところで、エロでないマンガはほとんど見当たりません。下着程度はまだいいほうで、全裸でプレイ寸前まであるという状態です。前述のように、「エロを入れることが基本コンセプト」となっていることは間違いないでしょう。
 前回の「妹アンソロジー」でもエロばかりでしたが、なぜか妹と風呂に入る話がやたら多く、「おまえらそんなに妹と風呂に入りたいのか」とツッコミを入れずにはおられない内容でした。今回は、それを反省してか(?)、エロの展開が作品ごとにすべて異なっており、バリエーション豊かになっています。なにかもう「考えうる限りのエロ・シチュエーションを詰め込みました」と言うべき内容になっています。

 冒頭の椿あすのカラーコミックの、先輩の着替えシーンをのぞく話などはまだよいほうで、御形屋はるかによる観覧車で本番プレイ(寸前?)、佳月玲茅によるテニスの密着コーチで当ててんのよプレイ、巣山真也による下着で添い寝プレイ、柚木涼太によるツインテミニスカニーソお着替えモード、塒祇岩之助によるバニー姿で胸露出プレイなど、よくここまで考え付くなと思えるような多種多様なエロ展開に満ちています。

 そんな中でももっとも凄まじかったのが、香月アイネによる「放課後レッスン」。これは、美術モデル全裸プレイとも言える話で、先輩が後輩のために全裸になって絵のモデルになり、しかも自分の胸や腰に触らせて体のラインと教えるというとんでもない展開で、本番一歩寸前まで行ってしまうという凄まじいエロでした。今時エロゲーでもこんな強引な展開はないでしょう。

 はっきりいって、ここまで露骨なエロの嵐だと、もう女性読者が読めるような余地はまったく残されていないと見てもよいでしょう。完全に男性向けの作品となっており、男性向け・女性向けに峻別された企画コンセプトが露骨に表れています。前回の「妹アンソロジー」もそうだったので、今回はどうなのかと思ってみましたが、さらに輪をかけて凄まじいものとなっているようで、もう完全にあきれ果ててしまいました。


・絵のレベルが高くないのも難点。
 内容の粗雑さに加えて、総じて絵のレベルが高くないのもいだだけません。まだ絵のうまくない新人を多数起用しているのが最大の理由で、うまい絵だと思えるのは、連載作家である椿あすと御形屋はるか程度のもので、新人の絵についてはほぼすべていまいちだと見てよいでしょう。

 これは、そもそもまだ未熟な新人メインでこのようなアンソロジーを企画したことに問題がありそうです。一迅社も、同じようなオリジナルのアンソロジー集(「アルカナ」)を出版していますが、そちらは連載作家中心の構成で、それも雑誌の核となるような人気ベテラン作家が多数参加しています。これならば、絵の質については保証されたようなものですし、もちろん内容のレベルも高いものとなっています。それに対して、このスクエニの萌えアンソロジー企画は、当初から新人育成の場にする意図が強く感じられ、そのためかまだ技術的に未熟な新人による作品が多くを占め、質がまったく安定しないのです。新人の育成という試み自体は悪くありませんが、それを優先するあまりに、読者に対して質のよくない作品を提供するようではいただけません。

 また、それとは別の問題として、昨今のスクエニの新人レベルの低下も問題かと思われます。一昔前のスクエニでも、ゲームアンソロジーや4コマは多数出版され、新人作家もかなり多数参加していましたが、それでも絵の質はかなり高いものが多かったように思います。しかし、このところのスクエニの新人(特にガンガン発掘の新人)は、総じて絵の質がよくない新人作家が多く、新人レベルの低下がとみに目立ってきました。それが、この「萌えアンソロジー」にも顕著に表れているようなのです。

 加えて、編集部による新人の育成方針にも疑問があります。今回参加している新人の中に、柚木涼太という方がいますが、彼は、かつて「ネギま」に酷似した絵とキャラクターの作品でガンガン月例賞を受賞し、それがひどく物議を醸したことがあります。当人の話によれば、ガンガンの編集者から「まず一般人気の高い赤松健の萌え絵を描ける様になって、それから自分独自の絵柄を確立しなさい」という指南を受け、それを忠実に実行したらしいのです。
 そして、このアンソロジー収録の作品を見ると、さすがにかつてほど赤松健の絵に酷似したものにはなっていませんが、しかしまだ多少赤松健的な作画が残っているかのような微妙な絵柄となっており、しかも絵のレベルも決して高いものではなく、評価することは難しいものとなっています。こんな風な、中途半端に赤松健の影響が残っているような微妙な絵柄(しかも技術的にも決してうまくない)を描くようになってしまうとは、「赤松健の絵をまず描けるようにして、自分独自の絵を確立する」という育成方針自体が、大いに間違っていたと言えるのではないでしょうか。


・ある程度評価できそうなものも存在するが・・・。
 ただ、総じていまいちな作品が多数を占めるこのアンソロジーですが、中にはそれなりに読めるものもありました。

 まず、このアンソロジーでは最後に収録されている「木の宮書店 海岸寺駅前店」でしょうか。これは、このアンソロジーの中で唯一エロが控えめになっており(まったくないわけではないですが)、かつ比較的真面目に書店員の仕事を扱った内容が好印象で、仕事仲間としての先輩に好意を抱いていく過程が丁寧 に描かれた良作だったと思います。これは、このアンソロジーの中で唯一まともなストーリーが楽しめた作品でした。かつ、新人作品の中でも唯一の良作だったと思います。

 これ以外では、前回の「妹アンソロジー」や、あるいはパワードでの「キミキス」コミック連載で既に定評のある佳月玲茅さんの作品も、比較的よい方だったと思います。やはり、新人作家の中では最も絵がかわいく、萌えという点においてはこのマンガがピカイチでしょう。ただ、前回の「妹アンソロジー」の作品が、性感帯全開の妹がいじりまくられる凄まじくエロい話だったのに対して(笑)、今回のそれは割りと無難なエロコメになっており、インパクトという点ではやや見劣りするのが難点でしょうか。

 あとは、ゲスト作家である御形屋はるかによる、小さい先輩が大きな後輩を積極的に引っ張っていく話も中々に良好でした。ただ、あまりにもエロ過ぎてこれはどうなのかとも思ってしまいましたが(笑)、先輩の個性が出ているという点では最もよかったかもしれません。連載作家だけのことはあり、比較的こなれた作品作りだったと思います。

 ただ、このように読めるものを探せばいくつかは見つかりますが、総じてそれらも小粒であり、決して「これは」と思えるような作品には至っていないと思いました。まして、これら以外の作品は、純粋に先輩の萌え・エロを露骨に追求したものばかりで、あまり多くの人には勧められないのも事実でしょう。


・今のスクエニの暗黒面を象徴する作品集(笑)。
 以上のように、この「先輩アンソロジー」、前作である「妹アンソロジー」のコンセプトをそのまま踏襲したような萌え・エロのオンパレード作品集であり、しかもレベル的にも決して高いものではなく、ほとんどの人に勧められないものとなっています。お家騒動以後のガンガンが、メジャーな少年誌を志向した萌え・エロ作品を露骨に採り入れるようになり、あの「みかにハラスメント」のような怪作まで生み出した、その最終地点がこの「萌えアンソロジー」ではないでしょうか。しかも、昨今のガンガンの新人レベルの低さを象徴するような内容にも終始しており、絵のレベルの低さもそのまま出ているなど、クオリティの面でも昨今のガンガンの低質化がそのまま現出したような内容になっています。

 今のスクエニが、こんな風にすべて悪いというわけではありません。雑誌によってはかなり健闘しているところもあり、人気のある作品も多数見られ、ここ最近はアニメ化も頻繁に行われています。具体的には、青年誌のヤングガンガンは相当面白い雑誌になっていますし、ガンガンでも姉妹誌の方のパワードは比較的良作が多く見られます。そして、ほぼすべての雑誌にアニメ化まで到達する人気作品があり、上位の作品についてはかなり評価を与えてもよいでしょう。

 しかし、その一方で、中心雑誌のガンガンの質の低下が著しく、中堅以下の作品がまったく奮わなくなりました。それは、露骨なメジャー志向の少年誌路線の弊害と、集まってくる新人たちの質の低下が主な原因だと思われます。そして、そのガンガンの不振となった原因がすべて表れているのが、この「萌えアンソロジー」シリーズです。もっとも、このシリーズはパワードの編集部の方が主体となっているようですが、しかしパワード本誌の連載作品の多くが堅調なのに対して、このアンソロジーの企画はあまりにもいびつであり、むしろガンガン本誌の方の悪い面が強く出ているように感じます。

 この点で、このアンソロジーは、まさに今のガンガン、ひいてはスクエニの最も悪い部分、いわば暗黒面を象徴するような作品群となっており(笑)、今のスクエニの悪しき面が露骨に出ている、非常に困った1冊になっていると言えます。露骨なまでに男性向けなエロ全開の内容は、お家騒動以前の中性的な作品を良き特徴とした時代とは正反対の路線であり、およそスクエニ(エニックス)らしくない路線の一角として、今後も続いていくのではないでしょうか。


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