<上海妖魔鬼怪>

2006・4・29

 「上海妖魔鬼怪」は、「鋼の錬金術師」の作者荒川弘による一連の読み切り作品です。最初に掲載されたのは少年ガンガン2000年5月号ですが、この当時はまだ「鋼の錬金術師」の連載が始まっておらず、作者のデビュー作に次ぐ2番目の読み切りとして執筆されました。しかし、これがファンの間で大きな反響を呼び、荒川弘作品の中でも人気作として、その後幾度かに渡って続編となる読み切りが掲載されます。
 まず、2002年になって、今度はガンガンWINGの方で一度掲載されました(ガンガンWING2002年12月号)。この当時は、既に「鋼の錬金術師」の連載が始まっており、こちらの方がもう大人気を得ていたこともあり、この読み切り目当てでガンガンWINGを買う読者も見られました。
 そして、三度目となる読み切りが、今度は少年ガンガン2006年4月号・5月号にて掲載されました(前後編にて掲載)。この時点では、既に「鋼の錬金術師」のアニメも放映され、劇場映画にもなるなど広く一般に知れた大人気作品となっており、その作者による読み切りということで、こちらも大々的に雑誌の看板的扱いで掲載されています。

 このように、この「上海妖魔鬼怪」は、前後3回に渡る一連のシリーズ読み切りとして掲載されており、しかも、最初の1回が作者のデビューしたてで連載を得ていない時代の執筆、2回目が「鋼の錬金術師」の連載を始めた後の執筆、そして3回目が「鋼の錬金術師」が広く大人気を得た後の執筆ということで、それぞれ作者の執筆状況が異なっている点が面白いところです。この一連のシリーズを読むことで、荒川弘の作風の変遷を辿ってみるのも面白いのではないでしょうか。


・2種類ある荒川弘作品。
 ところで、この荒川さんの作品には、大きく分けて2種類の、方向性の異なる作品があります。
 ひとつは、少年誌らしからぬダークでシビアな設定で、重いテーマ、メッセージが見られる本格派の作品。これは、作者のマンガ賞受賞作でデビュー作である「STRAY DOG」や、そしてあの「鋼の錬金術師」が該当します。

 そしてもうひとつが、そのような重いテーマは見られず、明るく軽快なストーリーとアクション、ギャグで見せる娯楽作品。この「上海妖魔鬼怪」は、こちらに該当する作品で、テーマやメッセージこそ薄くほとんど見られないものの、それ以上に上質のエンターテインメントとして明るく楽しく読める作品に仕上がっています。そのためか、この「上海妖魔鬼怪」は、作者の作品の中でも最も広く人気を集めており、誰もが掛け値なしに楽しめる作品として、最初の読み切りが掲載された直後からかなりの話題を呼びました。当時は、前述のようにまだ「鋼の錬金術師」の連載も始まっておらず、作者の知名度もあまり(ほとんど)ない時代でしたが、デビュー当時からの熱心なファンの間では非常に評判がよく、どこかの同人サークルでドラマCDが製作されたこともあったことを記憶しています。
 なお、この娯楽作品に該当する他の荒川弘作品としては、サンデーGXに掲載された読み切り「RAIDEN-18」があります。


・キャラクターの魅力。
 さて、このような荒川さんの娯楽作品の魅力としては、まず何といってもキャラクターの個性があります。とにかくひとりひとりのキャラが立っていて面白い。
 この「上海妖魔鬼怪」は、近未来の上海を舞台に、「妖道士社」という妖怪退治請負会社のメンバーたちが、依頼に応じて妖怪退治をする話なのですが、まずその個性的なメンバーに惹かれます。物語の主人公は、メンバーの中のひとりで上海一の凄腕退魔師であるジャックなのですが、実はジャック以外のメンバーもみな個性派揃いで、それぞれが場面に応じて縦横に活躍し、それぞれが主人公に匹敵する存在感を見せるのです。ある意味では、これは主人公だけにスポットが当たった作品ではなく、それぞれのメンバーがみな主役格の同列扱いで、ふんだんにその活躍が描かれた作品であると言えます。
 具体的には、主人公の妖怪で実はかつての殺人鬼ジャック・ザ・リパーであるジャック、敏腕女社長である九尾社長、ジャックのパートナーにしてマイペースで飄々とした女の子であるヤン、妖道士社にあこがれてやってきた新人の少年のスーアンと、そのいずれもが個性溢れる活躍を見せてくれます。

 妖道支社のメンバーたちだけでなく、退治される側の敵役である妖怪たちも実に個性的です。むしろ、主人公たち以上にその個性が目立っているかもしれません。基本がコメディ作品ということで、妖怪といっても暗いイメージなどまったくなく、むしろその珍奇な行動で笑いを取るギャグ担当として、読者に存分に笑いを提供してくれます。この妖怪と妖道支社のメンバーとの笑える掛け合いに満ちたバトルシーンが、作品中でも最も楽しいところだと言えるでしょう。これは本当に面白い。


・アクションとギャグの融合。
 上記でも少し触れましたが、このマンガでの妖怪とのバトルシーンは、非常にコミカルなもので、スピード感あるアクションを繰り広げながらも、その中にギャグやコミカルな掛け合いがふんだんに入ってくるという構成で、実に明るく楽しいシーンとなっています。作者の荒川さんは、なんでもB級の作品、特にB級映画を相当に好んでいるようで、どの作品にもそのような要素が頻繁に入っているのですが、この「上海妖魔鬼怪」のギャグ全開のアクションシーンは、その中でも屈指の「B級ぶり」を見せてくれるところであり、作者の持ち味が最も活きたシーンとなっています。
 そして、このような楽しいアクションシーンが、全編に渡って大きく描かれているのもポイントです。重いストーリーが中心の「鋼の錬金術師」などと比べてもアクションシーンの比率が高く、全編に渡って娯楽要素に満ちているのが最大の魅力でしょう。まさに明るく楽しく爽快に読めるエンターテインメント作品に仕上がっているのです。


・読み切り各話紹介。
 では、ここからは、各読み切り作品ごとの内容について記述します。「上海妖魔鬼怪」は、前後3回の読み切りともに一話完結で、読む前に大きな予備知識も必要なく、基本的にはどれから読み始めても楽しめるように描かれています。しかし、最初の読み切りから、作者の作風の変遷に合わせて読み進めるのも、また一興と言えるでしょう。


<少年ガンガン2000年5月号掲載作>
 まず、これが最初に書かれた読み切りです。もちろん、当時はこれの続編がシリーズ化されるなどとは考えておらず、純粋にひとつの読み切りとして完結しています。
 ストーリーは、「妖道士社」に憧れてやってきた少年のスーアンが、士社のメンバーたちの活躍とその厳しい仕事ぶりを前にして、現実の厳しさを知るというもので、最後にはそれでも晴れて事務員として採用されるというものです。その点では「少年の成長」というテーマ性もなくはないですが、それ以上にアクションやコメディ等の娯楽要素が全面に出た内容で、やはり純粋にエンターテインメント作品と見てよいでしょう。
 主人公たちに退治される敵役のモンスターとして、ヴァンパイアが登場します。このヴァンパイアと、主人公にしてジャック・ザ・リパーであるジャックとのバトルアクション が最大の見所です。前述のように、コメディ・ギャグの掛け合いが大量に入ってくるコミカルなアクションもありますが、ガチで闘うマジバトルのシーンも構図のうまさとスピード感が感じられ、どちらも荒川さんらしいセンスに溢れた巧みな描写で見せてくれます。個人的には、ジャックがヴァンパイアのパンチを紙一重でかわし、奴の目玉に銃弾を打ち込むシーンが、とてもかっこよくて気に入っています。
 しかし、このマンガで最も存在感のあるキャラクターは、やはり九尾社長でしょう。敏腕で骨太なメガネ女社長は、当時から相当な人気を集め、一躍この作品の顔になった感がありました。

 ただ、この読み切りは、今読んでみるとまだ絵的に拙い部分があるのが少し目に付きます。これは、まだ作者がデビューして間もない2作目の読み切りで、「鋼」の連載も始まっていない段階の作品ということで、まだ荒川さんと言えども発展途上にあった昔の時代を感じさせる作品となっています。この時代の荒川さんを覚えている人は相当な通でしょうね。


<ガンガンWING2002年12月号掲載作>
 次に掲載されたのがこの号です。当時は、「鋼の錬金術師」のスタートダッシュが成功し、作者の人気も非常に高まっていた時代で、その人気に応える形で、「かつて評判のよかった読み切りの続編を」という話になったようです。なぜかガンガンWINGの方で掲載が決まったのですが、これは、ひとつには人気作者を呼んでガンガンWINGの方のテコ入れを図りたいという理由と、もうひとつはガンガンでの「鋼」との掲載がかぶることを避けたいという理由もあったものと思われます。

 ストーリー的には、妖道士社のジャックの評判を聞いた関聖帝君(関羽雲長)が、ジャックと勝負をするために上海にやってきてバトルを繰り広げる、というもので、シリーズ中でも一対一のガチンコバトルの要素が強い作品となっています。しかも、今回は三国志の英雄である関羽雲長が登場するということで、三国志ファンの間で妙に高い人気を集めたようです(笑)。
 この時代になると、もはや絵的にも完成しており、今と比べてもまったく見劣りしない作風を確立しています。絵が安定したことで、前回にもまして骨太なアクションシーンの迫力が際立ちます。


<少年ガンガン2006年4・5月号掲載作>
 数年の時を経て、いきなり復活した読み切り第三作です。今回は少年ガンガンでの掲載(しかも2カ月に渡る前後編)ですが、これは今のガンガンが「鋼の錬金術師」の人気にかなり依存しており、同作者の別作品を載せることでガンガンの人気を維持したいという理由が大きいと思われます。かつての読み切りの時代とは背景が異なるわけです。また、今作の掲載とほぼ同時にドラマCDの発売も決定しており(フロンティアワークス発売の商業作品で、前述の同人作品とはもちろん別のものです)、それに合わせた読み切りという側面もありました。

 今作の相手は斉天大聖孫悟空。今回は、今までの読み切りの中でも最もコミカルなアクションシーンとなっています。アクション中のギャグてんこ盛りで、全編で笑いに満ちています。そして、今までと違い、ジャックだけでなく妖道士社のほかのメンバー、ヤンとスーアンもアクションシーンで縦横無尽の活躍(?)をする賑やかな作風です。特に新人少年事務員・スーアンの扱いが面白く、大して戦闘能力もないのにバトルに駆り出され、孫悟空を倒すためのおとりとして使われて命の危険にさらされる姿がギャグ的に描かれ、最高においしい笑える役回りとなっています。今回は特にジャック以外のメンバーが目立っている作品になっているかもしれませんね。


・明るく楽しく気軽に読める荒川弘。
 以上のように、この「上海妖魔鬼怪」、荒川さんのマンガの中でも、あの「鋼の錬金術師」とは異なる作風で、全編で娯楽要素に満ちたエンターテインメント作品となっており、誰もが明るく楽しく気軽に読める作品となっています。そのためか、初期の頃からの熱心な荒川弘ファンの間では非常に人気が高く、「もうひとつの荒川弘作品」として評価も高い。本格的なストーリーやテーマはまるでないため、重厚な長期連載としては適さないかもしれませんが、たまに読み切りとして楽しむ作品としては非常に優秀ではないでしょうか。作者の懐の広さを感じさせる良作であると言えるでしょう。作者のスケジュールが許せばまた描いてほしい読み切りであり、できればコミックス派の人のためにも話数を揃えて単行本化して欲しい作品ですね。


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