<空の謳〜天野こずえ短編集2〜>

2013・10・20

 「空の謳〜天野こずえ短編集2〜」は、1999年に刊行された天野こずえの短編集で、「空の謳」「魔法の郵便屋さん」「ANGEL VOICE」「アース」の4つの話が収録されています。これら4つの読み切りは、98年の少年ガンガンに定期的に掲載されたもので、作者の初連載である「浪漫倶楽部」の後を継ぐ形で掲載されたものとなっています。

 95年からガンガンで連載されていた「浪漫倶楽部」は、98年初頭の、当時のガンガンが月2回刊行から月刊に戻る直前に終了となりました。同時期に、姉妹誌であるGファンタジーで「クレセントノイズ」の連載を始めており、これ以後の天野さんは、そちらでの活動が中心となっていきます。

 しかし、好評だった「浪漫倶楽部」の終了が読者に惜しまれたのか、その後しばらくの間、ガンガンでも定期的に(約3ヶ月に1回程度のペースで)描き下ろしの読み切り作品が掲載されることになったようです。短編集の表題作となった「空の謳」が1998年5月号、「魔法の郵便屋さん」が8月号、「ANGEL VOICE」が10月号、そして「アース」が翌99年1月号の掲載となっています。

 このように、あらかじめ定期的に予定されていた読み切りゆえか、ひとつひとつのボリュームはかなりのもので、どれも数十ページに及ぶ本格的な読み切りになっています。ジャンルも多彩で、SFありファンタジーあり、少年マンガ的な作品も少女マンガ的な作品もあり、作者の様々な側面を見ることが出来ると思います。どの話も面白く、「浪漫倶楽部」執筆以前の読み切りを集めた短編集(「夢空界」)よりもレベルは上がっていると思われ、特に元々うまかった作画面でさらなる上達が見られます。

 そして、この一連の読み切りを最後に、天野さんはガンガンから完全に離れることになりました。以後はGファンタジー、ステンシル、そしてお家騒動を経てマッグガーデンのコミックブレイドと、大きく活動の場を移したため、これが現時点で最後のガンガン掲載作品となっており、その点でも貴重な作品群かもしれません。


・ストレートなテーマが伝わってくる「空の謳」
 まず、表題作であり真っ先に執筆された「空の謳」ですが、これはSF+ファンタジーとも言える壮大な世界観が魅力の作品となっています。これまでの「浪漫倶楽部」などの学園ものとは異なる雰囲気で、作者からこうした作品が出てきたのはこれが始めてかもしれません。

 荒涼とした世界。富裕な特権階級は、「楽園(エデン)」と呼ばれる天空に浮かぶ島に住み、大多数の人間は貧困と犯罪に溢れた地上に住む世界。そんな下界に毎日天上から「謳」が聞こえてきます。それは、癒しの歌声を持つと言われる優良種(プライム)・セレナの歌声で、彼女の声は世界を癒すと言われていました。

 主人公は、荒れ果てた地上で、空中を飛ぶ機械で運び屋の仕事をしている青年カミーユ。ある日、そのカミーユに、困難な依頼が寄せられます。それは、天上に住むセレナをさらってくること。あれだけ希少価値の高い人間なら莫大な値段で売り飛ばせると。
 天上の防衛網をかいくぐり、首尾よくセレナの住む部屋に到達したカミーユは、そこでセレナの意外な反応を目にします。自分をさらって下界に行くと言われても、そのまま「お願いします」と従い、下の世界に憧れていたといって喜んでついていくことになります。

 下の世界についたセレナは、自分が知らなかった賑やかな町の様子を見て喜びますが、カミーユの方はあまり喜べません。地上にはセレナの感じるような楽しいところは何もなく、さらには貧困と犯罪に溢れた世界には何の希望もなく、早々と死んだ方がましだとさえ思っていたのです。それに対して、セレナには大きな夢がありました。それは、「素敵なおばあさんになること」。夢を持たないカミーユと、夢を持つセレナの対比が、この物語の大きなテーマとなっています。

 その後、天上からやってきたお迎えの軍隊によって、カミーユの奮闘むなしくセレナは奪い返されてしまいます。別れ際にセレナは、「夢を見つけてそれに向かって一日でも長く生きてください」と言って去っていきますが・・・。実は、そんな風に夢を語るセレナには、思わぬ過酷な事情があったのです。

 この物語は、そんな風に「夢」を軸にしたストレートで力強いテーマが伝わってくる作品になっていると思います。SFファンタジーというジャンルにも、今となっては古き良き面影を感じますし、表題作となるにふさわしい大作となっています。


・ほのぼの楽しいラブストーリー「魔法の郵便屋さん」。
 ついで掲載された「魔法の郵便屋さん」。これは打って変わって北海道ののどかな田舎を舞台にした、ほのぼの楽しい恋愛ものとなっています。

 北海道のとある片田舎。そこに住む少年・空(そら)は、幼なじみの涼子ちゃんに誘われて郵便局に行く毎日。そこの郵便局は、地元で有名になるような珍妙な場所で、ただの郵便局なのに「魔法の郵便屋さん」と名づけ、改造制服に身を包むちょっと(?)変わったお姉さん・綾乃によって運営されていたのです。彼女曰く、お姉さんは魔法を使うことが出来て、さらには郵便局のポストは気持ちを伝えることの出来る「魔法のポスト」で、ここは「魔法の郵便屋さん」なのだと。

 そんな変わったお姉さんの元に日々通う楽しい毎日でしたが、しかしある日、涼子ちゃんが転校してしまうことを知らされます。しかも、学校の他の生徒はみなそのことを知っていたのに、自分だけが知らされていなかった。そのことにショックを受けた空は、自分が実は嫌われていたのではと思い込み、涼子ちゃんに向けたお別れの手紙も渡せずじまい。郵便局を通りかかったとき、「魔法のポスト」の話を思い出して、その手紙をポストに入れたとき、綾乃お姉さんに見つかってしまいます。

 涼子ちゃんが空に転校を伝えなかったのは、本当に大切なお友達だからじゃないかなと諭す綾乃お姉さん。空くんもその手紙を勇気を出して渡すように言います。しかし、もう涼子ちゃんは電車に乗って行ってしまうところでした。
 そこで、綾乃お姉さんがその真の姿を見せます。彼女は、本当に魔法使いで、ひまわりに乗って空を飛ぶことが出来たのです。ふたりで空を飛んで涼子ちゃんの乗る電車に近づき、ついに手紙を渡すことに成功。そこで彼女から帰ってきた言葉は、「バッグにしまってあるラブレター、とっとと渡しちゃいなさいよ」でした。そう、空くんが本当に好きだった手紙の相手は・・・。

 この話は、絵柄もストーリーも少女マンガ的で、ほのぼのかわいいラブストーリーとなっています。この短編集の中では唯一の少女マンガと言える作品ですが、のちに少女誌のステンシルなどで、こうした作品をさらに手がけることになります。


・天野さんらしい学園もの「ANGEL VOICE」。
 3番目に登場したこの読み切りは、高校の学園祭(文化祭)が舞台の学園ものとなっています。同じく学園ものだった「浪漫倶楽部」やデビュー当時の読み切りと近い作風で、さらにはその読み切りと舞台が同じ高校で、さらには浪漫倶楽部の制服が再び登場するなど、作者自身ちょっと昔を懐かしんで描いた節がうかがえます。

 とある高校の学園祭。美術部に所属する駆(かける)くんは、展示会の当番をやっていますが、しかし誰も来ない閑古鳥状態。しかし、そんな時にえらくかわいらしい少女がやってきます。誰かに追われているらしい少女を思わずかくまった駆。彼女は、自分を16歳のアイドル声優・高岡春夏(はるか)と名乗り、過密スケジュールの仕事に嫌気が差し、マネージャーから逃げ出してここに来たと言いました。

 そして、せっかく学園祭に紛れ込んだんだからここで楽しもうと言い始め、美術部に置いてあった制服に着替え、駆くんに強引に案内させて学園祭を回りはじめます。戸惑いつつもまるでデートのようにはるかさんと一緒に学園祭を楽しむ駆くん。彼女の声は、声優だけあってとてもきれいで、駆くんは一緒にいて声を聞くだけでドキドキしてしまいます。

 しかし、最後に、駆くんははるかさんに言いました。やはりマネージャーさんのところに戻るべきだと。それに対して、はるかさんも語り始めます。彼女が仕事から逃げ出したのは、声優をやっていて自分には才能がないのではないかとともすれば不安になったからだと。
 それに対して、駆くんは、「こんな素敵な声をしてるじゃないか」「たった一言で人の心を動かすなんてすごい」と優しく語りかけます。これでついに気を取り直した彼女は、笑顔で仕事に戻っていくことになります。

 このマンガは、初期の天野さんの得意分野とも言える学園もので、これまでどおり作者の実力が遺憾なく発揮されています。さらには、この作品において、以前と比べてさらなる絵の上達ぶりまで感じられます。ヒロインのはるかさんが、これまでのキャラクター以上に非常に魅力的に描かれていて、最初に見たとき少し驚いたくらいです。そして、このハイレベルな作画は、のちの名作「ARIA」に至るまで、さらにレベルアップしていくことになるのです。


・古き良き壮大な宇宙SF「アース」。
 そして最後の読み切り「アース」で、再びSFファンタジーに戻ります。宇宙が舞台の少しレトロな感じのするSFで、「星間移民船」「コールドスリープ」と言えば古くからのSFファンには大いに思い当たる節があると思います。

 人類が地球を離れ、様々な惑星へと植民を行う宇宙時代。人類は、新しい惑星へと移民船で移動し、資源がなくなり環境が悪化するとその星を去り、また新しい星へと植民するという生活を送っていました。そんな星々のことを、人は「新地球(ニューアース)」と呼んでいます。物語の舞台は、そんなニューアースのひとつ「第5地球」。この星も、環境の悪化からほとんどの住人が移民を始め、最後の移民が旅立とうという時に差し掛かっていました。

 そして、最後の最後で、移民船に乗り遅れそうになった2人の住人がやってきます。虎哉ヨウタという少年と、文明堂カステラという少女。ふたりは、船の乗組員であるキャプテン・ワオに案内され、最後に乗船することになります。
 最後に遅れてきてしまったため、他の住人はすでに凍眠処置をすませてしまい、ふたりは予備の部屋で予備の装置で眠ることになります。長い眠りに付く前のしばし、カステラは虎哉に一枚の写真(ホログラムデータ)を見せます。それは、青く美しいかつての地球。人類のふるさとだったその星は「旧地球(オールドアース)」と呼ばれ、普段行く星々で環境破壊を繰り返している我々に見せないように、政府が情報操作しているのだと。そして、わたしたちが新しく向かう第18地球もまた、この旧地球にそっくりで、またそこで環境破壊を行ってしまうのかと。

 そんな会話のあと、いよいよ眠りについたふたりですが、思わぬ時に凍眠処置が解除されます。起きてみると、騒々しくも乗組員たちがやってきて、ふたりを拘束しようとします。必死に逃げてメインの客室に来たふたりが見たものは、カプセルの中で変わり果てて死んでいる人々の姿でした。
 乗組員たちの話によると、移民船が不慮の事故で隕石に衝突、そこから侵入した有害な汚染物質によってみな死んでしまったのだと。今生き残っているのは、ワオを含む乗組員4人と、虎哉とカステラと計6人のみ。この6人だけが別に置かれた予備の装置を使ったのが幸いしたのです。

 しかし、不幸なことに、先ほどの脱走劇の間に、カステラだけが感染してしまった。この汚染物質に侵されたものは、ほんの5日ほどで死に至る。ここに薬はなく、間近に迫る第18地球に先に着いた移民団にデータを送り、わずかな可能性ながらワクチンが作られるのを期待するしかないと言います。

 もう死期が間近に迫る中、最後の数日を過ごすカステラ。乗組員たちは元気付けようと励ましてくれますが、なぜか虎哉だけはやってきません。最後の3日目に、カステラのみ小型シャトルで出発し、惑星の周回軌道を回って最後の瞬間まで朗報を待つことになりますが、そこでようやくやってきた虎哉は、彼女にいつも持っていたぬいぐるみを託します。
 しかし、カステラは決めていました。どうせほとんど助かる望みはないなら、シャトル出発後に自爆装置で爆破してくれと。望みどおりにしてあげましょうというワオでしたが、しかし出発後、実際に爆発したのは本船の方でした。

 そう、実は感染していたのはカステラではなく、カステラ以外の全員だったのです。乗組員たちは最初に目覚めてメイン客室に入った時点で感染し、虎哉も脱走劇の最中でひとり客室に入った瞬間に感染してしまった。そのことを知った彼らは、カステラを寂しがらせないために芝居を打ったのでした。

 この話は、SFとしての設定と最後にどんでん返しの真相が判明するストーリーが本当によく出来ていて、美しい宇宙の光景もあいまって、悲劇的にしてしかしとても感動する物語になっています。最後に、3日間かけてぬいぐるみ(をベースにした知能ロボット)の中に記憶を移してきた虎哉が、カステラに優しく語りかけます。「さあ行こう・・・地球(アース)が迎え入れてくれる」と。


・今読んでも面白い読み切り集。作者の顕著なレベルアップが感じられる。
 と、このように、この短編集「空の謳」、4つある読み切りがどれもボリュームのある力作で、非常に読み応えのある作品集になっています。天野さんの以前の短編集「夢空界」に比べても、こちらの方がストーリーでも作画面でもレベルが上がっていると思いますし、作家としてのレベルアップを如実に感じることが出来ます。そして、これ以後、名作「ARIA」に至るまでさらに高みにのぼっていくのだから大したものです。

 そして、今思えば、この作品が掲載されていた時代のガンガンを懐かしく感じます。ちょうど月2回刊行時代が終わって月刊に戻ったばかりの98年は、月2回刊時代の混乱が終息し、誌面の充実ぶりは顕著なものがあり、いわゆる「ガンガン系」と呼ばれる独特の作風が完成した時期でもありました。そんな時期に定期的に掲載されたこの天野さんの読み切りは、その充実した誌面をさらに楽しみにするものだったと記憶しています。

 ガンガンでの掲載ゆえに、当時はこの読み切りをリアルタイムで読んだ読者はかなり多かったようで、特に「魔法の郵便屋さん」が一番好きだと言う人は何人か見かけました。わたしは、最後の「アース」が一番好きなんですが、多彩なジャンルで描かれた短編集だけに、人によって様々な楽しみ方があったのだと思います。

 エニックスから刊行されたオリジナルのコミックスは、すでに絶版になっていますが、幸いにものちにマッグガーデンから新装版が出ています。こちらは今でも入手可能だと思いますので、未読の方は今からでもかつての天野さんの名作の一端に触れてみてはどうでしょうか。


「読み切り作品」にもどります
トップにもどります