<STRAY DOG>

2006・1・11

 これは、あの荒川弘のマンガ大賞受賞作にして、実質的なデビュー作となった読み切りです。荒川弘とは、もちろんあの「鋼の錬金術師」の作者の荒川弘に他なりません。
 掲載は少年ガンガン1999年8月号。もう随分と昔になりましたが、この当時のガンガンは、掲載される読み切り作品のクオリティが非常に高く、そのラインアップは豊穣を極めていました。そんな中でも、この「STRAY DOG」のレベルの高さは一際ずば抜けており、掲載直後から極めて高い評価を得て、いきなり熱狂的なファンがつく状態となります。そして、その後はエニックスの新人作家の中でも大本命として、長らく連載が待たれる状態が続き、この読み切り掲載から約2年後に、満を持してあの「鋼の錬金術師」の連載を開始します。その後の活躍については、もはや言うまでもないことでしょう。


・骨太な印象の力強い作品だが・・・。
 「STRAY DOG」は、力強い絵柄とストーリーが印象的な、本格ファンタジーを思わせる読み切りです。力強く「骨太」さを感じさせるイメージの作品で、それが読者に強い印象を残し、力強い、男らしいマンガを求める王道バトル系少年マンガのファンには特に喜ばれ、高い評価を得ました。
 しかし、これは単に力強い、男らしい印象だけのマンガではありません。このマンガは、実は非常に重いテーマを同時に内包しており、明るいイメージの熱血系少年マンガとは一線を画した、ある種ダークで背徳的な要素をも有する本格志向の作品なのです。これは、作者の大人気連載である「鋼の錬金術師」にも共通する要素であり、読み切りデビュー作である本作において、すでにのちの連載に繋がる思想が窺え、その点でも非常に興味深い一作となっています。

・少年誌を越える過酷なテーマ。
 この物語の鍵となるのが、「軍用犬」と呼ばれる、人間に対して使役するために生み出された生命体です。人の「智」と犬の「武」を併せ持った存在で、元は戦争用に作られたのだが、肉体労働や護衛用に一般人も飼うようになっています。その主人の命令には絶対服従する忠実さが最大の特徴で、過酷な扱いにも文句も言わず、給料もいらない便利な駒として使役される存在です。
 この軍用犬の存在意義こそが、この作品のメインテーマであり、そのため作中では、軍用犬の過酷な運命が様々な描写で語られます。主人に見捨てられ、その命令なしでは自分ひとりで生きていくことができず、ボロ布のように扱われる軍用犬。誕生時の合成がうまくいかず、失敗作として観賞用に売られた軍用犬。最強レベルの軍用犬だが、最低な主人の下で扱われ、自らの存在意義を強さに求めようとする軍用犬。主人公のフォンドは、旅の過程でそんな軍用犬たちと接していくことで、その存在意義を苛烈に問い詰められます。

 このように、この物語は非常に重いテーマ性を有しており、少年誌の範疇を越えるかのようなあまりにも過酷なその物語は、当時の読者に深い印象を残しました。しかも、これが何と投稿デビュー作であったわけですから、荒川氏が当初からいかにレベルの高い作家であったか、その片鱗を窺い知ることが出来ます。


・エンターテインメント性も抜群。
 このように、まずその重いテーマが非常に大きな印象を残しましたが、この作品の魅力はそれだけではありません。ストーリーやアクションシーンの完成度でもレベルが高く、エンターテインメントとしても十分すぎる面白さを持っています。
 まず、冒頭の始まり方からして面白い。「コールスターの原石一袋 バタール地方の織物に・・・」と主人公のフォンドが戦利品を数え上げるシーン。足元の血溜まりに倒れる男。これだけで主人公の置かれた立場が判明します。戦利品を数え上げるセリフにも詩的な面白さが感じられ、読者が一気に物語に引き込まれるシーンです。
 物語の中盤においては、起伏に富んだ各エピソードの中で軍用犬の設定と意義が自然に語られ、読者を飽きさせません。絶妙なタイミングで入るアクションシーンも爽快です。軍用犬の存在意義がメインテーマとはいえ、単にその説明を繰り返すだけの退屈な物語にはなっていないのです。
 そして終盤では、最大の伏線が明らかになり、一気にクライマックスの戦いへとなだれ込みます。その後の締めを飾るラストエピソードもすがすがしく、50ページに及ぶ大作読み切りを綺麗に締めくくって終わります。

 そして、肝心のアクションシーンの完成度も高い。当時から骨太な力強い描写は健在で、ここで少年マンガのファンを一気に引き込みました。この作品では、どちらかと言えば力押しの強引で骨太なアクションが主体で、のちの連載に見られる知略の駆け引きの部分がさほど多くないのが残念ですが、それでも端々に構図のうまさや対戦相手同士の掛け合いの面白さを感じることが出来ます。

 特筆すべきは、作品の随所にギャグやコメディの要素がふんだんに見られること。この軽妙なギャグ・コメディの織り込み方が実に巧みで、基本的には非常に重いテーマを扱う作品ながら、その雰囲気は暗すぎるものになっておらず、むしろ硬軟のバランスの取れた良作になっているのです。このあたりのバランスの取り方が見事です。


・偉大なる「鋼の錬金術師」の原型となる作品。
 そして、このような重いテーマと抜群のエンターテインメント性は、その後の荒川氏の作品にも受け継がれ、特にあの「鋼の錬金術師」において、この作品から連なる要素が強く感じられます。骨太な力強い絵柄とアクションシーンや、巧みにギャグやコメディを絡めた構成も、まさにそのまま受け継がれています。冒頭の戦利品を数え上げるシーンも、あれは「鋼」の第一話でも似たようなシーンがあります(主人公のエドが、人間の構成要素を列挙するシーンです)。 
 そして、何と言ってもテーマです。単に両者のテーマの重さが共通しているだけではありません。実は、この「STRAY DOG」のテーマが、「鋼」の一部のエピソードに受け継がれていると思われるのです。その点では、まさに「鋼の錬金術師」の直接の原型とも言える存在なのではないでしょうか。

 このように、作者の投稿デビュー作でありながら既にずば抜けた完成度を持ち、のちの作品にも繋がる原型まで有していた「STRAY DOG」。ガンガンの数多くの読み切り作品の中でも、これは最大の傑作と言えるでしょう。


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