<ワガママ天使の育て方。>

2006・1・18

 「新撰組異聞PEACEMAKER」の作者である黒乃奈々絵の投稿受賞作にして、実質的なデビュー作にあたる読み切りです。掲載は少年ガンガン1999年1月号。
 この読み切りは、「月例G1ガンガン杯」という、ガンガンが毎月募集している月例マンガ賞の準入選作品であり、当時エニックス出版全体で募集されていた「21世紀マンガ大賞」ほどの大きな扱いの賞ではありませんでした。しかし、それにもかかわらずこの作品の完成度はずば抜けており、とても月例のマンガ賞の、しかも準入選クラスの作品とは思えませんでした。 当時のガンガンでは、99年から2000年にかけて優れた読み切りが多数掲載され、そのラインナップが非常に充実していた時期があったのですが、これはその先駆けと言える存在です。
 この読み切りが好評を博し、黒乃さんは、同年の5月号から前述の「新撰組異聞PEACEMAKER」の連載を開始します。これはこれで非常に優秀な作品なのですが、ただ、この作品は「新撰組」を扱った企画ものということで、あくまで編集者の側から立ち上がった企画でありました。その一方で、この「ワガママ天使の育て方。」の方は、黒乃さん自身による真のオリジナルとも言える存在であって、よりはっきりと作者の持ち味を感じることが出来る作品だと思います。そのためか、「新撰組異聞〜」がヒットして人気を博して以降も、このデビュー作である「ワガママ天使の育て方。」が好きだという読者が根強く存在しています。


・天使と悪魔。
 この物語はファンタジーです。それも剣と魔法の冒険ファンタジーではなく、悪魔の子と人間との交流を描く、心暖まるお話になっています。
 別名「天使の降りる都」と呼ばれる国。天使を召喚したものが王権を握り、天使と共に国を栄えさせてきたその国で、次期国王候補者の一人である、クルスという聖職者の青年が主人公です。彼は、次期国王候補者として伝承どおりに天使を召喚しようとしますが、召喚できたのは天使ではなく、悪魔の子でした。彼は、その子を「マリエス」と名づけ、自分の子供のように育て始めます。

 黒乃奈々絵さんと言えば、元々は女性向けの同人作家だったらしく、連載作品の「新撰組異聞PEACEMAKER」にしろ、あるいはそれ以後の作品にしろ、絵柄を中心にかなり癖が強い作風です。単純に絵柄が一般的なエニックスマンガのイメージから外れていることに加えて、美形の男性キャラクターが多いというのもその一因です。これは、基本的に癖の少ない中性的なイメージの作家の多いエニックスでは例外的な存在で、人によってはかなりの抵抗を覚える可能性があります。

 しかし、この「ワガママ天使の育て方。」は、彼女の作品の中では比較的抵抗が少なく、より多くの人にすすめられる作品となっていると思えます。絵柄自体はさほど変わりませんが、のちの作品ほど美形キャラクターが強調されていないことと、そもそもキャラクター自体がさほど多くなく、クルスとマリエスの交流が軸となって話が構成されていること、そしてなんといってもマリエスがかわいすぎるからに他なりません。
 悪魔の子のマリエスは、男でも女でもないという設定ではあるのですが、どちらかと言えばおんなのことして描かれているようです。そして、悪魔とはいえ性格的にはまだまだ子供で、無邪気に走り回ったり子供らしく照れたりするあたりがとてもかわいい。子供のかわいらしさがよく描けていて、とても微笑ましいマンガになっています。このマリエスの無邪気さに救われる形で、誰もが楽しく読み進められる話になっているのです。


・悪魔と人との交流。
 そして、このマンガのさらに救われるところは、主人公のクルスだけでなく周りの人々もみないい人で、誰もが悪魔の子であるマリエスと優しく接していることでしょう。基本的に悪人がいない話なのですが、そんな優しい環境で暮らすうちに、最初のうちは悪魔として人間の魂を取ってやろうと考えていたマリエスも、次第に子供らしく素直になっていきます。
 このように、実に穏やかな雰囲気で描かれる作品で、例え悪魔でも良き子供ならばそれを大切に思う優しい心の機微がよく描かれています。このあたりは、のちの連載である「新撰組異聞PEACEMAKER」が、日常描写は明るくてもその裏に厳しく暗澹とした一面を常に抱えているのとは対照的で、全編に渡って優しさに満ちた作品となっています。この点も、いまだに最初の読み切りであるこの作品が支持され続けている理由なのでしょう。

 ちなみに、この当時のガンガンには、このような雰囲気の作品でも掲載される余地が十分にありました。同時期に定期的に掲載された天野こずえの読み切りシリーズがそうですし、新人作家のMINAMOによる「水辺の物語」「コウノトリの仕事」などもそれに該当するでしょう。これが今現在(2006年)のガンガンならば、おそらく掲載は難しいでしょうし、むしろGファンタジーあたりで掲載されるような気がします。当時のエニックスでは、雑誌ごとのカラーの違いが今よりも少なく、すべての雑誌に渡って統一感があり、このような作品がガンガンに掲載されても別に違和感は無かったのです。


・聖職者の葛藤。
 しかし、このマンガは単に優しいだけの作品ではありません。主人公が自らの抱える劣等感に苦悩する描写も丹念に描かれており、深みのある物語になっています。
 そもそも、聖職者にして人格的にも優れているクルスが、天使ではなく悪魔を呼び出してしまったのは、ひとえに彼の前世にあり、前世において人の域を超えた極悪な犯罪者であったがためでした。さらには、そのためか聖職者であるにもかかわらず悪人のような顔で生まれてしまい、そのことにも劣等感を抱いています。
 そして、天使を召喚しようとしたのも、悪魔であるマリエスを良い子に育てようとしたのも、すべては自分の劣等意識を乗り越えるため、「これだけの良いことが出来る」ことを証明するためだったのです。そのあたりの負の意識が、マリエスと共に暮らすことで少しずつ解消され、ついには本当に心の底からマリエスを自分の子供のように大切に思うようになります。途中でいさかいもあり、最後にはまずクルスが危機に見舞われ、ついでマリエスに危機に訪れ、ついには願いむなしく別れることになりますが、しかし最後の最後でハッピーエンドが待っています。このあたりは感動ものの展開です。単に優しいだけの作品ではなく、主人公とマリエスが葛藤を乗り越えていく姿が丹念に描かれ、しかも最後にはその努力が実を結ぶという、充実感のある物語になっている点が評価が高いのです。


・これが準入選?とは思えない秀作。
 このように、このマンガはこの当時の読み切り作品の中でも紛れも無い秀作であり、作者の実力を存分に感じることが出来ました。作者の黒乃さんは、この読み切り後ほどなくして、前述の「新撰組異聞PEACEMAKER」の連載を開始し、これが大ヒットしますが、この読み切り作品のレベルの高さを考えれば、それは必然だったと言えるでしょう。(とはいえ、「新撰組」という慣れない企画物をいきなり引き受けて、それを成功させたというのは凄い努力の賜物でもあると思います。)
 しかも、この読み切りが、その後の作者の連載群とはかなり方向性の異なる、ハートフル路線とも言える穏やかで優しいイメージの作品だったというのもポイントです。そして、この点こそが、この最初の読み切りが未だに印象に残っている大きな理由となっています。のちの連載作品との対比を受けて、作者のもうひとつの側面を感じさせる読み切り作品になったのだと思います。

 それにしても、このマンガが単なる月例賞の、しかも準入選というさほど突出していない賞の受賞作に過ぎなかったというのは驚きです。まさに、この当時の読み切り作品の充実ぶりを示す象徴的な出来事であったと言えるでしょう。


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