<魔女の心臓>

2012・12・9

 「魔女の心臓」は、ガンガンONLINEで2012年3月より掲載されている作品で、美しい世界を舞台にした、しかし暗く悲しい物語が特徴のファンタジーストーリーになっています。かわいらしい絵柄で、時にコミカルなシーン・会話も散見されるものの、そのエピソードはどこまでも悲しく切なく、時に残酷とも言えるストーリーも目立つ作品となっています。

 作者は、matoba。このガンガンONLINEでデビューした作家で、以前の2010年より1年余り連載していた「ほしのこ!」という作品が初連載でした。こちらは、明るく楽しい作風のコメディ、それも少女マンガ的なラブコメ・日常コメディとなっていて、こちらは純粋に楽しいマンガだったと思います。しかし、次回作となったこの「魔女の心臓」は、一転して本格的な物語のファンタジーマンガ、それも極めてシリアスで物悲しい作風となっています。

 そのストーリーは、心臓を失い胸に虚空を抱え、不死となって永遠を生きる魔女が、自らの心臓を取り戻してあるべき死を目指すというもので、それだけでも悲しい設定に満ちています。そして、彼女が行く先々で出会う人々のエピソードも、か弱き人々の悲しい運命に彩られたものばかりで、物悲しくも読み応えのあるマンガになっているようです。また、この中性的な絵柄は、かつてのガンガン系でよく見られたもので、今でも時折読み切りなどで散見されるものの、このマンガが最もかつての作風を色濃く残しているように思われました。こうした中性的な雰囲気に満ちたファンタジー作品が、再びこうして連載で読めることが、何よりも嬉しいと思います。

 これは、ガンガンONLINEという比較的自由な誌面でこそ掲載できたという理由もあると思いますが、しかし先日少年ガンガンでもかなり本格的な出張読み切りが掲載されました。こういう作品がこれから先ガンガンでも受け入れられるといいと思いました。


・「荘厳華麗な世界で繰り広げられる、純然たるファンタジー!」
 この作品最大の特徴、それは先ほど挙げた「ファンタジー」であることです。ここでいうファンタジーとは、ごく伝統的な西欧中世風の異世界ファンタジーのことを指します。最近では、こういったファンタジーは、かつてはエニックスでもどこでもよく見られるジャンルでしたが、しかし今の商業誌ではスクエニでさえ下火となり、同じファンタジーでも現代日本(もしくは日本的な世界)を舞台にした、いわゆる「伝奇」ものの方が人気を得ているようです。

 しかし、この「魔女の心臓」、今では珍しい純粋な西欧風ファンタジー世界が舞台となっていて、まずそれに大きく惹かれました。送り手の編集部の方でも、それは大きなポイントとなっているらしく、コミックスの裏表紙では・「荘厳華麗な世界で繰り広げられる、純然たるファンタジー!」という紹介文が書かれ、帯でも「本格ゴシックファンタジー登場!」となっています。

 こうした作品が描かれる背景には、まず特定のテーマやストーリー以上に、美しい世界への憧憬があると思います。豊かな自然や美しい西欧風の街並み、人々のつつましくも楽しい生活。これは、現実の中世的な世界を舞台にした、リアルで殺伐とした世界観とは一線を画する魅力があると思うのです。

 このマンガでも、そうした異世界の魅力が存分に描かれています。物語冒頭のカラーページ、雪の降る森林を歩く主人公の魔女が描かれたパノラマで、まずその美しい世界を垣間見ることができるでしょう。さらに、彼女が立ち寄った草原のテントから広がる光景、それも真っ赤な夕日に照らし出され、まるで燃えているように一面紅に染まった草原のパノラマにも、まさにその世界の魅力が凝縮されています。端正な作画で描かれた世界とそこへの憧憬こそが、このファンタジー物語の第一の魅力でしょう。


・あまりにも暗く悲しい、残酷とも言えるエピソードの数々。
 しかし、その美しい世界で繰り広げられる物語は、しかしひどく切なく悲しいものです。一部にほっと和ませるコメディシーンや会話こそ折り込まれるものの、ストーリーの骨子はあまりにも暗く悲しいもので、残酷とも言えるほどで、厳しい世界で生きるか弱い者の姿にスポットを当てているようです。

 まず、主人公である魔女のミカ、彼女の出自からしてひどく切ない。彼女は、かつて愛する妹から心臓を奪われ、それ以後死ぬことの出来ない存在として、生と死の境を生きる境界(あわい)の魔女として永遠の時を生きることになります。彼女の願いはひとつ、心臓を取り戻してあるべき死を迎えること。自らの最終的な目的が死であるという、その悲しい運命があまりに印象的です。

 さらに、彼女が旅先で出会う人々、その運命もまた悲劇的であることが多い。最初に森の中で出会った少女は、弟たちが待っている村へと家路を急いでいましたが、しかし森の中の教会で血まみれになって殺されてしまう。村で出会った兄妹は、母は病気で生活は貧しく医者にもかかれない、その上で傲慢な領主の娘から税金を取り立てられ、畑に使う水も彼女が経営する製鉄所に取られてやってこない。こんな悲惨な生活の中、妹はミカの持っていたランタンを領主に売り払ってしまいます。

 それにも増して悲惨なのは、海岸沿いの崖の上の家に一人住む少女の話。彼女は、頭の上に不思議なつぼみを載せているのですが、それは寄生性の生物で、やがては花を咲かせた時に死んでしまうと言います。医者に見せても一向に治ることはない。やがて、ついに花を咲かせて死んでしまうことになるのですが、実は彼女の運命には、さらに悲しい真相があったという顛末となっています。

 しかし、なぜここまで悲しい物語になっているのか。これは、ひとつには、この物語が「寓話」的な物語を指向しているからではないかと思います。人間の持つはかなく悲しい運命と、それに抗う強い意志を描いている。それゆえに、あえてファンタジーという形態を取っているのではないかとも思いました。


・「一緒に行きましょう」という関係性が特徴的。
 さらにもうひとつ、特筆すべきなのは、魔女のミカとそのパートナー・ルミエールとの関係です。
 ミカが旅をする道程で、ひとりだけ連れとなるパートナーがいます。それは、彼女の持つ「ルミエール」という名のランタン。このランタンは、意思を持ってしゃべることも出来、ミカとの間で軽快なやりとりを交わす、気のおけない仲となっています。さらに、あるきっかけで人間の姿を取る事もあり、その時には秀麗な青年の姿ともなります。しかし、この姿になったときもミカとのやり取りは変わらず、ひょうきんな性格をさらしています。
 しかし、そんなふたりは、誰よりも固い絆で結ばれていて、軽口を叩き合いつつも同時に信頼の置ける旅のパートナーとして描かれています。ここで重要なのは、ふたりの間の、いわゆる恋愛のような関係描写は薄めで、あまり強調されていないことにあります。

 一応男女のパートナーで、かなり緊密な仲でもあるので、物語によっては恋愛描写が見られてもおかしくないと思いますが、このマンガには、一部にそれを連想させるようなシーンはあるものの、ひどく強調されているわけではないようです。むしろ、互いに信頼を置く旅のパートナーとしての側面が強く描かれています。「好きだ、愛してる」ではなく、「一緒に行きましょう」という関係性。このふたりの関係は、人間の持つ信頼性に重きを置いた、とても美しいものがあると思います。

 実は、このようなキャラクターの関係は、こうしたファンタジー物語、とりわけ中性的な作風の創作ファンタジーでよく見られるような気がします。男性と女性という間柄でカップリングとも言える関係でありつつも、恋愛描写はあえて薄く抑え、しかし信頼のおける旅の同伴者のような確固としたつながりで結ばれている。これは、いかにも創作ファンタジーらしい、豊かな精神性が作品によく表れていると思いますが、どうでしょうか。


・これは素晴らしいファンタジー。スクエニのほかの雑誌にもこういう作品を載せてほしい。
 このサイトでは、これまでもこのようなファンタジー、美しい世界観と重厚な物語を持つ作品をいくつも紹介してきました。中でも、かつてのエニックスで見られ、今では主に創作系同人誌でよく見られる中性的絵柄と雰囲気を持つ作品、これをとりわけ好んで取り上げてきたと思います。最近のスクエニでは、以前から同人での活動が顕著で、JOKERでデビューして何回か商業連載も行った鍵空とみやきさんの作品が、その代表的な作品だと思いますし、他にもそういった作品が、まだ少しずつ見られるのがありがたいところでした。

 しかし、この「魔女の心臓」は、それら最近の同系の作品と比較しても、突出した完成度を感じます。美しい世界観を徹底して描き切った作画、暗く悲しいながらも読ませる重厚なエピソードの数々、そして死を求めて旅をする「境界(あわい)魔女」という儚い設定・・・。ひとつのファンタジー物語として十分すぎる出来栄えです。

 意外にもアクションシーンがよく描けているのもポイントかもしれません。魔女のミカは、不死の魔女としての恐ろしい力に加えて、剣技の腕まで持ち合わせ、時に目の前に立ちふさがる敵を容赦なく倒していく。そういったシーンまで織り込まれているのもまた魅力でしょう。

 ただ、時にそうした戦闘シーンが見られても、あくまでメインは中性的で美しく切ないファンタジー。こういった雰囲気の作品が、ガンガンONLINEでの連載にとどまらず、少年ガンガンにも出張読み切りとして掲載され、しかも読み切りとはいえ30ページを超える本格的な一編となっていたのは、意外であると同時にひどく期待を持てました。こういった作品が、かつてのようにスクエニの各雑誌でコンスタントに掲載されるようになるといいと思いますね。


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