<コミックバウンドとはどんな雑誌だったのか>

2006・10・2

 先に「トンネル抜けたら三宅坂」のレビューでも触れましたが、かつて、エニックスが創刊した雑誌に「コミックバウンド」というモノがありました。しかしこの雑誌、わずか5号という驚異的な早さで廃刊となってしまい、さらには元々エニックス読者にはあまりなじみの無い「青年誌」として出版されたこともあり、ほとんどの人がその内容を把握しないうちに消え去ってしまった感があります。さらには、創刊(廃刊)時期が2000年と今となってはかなり古く、その後にエニックス(スクエニ)のマンガ・雑誌に触れた読者の大半は、その内容を知らないのではないでしょうか。このページでは、今ではほとんど幻となった「コミックバウンド」とはどんな雑誌だったのか、それを詳細に伝えておきたいと思います。


・他のエニックス系雑誌とはまったく違う。
 まず、この雑誌は、エニックスから出た初の「青年誌」ということもあってか、他のエニックス系雑誌とは全く異なる方向性を採用しています。
 従来のエニックス系雑誌は、多少雑誌によって微妙にジャンルや読者層が異なることはあっても、どれもかなり近い方向性を持っていました。いわゆる「エニックス系」「ガンガン系」と呼ばれる、中性的な絵柄とイメージで男女問わず受け入れ、かつ少年誌にしては高めの読者年齢層を想定しており、中高生〜大人まで幅広い読者層に受け入れられる誌面を形成していました。これは、基本的に少年誌であるガンガンのみならず、ややコアなマニア層向けのガンガンWING、女性読者寄りのGファンタジー、やや低年齢向けのギャグ王はもちろん、少女マンガ誌であるステンシルでさえも、実際には中性的で男女問わず受け入れやすい誌面作りを行っていました。

 しかし、この「コミックバウンド」という雑誌は、それら従来のエニックス系雑誌とは根本から異なります。というか、コミックバウンドという雑誌を考えるにあたっては、他のエニックス雑誌のイメージは完全に捨ててください。基本的に「エニックス的なイメージではない雑誌」と言ってもよいでしょう。これは、コミックバウンドが「青年誌」ということで、従来とは全く異なる高年齢の「大人」の読者を想定していることも大きいのですが、それだけではありません。のちに、エニックス(スクエニ)は、同じ青年誌で「ヤングガンガン」という雑誌を創刊しますが、これともまったく異なります(というか、ヤングガンガンは基本的に他のエニックス雑誌と同じ方向性を持っています)。とにかく、「エニックスの雑誌とは思えない」ような誌面だったのです。


・あまりにも下品でアクの強い雑誌。
 とにかく、あまりにもアクの強い作風が際立つ誌面でした。青年誌によく見られる娯楽要素として「エロ・グロ・バイオレンス」がありますが、この雑誌の場合、そのエロ・グロ・ナンセンスを極限まで突き詰めたような、恐ろしくどぎつい誌面となっていました。しかも、それがマンガ本編だけでなく、雑誌内の企画や読み物にまで及び、雑誌全部が下品の固まりのような誌面となっていました。
 極めつけが、この雑誌最大の企画である「国民総カード化計画・ファミリア」と銘打った、トレーディングカードゲームの製作企画です。これは、実在の人間を実写でカード化してゲームをやろうという、とんでもなく品の無い企画であり(→)、わたしなどは、「この雑誌は一体何を考えているのか」と完全にあきれ果ててしまいました。

 そして、マンガ本編もこのような品の無い連載ばかりでした。とにかくエロマンガや、エロネタを扱ったマンガがあまりにも多く、そして激しいグロ・バイオレンス描写や、反社会的なテーマを持つマンガばかりが誌面を席巻しており、そのあたりあまりにもアクの強すぎる雑誌でした。このマンガのキャッチコピーは「バカに目覚めるオトコ・・・のコミック」というものですが、確かにこの雑誌は、このような過激な作風を好む青年男子をメインターゲットにしており、反面女性読者にはあまりにも抵抗が強すぎて読めないような雑誌であり、あるいは男性読者でさえ、ともすれば不快感・嫌悪感を感じるような誌面でした。当時のあるサイトの管理人さんは、この雑誌を指して「品性のかけらも無い雑誌」と表現されていましたが、これはまさに的確な表現でした。

 そして、このような過激な誌面は、やはり多くの読者にとっては──とりわけ、女性読者も多く、穏やかな内容を期待するエニックス系読者にとっては──あまりにも抵抗の強いもので、大きな人気が出ないのも明白でした。したがって、わずか5号で廃刊した時にも、誰もが「この内容なら仕方ない、当然」と考えたのも当然だったと言えるでしょう。実際、この雑誌の廃刊を知っても、悲しむ声はあまり聞かれず、むしろ失笑の声の方がはるかに大きかったと記憶しています。

 そして、これに加えて、この雑誌の連載陣の多くが、他出版社から引っ張ってきた大物作家によるもので、エニックスからの生え抜き作家がほとんどいないという誌面構成も、多くの読者にとって魅力のないものとして映りました。はっきりいってエニックス的な要素がほとんど感じられない雑誌で、多くのエニックス系読者に見限られたのも必然だったと言えます。


・実は意欲的な連載が多数見られたという事実。
 しかし、この雑誌は、確かに全体的な誌面の雰囲気・方向性は、多くの読者とってあまりにも受け入れ難いものでしたが、個々の連載マンガに関しては、かなり意欲的なものも多かった点も否定できません。外部から引っ張ってきた作家には、真に実力を持つ大物作家も多数見られ、彼らの手がけた連載には、見るべき完成度を持つものも多数見られました。実際、この雑誌が廃刊になった時も、雑誌そのものを惜しむ声はあまり聞かれませんでしたが、個々の連載に関しては、「これを終わらせるのは惜しい、続いてほしかった」という声が多かったように思います。
 さて、では具体的に、注目すべき連載としてどんなものがあったのか。

 まず、この雑誌の看板として掲げられた、「亡国のイージス」(原作・福井晴敏、作画・中村嘉宏)。これはもちろん、あの映画化もされた福井晴敏の大ヒット小説のコミック化作品であり、実はこのマンガこそが「亡国のイージス」初のメディアミックスでした。肝心の内容もかなりレベルの高いもので、原作者・福井晴敏の全面的な協力下のストーリーにはかなりの面白さが見られ、中村嘉宏の作画レベルもおしなべて高く、雑誌の看板を飾るにはふさわしい作品でした。そして、この作品だけは、雑誌の他のマンガのようなエログロ系のアクの強さは見られず、よい意味で青年誌的な面白さを持つ良作だったと思います。
 しかし、このマンガは、雑誌の早すぎる廃刊によってあっという間に立ち消えとなり、今では知る人すらほとんどいない状態になっています。のちの「亡国のイージス」の大ヒットぶりを見ても、このマンガを早期に立ち消えにさせたエニックスは、大きすぎる魚を逃したという気がしてなりません。

 次に、雑誌のもうひとつの看板であった「虐殺!ハートフルカンパニー」(原作・ピエール瀧、作画・漫☆画太郎)。これは、前述の「亡国のイージス」とは打って変わって、雑誌のアクの強さを代表するような作風であり、漫☆画太郎のえげつなさが全面に出ている凄まじい内容です。反社会的で悪辣な内容に加えて、その漫☆画太郎の作画が恐ろしいもので、これほどひどい(←誉め言葉)マンガもそう多くありません。全編に渡ってひどい場面ばかりですが、中でもどこかの外国にエボラウィルスの入ったミサイルを撃ち込むシーンなどは、その壮絶さは凄まじいの一言です。もしこのマンガが続いていたら、漫☆画太郎の最高傑作になっていたことは間違いないと思われます。

 そしてもうひとつ、このマンガの作画の最大の特徴として、他の漫☆画太郎作品同様「コピーを多用しまくる」というものもあります。ひとつの作画をそのままコピーして複数のページで使いまくるという、本来マンガではやってはいけないことをあえて最大の売りにしているところがまたスバラシイ。このマンガ、電気グルーヴのピエール瀧が原作ということで、「テクノとマンガのコラボレーション」というキャッチコピーで売り出していましたが、テクノという音楽が単調なフレーズを繰り返すことが特徴であると考えると、この「コピーを多用した繰り返しの作画」は、まさに「テクノとマンガのコラボレーション」だと言えるでしょう(笑)。

 そして、これまた大物作家の起用である「吉祥寺モホ面」(土田世紀)。これもまたひどくアクの強いマンガですが、作者があの「編集王」で著名な土田世紀だけあって、その完成度には確かに見るべきものがあり、実はかなり読める作品でした。これも雑誌の中で看板的な扱いだったと思います。
 肝心の内容は、口臭が死ぬほど臭い22歳無職の青年が、口臭が臭いことに絶望して自殺を試み(おいおい)、しかしその途中で変な方言を使うワキガが死ぬほど臭い男(所持金300円)に遭遇して共に住むようになり、やがて今度は屁が死ぬほど臭い50歳の元刑事のオッサンと出会い、三人で国家的な陰謀(?)に立ち向かっていくという、本当にアクの強すぎる内容です。

 土田世紀の濃い絵柄も、アクの強さに拍車をかけており、これもコミックバウンドを代表するえげつない作品のひとつとなりました。しかし、単にえげつないだけでなく、土田世紀らしい確かな面白さも感じられ、実はこれもかなりの良作だったと思われます。しかし、このマンガもまた早すぎる雑誌の廃刊で一気に終了を余儀なくされ、しかもそのことに作者の土田さんもあきれ果てたらしく、最終回はすべてを投げっぱなしたかのようなハジけた終わり方となっています。

 あとは、これは短期のシリーズ連載でしたが、「東方機神傳承譚 ボロブドゥール」(太田垣康男)もかなりの力作でした。現在「MOONLIGHT MILE」を連載中の太田垣康男の作品で、さすがに実力派の作家だけあって、非常に完成度の高い作品に仕上がっています。仏教的世界観で繰り広げられるロボットバトルもの(?)ですが、人間(作中で描かれる奴隷たち)の生への渇望が痛いまでに描かれた、極めて骨太の作品でした。このマンガは、最初から短期連載だったことで、廃刊となった最終5号で運良く完結しており、のちに他社からコミックスも出ています。興味のある人は当たってみてはどうでしょうか?

 この雑誌で、ほぼ唯一の新人によるライト感覚の作画が活きた「トンネル抜けたら三宅坂」(原作・森高夕次、作画・藤代健)もかなりの傑作です。「おやなづま」で一世を風靡した原作者・森高夕次(コージィ城倉)の卓越した原作能力と、新人らしく活きのいい藤代健の作画がうまく調和して、実に良質な過激ギャグに仕上がっています。読者人気も高かったようで、このマンガの終了は本当に惜しまれました。


 これ以外にも、「もうひとつの世界」(みやすのんき)や「チャイルド」(永野あかね)、「バッキンガム」(原作・山上たつひこ、作画・泉晴紀)のような大物作家が多く、連載陣そのものはかなり豪華だったように思います。しかし、それ以上にあまりにもエログロナンセンスに特化した抵抗の強い誌面だったことも事実で、エロネタ全開の「独立お小言連隊」(ほりのぶゆき)「フェチ研」(原作:南智子/作画:きょん)「エロシュート」(井浦秀夫)、あまりにもアクの強い女子ボディービルもの「マッスルストロベリー」(冬木真人)、超お下劣企画マンガ「ブッチュくん全百科」(タナカカツキ+天久聖一)、グダグダネット麻雀もの「PEACE ON LINE」(日高トモキチ)など、多くの読者にとってあまりにも受け入れ難い連載が多数を占めていたのも事実でしょう。一方で、「アストロベリー」(金田一蓮十郎)、「気象戦隊ウェザースリー」(くぼたまこと)、「ギャングオーオー」(極山裕)等、一部にエニックス生え抜き作家の連載もありましたが、それは本当にごく一部であり(というか、この3つしかない)、エニックス読者にとってもけして魅力的ではない誌面でした。一部に確かな良作があったことは断言してよいと思いますが、それ以上に早い時期に廃刊する要因が多かったことも否定できない雑誌だったと思います。


・しかし、良作マンガが多かったこと、エニックスがこのような雑誌を出したことは後世に伝えるべきだ。
 このように、従来のエニックス系雑誌とは大幅に異なる上に、あまりにもエログロナンセンス全開の抵抗の強い誌面であり、しかも極めて早い時期に廃刊したこともあって、この「コミックバウンド」を支持する人はほとんどいなかったというのが現状です。わたし自身も、このような品性のまったく欠落した雑誌が早い時期に廃刊して、むしろエニックスにとって良かったのではないかと考えています。

 しかしその一方で、実は連載マンガには、かなり多くの良作が見られたという事実も伝えておきたいところです。この雑誌には、他のエニックスマンガには見られないような、独特の作風の異色作ながらも、しかし実力派作者が持てる力を存分に発揮した良作が多かったことも事実なのです。これは絶対に主張したいところです。

 そして、「あのエニックスがこのような異様な雑誌を出した」という事実も、また忘れずに後世に伝えるべきでしょう。しかも、この雑誌の場合、あまりにも早く廃刊したことで、その存在感が逆に際立っています。そして、むしろ徹底的に早期に廃刊したことで、品性下劣な誌面作りがエニックスに広がることが防がれ、かつその華々しい異様な記憶だけは残っているという、最良の結末を迎えたとも言えるのです(笑)。まるで、この世のあらゆる下劣なる物を詰め込んで華々しく打ち上げられた打ち上げ花火のように、その一瞬の輝きを我々の心に鮮烈に残すべきではないでしょうか。


「四季のエッセイ・マンガ編」にもどります
トップにもどります