<おすすめ同人誌紹介(5)>

2013・5・18

 久しぶりの同人誌紹介。今回は先日5月5日に開かれたコミティア104で出た新刊からいくつか選んでみました。タイトルの後にサークル名(作者名)の順に併記しています。


<「ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界より」>留守Key(のぶ・あお)
 コミティアのカタログでもあるティアズマガジンでも大きく紹介された、クラシックの作曲家にスポットを当てた連作シリーズのひとつです。これ以外に「ムソルグスキー」「リムスキー・コルサコフ」「スメタナ」「ラフマニノフ」とあり、この中でも最も好きな「ムソルグスキー」が一番ほしかったのですが、残念ながらこれだけ売り切れていました。かなり早い時間帯にスペースを訪れたはずなのですが・・・。ムソルグスキー、特に「展覧会の絵」は日本人の間でも大人気ということでしょうか(笑)。

 というわけで、本命のムソルグスキーの本のレビューが書けなくなってしまったのですが、しかし他の本の出来も素晴らしいものがありました。特に、この「ドヴォルザーク」については、若かりし彼がブラームスに認められ、やがてチェコを代表する作家として成功するまでに至る道のりと、さらには招聘を受けてアメリカにわたり、かの有名な交響曲「新世界より」を作曲し、そして再びアメリカを離れて帰郷するまでの経緯が、彼の心情をダイナミックに表現する形でよく書かれています。

 とりわけ、アメリカに招かれたドヴォルザークが、そのアメリカの文化を取り入れた曲(「新世界より」)を懸命に作曲したにもかかわらず、しかしそれが地元の人々にはほとんど伝わることなくショックを受けてしまうエピソードは、あの「新世界より」の初演にこんな事情があったのかと、思わず複雑な気分にさせられます。その後、ドヴォルザークは、半ば失望する形で帰郷することとなり、これを最後に交響曲の作曲もやめ、若いころに志した作曲に戻るくだりは、一抹の寂しさを覚える印象的なラストとなっています。

 巻末に作者の手で書かれた解説も非常に分かりやすく、ひとりの作曲家の作曲の流れを簡潔にまとめていて、クラシックの勉強になることも請け合い。原作者はプロの音楽プロデューサーだそうで、さすが本職の仕事が存分に活きた同人誌と言えそうです。

 留守Key(のぶ・あお)


<ワーロックの庵結>ノジラグ(ほずの都)
 かつてガンガンで読み切り「となりの極道くん」を残した都さんのウェブコミックの同人誌。基本4コママンガで、ウェブでは縦に延々と長くコマが続いているのですが、本になるにあたって普通の4コマ形式の表示になっています。

 「となりの極道くん」は、生徒会長とオタク女子の掛け合いが楽しいコメディでしたが、この「ワーロックの庵結」は、そのコメディの楽しさも残しつつ、中々にシビアでシリアスなストーリーも内包しています。
 舞台は朝凪荘という小さな旅館。ここに半ば居候している神崎という自称小説家と、旅館の娘である心(こころ)、および旅館や心の通う学校の人々との交流を描いています。神崎は、のほほんとした性格で旅館の人々を和ませているのに対して、心の方は、「自分が旅館を守る」という強固な意志の元、時に暴力的な行為にまで出るとげとげしい性格。その対比がひどく印象的です。

 心の周囲を拒絶してでも大切な旅館を守ろうとする生き様は、非常に激しいものがあり、人によっては「かっこいい」と思うかもしれません。しかし、それは自分をもたやすく傷つけるような危うい生き方。それを目の当たりにして、彼女に手を差し伸べようとする神崎の試みは、果たして成功するのか。是非とも続きが読みたいですね。

 ノジラグ(都)


<大天使の粛清>めだかんぱにー(栗菜めだか)
 「めだかんぱにー」という、かわいい絵柄のサークルがあったことは以前から知っていたんですが、こちらもティアズマガジンで紹介されていたことを契機に、久々にスペースに足を運び、新刊を購入してみたところ、これが以前とは見違えるような作品になっていて驚きました。

 主人公は、タイトルどおり天界で人間を見守ることを役目とする大天使アーシェリン。彼女の役目は、人間たちを見守って祈ることで、直接手を出してはいけないことになっていました。しかし、彼女は、かつて人間界で知り合った優しい男の子が、悪人の手によって無残にも殺されたのを見て、心が揺らいでしまいます。なぜ少年のような優しい善人が殺され、こんな悪人が生き残るのか。思いつめた彼女は、ついに悪人がさらに犯罪を犯そうとした現場を見て、ついに手を出してしまいます。

 神によって罰せられるかと思った彼女でしたが、しかし思わぬことに神の判決は不問。そのことで勢いづいた彼女は、さらに悪人たちを次々と自分の手にかける(殺す)のようになります。逃げ回る凶悪な殺人犯、動物を殺す密猟者、税金を使い込む悪徳政治家、社員を酷使する経営者、戦争を起こす国家・・・。そんな悪という悪をひたすら排除する。それが彼女の選んだ「平和」への道でした。

 そして、ついに彼女が地球の人間のおよそ3分の1を殺したところで、ついに神々の裁判で死刑となってしまいます。彼女の最後の言葉は、「たった一人も愛せないのに、すべての人間を愛せるわけがない」でした。

 この本、表紙の絵も中の絵もかわいいだけに、最初にその中身を読んでその恐ろしく残酷な内容に震え上がりました。まさかこんなシビアな話を描くようになっていたとは。最後のモノローグで、少数の者しか愛せない人間の持つ平和の傲慢さが語られ、深く読者に考えさせる内容となっています。

 めだかんぱにー(栗菜めだか)


<川底幻想>くらやみ横丁(宵町めめ)
 今回紹介する中で、これだけコミティア104の新刊ではありません。しかし、今も精力的にこのシリーズを出しているようなので、タイムリーな作品のひとつとして紹介してみます。

 「川底幻想」というタイトルと暗い雰囲気の表紙イラストから連想されるとおり、これはほの暗い雰囲気の伝奇ファンタジー、もしくはホラーと呼べる作品になっています。「川底」という、こことは違う世界に広がる暗い町、その「異界」の魅力に引き込まれる作品となっています。

 主人公の正志は、引きこもりで学校に行こうとしない高校生。彼は、いつのころからかどことも知れぬ町の風景を、夕闇に染まる路地の写真を撮るようになっていました。そんな彼の元に、唯一訪れるのが、同級生というスミダという女の子で、まめにプリントを持ってきては彼に明るく語りかけて帰っていくのが日課になっていました。しかし、そんな彼女は、実は学校には存在しない生徒だったのです。
 そのことにショックを受けた正志は、電話に出たスミダを問い詰めますが、彼女は「私のことは忘れて」といって切ろうとします。しかし、彼はどうしてもあきらめ切れませんでした。彼女の気配をたどって街の昏い道へと進む彼は、ついにどことも知れぬ水底の町に迷い込んでいたのです。

 この物語は、そのほの昏い水底の町の、「こことは違う異界」の幻想的な雰囲気、暗く暗澹としながらも時にぼんやりと光が差すその町の光景に惹かれます。空中を魚が泳ぎ、提灯がほのかに点され、時ににぎやかに市が開かれる異界の都市。そこで出会う少年と少女。まさに伝奇ものの魅力が詰まったシリーズとして、これからの続刊も待ち遠しいですね。

 くらやみ横丁(宵町めめ)


<familiar(ファミリア)>パンダが一匹。(コミズミコ)
 ここまでかなり残酷だったりホラー風味だったりと少々きつい本を紹介してきてしまったので、このあたりでほっとする優しいストーリーの本を紹介したいと思います。この「familiar(ファミリア)」は、そのタイトルどおり、家族をテーマにした作品、人との暖かいつながりを描いた短編集となっています。

 まず、空港の展望デッキで出会った男女の交流を描く「skydeck tours」。生き方に迷う青年と少女が、展望デッキで偶然出会うことで、互いに励ましあう形となって前に進んでいく。気持ちのいい終わり方をする明るく希望の持てる話になっています。

 そして、両親の死がきっかけでともに暮らすことになる幼女と青年の物語「ふたりハウス」。これがこの短編集の中心となる一連のシリーズ作となっています。今まで子供に縁がなかった男が、何かのきっかけで子供と暮らすことになる。こうした物語は過去にもあったと思いますが、これはぎこちないふたりが次第に仲良くなっていく姿を、実にきめ細やかに描いているところに思わずほっこりします。女の子の自然なかわいさが出ているところも大きな魅力。これは誰にでも薦められるいい本だと思います。じっくりと読ませるオリジナル創作の良さが表れた一作です。

 パンダが一匹。(コミズミコ)


<ビクトリア時代のアストロノミカ>七色御伽草子(宮瀬まひろ) 重力天使(赤坂翔)
 最後にもうひとつ、明るく楽しい本を紹介して締めにします。これはイラスト集で、とあるお屋敷で働くメイドさんたちを描いたフルカラーイラスト集となっています。
 大きな本で美しいフルカラーイラストが多数見られるだけで楽しい本ですが、加えて、イラストの背景世界をしっかりと設定し、読ませるストーリー仕立てになっているところも大きな魅力だと思います。

 時は近世ヨーロッパ、イギリスの架空の港町を舞台に、そこのお屋敷に住む医者に仕える12人のメイドという設定で、毎日の賑やかで楽しい屋敷の仕事の光景、街での買い物の様子、一日の仕事が終わった夜のくつろぎのひと時などが描かれていて、海に開けた明るく開放的な世界の姿がよく描かれていると思います。もちろん12人のメイドさんたちの設定もみな個性的。世界各国出身のメイドさんたちの個性的な姿を楽しむことが出来るでしょう。

 個人的に最も気に入ったのが、屋敷に備えてある大型望遠鏡で天体観測を行うシーンのイラスト。舞台となる近世ヨーロッパの海運都市、その先進的な文化を目の当たりにするようで、最もこの本の設定がよく活きたシーンではなかったかと思います。タイトルの「アストロノミカ」(紀元前に記された天文書)にもぴったりと当てはまりますね。

 NANAIRO(宮瀬まひろ)
 G・A作戦準備室(赤坂翔)


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