<エニックスマンガの本質(前編)>

2005・3・31

 このサイトでは、これまで散々エニックスのコミック(マンガ)にこだわり続け、ひたすらその紹介と布教に専念しています(笑)。しかし、これまでこのサイトでは、「エニックスのマンガとは、具体的にはどんなマンガなのか」「一体、他のマンガとどう違うのか」といった肝心の点についてほとんど説明してきませんでした。一応、少年ガンガンの歴史(5)において、エニックスマンガの特徴をある程度まで解説しましたが、あくまで部分的な解説に留まっています。
 そこで、今回はあえて原点に戻り、ここでエニックスのマンガの本質的な解析をしていこうと思います。「一体、エニックスのマンガとはいかなる存在なのか?」 これは、エニックスの読者のみならず、むしろエニックスを普段読まずに「ガンガン系ってどんな雑誌なんだろう」と外から思っている方にも読んでいただきたいと思います。


・既存のマンガとは明らかに異なる。
 エニックスは、91年に「少年ガンガン」を創刊して以来、次々と新しいマンガ雑誌を立ち上げてその世界を広げ、2001年にはいわゆる「お家騒動」で一部のスタッフと作家が会社を離脱した事件を経てさらに拡散し(ここでは、離脱した側の作品も、エニックス系のマンガとして扱います)、今ではマイナーな存在ながらもひとつのまとまった勢力を形成しています。
 もともと、91年に最初の雑誌「少年ガンガン」を創刊した当時は、既存のマンガ雑誌の影響が色濃く、決してオリジナリティは高くなかったのですが、長くマンガ出版の年月を重ねるにつれ、次第に独自色を強めていき、他の出版社では絶対に見られない、極めて特徴的な作品群を創り出していきます。
 そして、これこそが「エニックスマンガ」と呼ばれる一連のマンガであり、その内容は既存のマンガとは随分と異なっています。このエニックスのマンガを、既存のマンガの概念で語ることは困難です。例えば、80年代に頂点を極めたジャンプ(週刊少年ジャンプ)のマンガなどは、未だにその影響を今のマンガに与えているわけですが、およそエニックスに関しては、もはやジャンプの影響はほとんど見られません。つまり「エニックスのマンガを、ジャンプのマンガの方法論で語ることは不可能」なのです。


・「燃えマンガ」というものが存在しない。
 まず、エニックスマンガの最大の特徴として、「『燃え』の要素が存在しないか、もしくは非常に薄い」ことが挙げられます。

 『燃え』の概念を一口に説明すると、これは「カッコいい人物やその行動に対して興奮する、気分が盛り上がる」ことを指します。具体的には、肉体的精神的に優れたキャラクターが、カッコいいバトルアクションを行ない、正義感溢れる心で卑劣な悪者を爽快に倒していく。そういった行為を目の当たりにすることによって、読者たる自分までも気分が盛り上がり、興奮する。これは、決してマンガに限らず、スポーツやアクション映画においても頻繁に見られる行為ですが、特にマンガやアニメの世界においては、「燃え」あるいは「熱血」と呼ぶことが一般的となっています。
 そして、この「燃え」の要素は、「週刊少年ジャンプ」作品に代表される少年向けのヒーローもの、いわゆる「少年マンガ」においては不可欠の要素であり、ジャンプに限らずほとんどの少年向けのマンガ誌において「燃え」の概念は普遍的に存在していました。

 しかし、ことエニックスのマンガに限っては、この「燃え」の要素が非常に薄いか、もしくは全く見られません。その意味では、エニックスのマンガは、少年読者向けに作られているにも関わらず、「少年マンガではない」とすら言えるのです。
 「燃え」的な要素が全くないわけではありません。バトルシーン、アクションシーンが見られるマンガはそれなりにありますし、カッコいいキャラクター(肉体的・精神的に優れたキャラクター)も少なからず存在します。しかし、それだけの要素が揃っていながらも、なぜか読者が興奮して盛り上がる場面は少ないのです。つまり、エニックスのマンガにおけるアクションシーン、あるいはキャラクターは、決して『燃え』を狙って作られたものではなく、せいぜいストーリーの中の一要素として作られたものに過ぎません。すなわち、作品自体が「燃え」を指向していないのです。


・「萌えマンガ」もあまり存在しない。
 「燃え」だけではありません。エニックスのマンガには、「萌えマンガ」と呼ばれるものも少ないのです。
 キャラクター自体が萌え要素を持たないというわけではありません。むしろ、エニックスのマンガではキャラクターの人気は常に高く、それが作品人気を後押ししていることは間違いないところです。
 しかし、それらのキャラ萌え要素は、あくまで「作品の中の一要素」であって、露骨にキャラクターの萌えを全面に押し出しているマンガは少ないのです。例えば、夜麻みゆきさんの作品(「レヴァリアース」「刻の大地」)。彼女のマンガは、個々のキャラクターの人気が非常に高く、その点では「キャラ萌え」の要素は確かにあります。しかし、では「『レヴァリアース』や『刻の大地』が萌えマンガなのか?」と訊かれた場合、「そうだ」と答える人はまずいないでしょう。キャラクターに対する萌え要素(キャラクター人気)は確かにあるが、それはあくまで作品の一部であって、それが作品のメインではない。作品の本質は別にあるのです。
 夜麻さんだけでなく、例えば天野こずえさんとか、浅野りんさんのマンガでも同じことが言えます。これらの作品でもキャラクターの人気はおしなべて非常に高く、萌えの要素は常に存在しますが、だからと言って、決して「萌えマンガ」ではない。そもそもエニックスでは、安易に「萌えマンガ」と呼ばれるような、露骨に萌えを狙ったマンガはあまり受けがよくありません。「萌えがメイン」の作品が受けることは少なく、むしろ「萌え要素も楽しめる」といった微妙な感覚の作品の方が人気が出るのです。

 萌えを露骨に狙ったマンガとしては、少年マンガによく見られる「ラブコメ」、少女マンガによく見られる「恋愛もの」があります。しかし、エニックスでは「ラブコメ」や「恋愛もの」のマンガが非常に少ないのです。とにかくどのマンガも全体的に恋愛の描写が薄い傾向にあります。一応、キャラクター間の恋愛関係が存在するマンガもあるにはあるのですが、しかし露骨な恋愛描写まで至るものは少ないようです。もちろん、その一方で恋愛要素が強いマンガもそれなりには存在するのですが、その場合でも「あくまで作品の一要素」に留まっており、他社の少年誌のラブコメのような、恋愛がメインのマンガは非常に少ないのです。
 加えて、少年誌では良く見られる「エロ要素」や「サービスシーン」に当たる描写も非常に少ない(ごく一部に例外がありますが)。これはエニックスマンガ最大の特徴で、とにかくエニックスでは「エロ」の要素は驚くほど読者に嫌われます。これは、エニックスに女性読者が多いことも関係していますが、実際には女性読者だけでなく、男性読者でもエロを嫌う人が圧倒的です。
 およそ少年誌に掲載されるラブコメとしては、ライト感覚のコメディ中心のベタベタな恋愛描写が主体で、時にパンチラや半裸など男性読者向けのサービスシーンが入るのが普通の(王道の)スタイルですが、エニックスではこのような王道ラブコメは極めて少数派です。「燃え」系のマンガが乏しいことと合わせて、少年誌的なラブコメの要素にも乏しく、総じてエニックスマンガは「少年マンガ」的な要素が極めて少ないマンガ作品群なのです。

 これらの点から、エニックスのマンガは、強固な少年マンガのファンには決して受けがいいとは言えず、「燃え」や「ラブコメ」を求める読者にはあまり読まれない傾向にあります。

 そしてもうひとつ、露骨な萌え要素がないということで、いわゆる「美少女マニア」「美少女オタク」の方々にもあまり読まれません。彼らの場合、エニックスよりもさらに萌え指向の強い、マニアックな作品を好むようです。


・キャラクター以外の萌え要素も低い。
 加えて、キャラクター以外の萌え要素も高いとは言えません。
 例えば、世界観や設定における萌え要素。凝った世界観や設定は、えてしてディープなマンガマニアを引きつける力がありますが、エニックスではそこまでマニアックな世界観・設定を用意しているマンガは少ないのです。絵柄的にもシンプルなものが多く、細かいところまで徹底的に描きこんだタイプのマンガはあまり見られません。中には「E'S」(結賀さとる)のように凝った設定と絵の作品もありますが、エニックスの中ではかなりの少数派です。
 そのため、作品を理解するのにさほど多くの時間を必要とせず、全体的に「分かりやすい」「読みやすい」マンガが大半です。これはエニックスマンガの利点とも言えますが、しかし、より凝った世界観や設定を求めがちなマンガマニアには決して受けがいいとは言えず、マニア系の読者にはあまり人気が高くありません(そういったマニア系の読者は、エニックスのマンガには興味が薄く、「アフタヌーン」や「コミックビーム」のようなもっとコアな雑誌を読む傾向にあります)。

 さらには、バトルやアクションの萌え要素も低い。バトルやアクションの要素が入るマンガはエニックスでももちろん多数ありますが、どれもあまり凝ったものではなく、例えば、知略に満ちた駆け引きとか、実在の武術をモチーフにしたリアリティのあるアクションとか、そういった深い描写はあまり見られません。そして、これもまた、そういった要素を求める深いマンガマニアには受けがよくない理由のひとつでもあります。

 推理ものに多く見られる「トリック」に対する萌え要素も低い。そもそもエニックスでは推理系のマンガはさほど多くありませんし、凝ったトリックやそれを利用した人物間の緊迫した駆け引きの要素もあまり見られません(「スパイラル」という例外もあるにはありますが・・・)。

 このような凝った世界観や設定・バトルアクション・トリック等の要素は、総じてディープなマンガマニアを引きつけるものなのですが、エニックスでは総じてこれらの要素が低く、あまり凝ったタイプのマンガは多くありません。そのため、マニア系読者にとってはエニックスのマンガは魅力が薄いのか、あまり読まれない傾向にあります。たくさんのマンガを読む深いマニア読者にとっては、エニックスマンガに対する興味は決して高いものではなく、他社の、より凝ったタイプのマンガを好むようです。


・「燃えマンガ」も「萌えマンガ」もないのに作品として成立している。
 しかし、エニックスのマンガとは実に不思議な存在です。ここまで書いてきた通り、エニックスのマンガは「燃え」要素にも「萌え」要素にも乏しい傾向にあります。しかし、それでも作品として成立しているのです。

 「燃えマンガ」も「萌えマンガ」もないのに作品として成立している。

 これは、日本のマンガ・アニメの中では珍しい存在です。
 まあ、本格的な文学作品ならば「燃え」も「萌え」も必要ないでしょうが、こと日本のマンガやアニメの世界に於いては、「燃え」「萌え」の占める部分は圧倒的です。それがないのにどうして作品として成立できるのか。
 そして、実際の人気の上でも申し分ありません。少年マンガの読者には受けが悪く、美少女マニアの受けも悪く、深いマンガマニアな読者にもさほど好まれないのに、それでもエニックスのマンガは確実な人気がある。そう、エニックスのマンガを愛読する層が確実に存在しているのです。

 なぜ、「燃えマンガ」も「萌えマンガ」もないのに確実な人気があるのか。そして一体どんな人たちがエニックスのマンガを愛読しているのか。次回の後編ではその辺りを説明していきます。


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