<エニックスマンガの本質(後編)>

2005・4・1

 前編において、エニックスには「燃えマンガ」も「萌えマンガ」もないと説明し、しかしそれにも関わらず確実な人気があり、愛読する層が存在していると書きました。そこで、このページでは、

を詳しく解説していきたいと思います。


・「萌えマンガ」はないが「萌え」はある。
 エニックスに確実な人気がある理由・・・それは、ひとつにはやはり「萌え」の存在をはずすことは出来ません。エニックスには、確かに「萌えマンガ」は非常に少ないですが、しかし「キャラ萌え」自体は存在するのです。
 しかも、萌えマンガのように露骨に萌えを全面に押し出すことはなく、その萌えはあくまでひとつのエッセンスに留まっています。つまり、別に「萌え」を意識しなくても読むことが出来るのです。そして、その上でキャラクターにハマる(萌える)ことも可能である。そのような仕組みになっています。
 前述の夜麻みゆきさんの作品を例に挙げれば、彼女の作品はストーリーやテーマが素晴らしく、それだけでも十分に楽しめるものです。しかし、その上でキャラクター自体も非常に魅力的で、それにハマることでさらに深く作品を楽しむことが出来る。言うならば「萌え」がオプション的存在で、自由選択制になっていると考えればよいでしょう。これが、最初から萌えを全面に押し出したラブコメのようなマンガならばそうは行きません。

 このような作品は、本来的には別に珍しいものではありません。例えば、映画やドラマなどで「本筋のストーリーにハマると同時に、役を演じている俳優にもハマる」というようなケースは珍しくなく、むしろ当たり前に起こる現象です。
 しかし、エニックスのマンガの場合、このあたりのバランスが絶妙なのです。本筋のテーマやストーリーに力を入れる一方で、キャラクターの萌え要素にも執拗にこだわっているのです。そしてこれこそがエニックスの最大の魅力のひとつであり、エニックスマンガでは、作品の最重要課題であるテーマやストーリーをまず十分に確保した上で、さらにキャラクターの「萌え」まで楽しむことが出来るのです。

 その一方で、エニックスでは、最初から「萌え」だけを全面に押し出し、肝心の内容(テーマやストーリー)が乏しいマンガはまず人気が出ません。この辺りが他の萌え系雑誌とは大きく異なるところです。


・「ゆるやかな萌え」
 さらに、エニックスのマンガでは「萌え」の質そのものが違います。これまでも何度か記述してきましたが、エニックスでは、積極的に萌えを狙ってくる作品は少なく、むしろなんとなく雰囲気で萌えさせてくる作品が多いのです。
 つまり、キャラクター自体の萌え要素もさることながら、決してそれだけで萌えるのではなく、ゆるやかで優しい雰囲気に萌えるケースが非常に多いのです。

・「守護月天」や「まほらば」をただのラブコメだと思うと失敗する。
 顕著な例として、かつてのエニックスの人気マンガ「まもって守護月天!」(以下「守護月天」)があります。このマンガ、アニメ化されたことを契機にエニックス以外の美少女マニアの人気も集めたため、美少女系の萌えマンガだと思われている傾向が強いのですが、必ずしもそういったマンガではありません。確かにキャラクターの萌え要素は強いのですが、それ以上に作品の雰囲気で萌えさせる要素が大きいのです。
 次のようなエピソードがあります。「守護月天」がアニメ化した時に、テレビのある番組で「ラブコメです」と紹介されたことがありました。しかし、このコメントに対して原作のファンが大いに反発したのです。「『守護月天』はラブコメではない。ハートフルコメディなんだ」と一斉に反論したのです。
 「ラブコメ(ラブコメディ)」と「ハートフルコメディ」とはどう違うのか。これは前者が恋愛要素が中心のコメディなのに対して、後者は優しい雰囲気を中心にして楽しむコメディであるということ。つまり、キャラクターに対する恋愛や萌えが中心の作品ではなく、むしろ優しい雰囲気に浸って楽しむことがメインの作品なのです。その証拠に、このマンガは女性の読者が非常に多いという特徴があります。他のラブコメのようなエロ要素も少なく、過激な展開もなく、そのためにゆるやかで優しい雰囲気に浸ることが出来るのです。

 「まほらば」も基本的には同じです。こちらも美少女マニアの人気の高い作品ですが、やはり決してキャラ萌えだけがメインの作品ではなく、むしろまったりした雰囲気に浸って楽しむという要素が非常に強いと言えます。ゆるやかに優しい雰囲気を楽しみつつ萌えるのが作品のメインだといってよいでしょう。

 さらには、このような萌え要素が、「守護月天」「まほらば」のようなゆるやかな日常を描くマンガだけでなく、それ以外のエニックスマンガにおいても全般的によく見られるのです。
 例えば、先ほどから何度でも例に出している、夜麻みゆきさんの作品(「レヴァリアース」「刻の大地」)。彼女の作品は、そのテーマやストーリーは非常にシビアで、厳しい描写も多い作品です。しかし、その一方で、作品の雰囲気自体はどこまでも非常に優しい。シビアな作品でありながら、同時にゆったりとした優しさが感じられ、作品にいつまでも触れていたいという心地よさが感じられます。
 このような作品は、エニックスでは多くの人気マンガに顕著に見られる傾向で、前述の夜麻さん以外では、天野こずえさんや浅野りんさん、藤野もやむさんあたりの作品がその代表と言えます。もちろん、これに該当しない作品もいくらでもあるわけですが、エニックス全体で見ればこのような作品の比率はかなり高いと言えます。

 この「ゆるやかな萌え」(略して「ゆる萌え」)とも言える要素は、エニックスの多くのマンガに見られる要素で、エニックスに特有の傾向だと見てよいでしょう。もちろん、エニックス以外でもこのようなマンガはいくらでも見られます(最近では、いまはやりの「萌え系4コマ」などはその代表でしょうか)。しかし、エニックスの場合、出版社全体でこのようなマンガを好む傾向が顕著に感じられるのです。

・人は、なぜエニックスのマンガにはまるのか。
 そして、エニックスの愛読者の特徴として、ひとつのマンガだけにハマるのではなく、複数のマンガに同時にハマる人が多いという傾向があります。さらには、雑誌全体、そして出版社全体に対して、すなわちエニックスマンガ全体にハマるという人も多い。これは一体なぜなのか。
 わたしは、そのような人々は、前述の「ゆるやかで優しい雰囲気」にハマっている可能性が高いと考えています。というか、わたし自身がそうなんですが(笑)、一旦このような優しい雰囲気のマンガにハマってしまうと、似たような雰囲気を持つほかのエニックスのマンガにも連鎖的にハマってしまうのです。そして最終的には雑誌全体、出版社全体にハマる。このような人は非常に多い(多かった)はずです。

 そう、エニックスのマンガには、ゆるやかで優しい雰囲気に満ちた、なんとも言えない居心地のよさが感じられるのです。そして、これこそがエニックスが確実な人気を持つ大きな理由のひとつであると考えています。
 そして、このようなエニックスマンガを愛読する層は、他社のマンガ雑誌の読者層とは大きく異なることが予想できます。「燃え」を求める少年マンガ読者でもなければ、(強い)「萌え」を求める美少女マニア層でもない。凝った世界観や設定を求めるコアなマニア読者とも違う。まあ、ある程度はどの層ともかぶる部分はあるでしょうが、本質的にはどことも違うのです。
 すなわち、エニックスを愛読する層とは、作品にゆるやかで優しい雰囲気を求める層であり、極めて独特の読者層です。具体的には、まず、優しい雰囲気に引かれて読む女性読者が非常に多いのが特徴です。しかし、かといって女性に寄り過ぎることもなく、この手のゆるやかな萌えに引かれて読む男性読者も少なからず存在する。男性読者と女性読者がバランスよく集まった、独特の読者層を形成したのです。
 これには、エニックスの作品が中性的であり、特に絵柄において癖の少ない作品が多いことも関係しています。男性・女性ともに抵抗無く読める中性的な雰囲気を作り出した。この点も非常に大きいのです。


・それ以上に、作品の本質部分の独創性が最大の魅力。
 ここまで、エニックスマンガの人気の理由として、「ゆるやかな萌え」を大きく採り上げてきました。しかし、エニックスの人気はもちろん萌えだけに頼ったものではありません。やはり、作品の本質(テーマやストーリー)の独創性が最大の魅力でしょう。

 とにかく、「他にはないマンガが読める」ということが、エニックスの最大の利点です。「燃え」要素を持つマンガがないという点で、他の少年マンガ誌とは明らかに異なりますし、「恋愛」を重視した作品も少ないということで、少女マンガともかなり異なる。少年マンガでもなく、かといって少女マンガでもない。既存のマンガとは違う、新しいタイプのマンガを構築した。この点が非常に大きいのです。
 とにかく、他の雑誌では中々出来ないような斬新な作品が目立ちます。少年誌であるにも関わらず、青年マンガにシフトしたマンガもあれば、中性的で少女マンガ的なイメージの作品もある。マニア寄りにシフトした世界観・設定重視の作品もあれば、そもそもエニックス以外ではまず見られないだろう全く新しいタイプのマンガもある。「少年マンガ」「少女マンガ」という既存の枠組みから外れたことで、極めて自由な作品創りが出来るようになったと思われるのです。

 そして、このような新しいタイプのエニックスマンガは、従来のマンガ読者を少しずつ取り込みつつ、新しい読者層を形成していきました。「少年ガンガン」の創刊は91年3月ですが、この当時から90年代全般にかけて、80年代に全盛期だった「週刊少年ジャンプ」の少年マンガが次第に下火となり、かつてほど少年マンガに絶対的な人気がなくなります。そんな時に登場したエニックスのマンガは、もう下火となった少年マンガに飽きてきた一部の読者にとって「今までにない新しいタイプのマンガ」として注目に足る存在でした。また、少女マンガやマニア向けマンガとも一風違う作風ということで、そういった既存の作品に飽き足らない読者の興味をも同時に引いていきました。また、世の中には既存の作品に最初から興味がない人、例えばジャンプ系の少年マンガをあまり面白いと思わない人もいるでしょう。こうした人にとっても、「今までにないマンガが読める」エニックスのマンガは大いに魅力的だったはずです。こうして新しいものを求める読者を少しずつ取り込んでいき、エニックスはその独特のファン層を増やしていったのです。


・斬新な独創性と、独特の居心地の良さ。
 そして、このような独創性に引かれてエニックスのマンガを手に取った人々の中には、同時にエニックスの持つ「ゆるやかな萌え」により引かれる人も多かったのです。既存の、露骨に萌えを押し出したマンガや、あるいは過激なバトルの連続の少年マンガとは違った、なんともいえない「居心地のよさ」が感じられるのです。
 そして、この「ゆるやかな萌えの持つ居心地のよさ」に一度浸ってしまうと、もう逃れることは出来ません(笑)。ひとつのマンガからさらに別のマンガへ、似た雰囲気をもつエニックスのマンガを次から次へと愛読するようになります。こうして、エニックスマンガの全盛期には、「エニックスの雑誌をすべて買っている」「いつの間にかエニックスのマンガしか読まなくなった」というような熱烈なファンが多数出現したのです。

 こうして、「他のマンガには見られない独創性」「ゆるやかな萌えの持つ居心地のよさ」というふたつの要素に引かれて集まったエニックスの読者層は、他のどの雑誌とも異なる、独特のファン層を形成しました。
 まず、エニックスの読者たちは、既存のマンガに対する独特の懐疑性を持っています。大手雑誌によるメジャーなマンガではなく、あえて一風変わったマイナージャンルであるエニックスのマンガを好んで読んでいるわけですから、既存の、ありきたりとも言えるマンガに対する見方は非常に厳しい。王道系の少年マンガや、ベタベタの恋愛系の少女マンガなど、ありきたりとも言えるマンガに対しては極めて評価が辛いのです。
 さらに、「ゆるやかで優しい雰囲気のマンガ」を愛読するということで、穏やかで優しい性格を持つ読者が非常に多い。過激なバトル連続のマンガや、露骨でエロ要素まで含む過激な萌えマンガ、世界観や設定に凝りまくった「濃い」マニア向けマンガ等を読む読者とは異なり、エニックスマンガの読者はゆるやかで優しい作風のマンガを愛する、穏やかで優しい精神性を持っているのです。
 このあたりのニュアンスは、天野こずえ・夜麻みゆき・桜野みねね・浅野りん・藤野もやむ・小島あきら・藤原ここあ・稀捺かのと等の作家の作品を読めば、一瞬で理解できることでしょう(笑)。


・最後のまとめ。
 では、最後にこの長い記事のまとめです。



(*極めて重要な追記)
 さて、このようなエニックス独特のマンガは、実は今から5年以上前、つまり2000年以前までが全盛期で、今では大きく方向性が変わり、必ずしも合致しない点も多くなりました。
 実は、エニックスの中心雑誌である「少年ガンガン」が、2000年頃から「メジャーな少年マンガ誌を目指した路線」を取り始め、従来のエニックスマンガとは異なり、むしろ既存のマンガに近いタイプのマンガを数多く連載し始め、誌面が様変わりしてしまったのです。極端な王道を目指したバトル系少年マンガや、露骨に萌えを意識したラブコメマンガが誌面の多くを占めるようになり、こと少年ガンガン誌面に限っては、上記のような「エニックスマンガ」はもはや極めて少数派であり、ほとんど見られなくなりつつあります。
 そして、そのガンガンの路線変更に対して一部の編集者が反発、出版社を離脱して新雑誌を立ち上げるという騒動が2001年に起こり、その騒動がエニックス全体に波及、出版社全体が大きく混乱してしまったため、ガンガン以外の雑誌でも以前のような統一した作風が見られなくなってしまいました(さらに、離脱した側の新雑誌のマンガも、以前のエニックス時代とはかなり作風が異なります)。

 このように、今回の記事は、今のエニックスの傾向とは相容れない部分が多く、必ずしも現状とは一致していません。しかし、それでも本来のエニックスマンガの作風は、未だに多くの作品の中で生き続けており、決して廃れてしまったわけではないのです。


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