<雑誌を買おう!>

2001・11・17

 「雑誌が売れない。」

 ここ数年、マンガ雑誌が売れないそうです。とくに少女マンガ雑誌ではこの傾向が顕著だとか。こういう場合大抵不況のせいにされるんですが、実際そんな単純な理由ではないでしょう。
 いや、雑誌が売れなくなった理由ははっきりしています。

 「コミックス派の読者が増えた。」

 間違いなくこれが最大の理由です。マンガを雑誌単位で追いかけるのではなく、個々の作品、もしくは作者単位で追いかける人の割合が増えているのです。
 いや、問題はそれだけではありません。どうも最近の読者は「雑誌」というものを購読する価値をあまり感じていないようなのです。つまり、コミックスを買って集める価値はあるけれども、雑誌まで買う価値はない、と感じているような気がします。それも特に女性読者にこの傾向が顕著です。冒頭で「少女マンガ雑誌は特に売れない。」と書きましたが、どうもこのあたりに原因がありそうです。
 しかも最近では強引に雑誌を買わせようというのか、雑誌に付録をつけたり、応募者全員サービスを行う雑誌が増えてきました。特に少女マンガ雑誌では毎号のように付録や全員サービスがついています。いや、この企画自体はそんなに悪いとは思わないんですが、問題は読者の方の反応です。付録や全員サービスをつけると目にみえて雑誌が売れるそうで、赤字になることはほぼないそうです。つまり明らかにこれらの特典目当てに雑誌を買っている読者がいて、それもかなりの数にのぼるだろうと推察されます。これらの読者は一体何を考えて雑誌を買っているのでしょう。肝心のマンガそのものよりも、付録や全員サービスの方が重要だとでもいうのか。マンガという作品よりもアイテムやグッズのほうが重要なのか? それともマンガはあとでコミックスで読めるから、それよりも今を逃すと手に入らないアイテムの方が重要であるということなのか? つまりマンガ自体はあとでコミックスで読めるからわざわざ雑誌で読む価値はないということですか?

 そもそも付録や応募者全員サービスは、熱心に雑誌で追いかけてくれるファンのためにあるものだと思っています。それが今では雑誌を買わせるために付録や全員サービスをつけるという、本末転倒の事態に陥っている。そこまでしてアイテムやグッズが欲しいんでしょうか。

(余談)
 雑誌とは関係のない余談です。昔東京ゲームショウで毎回エニックスは毎回アイテムショップを出展していました。当時人気だった守護月天関連のグッズあたりが売れ行きの商品でした。
 それで、ここにAくんという奴がいまして、そいつが守護月天にはまったと。それでもって、読み始めたばかりでまだコミックスを3巻までしか持っていない段階で、東京ゲームショウでグッズの販売があることを知ってすぐさまコンプリート買いに走ったそうです。まだ本編は3巻までしか持っていない段階で。
 雑誌とは関係のない余談でした。


 さて、実はこんなことはどうでもよくて、問題は「雑誌が売れない」「コミックス派の読者が増えた」ということなのです。そしてコミックス派の読者に雑誌を買わせようとするあまりに、雑誌そのものが変質しつつあるということが真の問題。ひとつは先ほどあげた過剰なまでの付録・応募者全員サービス攻勢です。しかし、真に問題なのはこんな付加価値要素ではなく、マンガの内容そのものまでが変質しているということ。具体的には、

 「雑誌の中身が似たようなマンガばかりになった。」

ということです。
 なぜ似たようなマンガばかりになるのか? 理由は明らかです。コミックス派の読者が、掲載先の雑誌に興味を持って雑誌を手にとったとします。そして雑誌を見渡してみて、雑誌の内容があまりに元のコミックスとかけ離れていたら買う気になりますか? 例えばもともと買っていたのが中性的な絵柄の少女マンガ的な作品のコミックスだったとします。そしていざ掲載元の雑誌を見たら実はそれが雑誌内では異色の存在で、雑誌自体は骨太な絵柄の少年マンガが中心のカラーだったと。こういう場合雑誌まで買いますか? 買いませんよね? 
 逆に元のコミックスと雑誌のカラーが一致していた場合はどうでしょう。
「わたしの好きなマンガと近いマンガが多いし、買ってみようかな。」
ということになりませんか?
 そうなんです。雑誌のカラーを統一して、似たようなマンガを増やした方が、コミックス派の読者を取り込みやすいのです。つまり、

雑誌が売れず、コミックス派の読者が増えた。

コミックス派の読者をなんとか雑誌に取り込みたい。

雑誌のカラーを統一して、コミックス派の人がとっつきやすい誌面にしよう。

ということなのです。
 そして、雑誌の中身が「似たようなマンガばかりになった。」というのは憂慮すべき事態です。いや、だってまずいでしょ。雑誌を開いても似たようなマンガばかりというのは。雑誌の存在意義がなくなってきませんか?
 そもそも雑誌の存在意義とは何でしょうか。何かコミックスで読むより有利な点がないと雑誌の意義がありません。わたしが個人的に考える雑誌の存在意義は、

(1)速攻性。(コミックスよりも早くマンガが読める。)
(2)連続性。(一定のペースで連載を追っていける。)
(3)多様性。(いろいろなマンガが読める。)
(4)マンガ以外の読み物・企画。

 の4つだと思うのですが、このうち(3)の「多様性」の部分がひどく薄れているような気がするのです。そもそもひとつの誌面でいろいろなタイプのマンガが読めるというのは雑誌最大の長所で、そうでなければ雑誌の意味がありません。その雑誌最大の長所を自ら放棄している。これが問題なのです。
 わたしは雑誌を読むときに、いかに個性的な作品が多いかでその雑誌の評価を大体決めます。雑誌というのは作者の「個性のぶつかり合い」であって、作者一人一人の個性を感じられてこそ誌面に活気が出ると思うのです。今の雑誌にはこの活気が足りない。無難に雑誌のカラーをまとめているだけで、躍動感がない。わたしが今のマンガ雑誌に感じる最大の不満がこれなのです。

 というわけで、とにかく雑誌に多少カラーの違うマンガが載っていたとしても、それを受け入れてあげてください。最近はとにかく雑誌のカラーを乱す作品を嫌う風潮が強く、ちょっとでも異色の作品が出たりすると、
 「これは雑誌に合わないからやめてほしい。」
という意見が出てきやすい。全体的に異色の作品に対する風当たりが強い。こんなことではいけません。むしろそういった作品こそ歓迎すべきだと思うんですが、どうでしょうか。

 それともうひとつ。雑誌を買いましょう。確かに雑誌の連載はあとでコミックスで読めるから買う必要はないだろうし、雑誌にはいろいろなマンガが載っているから中には読みたくないものもあるでしょう。しかし、雑誌を通じて自分がいままで触れていなかったタイプのマンガが読めるというのは実にいいことです。雑誌を通じて自分の世界を広げることができる。このような雑誌ならではの楽しみを是非見出してほしいと思います。


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