<ガンガン系はなぜマイナーなのか>

2007・4・21

*続編記事はこちらです。

 ガンガン系(スクエニ系)のマンガは、マイナーであるとよく言われます。これは実際にその通りで、メジャー誌と呼ばれる大手出版社の雑誌(ジャンプ・マガジン・サンデー・チャンピオンなど)とは、その知名度や売り上げで格段の違いがあります。マンガをよく読んでいる人でも、ガンガン系の作品をほとんど知らないということは、珍しくありません。あるいは、ガンガン系作品で知っているのはごく一部の人気マンガのみ(「鋼の錬金術師」や「ロトの紋章」など)という人の話もよく聞かれますし、実際にそういう人も多いのでしょう。
 最近になって、ガンガンの編集者が「目指すのはメジャーな少年誌です」などと発言し、実際にそれに沿った路線の雑誌作りを行っているのも、このような状況に対する強烈な対抗心があるのだと思われます。

 そこで、ここでは、「なぜ、ガンガン系(スクエニ系)がここまでマイナーなのか」「なぜ、あまりにもメジャー誌とはレベルの異なる知名度に終始しているのか」その理由を解き明かしてみたいと思います。


・少年ガンガンは98年に創刊された?
 皆さんは、夏目房之介という人をご存知でしょうか。「BSマンガ夜話」などにもコメンテーターとして登場する「マンガ評論家」で、様々な雑誌やテレビ番組でマンガに関する評論を精力的に行っている人です。
 この方は、昨年(2006年)に出版された「ニッポンのマンガ」という雑誌で、よしながふみと対談を行っており、その対談の98年当時のマンガに関する箇所で、次のような発言をしています。

 「雑誌ではエニックスが「月刊少年ガンガン」を創刊して、これがのちに『鋼の錬金術師』を生む。マンガ大手ではない出版社のゲーム系雑誌が作家を育て大ヒットを飛ばした。これが仕組み(産業構造)が変化したひとつの象徴だと思うんです。」

 この発言をそのまま受け取ると、「98年にガンガンが創刊された」と取れてしまいます。編集者の受け取り方のミスで、夏目さんの本意ではない可能性もありますが、そのままで読めば、やはり「98年に創刊された」と取れる。そして、夏目さんの他所での発言も併せて見ると、どうも本当に「98年にガンガンが創刊された」と思っている可能性が高いようなのです(実際の創刊は91年)。

 このことだけでもかなりの事実誤認ですが、それ以外にも、この発言にはかなりの疑問があります。
 まず、「マンガ大手ではない出版社のゲーム系雑誌」という箇所。「マンガ大手ではない出版社」というのはその通りですが、「ゲーム系雑誌」というのはどうなのでしょうか。確かに、少年ガンガンを出しているのは、ゲーム会社であるエニックス(スクウェア・エニックス)です。しかし、雑誌の内容まで「ゲーム系」と言えるようなものか。確かに、一定の割合でゲームマンガ、特に同メーカーで最大の人気ゲームである「ドラクエマンガ」がコンスタントに見られるのは事実ですが、それが雑誌の大半を占めているわけでもなく、純粋に普通のマンガが大半を占めているはずです。特に、創刊初期のガンガンは、かなり露骨に大手少年誌(ジャンプやマガジンなど)を参考に作られたところがあり、雑誌のカラーは従来の雑誌とさほど変わらなかったはずです(といっても、夏目さんは91年創刊当時のガンガンは知らないわけですが)。

 そして、「仕組み(産業構造)が変化したひとつの象徴だと思う」という箇所もどうかと思います。「98年創刊のゲーム系雑誌が、しばらくのちに『鋼の錬金術師』という大ヒット作を生んだことが、産業構造の変化を象徴している」と言いたいわけですが、そもそも「98年創刊」「ゲーム雑誌」という前提が間違っているわけですから、当然この主張も間違っていると見てよいでしょう。実際に見ても、この「鋼の錬金術師」ヒット時のガンガンは、昔に帰ったかのような少年マンガ誌路線を採っており、従来の雑誌と比較的近いカラーになっていました。それひとつ見ても、「ゲーム系雑誌による産業構造の変化」という主張は当てはまらないでしょう。


・ガンガンについてはほとんど知らないが、「鋼の錬金術師」は知っている。
 この発言で分かることは、この「マンガ評論家」の夏目房之介という人は、「月刊少年ガンガン」という雑誌については、ほとんど何も知らないだろうということです。「98年に創刊、その後『鋼』を生む」という認識では、まず91年創刊の初期〜中期ガンガンについては何も知らないでしょうし、あるいは2001年頃にあの「エニックスお家騒動」が勃発し、その前後でガンガンの誌面が大幅に変化していることも知らないはずです。98年から一貫して同じような誌面だったわけではなく、実際には相当な紆余曲折があったわけで、98年から雑誌がコンスタントに成長して「鋼」を生んだというような発言は、全くの誤りです。

 いや、おそらくこの人のガンガンの認識は、そもそもそんなレベルではなく、もうほとんど知識らしい知識はないのでは?とも推測できます。おそらくは、ガンガンを実際に読んだことはほとんどなく、知っていることと言えば「ゲーム会社が出したゲーム系雑誌(この認識も誤りですが)」「大ヒット作である『鋼の錬金術師』を生んだ」という程度の、非常に乏しい知識しかないのではないでしょうか。そう考えると、これはかなり問題のある発言でもあり、ほとんど知識らしい知識もないのに、自身の脳内の推測だけで産業構造の変化まで言及してしまうという、かなり悪質なスタンドプレーだと思えます。知らないことは知らないこととしてしっかりと認識し、公の場では慎重に発言すべきではないでしょうか。

 しかし、ガンガンについては何も知らないかもしれないが、「鋼の錬金術師」については、かなり知っているように感じられます。夏目さんの記事内でも、何度もこのマンガに対する発言が見られますし(アニメ版に対する発言も多い)、さらにこのマンガは、夏目さんがコメンテーターを務める「BSマンガ夜話」でも採り上げられたこともあり、その番組内でも、もちろん盛んに発言していました。これらの動向を見るに、原作はもちろんきちんと読んでいるでしょうし、アニメ版まで見ていると推測できます。「鋼の錬金術師」については、雑誌やテレビ番組で発言できるほどには詳しく知っているわけです。

 なぜ「鋼の錬金術師」を知っているのか。これはもちろん、「鋼」が他のガンガン系作品とはかけ離れた、広く一般層に対する圧倒的な人気を有するからでしょう。ガンガンという雑誌は読まなくとも、「鋼」は読んでいる。これは、マンガ評論家ならずとも、一般のマンガ読者には非常に多く見られるスタイルです。
 ここで重要なのは、この夏目さんが「鋼」を語る場合、掲載誌であるガンガンからは完全に切り離して論じていることです。つまり、「鋼の錬金術師」を「良く出来た少年マンガ」「極めて優秀な作品」としては扱うけれども、それがガンガンの掲載であることとか、ガンガンの他の作品との関連性や、ガンガン系作品ならではのカラーなどに触れることはない。あくまで「一般に広く人気のある大ヒット少年マンガ」としての扱いに終始しています。まあ、ガンガンについてほとんど何も知らないのだから当然と言えば当然ですし、それが「マンガ評論家」としての認識なのかもしれません。


・なぜガンガンについて何も知らないのか。
 しかし、なぜ夏目さんは、ガンガンについて何も知らないのでしょうか。もちろん、「マンガ評論家」を名乗るからには、数多いマンガ全般を広く扱う必要もあるわけで、すべての雑誌を網羅できるわけではありませんし、中にはチェックしきれない雑誌があっても無理はありません。ガンガンもその中のひとつだとも考えられます。しかし、実際には、それ以上に大きな理由もあるようなのです。

 その理由とは、つまり、この夏目さんは、ガンガン系のような雑誌は、最初から無視しているのではないかという推測です。つまり、「あってもないもの」「採り上げるものではないもの」「採り上げる価値のないもの」として考えているのではないかと。そのために、まったくといっていいほどガンガンに関する知識がなかった。そして、そんな中から、「鋼の錬金術師」という一般層にも広く膾炙した人気作品が登場したため、この作品だけは目に留まったのではないかと考えられます。つまり、一般層への幅広いヒットによって、「鋼」だけは彼に「発見」された。そして、彼は「ガンガンは知らないが『鋼』は知っている」という状況になり、そのために「98年創刊のゲーム系雑誌が、しばらくのちに『鋼の錬金術師』という大ヒット作を生んだことが、産業構造の変化を象徴している」という、明らかに誤った発言をしてしまったのではないでしょうか。

 そして、これは夏目さんだけでなく、他の「マンガ評論家」にも共通しているのではないかと推測できます。なぜなら、他の評論家も、「鋼の錬金術師」を語る時には、全く同じようなスタンスを取るからです。「ひどく優秀な少年マンガ」としては扱うけれども、それを掲載誌のガンガンのカラー、あるいは他のガンガン作品と結びつけて語るものはほとんどいません。扱うにしても、「この『鋼』のヒットによって、ガンガンの部数が一気に伸びた」とか、そういう経済的な現象への言及に留まっています。

 このことを端的に表す記事として、伊藤剛という方が表した著書の中に、次のような箇所があります。

 つまり、ガンガン系の作品群・雑誌群と、それ以外のマンガの間には「断絶」が存在しているといっていい。彼らはガンガン系の存在自体は知っている。知っているが、たとえば「近年のマンガ」という主題で語る際には話題の対象から外す。それも、無意識的に除外されているようだ。(中略)
 「だってガンガン系のマンガってくだらなくない? 絵はきれいだけど、お話は薄っぺらだし。問題にされないのは当たり前だよ」 ガンガン系の作品群は、なるほどくだらない。絵も決まり切った絵柄ばかりである。ストーリーは薄っぺらで、人間は描かれていない。

 このような認識では、最初から無視されるのは当然と言えるでしょう。マンガとしては存在するけれども、マンガ評論として採り上げるような作品ではない。あるいは、本当に内容のあるマンガを求める人にとっては、読む価値のある作品ではない。そう思っているからこそ、最初から無視するわけです。

 そして、ガンガン系から珍しく一般層に幅広くヒットした「鋼の錬金術師」を採り上げる際には、

 「たとえば、『鋼の錬金術師』が、ヒットにより「発見」されたとしても、それは従来からの「少年マンガ」の枠で理解され、それ以外の「ガンガン系」とは別個の扱いをされる。」

わけです。前述の「BSマンガ夜話」で、「鋼の錬金術師」が採り上げられた回の話ですが、この時にあの岡田斗司夫が、『鋼』を読んでの最初の印象として「本当の少年マンガがまだあったんだ」と言いました。これなどは、まさに彼らの中での、ガンガンと『鋼の錬金術師』の位置づけを端的に表していると言えるでしょう。


・そして、これは一般のマンガ読者の多くにも共通する認識である。
 ここまで、夏目房之介を始めとする「マンガ評論家」のガンガンへのスタンスについて説明してきました。しかし、これは、なにも評論家だけでなく、一般のマンガ読者の多くにも当てはまる、ひどく共通した認識であるとも考えられます。
 まず、「ガンガンそのものは知らない、読んだことはないが、『鋼の錬金術師』は知っているし、読んでいる」という状態は、非常に多くのマンガ読者に当てはまると考えられます。ガンガンそのものの売り上げ・知名度よりも、「鋼」の方がはるかに売り上げ・知名度は高いわけで、一般のマンガ読者(特にライト層)にとっては、「鋼」だけは読んでいる、それしか知らないという人の方が普通であり、むしろそういう人の方がはるかに多数派だと思われます。

 そして、ガンガン系に対する認識も、評論家たちと共通するものがあります。一般のマンガ読者には、最初からジャンプ・マガジン・サンデー等の大手雑誌しか眼中にない、それしか知らない・読まないという読者が多数を占め、それ以外のマイナーなマンガ誌は、最初から本当に知らないか、知っていても「マニアック」「オタク向け」という認識しか持っておらず、まず中身を詳細に読むこともほとんどないと思われます。つまり、最初からその存在は無視、もしくは非常に軽視されており、そんな雑誌を本屋で見かけても、それを手に取るようなことはほとんどないのでしょう。その結果、そこでどんなマンガが連載されているかも全く知らないわけで、知っているのはひどく一般にまで浸透した「鋼」を始めとする一部のマンガのみということになります。

 つまり、ガンガン系がマイナーで知られていないのは、単に発行部数が少ない、売り上げが少ないという理由だけに留まりません。そもそも、ガンガン系雑誌を発売しているスクウェア・エニックスは、ゲームメーカーとしては最大手のひとつであり、そこから発売されるゲームソフトは、それこそどこよりもメジャーなタイトルとして知られていますし、売り上げもおしなべて高いレベルで推移しています。にもかかわらず、マンガに関しては、それとは対照的に極端なまでのマイナーな知名度に終始しています。この鮮やかなまでの食い違いは、一体何なのか?
 それは、ガンガン系というものが、一般層の間では、「マニアックなオタク系の雑誌で、内容も価値のないもの」として、半ば無視されているからに他なりません。これでは、どれだけいい作品を作って内容の充実に努めても、知名度の向上にはつながりません。最初から無視され誰も読もうとしないわけですから、その内容をいくら向上させても無駄というわけです。

 かつて、前述の伊藤剛さんが、ある一般向けの雑誌(「R25」というフリーペーパー)の編集部に、「鋼の錬金術師」の記事を書きたいと企画を持ち込んだところ、「マニアックだから」という理由だけで見事に却下されたという話を聞きました。2004年頃の話で、当時の鋼は、アニメが爆発的にヒットして、単行本も一巻あたり百万部以上を売り上げるようになった時代です。そんな「鋼の錬金術師」ですら、「マニアック」というイメージだけでハネられるわけですから、それ以外のガンガン系作品などは、もはや絶望的と言ってもよいでしょう。これが、一般層の考えるガンガン系のイメージなのです。


この記事の続編記事「ガンガン系はなぜマイナーなのかPart2」

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