<エニックスのマンガはニッチではない。>

2008・11・14

 前々から、かつての─主にお家騒動以前の─エニックス系(ガンガン系)のマンガを指して、「ニッチ」「ニッチ向け作品」「隙間作品」という言葉が使われていたのを稀に見かけます。マンガ評論の場でそういう見方をされる人がよくいるみたいで、ある程度マンガに詳しい人、幅広くマンガを読んだり研究したりする人に、特にその傾向があるようです。さらには、制作者自身からそのような言葉が出てきたこともあり、かつて行われたガンガン編集長のインタビュー記事でも、

「小学校高学年から中学生向けのニッチ(すき間)な雑誌として成長したといえます。けれど、この方向では読者の広がりに限界があることは分かっていました。」

という発言が見られます。
 ニッチというのは、元は生物学用語らしいですが、こんな風に商品経済の場で使われる場合、主に「ある程度の需要はあるものの、その規模が小さく、一部の限定的な消費者のみが存在する市場」のことを指すようです。日本語では、「隙間産業(市場)」と言うことが多いようです。
 エニックスのマンガにおいてこの言葉が使われる場合、メジャーな大手出版社に比べれば出版の規模が明らかに小さく、しかもそれらの出版社が出すマンガとは傾向が違っている。それも、ある一定の限定された読者層にのみ人気が出るタイプのマンガが多く、それらのみをターゲットにしている傾向が感じられる、とそういった見方で使われているようです。

 しかし、この使い方、必ずしも正しいとは言えないような気がします。確かに、エニックスのマンガは大手出版社の作品とは明らかにその傾向、作品のカラーが異なりますが、必ずしも限定的な層に向けた作品とは言えないのではないか。そう思うのです。むしろ、潜在的な需要はかなりある(あった)のではないか。ここからは、そのの根拠をひとつひとつ挙げていこうと思います。


・雑誌、単行本ともにかなり売れている。
 まず、最初に指摘したいことは、エニックスのマンガを読んでいたのは、決して一部の限定された少人数の読者と言えるようなものではなく、実はかなり幅広く多数の読者だったのではないかと言うことです。ここでは、単純に雑誌やコミックスの売り上げについて考えてみます。

 まず、雑誌なのですが、初期〜中期頃のガンガンで「ロトの紋章」が全盛期だった頃は、50万部くらいの部数があったようです。これはかなりの数字です。さらに、それより後の99年ごろのガンガンの部数は25万部ほどだそうです。この数字が多いか少ないかこれだけでは判断がつきかねますが、さらに、この後のガンガンでは、「鋼の錬金術師」がアニメ化で大ブレイクした時には、一時的に40万部程度に達したようです。これらの部数と比較した場合では、さほど高くない(むしろ低い)と見えます。また、ジャンプやマガジンなどの大手週刊誌だと、この当時はまだ数百万部の売り上げを残していたわけで(今でも)、それと比べれば規模はまったく小さいものです。

 しかし、雑誌の中身と合わせて考えると、必ずしもそこまで少ないとは言い切れません。この当時で特筆すべきことは、さほど大きな看板作品がないのに、この程度の部数を安定して確保していたことです。つまり、「ロトの紋章」や「魔法陣グルグル」がなく、あるいは「鋼の錬金術師」もなく、そんな突出した人気マンガがない状態で、この部数。
 この当時のガンガンで最も人気があったのは、たぶん「まもって守護月天!」あたりですが、このマンガはアニメ化もしてかなりの人気を得たとはいえ、「ロトの紋章」や「鋼の錬金術師」に比べれば、やっぱりその規模は落ちるんですね。当時のガンガンでも、これだけが突出した看板作品だったとは言えない側面があり、むしろ、他の人気マンガと同列くらいの扱いで、突出した大人気マンガというものが当時は存在しなかったのです。そんな雑誌であるにもかかわらず、25万部という部数を確保している。これは、お家騒動以後のガンガンよりもずっと安定した数字です。

 そして、それ以上に見るべきはコミックスの売り上げです。「ロトの紋章」や「魔法陣グルグル」など、初期の頃のガンガンの人気作品は、そもそもメジャー誌の人気マンガと比べてもまったく見劣りがしません。これを超えるのは、メジャー誌でも一部の大人気マンガのみです。
 加えて、中期以降のガンガンでも、そこまで目立つ作品は少ないものの、それ以上に安定してコンスタントな売り上げを残す作品が増えてきます。コミックス総計で百万部以上、多い場合で数百万部、その程度のヒットを飛ばす作品がかなり増えてきます。この規模でのヒット作品の数ならば、むしろ中期の方が多いでしょう。ガンガンだけでなく、Gファンタジー、WINGの連載もかなり売れていたのも大きなポイントです。このふたつの雑誌に関しては、明らかにこの中期の頃が一番安定した成果を残していました。この当時は、コミックスの週刊売り上げランキングでも、ガンガン系の作品はかなりよく入ってきており、今よりも明らかに多かったようです。


・読者の人気、評価でも決して劣らない。
 そして、単に売り上げだけでなく、個々の読者に対する人気・評価においても、かなり優れたものが見られました。

 この時代では、主要読者層である中高生を中心に、エニックス系の作品が話題にのぼるのは珍しくありませんでした。確実に広く浸透した人気がありました。初期の圧倒的人気作品ならばもちろん、中期のコア向けと言われているマンガでも、ずっと幅広い読者層が存在しており、エニックスのマンガはよく話題にのぼりました。つまり、どう考えても「ニッチ」と言われるような一部の限定された読者ではない!

 売り上げの規模は、メジャー誌の大人気マンガには大きく水をあけられていますが、それは読者の限定化を意味しているわけではありません。限定された読者しかいないから売り上げが少ないのではなく、単に規模が小さいから売り上げが少ないだけです。単に規模が小さいのは、言い方を変えれば「マイナー」であるということです。「マイナー」であるからといって「ニッチ」であるというわけではないでしょう。もしそうなら、およそ一部のメジャーなマンガ以外は、すべてニッチということになってしまいます。すなわち、エニックスのマンガは、「マイナー」ではあるかもしれないが、「ニッチ」ではないのです。

 そして、評価の点でも優秀でした。初期、中期までのエニックスは、極めて広範で確かな評価を得ていました。そんな読者の声は、インターネットが普及して以後は急速に目立つようになります。

 ネット外で目立ったのは、書店での扱いでしょう。初期の頃はまだ「子供向け」のイメージが抜けず、コミックスがコロコロやボンボンと同じ棚に置かれていることも珍しくありませんでしたが、雑誌も増えてコミックスの点数が増えた中期以降は、ひとつのまとまった作品群として、書店の中でかなりの扱いを受けるようになりました。メジャー出版社に比べれば、さすがに本棚の占める率は低いですが、それでもマイナー系の中では最も多くの場所を占めることも珍しくなく、かつ特に人気・評価の高い作品がピックアップされて大きく扱われることも珍しくありませんでした。新刊の発売日には、それらが一目高い場所に置かれたり、他の出版社以上に大きく告知が出たりする。そういう光景もよく見られました。
 なお、このような光景は、決してマニア向けの書店での話ではありません。いや、マニア書店でももちろんそのような扱いなのですが、当時は一般の書店でもかなり大きい扱いは珍しくなかったのです(むしろ、今よりも当時の方が扱いがよかったかもしれません)。


・なぜニッチとして扱われるようになったのか。
 このように、様々な点で考えても、エニックスのマンガは、決してニッチと言われるような狭い領域のみで読まれた作品ではなく、もっと幅広くしかも確実な人気があったはずなのです。一部にはメジャークラスの大人気マンガもあり、そうでなくとも安定して読まれる・評価される作品は非常に多かった。それにもかかわらず、どういうわけか当時から、あるいは今でも「ニッチ」だと言われる認識が強く存在します。なぜ、そこまで「ニッチ」だと言われるようになったのでしょうか。

 これにはいろいろ理由はあると思いますが、やはりマンガ評論やレビューでの扱われ方が、最も大きかったのではないでしょうか。
 昔から、エニックスのマンガが、評論に採り上げられることはほとんどありませんでした(今でもあまりありません)。よりマイナーなマンガはもちろん、「ロトの紋章」や「魔法陣グルグル」のような大ヒットマンガでさえ、採り上げられるケースは稀というか、ほとんどなかったと思います。どういうことかというと、エニックスのマンガというのは、そもそも「あえて語るほどではないマンガ」「評論やレビューに採り上げるようなタイプではないマンガ」として扱われていた(いる)のです。

 これは、当初からガンガン(系)のマンガが、「ゲーム」と「ファンタジー」色が強かったことが起因しているかもしれません。また、初期のガンガンはかなり子供向け、低年齢向けだと思われていたのも大きな理由です。そのため、ガンガンのマンガは、ゲームやファンタジーが好きな「マニア向け」か、あるいは「子供向け」のマンガであり、あえて評論で採り上げるようなマンガではないと思われていたのです。これは、「ロトの紋章」や「魔法陣グルグル」でさえまったく例外ではありませんでした。

 そして、この見方は、延々と後代にまで続いていってしまいます。中期を通り越して、お家騒動を過ぎた今でも同じように思っている人もいるかもしれません。それ以上誰も真面目に深く採り上げようとしないので、最初についた「ゲーム」「ファンタジー」「マニア向け」「子供向け」といった外見的なイメージが、そのまま一般的な認識になってしまうのです。そして、これが「エニックスのマンガはニッチ」だとされる理由へとつながります。すなわち、

  1. エニックスのマンガは、ゲームやファンタジー中心で「マニア向け」か「子供向け」のマンガだ、という見方が提唱される。
  2. それ以上真面目に深く採り上げる人がいないので、その見方が固定化される。
  3. どれだけマンガが売れても、人気が出ても、「マニア向け」か「子供向け」のマンガだという見方は変わらない。
  4. 実際の売れ行きや人気とは無関係に、マニアや子供のような一部の読者向け、すなわち「ニッチ向けの隙間作品」だと思われるようになる。

 このような流れになります。そして、このような考え方は、幅広くマンガ読みの間で流布し、ついにはガンガンの編集者自身まで、そんな風に思うようになりました。今の編集長の、「小学校高学年から中学生向けのニッチ(すき間)な雑誌として成長したといえます。けれど、この方向では読者の広がりに限界があることは分かっていました。」という発言は、明らかな誤りでしょう。しかし、そんな見方をひとつの理由として、ガンガンが今のような中途半端にメジャー向け少年マンガ路線へと転換し、決して面白いとは言えない雑誌へと変わってしまったのは、随分と無念な話だと思います。(*ただ、今のガンガン編集長は、最初から少年マンガ志向の強い人なので、最初からそういうマンガ雑誌を作りたいという目的が最優先で、ニッチどうこうは後付けの理由に過ぎないのかもしれませんが・・・。)


「四季のエッセイ」にもどります
トップにもどります