<「プラナス・ガール」と「フダンシズム」は2大”男の娘”コミックスなのか>

2010・11・30

 先日11月22日、スクエニのガンガンコミックスJOKERから「プラナス・ガール」の3巻と、ヤングガンガンコミックスから「フダンシズム」(「フダンシズム−腐男子主義−」)の7巻(こちらは最終巻)が出ました。そして、このふたつの新刊を合わせて、「スクウェア・エニックスが誇る2大”男の娘”コミックス!」と銘打って、互いのコミックスの帯でそれぞれのキャラクターが相手のマンガを紹介するというコラボ企画をやっています。ヤングガンガンコミックスは、本来は毎月25日が発売日ですが、この企画の為にこの「フダンシズム」だけは発売日を22日に変更して同時発売という形を採ったようです。

 それにしても、この帯の文句はやや唐突でした。スクエニでは、以前「女装少年」をテーマにしたアンソロジーを幾度か出したこともあり、今回のこのふたつのマンガも、確かに「男の娘」あるいは「女装少年」が登場するマンガではあるのですが、しかし今までは特にこの手のマンガをまとめて売り出すようなことはしてきませんでした。このふたつはそれぞれ人気を得た長期連載となっていますが、これまでは完全に独立してそれぞれJOKER、ヤングガンガンの人気ラインナップの一角としてやってきたのです。

 それが今回、いきなりこのふたつをセットにして、「スクウェア・エニックスが誇る」「2大”男の娘”コミックス」と呼ばれると、正直なところちょっと違和感が強いのです。前述のように、確かにこのふたつのマンガは、「男の娘」あるいは「女装少年」が登場するマンガですが、しかしそこには本質的に大きな違いがあるのではないかと見ています。はっきりいって、このふたつのマンガを読んだ印象はかなり異なります。それは、単にキャラクターの違いだけでなく、ストーリーやテーマにおいても大きな隔たりがあるのではないか? そんな風に思えるのです。

 そこで、今回のこの記事では、このふたつの作品における”男の娘”のあり方や、そのほかの要素についていろいろと比較して、両者の違いを鮮明にしてみたい。今流行りの”男の娘”が登場する作品の比較ということで、同時に他の同系の作品にもいろいろと言及してみたいと思います。



・確かに「男の娘」だと思える「プラナス・ガール」
 まず、JOKERで連載している「プラナス・ガール」について。こちらの作品のヒロイン・藍川絆は、確かに男の娘だと思えるlキャラクターで、このマンガを”男の娘”コミックスだと言い切ってもいいと思います。

 この藍川というキャラクターは、男でありながら(厳密にはいまだ性別不明ですが)、自分から女の子の制服を着て、しかも女の子と全く同じ態度で普段を過ごし、もちろん容姿も女の子そのものという存在です。誰かに強制的に女装されられたのか、やむをえない事情で女の子として過ごしているとか、そのようなことはまったくありません。自分から女の子の服装を着て、女の子としての生活を心の底から楽しんでいます。屈託の無い素直で明るい性格で、学校の男子生徒からも女子生徒からも好かれており、なぜか主人公の槙くんには好意を抱き、あの手この手で憎めないちょっかいを出してくる、さわやかなキャラクターとして描かれています。

 このキャラクターには、あえて女の子として過ごすことへの屈折した気持ちはまったく見られません。自分から好きで女の子をやっている。これこそが、まさに”男の娘”ではないでしょうか。ただ女装しているだけの男性・男の子キャラではなく、身も心も(笑)女の子として過ごしている。そこにはまさに一点の曇りも見られません。

 また、この「プラナス・ガール」という作品自体も、全体的にさわやかで気持ちのいい作風になっている点もポイントです。藍川以外のキャラクターも、ひとくせもふたくせもある個性的なキャラクターが多いですが、しかし誰一人悪いと思える人はいません。主人公の槙くんは、藍川に翻弄されつつも、常に周囲に気遣いを見せるバランスの取れたキャラクターとなっていますし、同級生の男子・女子もみな気の合う友人たちと明るく楽しい学生生活を送っています。そんな中で、男でありながらかわいい女の子として周囲に愛される藍川というキャラクターがいる。このさわやかに明るく描かれた学園生活は非常に魅力的です。

 また、この「プラナス・ガール」が、他の同系の作品と異なるオリジナリティとして、男の娘であるはずの藍川が、いまだ本当の性別が分からないような描き方をされていて、「実は本当に女の子かもしれない」という含みを持たせたまま連載が進んでいることが挙げられます。これがまた非常にいい! かわいい男の娘ならそれはそれで萌えるし、本当に女の子ならそれはそれでぜんぜんOK(笑)。この「実は女の子かもしれない」というミステリアスな要素が、このマンガをより魅力的なものにしているのです。


・少年の女装から始まった「フダンシズム」
 対して、ヤングガンガンの「フダンシズム」の主人公アマタは、元々は容姿も成績もよい優れた中学生男子として周囲の評価も高く、「完璧王子(パーフェクトプリンス)」とまで呼ばれる存在でしたが、しかしとある日、姉の代わりに女性向けの同人サークルの手伝いをするために女装をすることになり、それがきっかけで新しい世界(いわゆる腐女子たちの同人世界)を知ることになり、以後その姿で新しい世界へと入り込んでいくことになります。

 ここで重要なのは、彼はあくまで人からの頼みでやむを得ず女装したのであって、少なくとも最初のうちは、自分から好んで女装して女の子になったわけではないことです。むしろ、最初の女装では、当然ながら大いに戸惑い、なんとか慣れるまでに時間を要しました。これは、自分から進んで女の子の姿をして、それを大いに楽しんで過ごしている藍川絆とは大きく異なります。「女の子の姿」という点では同じでも、そこに至る経緯がまったく違うのです。「プラナス・ガール」の藍川がなぜ女の子の姿を採るようになったのか、そのきっかけは定かではありませんが、少なくとも「フダンシズム」のアマタとは大きく異なる理由がありそうです。

 もうひとつ重要な相違点として、アマタは、普段は普通に男の子の姿で生活し、学校にも登校していて、女装するのはなんらかの理由があるときだけです。この点でも、普段からずっと女の子の姿で通していて、そもそも男の子としての姿がどんなものなのか誰も知らない(もしかして本当に女の子なのか?)藍川とはまったく状況が異なりますね。いつも”男の娘”としてずっと暮らしているのではなく、あくまでその時の理由に合わせて女装をしている。こんなアマタは、いつもずっと”男の娘”なのではなく、時に女装で姿を変える”女装少年”という表現の方が、ぴったりと当てはまっているような気がします。

 このような複雑な事情からか、このマンガは、基本的にみんな楽しく学園生活・同人生活を送っている一方で、どこか屈折した人間関係の悩みを抱えているキャラクターが多いのが特徴です。主人公のアマタからして恋の悩みに苦しんでいますし、他のキャラクターの多くも、自分の抱える思いや立ち位置に悩みつつも、それでも少しずつ前に進んでいく様子がよく見られます。


・そもそも「男の娘」と「女装少年」は別物。
 上で書いたことからも分かるとおり、そもそも「男の娘」と「女装少年」とは、本質的に異なるものではないかと思うのです。いや、明らかに異なる概念だと言い切ってよいでしょう。今回のコミックスの帯では、「スクウェア・エニックスが誇る2大”男の娘”コミックス!」と書くその一方で、「大人気女装っ子ラブコメディー!!」(プラナス・ガール)「恋も女装も同人も全てがココに!」(フダンシズム)とも書いているところを見ると、どうもスクエニの編集部は、「男の娘」と「女装少年」を、ほとんど同じような、あるいは非常に近い概念だと見ているように思われます。しかし、これはどうでしょうか。
 もちろん、このふたつの要素が、一人のキャラクターに同時に並存しているケースはあります。「男の娘」であると同時に「女装少年」的な要素も持っている。そういうキャラクターもいるかもしれません。しかし、そのふたつが完全に同じということはありえない。「男の娘」ではあるが「女装少年」とは言えない。「女装少年」ではあるが「男の娘」の要素は薄い。そういうケースが当たり前にありえるのです。

 まず、「男の娘」ですが、「こんなかわいい子が女の子のはずがない」というこの業界の名文句(?)を見ても分かるとおり、身も心も完全に女の子と化している姿でしょう。自分自身も女の子であることを完全に認めており、むしろそれを楽しんでいて、周囲の者も女の子であることを認めてむしろ喜んで彼に萌えている(笑)。そんな状態こそが、まさに男の娘なのではないか。他の作品で言うならば、「はぴねす!」の渡良瀬準とか、「バカとテストと召喚獣」の木下秀吉とか、ああいったキャラクターこそが男の娘と呼ぶにふさわしいでしょう。いずれも、本人が望んで女の子の姿を採っていて、周囲の者も完全にそれを認めてしまっています。

 逆に、「女装少年」となると、それは字義通り単に女装して男の子と考えるべきでしょう。このようなキャラクターは、昔から実に様々な作品で見られますし、今回の「フダンシズム」のアマタもその延長線上にあると考えてよいのではないか。このアマタも、女装を重ねるうちに次第にその姿に慣れ親しんでいき、自ら周囲の人たちと交流を重ねるようになりますが、彼らのほとんどは、アマタを「アマネ」という別の女の子として見ているという状態で、正体が男の子だとは知らない状態なので、やはり周囲が「男の娘」と認めているケースとはかなり隔たりがありますね。


・ヤングガンガンの連載「ニコイチ」との類似性。
 むしろ、この「フダンシズム」は、同じヤングガンガンの連載である「ニコイチ」(金田一蓮十郎)と近い作品性を感じます。
 「ニコイチ」で女装するのは29歳の青年(成年)男子なので、そもそも女装少年ではありませんが(笑)、しかしこれを同じ「女装した男性が主人公の作品」として考えると、いろいろと共通点が多いのです。

 「ニコイチ」の主人公(須田真琴)は、小さくして母親を亡くした子供のために、あえて女装して母親として接しているという設定で、やはりなんらかの理由があって女装していることがうかがえます。別に自分から心の底から女になりきっているというわけではなく、自分の息子のために母親を演じている状態です。
 そして、普段は男性として過ごしていて、周囲のほとんどの人は女装していることは知らない、という点も共通しています。あくまで普段の男性と女装した姿とは、あくまで別人格となっていて、「『女装した姿が実は自分である』ことを周囲にカミングアウトできるかどうか」、それが作品最大のテーマにもなっています。
 そして、このテーマは、ある程度「フダンシズム」の方にも見られます。必要に応じて女装をして「アマネ」として周囲と接しているアマタですが、それを知る人は今のところごく一部のみ。そのことをいつかみんなにカミングアウトする日が来るかどうか。「フダンシズム」最終回までにそれは実現せず、今のままの楽しい日々をしばらく続けることになりましたが、続編となる「フダンシフル!」では、それが作品を通じた大きなテーマになるのではないでしょうか。

 このように、「フダンシズム」は、同じ雑誌の連載である「ニコイチ」とむしろ共通点が多く、作品のコンセプトに似たところがあるように感じます。もちろん、「フダンシズム」は中学生の学校生活や同人生活、「ニコイチ」は大人の会社員としての生活や家庭での母親としての生活と、作品の舞台やキャラクターの設定はまったく異なります。しかし、なんらかの理由で女装して別人格として日々を過ごし、それをやがてはカミングアウトしていこうとするひとつの大きなテーマ、それが大きく共通していますし、作品のコンセプトは意外に近いものがあるのではないでしょうか。

 逆に、「プラナス・ガール」と「フダンシズム」は、どちらもキャラクターの学生生活を描いているという点では共通していますが、「男の娘」「女装少年」の扱いにおいてかなりの隔たりがあるようで、ちょっとニュアンスの異なるマンガになっていると感じます。このふたつをセットにして売り出すのも、決して悪くないと思いますが、一方で同じ雑誌の「フダンシズム」と「ニコイチ」という、意外にコンセプトが近いマンガをセットにした企画があっても面白そうです。


・最近では「男の娘」と「女装少年」の境界も曖昧になってきつつあるが、この2作品のコンセプトの違いは理解したい。
 さて、この「男の娘」は、最近になって一迅社から「わぁい!」なる専門の雑誌が作られるなど、萌えの一ジャンルとしてその地位を完全に確立しつつあり、さらには、かつての女装少年との明確な境界は存在しなくなっており、曖昧になりつつあるとも言われています(ウィキペディアの記述による─男の娘)。

 しかし、この「プラナス・ガール」と「フダンシズム」のふたつのマンガ作品に関しては、そのコンセプトの違いをはっきりと理解した上で読んだ方が、よりそれぞれの作品を楽しめるのではないかと思います。「プラナス・ガール」は、なんのしがらみもなく女の子として過ごす絆ちゃんの男の娘としてのかわいさと、その茶目っ気のある明るい性格、そして周囲の明るい個性的なキャラクターたちとのさわやかな学園生活の様子を楽しむ。一方で、「フダンシズム」は、主人公アマタとその女装姿であるアマネ、そのふたりの人格を使い分けて周囲と付き合っている、ほんの少し屈折した環境と、同じく周囲との関係に悩む各キャラクターの心理と、それでも掛け値なく楽しい学園生活と同人生活の様子を楽しむ。キャラクター設定やストーリーのコンセプトの違いを知ることで、どちらの作品もより深く楽しめるのではないかと思います。

 わたし個人としても、今のスクエニにおいて、このふたつのマンガはとてもおすすめです。「プラナス・ガール」は、先日創刊されたガンガンJOKERにおいて、新人の作品でありながら圧倒的な人気を博しており、そのさわやかで明るい作風は誰にでもおすすめできます。男の娘にさほど興味の無い人でも楽しく読めると思いますし、女の人でも問題なく読めますし、むしろこのマンガでそういったジャンルに触れてほしい。「フダンシズム」は、なんといっても同人活動の楽しさを真正面から描いていることを評価したいです。同人というマニアックなオタクジャンルの活動ですが、まったく気負うことなく素直にその創作や交流の楽しさを描いていて、これには本当に好感が持てました。オタク趣味に関する知識も詳しく的確に紹介していて、勉強にもなります。その一方で、キャラクターたちの学園生活や恋愛関係を巡るストーリーも面白い、様々な面で楽しめるマンガになっている。「プラナス・ガール」もそうですが、これは是非ともアニメ化まで達成してもらって、その独特の面白さをより多くの人に知ってほしいですね。


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