<「ポップカルチャーに関する分科会」における樹林伸の発言について>

2013・10・12

 先日、4月に政府のクールジャパン戦略会議で行われた「ポップカルチャーに関する分科会」における樹林伸さんの発言が、ネット上の一部サイトで取り上げられ、ちょっとした波紋を呼んだようです。なぜ、4月に行われた会議の発言が、今になって急に取り上げられたのか。今回の記事では、その意義について考えてみたいと思います。

 樹林伸とは、かつては少年マガジンの編集者、今はマンガ原作者として、「金田一少年の事件簿」を始めとする数々のマンガ作品を世に出してきました。かつて少年マガジンで連載されていた「MMR」のキバヤシと言ったほうが分かりやすいでしょうか。今回は、その業績を受けて、政府のクールジャパン戦略会議の構成員として招かれたようです。

 その樹林さんも出席した「ポップカルチャーに関する分科会」は、4月に2回ほど開かれたようですが、今回話題となったのは第1回の発言で、その一部が切り取られて一部サイトで紹介されたようです。それは、

 「最近のアニメは、本当の意味でのオタク系の作品が増えて、ジブリみたいな誰が見てもおもしろいものというのはすごくテレビの中で減っている。  これは何でかというと、構造から言いますとスポンサーを引っ張ってきて、そのスポンサーの対応をしながらの作品づくりになっていたりすることが多いからです。あるいはDVDにしたときに、セールスしてペイするようなオタク向けのマニアックな作品にどうしてもなってしまう。」 「けれども、実際には豊かなストーリー性のあるものが過去にはあったわけで、ジブリ作品もそうですし、でも、こういうものを担うとしたら私は公共放送であるNHKしかないと思っているのです。NHKにファンド機能を持たせて、そこにお金を集めてスポンサーに縛られない新しい、けれども昔の日本のストーリー性豊かなアニメーション、つまり視聴率のためのその回、その回の盛り上がりというのではなく、あるいはグッズが売れるどうこうではないものをつくって(以下略)」

と、こういったの発言の箇所で、これがまとめサイトなどからTwitterなどで広く拡散していった。そして、この発言を見た人の中から、樹林氏を非難する声が多数のぼったのです。この発言の中の「本当の意味でのオタク系の作品が増えて、ジブリみたいな誰が見てもおもしろいものというのはすごくテレビの中で減っている」あたりを受けて、これはオタク作品を下に見ているのではないか、ジブリのような作品ばかりを優先しているのではないかと思われたようです。

 ポップカルチャーに関する分科会(第1回)PDF資料


・確かに政府や民間に今までそういった傾向がなかったわけではないが・・・。
 一部マニアを中心にターゲットにしたオタク向け作品よりも、ジブリのような一般層に広く人気のある作品を優先する。あるいは評価されがちである。こういった傾向は、これまでまったく見られなかったわけではありません。むしろ、政府が以前から行っていたマンガやアニメ(ポップカルチャー)の関連の政策では、広く一般に知られた作品の方が、比較的よく取り上げられた傾向はあったと思います。

 例えば、政府が主催するなんらかの表彰などで、そうした作品の方がよく選ばれるのはよく見かけますし、また政府だけでなく国民の間でも、例えば読者や編集者が選ぶマンガ大賞などの企画で、比較的一般に受けた作品や、あるいは通好みで内容が高度である(高度に見える)作品が選ばれやすいのは、よく見かける光景ではないかと思います。

 しかし、今回の樹林さんの発言は、こうした傾向ともまったく当てはまらないものです。「ジブリみたいな誰が見てもおもしろいもの」という箇所から、そうした類推が成されたのかもしれませんが、しかし発言全体を見てみれば、別にジブリ作品を優先するとか、そんなことはまったく意図していないことは明白です。


・クリエイターの劣悪な環境と結びつけて発言している。
 まず、上で引用した発言の中でも、「構造から言いますとスポンサーを引っ張ってきて、そのスポンサーの対応をしながらの作品づくりになっていたりすることが多いからです。あるいはDVDにしたときに、セールスしてペイするようなオタク向けのマニアックな作品にどうしてもなってしまう。」とあります。つまり、オタク系の作品がアニメに増えている要因を端的に語っているわけです。これは端的な事実であって、アニメに携わるクリエイターの劣悪な環境の大きな一要因となっています。ここでは、こうした事実と結びつけてオタク系作品を取り上げているわけで、決してジブリなどと比較して下に見るとか、そんな意図は感じられません。

 さらには、別の箇所で次のような発言も行っています。

 「ほんとうに労働環境がひどい、タコ部屋みたいなところで仕事している人たちに対して、ある程度うるおうというシステムをつくっていかなければならない」「お金を使うならば、今だったら私はポップカルチャーのジャンルで言うならアニメだと思います。圧倒的にお金が足りなくて苦しい思いをしている」

 つまり、アニメをめぐる労働環境のひどさ、そのお金がないという現状を強く訴えているのであって、ここに「オタク作品よりジブリのような作品を優先しろ」という提言は見られません。お金のなさからなんとかセールスしてペイするような作品を作らざるを得ない。そして労働環境も劣悪なままの状態が続いているのを、まず第一になんとかしなければならない。これこそがこの発言の主題でしょう。


・クリエイターの劣悪な環境の改善は絶対に必要。
 そもそも、アニメやマンガにおけるクリエイターのひどすぎる環境、これは以前からほとんど改善されていません。クールジャパンといって世界に発信しようとする一方で、肝心のクリエイターの環境は、国内のほかの職業よりはるかに劣っているのが現状で、海外の同じ職業の人の待遇とは比べるべくもありません。

 例えば、この「ポップカルチャーに関する分科会」の第2回の方でも、樹林さんはこう語っています。

 「若い知人のメールです。去年アニメータの仕事をしていたのですが、その労働環境は?という質問の答え。「週6で、朝10時から、早ければ夜8時、遅ければそのまま次の夜まで徹夜でした。収入は初任給が8000円。五カ月目で三万でした。」

 これは、ずっと昔のアニメーターの待遇とまったく変わっていません。以前(10年近く前)、あの渡辺明夫さん(「化物語」などの作画監督で知られる)があまりに劣悪なアニメ制作の環境から、「もうアニメの仕事はしたくない」と発言して、実際に数年間ほとんどアニメの仕事に携わらなかったことがあります。あれほどの実力のあるアニメーターでさえ根を上げるくらいですから、ほとんどの制作スタッフは塗炭の苦しみを味わっているはずです。そして、これは10年前といわず、20年。30年前から一向に改善されていないのです。

 マンガについても、アニメほどひどくはないにしても、その待遇は決していいとは言えない。ここでも、樹林さんが、「漫画に関しても、新連載を始める時には新人漫画家はその準備資金がなく、僕自身、編集者時代は(実は独立後も)、担当の新人作家の新連載準備のために数十万単位で貸したりしている」と発言しています。連載を始めてからも、その原稿料や印税などから来る収入はおしなべて低い。これは、同じ職業についている欧米のクリエイターとの差も歴然で、その待遇(普段の仕事の量と報酬)は明らかに大きな格差があります。

 あと、ゲームについては、このふたつに比べればまだましなようで、「ゲームの方で仕事がしたい」と言う人も多いようです。しかし、やはり欧米の同職業と比べて決して待遇がいいとは言えない。総じて、「コンテンツ産業に携わる制作者の多くが、海外に比べて非常に安価な収入しか得ていない」ということは共通する事実のようです。

 (参考)日本とアメリカにおけるゲーム業界人の年収格差

 こうした事実は、以前からアニメやマンガに詳しい人の間では常識でしたが、しかし政府の役人にこうした認識が浸透していたとは言えず、樹林さんも、「政府・行政の方たちもアニメの世界は労働環境が悪いとは聞いていたかもしれませんが、これほどとは思わなかったのでしょう。驚嘆の声があがりました」と発言しています。
 このような政府の状況において、こうしたクリエイターの劣悪な環境を、この分科会で提言した意義は非常に大きかったと言えるでしょう。議事録全体を見ても、他の出席者よりもずっと積極的にこうした実態を強く訴えています。この点において、最も評価されるべき発言だと思います。


・なぜ今になってまとめサイトで取り上げられたのか。
 このように、今回話題になった分科会での樹林伸氏の発言は、一部ネットで広まったように、決してオタク作品を下に見るような発言ではなく、クリエイターの劣悪な現状を訴えるごく当たり前のもので、しかも十分に意義があるものとなっています。これは、ネット上でも公開されているPDF資料を読めば一目瞭然で、わざわざこうして説明するまでもないことだと思います。

 しかし、そんな発言が、ここでまとめサイトで取り上げられ、しかもそれが一部のみを取り出して誤解を生じさせるような、悪意すら感じられるものでした。
 しかも、この発言が行われた分科会は、半年も前の4月に開催されています。しかも、開催直後に樹林さんを始めとする参加者による報告も行われ、ネット上でもそのやりとりがTwitterなどでまとめられています。つまり、すでに一度正式な形で報告されたものだったのです。それが、なぜこの10月になってわざわざ取り上げられる必要があるのか。

 そもそもまとめサイトとは一体何でしょうか。基本的には2ちゃんねるのスレッド(掲示板)の書き込みを取り上げてまとめる、という趣旨らしいのですが、しかし多かれ少なかれ管理人によって編集されるのが常で、そこに恣意的な決定が入ることも多いようです。今回の分科会の話に至っては、まず半年も前の話題をわざわざ紹介することに疑問を感じますし、その紹介の仕方もあまりに偏ったものでした。

 おそらく、そのサイトの管理人は、4月に開催された分科会の経緯などまったく知らず、たまたま目に入ったスレッドの書き込みを面白そうだと見て、さらにそれを面白おかしく取り上げただけではないでしょうか。この手のまとめサイトは、アクセス数を稼ぐことにひどくこだわっており、そのためならこうしたことも厭わない。思うに、こしたオタク系ニュースを扱うまとめサイトは、おそらくはマンガやアニメに対する思い入れなどほとんどなく、単にアクセス数を稼ぐためにオタク系ニュースをネタにしているだけではないでしょうか。


・なぜ「味方の背中を撃つ」ような行為が行われるのか。
 今回の事件、政府との会合という最前線で奮闘している個人の努力を、よりによってマンガやアニメを好むはずのオタクが、背後から攻撃するような行為だと思います。つまり、「味方の背中を撃つ」ような行為なのですが、このような行為は、つい先日にも起こっています。

 それは、マンガ家の赤松健が、表現規制の戦略見直しをTwitterで発言した時だったと思いますが、やはりまとめサイトを中心に、赤松氏を攻撃する書き込みが殺到、まさに味方の背中を撃つような書き込みがたくさん見られました。こうした表現規制に対しては、個人によって戦略の是非に多少の違いはあるかもしれませんが、しかし規制に対して対抗しようという思想は同じはずです。それなのになぜ、よりによって先頭に立って活動する味方を攻撃するのか?

 これについては、他の政治系の書き込みにも同じようなものが見られることから、それと同じことが言えるのではないかと思います。つまり、いわゆる左翼(左派)の間でも、同じ左翼を攻撃するような書き込みが、至るところで頻繁に見られるのです。この場合、些細な主義の違いで攻撃することもあり、あるいは「活動のやり方、方法論」に対して攻撃することもあります。つまり、「そんなやり方ではダメだろ」「それでは周囲の支持を得られない」とそう言いたいわけです。

 今回のように、オタクユーザーが同じコンテンツ産業の前線に立って奮闘している者を叩く時も、まったく同じような思考パターンが感じられます。日本で近年左派の活動が頓挫気味なのも、同じ左翼による攻撃が大きいのではないかと思いますが、考えてみれば、今回のようなクリエイターの劣悪な環境の訴えや、あるいは表現規制への対抗という活動も、左派的な活動のひとつです。そこに攻撃が入るというのは、ネットでは本当によく見られる光景の一端に過ぎないのかもしれません。理由は何にせよ、こうした「味方の背中を撃つ」ような行為が横行するようでは、今後コンテンツ産業の先頭に立って活動するものはいなくなってしまうでしょう。


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