<ステンシルから巣立った作家たち>

2013・1・31

 2013年初頭から、Gファンタジーで連載中の「キューティクル探偵因幡」がアニメ化され、これがかなりいい出来で盛況を博しているようです。このマンガの作者・「もち」さんは、かつてGファンタジーに移籍してくるまでは、「月刊ステンシル」という少女マンガ誌で「パパムパ」というマンガを描いていました。これが作者の初連載作品で、最初の作品からギャグの面白さは健在だったことを思い出します。

 このステンシル、1999年にエニックスから創刊された少女マンガ誌で、創刊当時はあのエニックスが少女マンガ雑誌を出すということでかなりの話題となりました。最初は季刊でしたがやがて月刊化され、このまま堅調に伸びていくかと思いきや、やがて2001年にあの「エニックスお家騒動」が起き、雑誌の中心だった人気作家がことごとく抜けたことで、一気に部数は落ち込んでしまいました。元々エニックスの中でも最もマイナーで販売部数も低く、その上でこの騒動による痛手は非常に大きく、結局最後まで勢いを取り戻すことは出来ず、やがて2003年には休刊を余儀なくされてしまいました。

 しかし、このステンシルの連載作家の幾人かは、他の雑誌へと移籍し、そちらで大きな成功を収めた作家も少なくないのです。「パパムパ」のもちさんもその代表で、移籍先のGファンタジーで開始した「キューティクル探偵因幡」がさらなる人気を博し、ついにはアニメ化を達成するまでの成功を収めました。今回は、そんなステンシルから見事に巣立っていった、優れた作家たちを紹介していこうと思います。


<天野こずえ>
 いきなりですが、この天野さんは「ステンシルから巣立った」作家とは言えないかもしれません。これ以前にガンガンで「浪漫倶楽部」、Gファンタジーで「クレセントノイズ」の連載を行い、いずれも大人気で既にエニックスの人気作家として定評を得ていたのです。それでも、あえてこのステンシルの作家として取り上げるのは、ここでの連載が、あの「AQUA」(のちの「ARIA」)であるからに他なりません。

 この「AQUA」、多くの人が知っているとおり、未来世界で水の惑星となった火星を舞台にしたヒーリングファンタジーとも言える作品となっていて、その美しい世界観と秀逸のエピソードが目を見張る作品となっていました。このステンシルでも看板とも言える作品でしたが、あの「エニックスお家騒動」で天野さんがエニックスを離れてからは、移籍先のマッグガーデンの「コミックブレイド」で「ARIA」とタイトルを変えて連載が再開され、そちらでは一気に大人気を博しました。ブレイドには他にもエニックスから抜けた作家による新連載・移籍連載は数多く見られましたが、最大の(そしてほぼ唯一の)成功を収めたのが、この「ARIA」だったことは間違いありません。ステンシルから移籍した連載の中でも、最大の成功は間違いなくこの作品でしょう。

 「AQUA」と「ARIA」は、タイトルが変わっているだけで内容はまったく同じですが、個人的には最初の「AQUA」の方がいいタイトルだったと思っています。「ARIA」も、作中で主人公が勤める会社とそこの社長(猫)の名前で、作品の世界観や作者の猫好きをよく表現していて、決して悪いタイトルではないのですが、しかしよりストレートに水の惑星という作品世界を表しているのは、やはりこの「AQUA」の方だと思うのです。もしお家騒動がなくてステンシルでの連載が続いていれば、この「AQUA」のタイトルで名作となっていたと思うと、今でもちょっと残念に思っています。


<naked ape>
 天野さんとは対照的に、主に女性読者に高い人気を博する方向で成功を収めたのが、この「naked ape」でしょうか。里羅琴音(りらことね)と中村友美の女性ふたりで構成される作家で、里羅さんが主にストーリー、中村さんが主に作画を担当されていたようです。

 ステンシルで始まった連載「switch」が好評を博し、休刊後はGファンタジーへと移籍して連載が継続します。麻薬取締官たちを主人公にした「スタイリッシュ・アクション」とも言える作風で、今で言うイケメンの男性キャラクターが多数登場するあたりで、確かにマニア女性向けの趣きがあり、女性向け要素の強い雑誌であるGファンタジーへの移籍は妥当だったと言えます。他にもGファンタジーへと移籍した連載は数多くありましたが、その中でも最も雑誌の雰囲気・方向性を強く表した移籍だったと思います。

 この「switch」は、最終的には2008年まで続く長期連載となりますが、それと同時並行で、一迅社の「コミックゼロサム」でも「DOLLS」という連載を開始しています。こちらも「switch」とかなり近いコンセプトの作品で、ここで作風を確立した感があります。この一迅社のゼロサムは、マッグガーデンのコミックブレイド同様、エニックスお家騒動の際で離脱した作家たち、特にGファンタジー出身の作家たちが多数連載を始めましたが、ほぼ完全な喧嘩別れだったブレイドと異なり、元雑誌のGファンタジーとの関係はさほど悪くなく、同時に連載を持つ作家も珍しくありませんでした。この一迅社の存在は、純粋にGファンタジー作家の活躍の場を広げる役目を果たし、このnaked apeを初めとする成功作家を生む大きな力となったと思います。


<七海慎吾>
 こちらも女性向けの要素の強い作家として、もうひとりこの七海さんを挙げたいと思います。その連載「KAMUI」は、やはり男性の美形キャラクターの存在が目立つ作風で、特に初期の頃はかなり癖の強い少女マンガ的な絵柄だったと思います。まさに少女誌であるステンシルならではの作品ではありましたが、一方で内容も充実していて、近未来の日本を舞台にした本格SFとして十分読み応えのある作風を確立していました。

 しかし、連載の真っ最中にステンシルは休刊となり、他誌へと移籍となってしまうのですが、他の連載のほとんどがGファンタジーへと移籍する中、これだけなぜかガンガンWINGへと移籍されます。これはかなり意外な決定で、絵柄を中心に他の移籍作以上に女性向けと思われる作品なのに、Gファンタジーではなく、どちらかと言えば男性読者の多いWINGへと移籍されました。当時のWINGは、あの「まほらば」をはじめとして「ゆる萌え」と言える作風の連載がそろっていたものですから、その中でこの「KAMUI」は、やはり雑誌の中では大きく浮いていたと思います。

 しかし、内容自体は最後まで揺らぐことなく、ほどなく無事に完結まで迎えたのは僥倖でした。しかし、その後の七海さんは、随分と長い間雌伏のときを迎え、次の連載が始まったのはなんと2008年。それが、「戦國ストレイズ」という本格戦国時代もので、これが見事成功を収め、今の七海さんの代表作となっています。この時代になると、かつての「KAMUI」の時のような癖の強い絵柄は大きく軽減され、バランスのよい絵となって、男性読者でも比較的少ない抵抗で受け入れられる作風を確立したと思います。


<天乃咲耶(天乃咲哉)>
 この天乃咲耶(のちに天乃咲哉と改名)さんは、今ではスクエニを離れて他社で活動していて、そちらの方で知っている人の方が多いかもしれません。かつてのステンシルと、そこから移籍したGファンタジーでの連載は、今ではあまり知られていない名作となっています。

 読み切りデビュー作「Calling」の掲載もステンシルで、まさにステンシル生え抜きの新人と言える天野さん。そこでの初連載「現神姫」が、かつての代表作で、Gファンタジーへと移籍してからも長く続く一大長期連載となったのです。重厚な伝奇もので、この当時はまだ女性向けの要素も強いかなと思っていたのですが、反面女の子の描き方がかわいらしく、かつ胸の描き方などに異様に力が入っていたことが感じられ(笑)、もしかしてこの人は美少女でもやっていけるんじゃないかと感じていましたが、それはのちに見事に現実のものとなります。

 そう、この「現神姫」の連載終了後、一気に他社での活動が中心となり、月刊ドラゴンエイジでの連載で人気ライトノベルのコミカライズ「GOSICK -ゴシック-」を代表作に、コミックエールでの「御伽楼館」、コミック百合姫での「此花亭奇譚」と、各所で精力的に連載を行うようになるのです。かつてステンシルでのデビューからずっと追いかけてきたわたしとしては、今のこの活躍は大変うれしい。特に、「GOSICK」のコミカライズは、「作画が天乃さんでよかった」と言えるほどの出色の出来だと思っています。


<真柴真>
 ステンシル出身作家の中で、この真柴真さんはトップクラスの実力を持っていると思っています。そのステンシルで始まった作者初連載で、Gファンタジー移籍後も長く続いた「夢喰見聞」がまず秀逸の作品でした。大正時代を舞台にした暗い雰囲気のファンタジーで、不条理な夢の謎を解き明かす、謎解きミステリーのような要素も入った作品で、その数々のアイデアには何度も感心しました。絵も最初から完成されていて、暗く影のある美しいファンタジー世界をよく再現していました。

 その後、Gファンタジーでさらに「鳥籠学級」という連載を開始。異世界の学園でどこか異質な生徒たちの織り成すサイコサスペンスのような作品となっていて、こちらも影のある作風・謎で読者を惹きつける作風は健在でした。さらに最新作の「詠う!平安京」は、打って変わって平安時代を舞台に有名な歌人たちが和歌でバトルを行うコメディ調の作品になっていて、明るい作風も見せてくれています。歴史上有名な人物や和歌を、あえてくだけた解釈で見せてくれるところが面白い一作となっています。

 このように、夢喰見聞・鳥籠学級・詠う!平安京と、どれもよく出来た作品揃いで、実力は屈指のものがあると思いますし、そろそろもっとブレイクしてもいい頃だと思います。個人的にはやはり最初の「夢喰見聞」が一番好きで、その凝った仕掛けに満ちた謎解きの面白さ、これをより多くの人に知ってほしいと思っています。


<極楽院櫻子>
 この方が、かつてステンシルで連載していたことを知っている人はもう多くないでしょう。「アクエリアンエイジ オリオンの少年」という原作付きマンガで、タイトルを聞いてぴんと来た人も多いかと思いますが、ブロッコリーのトレーディングカードゲーム「アクエリアンエイジ」をコミック化した作品となっています。ただ、カードゲームのコミック化といっても、作中でカードバトルを行うようなマンガではなく、カードゲームの世界観でオリジナルキャラクターのストーリーを追うマンガになっています。主人公の女の子を5人の男性キャラクターが助けるといった設定で、このあたりはいかにも少女マンガ、もしくは乙女ゲーム的なマンガと言えますが、それでも十分読み応えのあるバトルストーリーになっていたと思います。

 とはいえ、このマンガは結局かなりのマイナーなままで終わり、さすがに成功したとは言えませんでした。本当に成功したのは、ステンシル休刊後の2005年に創刊されたヤングガンガン誌上で、あの「セキレイ」の連載を開始、こちらはアニメ化を達成するまでの大ヒット作品となるのです。こちらのマンガは、女性向けだった「オリオンの少年」とは打って変わって、女の子の裸や乳首まで露出するようなヤングガンガンならではの作品になっていて、そのあたりが実に対照的ですね。とはいえ、こちらもバトルを軸に据えつつ重厚なストーリーを見せる作風は健在でした。

 彼女は、別にステンシル出身というわけではなく、そのずっと以前より角川書店などを中心に商業誌で執筆を続けていたので、「ステンシルから巣立った」という表現は当てはまらないかもしれません。しかし、このエニックス雑誌での連載経験が、同じエニックス(スクエニ)のヤングガンガンでの成功のきっかけとなったことは間違いないと思いますし、そちらの活動も覚えておくべきだと思うのです。


<もち>
 はい、そして最後にもちさんです(笑)。ステンシル時代のデビュー連載「パパムパ」が、非常に面白いギャグマンガとなっていて、まずここで人気を博していました。それでもステンシルがマイナーな雑誌だったので、この頃はまだ知名度はさほどでもなかったと思うのですが、のちに2007年から始まった「キューティクル探偵因幡」が今度こそ大人気で、最終的にアニメ化を達成するまでになったのは言うまでもありません。

 ステンシルが2003年に休刊してから、因幡が始まる2007年までにちょっとブランクがありましたが、その間に「ちょめ」という短期連載をやっていたりもします。また、これは因幡連載開始後になりあますが、新創刊された「ガンガン戦-IXA-」で、「烈! 松下村塾〜やむにやまれぬ見島牛〜」という、幕末を舞台にした怪作ギャグマンガを残しています(笑)。今ではガンガン戦は実質休刊状態となっていますが、またいつかこちらも描いてくれないかと思っています。また、これは他社ですが、かつての「パパムパ」の動物ギャグのコンセプトを受け継ぐ「ケモノキングダムZOO」という連載もありました。

 それと、「パパムパ」と「キューティクル探偵因幡」を比較した場合、「パパムパ」の方をより評価しています。こちらは、かわいい動物たちが多数登場する「動物ギャグ」というコンセプトが面白く、さらにはこちらの方が男性女性問わず読める作品になっていたと思います。因幡のアニメ化に合わせて、こちらのコミックスも新装版が出てありがたい限りですが、出来ればこの「パパムパ」の方も是非アニメ化してほしいなと思っています!


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