<ガンガンの月2回刊化は迷走なのか>

2010・2・12

 かつて、1996年から1998年にかけて、月刊少年ガンガンが月2回刊行だった時代がありました。確か、第2・第4金曜日発売で、奇しくも今のヤングガンガンとほぼ同じ形態となっていました(こちらは第1・第3金曜日発売)。
 具体的には、1996年の3月をもって月2回刊行に移行し、約2年後の1998年2月をもって再び月刊に戻っています。2年という比較的短い期間で月刊に戻ってしまい、不成功に終わったと考えられること、この時期に雑多な連載が次々に登場したこと、連載に多少の乱れが生じたこと(後述)などから、この時期のガンガンをもって「迷走」したとすることが多いようです。確かに、月刊のしかも少年誌が月2回という形態を取ることは稀であり、そんな珍しい形態をあえてとってしかも不成功、失敗して短い期間で元に戻ったとなれば、「迷走」と言われても仕方ないところがあるかもしれません。

 しかし、わたしとしては、この時期のガンガンを「迷走」として捉えるのには疑念を持っています。確かにこの形態での発行は、最終的には不成功に終わりましたが、その間の雑誌の質は、必ずしも悪いとは言えず、のちのガンガンにつながる良作を数多く輩出することになりました。再月刊後の1998〜2001年の中期ガンガンの基礎が形作られたのが、この時期だったと見て間違いないでしょう。その上、この時期のガンガンは、様々な点で盛り上がりを見せており、読者の方も決して悪い反応ばかりではありませんでした。ここでは、そんな月2回刊行時代のガンガンを、今一度振り返ってみたいと思います。


・調子を落としての迷走ではなく、好調を博した上での決定。
 まず、この月2回刊行の決定を「迷走」とするのに疑念を持つ最大の理由は、その直前のガンガン、具体的には1994〜1995年ごろのガンガンは、非常に高い人気を博しており、決して調子が悪いわけではなかったことです。むしろ、非常に好調だったと言ってよい。「魔法陣グルグル」のアニメが大人気を博し、「ロトの紋章」や「ハーメルンのバイオリン弾き」「Z MAN」「突撃!パッパラ隊」などの創刊時代からの長期連載も安定した人気を博し、さらに95年には「浪漫倶楽部」や「CHOCO・ビースト!!」などの優れた新人による新連載も登場し、さらにラインナップは充実しています。この時期のガンガンの部数は、40万部〜50万部と、これまでのガンガンの全歴史の中でもトップクラスの部数を獲得しています。この時期のガンガンをもって「全盛期」「本当に面白かった」という古参の読者も多数見かけますし、その認識は決して間違いではないでしょう。

 そして、そんな全盛期において、この月2回刊化に踏み切っています。これを見る限り、「雑誌が低迷していたから、その打開策として月2回刊という新たな試みを行った」わけではないことは明白です。むしろ、好調だったからこそ、雑誌の発刊ペースを速めて、さらに雑誌を盛り上げようとしたのではないかと考えられます。月2回刊行化直前には、「ロトの紋章」の人気が盛り上がりが頂点に達しつつあり、コミックスの部数も非常に高い数字を出しており、知名度も相当高かったようですし、さらには「ロトの紋章」「グルグル」「ハーメルン」の3つを合わせての劇場映画化も決定しており、そんな幾多の話題性の高まりもあって、「今なら勢いに乗って月2回刊でもいける」と判断したのではないでしょうか。

 つまり、この月2回刊行決定は、今から見れば「迷走」とも言えるかもしれませんが、決して「低迷した上での迷走」というわけではなく、あえて言えば「調子に乗りすぎた上での迷走」だと言えるものです。このことはしっかりと把握しておく必要があるでしょう。


・月2回刊時代も、決して悪くない成果を挙げている。
 そして、そんな風に調子を上げた上での月2回刊行化だったわけですが、その後も決して調子が悪かったわけではありません。むしろ、コンスタントに成果を挙げています。

 この時期の新連載で目立ったものを上げてみると、まず96年の月2回刊化して間もない頃の「まもって守護月天!」「GOGO!ぷりん帝国」、さらには「刻の大地」。後期の97年には「ジャングルはいつもハレのちグゥ」「アークザラッドII〜炎のエルク〜」「PON!とキマイラ」「里見☆八犬伝」「東京アンダーグラウンド」「ドラゴンクエスト 幻の大地」など。これらは、いずれも人気を得て長期連載化し、のちのガンガンの中核となる人気作品群となります。
 これらの作品は、いまだにかなり知名度の高い有名なマンガですが、これ以外にも当時はかなり人気を得た作品がいくつもありました。「護衛神エイト」「幕末風来伝 斬郎汰」「幻想世界魔法列伝WIZバスター」など。「悪魔狩り」の最初の編も、この時期に半年ほどガンガンで掲載されています。それ以外にも、決して評判の悪くなかった作品がいくつもありました。

 また、この時期には、上述した「ロトの紋章」「グルグル」「ハーメルン」の3つを合わせての劇場映画化をはじめ、「ツインシグナル」のOVA化や、コミックの小説化やCD化など、現在のスクエニが行っているメディアミックスの原点とも言える企画が次々と出てきています。以後に続くメディアミックスの基礎が作られた時代だと見てよいでしょう。あるいは、「ラジオ・ガンガン」という、ガンガンのラジオが放送されたのも画期的でした。ガンガンの連載作家たちをたくさんゲストに呼ぶなど、読者人気も高かったと記憶しています。

 このような幾多の成果を踏まえれば、決してこの時代が悪いとは言い切れません。また、月2回刊だけあって、連載ペース、コミックスの発刊ペースが速かったのも魅力的でした。これならば、むしろまったく問題なかったと言えます。


・個々の作品の成果とは別に、幾多の要因が絡んで不成功を余儀なくされた。
 しかし、作品の成果こそあれ、月2回刊行に絡む幾多の不安定要因や、あるいは不運も重なって、最終的に不成功となり、月刊に戻らざるを得なくなってしまいます。

 まず、大きな問題として挙げられるのが、連載ペースの高速化によって起こった一部作品のクオリティ低下でしょう。月2回という速い連載ペースによる月産ページ数の増加に、一部の作家がついていけなくなり、大きなクオリティの低下が見られる作品が出始めたのです。特に「ハーメルンのバイオリン弾き」の渡辺道明と、「刻の大地」の夜麻みゆきのふたりが深刻で、作画面を中心に大きな質の低下を余儀なくされます。それ以外の作品でも不安定な連載に陥ることが多く、ならば月刊に戻して安定した毎回の掲載を確保しようと考えたのではないでしょうか。

 さらには、97年初頭の「ロトの紋章」の終了による部数の低下も大きかったと思われます。この連載末期の「ロトの紋章」は、非常な盛り上がりを呈し、月2回刊化と毎号の掲載ページ数の増大によって、コミックスの刊行ペースも大いに速まり、飛躍的な売り上げ部数を達成していました(96年度の全コミックス売り上げで3位を記録)。そのために、この時期までは雑誌のガンガンを買って追い掛ける読者も多かったのです。それが、「ロトの紋章」の終了によって一気に雑誌部数は激減し、98年の月2回刊末期の頃は、17万部程度まで落ち込んでしまったようです。94〜95年ごろが40、50万部を達成していたわけですから、3分の1に近い落ち込みです。これでは、さすがに月刊に戻しての態勢を立て直しを余儀なくされたのではないか。

 また、この時期の部数の落ち込みには、「月2回という速い発刊ペースに読者がついていけなくなった」という理由も大きいのではないかと思われます。当時のガンガンは、今と比べてもまだ低年齢の読者が多く、特に小中学生層においては、月に2回発売される雑誌や、それに伴って高速化した刊行ペースのコミックスを、買うお金を捻出することが難しくなったのではないか。雑誌の刊行形態と、読者層の実態の間に、微妙な食い違いが出来てしまったのではないか。

 このように、個々の作品では成功作が多数出ているにもかかわらず、それ以上に大きな理由によって、雑誌自体は逆に落ち込むようになり、月2回刊行形態は頓挫するようになったのではないか。ここで言いたいのは、「マンガのラインナップ自体は決して悪くなく、むしろ成果を残している」「それ以外の要因によって雑誌が落ち込んだ」ということ。「迷走」という言葉からは、連載マンガ自体も面白くなくなってクオリティが下がってしまったと取られがちですが、決してそうではないと言いたいのです。


・今のスクエニでは近い規模の雑誌がいくつも見られる。
 とはいえ、当時のガンガンの月2回刊行という試みを今考えると、確かに「迷走」と表現するほど不可解な試みにも思えます。エニックスのようなマイナーな出版社が、人気が出てきたとはいえまだまだメジャー誌に比べればずっと規模の小さい新興の雑誌を、ちょっと調子がいいからと言って、普通の少年誌ならまず採らないような月2回刊行という形態にしてしまった。果たして、そんな誰が見ても不可解な試みが成功すると思っているのか、普通ならばそんなことはやらないだろう、これは明らかに「迷走」だ、と考える読者がいても、それはむしろ自然だと言えます。まだ雑誌を創刊して5年程度しか経っていない新興の出版社のやることにしては、大胆すぎる、あるいは無謀とすら言えたかもしれません。

 しかし、今のスクエニの雑誌を見渡してみると、当時はそんな風に思えた雑誌の形態を、すでに当たり前に採っていることが分かります。
 まず、当のガンガンなのですが、98年に再月刊化したのち、その雑誌の厚さ、ページ数の多さが最大の特徴となります。当初はそれでも800ページ程度でしたが、それから10年以上が経過した今では、さらに規模が拡大し、最大で1100ページというページ数を記録することも珍しくなくなりました。これは、月2回刊時代の1冊500〜600ページのほぼ2倍の規模となります。これならば、月刊でかつての月2回刊と同じページ数を確保していることになります。

 さらには、このガンガンすら超える規模の雑誌として、ガンガンONLINEがあります。2008年10月に創刊されたこのウェブ雑誌は、わずか数ヶ月のうちに一気に連載本数が増加し、圧倒的な更新量を誇るようになりました。それは、月産にして約1500ページという量であり、マンガに加えて小説やイラストまで掲載されるというコンテンツの幅広さも見せています。マンガにおいても良作・意欲作が数多く見られるようになっており、成功したと見てよいでしょう

 そして、もっとこの月2回刊時代のガンガンに似た存在として、2004年末に創刊された青年誌・ヤングガンガンがあります。この雑誌、月2回刊行で金曜日発売という点で、月2回ガンガンと共通しており、あるいは連載マンガ自体も「かつての初期の頃のガンガンを思わせる」と古参の読者に評価されており、様々な点でかつてのガンガンと似たところを感じます。しかも、このヤングガンガン、今のスクエニ全雑誌の中でも突出した成果を挙げており、連載作品に良作が本当に多く、次々にアニメ化されるという状態がずっと続いています。このヤングガンガンの成功ぶりを見るに、この「月2回刊行」という形態自体が、必ずしも間違っているわけではないと感じます。

 このように、今のスクエニでは、かつての月2回刊行時代に匹敵する規模の雑誌が、むしろ当たり前のように存在する時代となっており、しかもいくつも成功しているところを見ると、必ずしもかつての試み自体が間違っていたわけではないことが分かります。特に、ヤングガンガンについては、かつての月2回刊行時代のガンガンとよく似ており、それが最も大きい成功を収めているのです。


・ヤングガンガンの成功理由を見る。
 とはいえ、今のヤングガンガンとかつての月2回刊ガンガンでは、異なるところも多く、それがヤングガンガンの成功の理由ともなっているような気がします。かつてのガンガンでは不成功に終わったのに、ヤングガンガンはなぜ成功しているのか。

 まず、連載ペースを調整することで、作品のクオリティの低下を防いでいることが挙げられます。ヤングガンガンでは、ローテーションを組んで定期的に作品を休載させる方針となっており、たとえ人気のあるマンガでも、ほとんどが数号に1回のペースで休載を採るようになっています。「咲 -saki-」のように、さらに大目の休載を取る連載や、月1回(月イチ)の連載もあります。さらには、「FRONT MISSION DOG LIFE & DOG STYLE」のように、新章に入る前にたっぷりと準備期間を取ってから連載を再開するようなマンガもあります。このような連載ペースの調整によって、かつてのガンガンのように作画の質が極端に落ちるようなことはほとんど見られず、個々の作品のクオリティ低下を防いでいると考えられます。
 さらにもうひとつ、クオリティの低下を防ぐ方策として、原作者と作画担当者の分業制のマンガが目立ちます。実力のある原作者と作画担当者を組み合わせて良作を生み出す企画が、ヤングガンガンの最大の特長ともなっていますが、加えて、分業制の制作で個々の作者の負担を軽減する効果もあるのではないかと思われます。これも巧みな方針と言えるのではないでしょうか。

 さらには、ヤングガンガンが「青年誌」であることも長所として働いているようです。かつての月2回刊のガンガンでは、まだ読者層が低年齢だったこともあって、早い刊行ペースに読者の資金の都合が合いませんでした。しかし、青年誌ならば、読者層はおしなべて高年齢で、至近に余裕のある大学生や社会人の読者も多い。多少刊行ペースが速まっても、雑誌やコミックスを買う程度の小遣いならば確保できる人が多いのではないか。これも、ヤングガンガンが成功した大きな要因でしょう。青年誌の方が、月2回というペースに読者の都合が合っています。

 そしてもうひとつ。かつてのガンガンは「ロトの紋章」の終了で苦境に陥ったわけですが、ヤングガンガンは、創刊当時からその「ロトの紋章」の続編の連載を打ち出すことで、古参の読者の目を引く事に成功しています。これもまたかつてのガンガンとは対照的な成功要因ではないでしょうか。


・ガンガンの月2回刊は早すぎた失敗とも言えるもので、その試み・内容共に悪くなかった。
 このように、月2回刊行時代のガンガンに非常に近い形態を持つ、ヤングガンガンがほぼ完全な成功を収めており、それ以外にも当時のガンガンと同程度かそれ以上の規模を持つ雑誌が、今のスクエニでは当たり前に存在しています。これを見れば、かつてのガンガンの月2回刊行という試み自体が、必ずしも常識はずれで無謀なものではないことは確かだと思います。今のスクエニのような、安定した規模を誇る体力のある出版社ならば、この程度の試みは十分可能である。ある意味、かつてのガンガンは、まだ出版社が小さかった頃に行って不成功に終わった、「早すぎる失敗」だったと言えます。

 しかも、そのガンガンの月2回刊行自体も、必ずしも失敗だったとは言えません。のちのガンガンの中核となる人気連載の多くが、この時代に生まれていますし、それ以外にも良作は多かったのです。雑誌の連載自体に対する読者の人気・評価は、むしろ高かったように思います。連載自体は評価されている状態だけど、雑誌の月2回刊行という形態が、作者の制作ペースや読者層の実態との兼ね合いでうまくいかず、それが不成功の要因となったのです。

 それに、月2回刊行時代のガンガンが、すべての読者に敬遠されていたわけではありません。確かに、金銭的な面から雑誌についていけなくなった読者も多かったのは事実ですが、一方でこの当時のガンガンを楽しんで読んでおり、月2回から月刊に戻る時に残念がっていた読者による掲示板の書き込みを、当時見たことがあります。「まもって守護月天!」や「刻の大地」!」、「GOGO!ぷりん帝国」「ジャングルはいつもハレのちグゥ」「PON!とキマイラ」などの新連載が、連載開始当初から高い人気を確保していたことを考えても、熱心な読者は多かったはずなのです。それなのに、そういった成果を軽視する形で、迷走と表現するのはふさわしいとは言えない。むしろ、のちの時代へとつながる良作を数多く打ち出し、熱心な読者も多かったこの当時のガンガンを、もっと積極的に評価してもいいのではないでしょうか。


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