<連載中の絵柄の変遷を見る> ──「東京アンダーグラウンド」──

2007・4・10

 さて、「作品紹介」でも述べましたが、この「東京アンダーグラウンド」、中期以降幾度となく絵柄が変わっていきます。ここでは、具体的にどのような変化が起こっていったのか、最初から順を追って逐一見ていこうと思います。


・連載開始〜絶頂期まで(コミックス1巻〜5巻前半)。
 まず、連載序盤のうちは、とにかく絵柄が安定していました。作者の有楽さんは、この作品が連載デビューの新人でしたが、「新人だがとにかく絵がきれい」という評価が、当初から広く見られました。
 絵柄的には、さほど独創的なものではなく、割と平均的で、少年誌ではよく見られる絵柄だとは思いますが、それ以上に細部の仕上がりが綺麗で、特にキャラクターの描き方にはひどく魅力的なものがあり、これが序盤から高い人気を得る大きな要因のひとつとなりました。

 具体的には、キャラクターの顔、特に髪の描き方が丁寧で、描線が細かく整っている印象があり、かつ余計な描き込みがないシンプルさも、さっぱりとして読みやすく好印象でした。まだ新人らしく、突出して絵のレベルが高いわけでもなく、特に連載最序盤ではまだ拙いところも散見されたのですが、それ以上にとにかく綺麗で丁寧な作画が目に付く作品であり、見た目の第一印象は非常に良好でした。

 そして、最初のうちはまだ拙かった作画も、しばらく連載を続けるうちに次第に改善され、まもなく絵のうまさは頂点に達します。キャラクターだけでなく、動きのある戦闘シーンの作画も一気にレベルが上昇し、特に最盛期とも言えるコミックス4巻の3連続の戦闘シーンは、圧倒的に素晴らしいものがありました。この安定した絵のレベルは、コミックス5巻中盤までは続きます。


・5巻中期〜6巻。
 しかし、これがコミックス5巻の中盤に差し掛かったあたりから、次第に作画クオリティが下がり始めます。まず、あれだけ細かく丁寧だった描線が、次第に粗雑で線の少ないものになっていき、少しずつ作画が落ちてきたなと感じるようになります。そして、キャラクターの顔の描き方に顕著な変化が見られるようになります。それは「顔の頬の部分に線やベタが入るようになった」ということ。これは、作者なりの作画の工夫かもしれず、作者の成長を表したものなのかもしれませんが、実はこれがまったくの逆効果にしかなりませんでした。

 初期のアンダーグラウンドでは、このような作画は一切なく、キャラクターの顔には何の描き込みもない、非常にシンプルな作画でした。そして、それが非常に好印象であり、余計な描き込みのない綺麗なキャラクター作画を達成していました。ところが、これ以降、このような「余計な」顔の描き込みが頻繁に見られるようになり、大いにキャラクターの魅力が損なわれてしまいました。
 このような顔の描き込みは、それが高度で精緻なものならば、より高い作画レベルで深みのあるキャラクターの表情を表現できたかもしれません。しかし、このマンガのそれは、単に「汚い」と感じる粗雑な線が見られるだけの演出に終始してしまい、逆に作画の魅力が失われてしまったのです。


・6巻中期〜7巻。
 そして、コミックスの6巻の中盤あたりから、今度はさらに微妙な変化が起こるようになります。
 これもキャラクターの作画なのですが、今度は明らかに「絵柄そのもの」が変わってしまいます。これまでの変化は、単に作画の質が低下しただけで、絵柄そのものの変化は少なかったので、まだ良かったのです。しかし、今回の変化は全くいただけない。
 具体的には、なんというかキャラクターの描線がひどく少なくなり、これまでの作画が持っていたシャープさが大幅に消えてしまい、妙にかわいらしい絵柄になってしまいます。一見して萌え系の絵柄に近いところがあり、それも、当時の赤松健の人気マンガだった「ラブひな」に似てしまったともっぱらの評判でした。これまでとは明らかにイメージの異なる作画で、なぜこのような変化が起こってしまったのか全く分かりません。

 この変化は、コミックスの6巻中盤で突然のごとく起こったもので、これまでのように少しずつ変わっていったというものではありません。そのため、読者にとってはあまりにも違和感がひどく、これで随分と作品の評判が落ちたところがあります。
 ただし、この変化は、7巻に入ったあたりから一旦持ち直し、相変わらず作画の質は荒れ気味で安定しないものの、絵柄については何とか初期と同じ描き方を保持します。これで「何とか立ち直ってくれるかな」と思ってかなり期待していたのですが、しかし次の8巻で一気に崩壊してしまうのです。


・8巻。
 この「コミックス8巻」こそが、「東京アンダーグラウンド」最大の分かれ目だと言ってもよいでしょう。作画レベルが完全に崩壊し、しかも7巻以前とは全く異なる絵柄となってしまい、もう同じマンガとすら思えないほどの有り様になってしまいます。これ以降、最後の最後まで作画レベルが持ち直すことはありませんでした。

 特にこの8巻の絵はひどい。キャラクターの顔の描き方が異様なものとなり、キャラの「鼻」の部分を黒いベタのような描写で表現するようになったのですが、これが違和感全開でした。何か、「汚い黒い墨」が顔の真ん中についているような感じで、これでキャラクターの魅力は完全に失われてしまいます。なぜこのような作画になったのか、さっぱり分かりません。このころの絵の変化は、作者が自分の絵を模索するという意味もあったのだと思いますが、この作画に関しては、もうそれ以前の問題だと言えるでしょう。誰が見てもおかしいとはっきりと分かるような絵柄で、さすがにあまりにも評判が悪かったのか、わずか数回でこの作画は取りやめになってしまいます。

 キャラクターの顔だけではありません。全体的な作画レベルも一気に低下します。特に戦闘シーンの作画がひどく、誰が見てもひどいと分かるほどの粗悪なレベルにまで達してしまいます。これほど低い作画レベルは、この時期にしかみられません。8巻では表紙にも作画レベルの違いが明確に表れており、前後の巻と比較してここのみが突出して違和感が目立つものになっています。


・9巻〜11巻。
 この時期は、ようやく作画は長期に渡ってそれなりに安定します。しかし、それでも序盤ほどの緻密さには明らかに欠けており、大幅に劣っている点は変わりありません。そして、やはりこの時期にも絵柄が大きく変化しています。これには、作者個人の絵の模索という理由だけでなく、雑誌側の都合にも理由があると思われます。
 この9巻は、あの「エニックスお家騒動」が勃発した直後の連載にあたります。この騒動のために、この作品も8巻収録時点で一旦連載が中断し(第一部終了扱い)、その後第二部として再開された直後の連載が、この9巻に収録されています。

 そして、このお家騒動後のガンガンは、大きく路線を変更し、いわば「低年齢向けの少年マンガ路線」を強くします。そして、この作品もその影響を受けざるを得なかったのか、より少年マンガ的な、骨太で力強さを強調した作画になってしまいます。このこと自体は決して悪いとは言い切れませんし、これはこれでひとつの絵柄としては完成しています。しかし、初期の繊細で綺麗な作画が完全に失われたことも確かで、もう初期のころとはまったくイメージの異なるマンガになってしまった感があります。作画レベルは、あの8巻に比べれば大幅に持ち直し、一定のクオリティは維持しますが、それでも全体的にかなり粗雑な作画に終始したことは否めず、かつありがちな少年マンガ的な作画になってしまい、元々の作品が持っていたオリジナリティはなくなってしまいました。

 もっとも、それでもこの当時は、前後の時期に比べれば比較的ましな作画と言え、中期以降のこの作品の中では、それなりに読める数少ない時期になっています。これは評価できるかもしれません。


・12巻〜14巻(ラストまで)。
 そして、12巻以降は、基本的には9巻以降の少年マンガ的な作画を踏襲していますが、再び作画レベルが安定しなくなってきた印象があり、大雑把で魅力に乏しい作画が目立つようになります。これは、14巻で最終回を迎えるまで続いてしまい、そのためにこの作品のラスト間際の内容は、あまり印象がよくありません。特に、戦闘シーンなどはかなり粗雑で、勢いに任せたシーンが多く、戦闘描写でどうしても見劣りしてしまいます。ただ、場面場面でいいと思える作画の部分も見られるため、やはり作画の質が安定していないと言えます。いい部分もあるが、それ以上に安定感に欠ける状態で最後まで行ってしまいました。

 ただ、この時期の絵柄については、作者の長い間の模索がようやくある程度の形になったのか、より大人びた印象のキャラクターが見られるようになります。これは作者の成長とも言え、確かに初期の頃に比べれば、「絵の成熟度」という点ではこちらの方が上かもしれません。しかし、この「東京アンダーグラウンド」の場合、初期のころの、まだ作者が新人だったころのシンプルな絵柄の方が、どうにも魅力的に思えてならないのです。それが最後まで失われ、結局復活できなかったのは、個人的にはあまりにも寂しいものでありました。


・まとめとその後の経緯。
 上記のとおり、この「東京アンダーグラウンド」、初期の頃の絵柄のみが最も魅力的であり、中盤以降は、ある程度の安定した時期こそあったものの、総じて作画レベルが低下し、絵柄も極端に変化し続けてしまいました。後期の絵でもそれなりに見られる時もありますが、それでも初期の頃のシンプルな魅力溢れる絵に敵うものではなく、これで作品の魅力は大幅に失われてしまい、そのまま最終回を迎えてしまいました。

 そして、連載中にここまで変化し続けた絵柄は、連載後もやはり変化し続けており、のちの作者の作品である「鬼切様の箱入娘」では、「東京アンダーグラウンド」後期の絵の方向性を、さらに強く押し進めたような絵柄になり、総じてひどく大人びた絵柄となっています。これはこれで確かにひとつの絵としては完成しているのですが、それでもかつてほどの魅力には乏しく、かつ作画も描き込みがすぎて読みづらかったり、ベタが間に合わずに白い絵のままだったりと安定せず、決して手放しで褒められる出来にはなっていません。

 そして、ここまで絵柄が変化してしまった今、もはやかつての初期の「東京アンダーグラウンド」の、あの素晴らしい作画とキャラクターは、もう二度とは復活しないでしょう。今では、初期の頃のコミックスを見て、ひどく懐かしく思うほどです。もうあの絵とキャラクターには会うことは出来ないと思わずにはいられず、これにはひどく寂しいものを感じてしまいました。


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