<東京アンダーグラウンドにパクリはあるのか> ──「東京アンダーグラウンド」──

2007・5・4
一部修正2007・6・12

 この「東京アンダーグラウンド」というマンガにおいて、最初期からよく言われている問題として、「パクリ要素の存在」があります。他のマンガの要素(特にキャラクター)を思わせるような箇所が頻繁に見られ、それがかなり露骨なことも多かったことから、多くの読者に何度も指摘されてきました。

 とはいえ、そもそも「パクリ」と言われるものが、作品にとってそれほど重要な問題であるかは疑問です。他から大きく影響を受けた作品などいくらでもありますし、一部の要素、例えばキャラクターなどがかなり露骨に模倣していると見られる場合でも、作品全体の共通性が薄ければ、さほど問題ではありません。一部の要素に似たところがあったからといって、それがそこまで糾弾されるものだとは思えないのです。
 この、マンガにおける「パクリ」の問題は、主にインターネット普及後に、急速に語られるようになりました。中にはかなり激しく問題視されたものも数多くありますが、実際にはそれらが現実に法的な問題となったケースはほとんどなく、作品の面白さとも関係ないことが非常に多いと思われます。ネット上で「パクリ」だと批判される作品のほとんどは、現実には思ったほど大した問題にはなっていません。

 しかし、そんな問題は別にして、あえて「この『東京アンダーグラウンド』にパクリはあるか?」と質問されれば、わたしとしては、「そりゃあ、あるだろう」と答えざるを得ません(笑)。確かに、このマンガには、いわゆる「パクリ」と言われるような、露骨に他のマンガから採り入れたような類似要素が散見され、読者の間で話題になることも珍しくありませんでした。ここでは、この「東京アンダーグラウンド」に見られた、代表的なパクリ要素(類似要素)を紹介してみたいと思います。


・「いや・・・ツォンやろ」
 まず、連載の最序盤から真っ先に指摘された類似点として、何といっても「ファイナルファンタジー7(FF7)」的な要素が挙げられます。わたし自身も、最初の数話を読んだ時点で、「何かFF7みたいな設定のマンガだな」と思ってしまいましたし、そう思った人は他にも多数いたことでしょう。

 まず、基本的な設定がFF7のそれに酷似しています。このマンガは、東京の地下世界を舞台にした能力バトルものですが、その世界を支配しているのが「公司(カンパニー)」と呼ばれる巨大な会社組織です。主人公たちの倒すべき敵でもあるこの巨大企業、これがどうみてもFF7に登場する巨大企業「神羅カンパニー」をモデルにしたと思われるところがあります。「東京アンダーグラウンド」の公司(カンパニー)は、地下世界の電力供給を一手に独占することで、地下世界全体を支配している組織なのですが、これは、FF7の神羅カンパニーの方も、実質的には全く同じことを行う組織であり、両者はほとんど同じ設定なのです。しかも、公司(カンパニー)は、配下に多数の兵士組織を抱えているのですが(師兵、陰兵などと呼ばれる)、これもFF7の「ソルジャー」を露骨に思い出してしまう設定です。
 もっとも、このような「何らかのエネルギーを支配する巨大組織」という設定は、これ以外の作品(特にSF系作品)でもたくさん見られるため、それだけなら「パクリ」とまでは言えないはずです。が、このマンガの場合、作中のビジュアル的なイメージが、元ネタと思われるゲームとかなり似通っているため、どうしてもそれを連想せずにはいられないのです。

 そのビジュアル的なイメージの最たるものが、なんといってもキャラクターでしょう。どう見てもFF7っぽいキャラクターが複数登場しているため、元ネタからの露骨な影響を連想せずにはおられません。
 かつて、このマンガの連載初期に、作者である有楽彰展さんの友人が手がけるファンサイトがありました。作者の個人的な友人が手がけるだけあって、作者自らのイラストが掲載されたり、頻繁に作者個人のコメントが載ったりしていたのですが、その中で、管理人である作者の友人が、作者自身に対して読者からの質問を向けるコーナーがありました。そこでの質問で、「キャラクターには何か参考にした元ネタとなるキャラクターがいますか」という、まさにパクリ要素を指摘する質問があったのですが(笑)、その答えからも、直接の影響を認める発言をしています。

 まず、作中のヒロインで最大の人気キャラクターだったチェルシーについてですが、これは作者が「モデルはティファです」と断言しています。作者自身の発言ですので、間違いありません。この回答ひとつ見ても、FF7からの直接的な影響が窺えます。
 しかし、チェルシーとティファに関しては、作者自身はモデルと言っているものの、実際のイメージはかなり異なるところもあり、必ずしも「パクリ」とまで言えるほど類似しているとは思えません。髪の色が全く異なるのも、印象が異なる大きな要因でしょうか。

 むしろ、より強くビジュアル的な影響を受けていると思われるのが、公司の幹部である白龍(パイロン)です。これに関しても、読者から質問が寄せられていて、しかも「これはツォンですか?」という直接的な内容の質問でした(笑)。それに対して、作者の有楽さんは、「いや、他にも元ネタと言えるものは色々あって、必ずしもそうではない」とかまるでお茶を濁すような返答を行ったのですが、それに対して管理人の友人が「いや・・・(どう見ても)ツォンやろ」と激しくツッコんでいました。この会話を見るだけでも、もはやこの作品が露骨にFF7から影響を受けていることは、誰の目にも一目瞭然だったと思われるのです。

 以上のように、この「東京アンダーグラウンド」、基本的な設定や主要キャラクターからして、特定の作品に強く影響を受けていることは明白であり、連載最初期からそのことは大いに話題にのぼっていたのです。


・「こ、この構図は・・・!?」
 そして、さらに面白い話題は続きます。連載もそろそろ中期に差し掛かった頃でしたが、当時の「東京アンダーグラウンド」はまさに絶頂期で、コミックス4巻に収録されている三大バトルシーン(チェルシーVSシャルマ、留美奈VSテイル、シエルVS白龍)で大いに盛り上がっていたのですが、まさにその真っ最中に事件が起こりました。とにかく作品が盛り上がって熱心なファンがたくさんいた当時の話ですから、これはあまりにも大きな話題になりました。

 具体的には、この白熱バトルの真っ最中の第20話、一旦バトルに区切りがついた時点で、新キャラクターが2名登場するのですが、このキャラクターが大問題でした。具体的には、作品のヒロインであるチェルシーの私設ファンクラブのメンバーという設定で、「ジルハーツ・ミセット」と「エミリア・ルナリーフ」という二人組の少女が登場します。で、このふたりが、他社の人気マンガだった「トライガン」に登場する、ある二人組のキャラクターと、外見が非常に似ていたのです。
 いや、単に外見が酷似していただけではありません。この二人組が初登場する第20話では、扉のイラストにもこの二人組が描かれているのですが、そのイラストの「構図」が、元ネタと思われるマンガにある構図とそっくりだったのです。あまりにも似すぎていたため、この絵を見た読者から、「こ、この構図は・・・!?」と自分の目を疑うかのような驚きに満ちた発言が、ネットの各所であまりにも多数見られました。前述の、有楽さんの友人が手がけるサイトの掲示板にも、このことを指摘する書き込みが相次ぎました。

 しかし、このだけ元ネタを強く思わせる絵柄だったにもかかわらず、これで作品が批判されることは、さほどありませんでした。当時は、連載自体が最盛期で、そもそも内容自体 が圧倒的に面白かったため、少々のことを問題視するような風潮は見られなかったのです。また、露骨に影響を受けているとはいえ、有楽さんの絵そのものは綺麗で見栄えがするものだったのも、問題視されなかった大きな要因です。
 それどころか、連載序盤のうちから、このようなパクリ的な要素が多数見られ、多くの読者がそのことを知っていたため、今一度そのような描写が現れても、「この作品ならよくあること」と思って、ほとんどの読者が許容していたのです。むしろ、このようなパクリ要素を積極的に見つけて、自分から楽しむような読者までたくさんいました。そのため、このような露骨に似たシーンを見つけても、「これはまた面白いパクリの笑える絵だな」と思って、肯定的に楽しむ読者の方が多かったのです。


・これはもはや面白いとは言えない。
 さて、その後も色々と話題には事欠かなかった「東京アンダーグラウンド」ですが、しばらくして、マンガそのものの質が、作画を中心にひどく落ち込むようになり、状況は一変します。これまでは、作品自体が圧倒的に面白かったがために、パクリ的な要素があっても、さほど問題にはなりませんでした。その時期のパクリ要素は、確かに他作品の露骨な影響こそ感じられるものの、それ自体はかなり好感度の高いものでした。前述の「トライガン事件」などは、元ネタから直接構図まで引っ張ってくるという、作者の遊び心まで感じられるもので、むしろ楽しんで見ることができたのです。しかし、これ以降、作品の勢いが落ちていくにつれて、パクリ要素にも安易なものが感じられるようになり、そちらでも評価出来なくなるのです。

 その最たるものが、後半になってから活躍が目立つようになる、高麗(コウリン)というキャラクターです。このキャラクターは、小さな子供のキャラクターで、しかもヨーヨーをメイン武器として使っていることから、幽遊白書の某キャラクターとの類似性が、批判的な論調で指摘されました。後半の類似要素の中でも、このことの指摘が最も多かったように思います。しかもこの時期、本編のストーリーが、「キリング・フィールド」という、幽遊白書の暗黒舞闘会を思わせるようなチーム戦形式のバトルトーナメントに入ったことが、この類似点が指摘される最大の要因となりました。

 もっとも、実際には、単にヨーヨーを使っていることがまあ共通点と言える程度で、キャラクターの見た目もかなり異なります。それでも、かなり批判的に指摘されるようになったのには、やはり本編の内容が面白くなくなったことが原因だと思われます。作画のレベルがかなり落ちて平凡な印象のマンガになり、ストーリーも往時の勢いがなくなり、「チーム戦のバトルトーナメント」のような、他の少年マンガでは多数見られるような展開まで見られるようになったことで、もはや作品自体が評価できなくなり、本来ならば問題にならないような、比較的小さな類似点までも見逃せなくなってしまったのです。


・真剣に作品創りを行っていれば、道義的にも問題ない。
 さて、このような「パクリ要素」は、基本的に悪しきものとして批判されるのが常で、インターネットの普及以来、ネット上でマンガのパクリ要素を指摘する人が相次いでいます。しかし、個人的には、このようなパクリ要素が、そこまで悪いとは思いません。

 このような問題には、法的な問題と道義的な問題があります。
 まず、法的に問題になるほどの、意図的な盗作はさすがに問題ですが、一般に「パクリ」と呼ばれるマンガ作品に、そこまでの悪質なレベルのものはほとんど見られません(この「東京アンダーグラウンド」もそれに該当します)。となると、あとは、「道義的に見て、このような安直な作品創りを行ってよいのか」という問題に集約されると思います。
 しかし、これもさほど問題ないケースが多いのです。そもそも、「パクリ」という言葉自体が必要以上に悪いイメージを与えています。しかし、他作品に影響を受け、そこから色々な要素を採り入れることは、決して悪いとは思えません。作者が真剣に作品創りに取り組んだ上で、そのひとつの結果として他作品から何らかの要素を取り込み、そして読者や(ネタ元となった作者)の側でも、その面白さが認められれば、道義的にも問題ないと考えます。

 その点では、前期の面白かった時代の「東京アンダーグラウンド」は、他作品から露骨に影響を受けた箇所はたくさん見られましたが、しかし、そんなことはまったく問題にならないほど面白かったのです。むしろ、そのようなパクリ要素が、一種の「ネタ」として、積極的に読者に楽しまれていた傾向すらありました。また、この当時の「パクリ」要素は、厳密には、「パクリ」などと悪意を込めて呼ばれるような悪質なものではなく、むしろ「パロディ」や「オマージュ」に近いものがあったことも、留意すべき点です。前述の、作者の友人サイトでの質問と回答や、トライガン事件の盛り上がりぶりを見ても、そのことは良く分かります。

 その一方で、後期の「東京アンダーグラウンド」は、作品自体が面白くなくなってしまったために、「パクリ」要素自体も面白さに欠け、むしろ安直な模倣に感じられる要素ばかりで、そちらでも面白さを失ってしまったのです。これではまったく評価できませんし、むしろ、そんな安直な作品作りばかりが、強く目立つ結果に終始してしまったのです。この「パクリ」要素ひとつ取っても、後期の「東京アンダーグラウンド」が、ひどく質を落とし、大きく内容で劣っていたことを推測することが出来ると思います。


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