<作品紹介> ──「CHOKO・ビースト!!」──

2008・2・6

 「CHOKO・ビースト!!」は、少年ガンガンで1995年7月号より開始された連載で、隔週刊時代の1997年12号を持って終わりを迎えました。連載期間は約2年、コミックスも4巻と決して長くはない連載でしたが、連載中の人気は非常に高く、中期ガンガンの全盛期、その先駆けとも言える良質の連載として、幅広い読者に評価されました。作者は、エニックス系でも屈指の実力派作家とされる浅野りん。元々は、新人読み切り掲載雑誌であるフレッシュガンガン(のちのガンガンWING)に、2回に渡って掲載された読み切りが、それが好評を得ての堂々の連載獲得となりました。

 このマンガが連載を開始した1995年のガンガンは、創刊初期の頃の色をいまだ残しつつも、次第に創刊からの人気連載が終了を迎えつつあり、代わって新しいタイプの連載が現れ始めるなど、誌面に大きな変化が生まれていた時期でした。そんな中で登場したこの「CHOKO・ビースト!!」は、今までのガンガンとは異なる雰囲気を帯びた連載として、新しいファンを獲得する端緒となりました。その一方で、創刊初期の頃からの読者でも文句なく楽しめる万人向けの面白さを持ち、幅広い層に高い人気を獲得した実に優秀な作品となりました。

 加えて、このマンガの作者の浅野さんが、新人育成雑誌・フレッシュガンガンからの連載作家であり、かつ「ドラクエ4コマの読者投稿」から名を知らしめた作家であるなど、創刊初期の頃からの定番作家陣とは異なる、新世代の新人であったことも大きい。それゆえに、これまでのガンガン作品とは異なる雰囲気を持つ、新鮮な魅力を持つ新しいタイプの連載作品となったのです。

 しかし、それだけの人気を誇っていたにもかかわらず、思った以上に早く連載は終了してしまいます。隔週刊時代で発刊頻度が速かったとはいえ、それでも連載期間2年、コミックスにしてわずか4巻というのは、これだけの優秀な作品にしてはあまりにも早過ぎる終わりでした。ラストの展開も必要以上に早く、あっさりと終わらせたような感覚も否めませんでした。これが、この作品唯一の瑕疵であると言え、熱心なファンの間で、早過ぎる終了を惜しまれる秀作として、のちのちまで長く語り継がれることになったのです。


・これが浅野りんの定番・「日常ファンタジー」。
 このマンガの大まかなストーリーは、「山で天狗に育てられた無邪気な幼女である『ちょーこ』が、『精神獣』というちょっと不思議な能力を無邪気に使い、周りの人々の間でドタバタの楽しい騒ぎを繰り広げる」といったところでしょうか。いわゆるドタバタ系コメディとして、無邪気なちょーこの起こすドタバタに巻き込まれる人達の様子が面白く、明るく笑って楽しめる作品となっています。

 ここでキーポイントとなるのが、ヒロインのちょーこが持つ”精神獣”と呼ばれる面白い特殊能力です。これは、タイトルの「ビースト」の由来でもありますが、作中の説明では、「自らの精神力をオーラ状に放出し獣化させ 自分の身を守るための術」だとされています。一見して普通の子供に見えるちょーこですが、他の人にはない特殊な能力を持っているわけです。さらに、このちょーこを育てたのは、山の天狗の一族であり、ここでも「天狗」というファンタジー的な存在が登場し、ストーリー上でも重要な役割を果たしています。
 このように、基本的には現代の日本を舞台にしながらも、そこにちょっとした不思議な要素、いわばファンタジー的な要素が入ってくる。これは、浅野りん作品の典型的な特徴です。この「CHOKO・ビースト!!」の後の連載作品である「PON!とキマイラ」や「天外レトロジカル」もそうですし(「天外」の舞台はレトロな異世界ですが)、読み切り作品の多くもこれに当てはまります。わたしは、浅野さんのこのような作品を総称して「日常ファンタジー」と(勝手に)呼んでいます。

 この手の作品の良いところは、誰もがとっつきやすい現代を舞台にしながらも、そこにごく自然な形で、ほんの少しファンタジーな要素が入ってくることです。そのちょっとした不思議要素が絶妙なアクセントとなり、現代の日常を描きながら、そこにはほんわかした居心地の良さが感じられます。そのため、多くの読者が抵抗無く入っていける、万人向けの作品になっているのです。ファンタジー要素がありながら、人を選ぶマニアックなところがなく、誰もが素直にそのファンタジー設定を受け入れることの出来る、人を選ばない良作になっていると言えます。


・この優しいキャラクターたちが最大の魅力。
 そして、そんな雰囲気のよい世界の中に住む、ちょーことそれを取り巻くキャラクターたちがとても魅力的です。全体を通して、悪人と思える人物がほとんどおらず、誰もが優しくちょーこを見守り、ときにはとことんまで世話を焼いてやる。そんなキャラクターたちの優しさには、作者の人柄も直接表れているようです。

 まず、なんといってもヒロインのちょーこですね。小さななりでてとてとと走り、自らがおもむくままに無邪気にいろんな騒ぎを引き起こす。時には迷惑な騒ぎを引き起こすとはいえ、そこには悪意は微塵も無く、子供らしい笑顔と好奇の顔がどこまでもかわいらしい、愛すべきトラブルメーカーとなっています。一般の人には見せられない不思議な能力である精神獣を、何か事あるごとに無邪気に使いまくるその様は、その精神獣のかわいらしい外見も相まって、子供らしいかわいさに溢れています。

 そして、主人公の京太を始めとする、ちょ−この優しい保護者たち。特に京太は、ちょーこが悪いことをしないように数珠を手首に付けられ、ちょーこが悪いことをするたびに自分まで数珠のせいで災難が降りかかるという、その不幸ぶりが笑える少年として描かれています。この京太とちょーことの掛け合いのコメディが、作中でも最も楽しいものとなっています。
 さらには、京太の友人の佐方や海原、山から降りてきた天狗の一族の飛鳥と羽鳥(ひどり・はどり)の少年コンビ、ちょーこに敵対する組織の一族でありながら、被害妄想ばかりで京太を困らせる東山檀(まゆみ)など、どれひとりとっても個性的なキャラクターが周りを取り巻いています。ちょーこに敵対する組織も出てくるのですが、そこに属する人間も、必ずしも悪い人間とは描かれておらず、どこか抜けたところのある親しみのある人物として描かれています。

 メインキャラクターだけでなく、1話ごとのゲストキャラクターもいい人が多く、ちょーこの通う保育園の園児たちや、近所に住まう嘘つきで有名な門前のじいさんなど、どれひとりとっても悪い人物がほとんどいません。この本当に親しみの持てるキャラクターこそが、このマンガの最大の魅力ではないでしょうか。


・単なるコメディではない、何かを残す話も見逃せない。
 しかし、このマンガは、単に笑って楽しめるコメディというだけではありません。読んだあとに読者の心に何かを残すような、余韻の残るちょっといい話が多いのです。ちょーこのほほえましい行動や、彼女を中心とする賑やかなドタバタ騒ぎが、関わってくる周りの人間たちにいい影響を及ぼし、みながほんの少し成長したり、あるいはちょっとした幸せを感じるような、そんな話がたくさん見られるのです。

 そんな話の中でも、コミックス1巻収録の第三話は、個人的に特に印象深いものがあります。京太の家の近くに住む「門前のじーさん」と呼ばれるおじいさんの話で、彼は子供たちを相手にウソをつきまくる悪いくせを持っていました。しかし、自分のウソを素直に受け入れるちょーこの純真さと、精神獣という特殊能力を持つ不思議な事情に同情し、それがきっかけで自分の行いを改め、ウソを付く悪いくせをやめるのです。
 この話は、連載の最序盤の第三話という早い時期に掲載された非常に優れたエピソードで、このマンガの本質をこれ以上ないほどよく表していました。この話では、門前のじーさんとちょーことのドタバタ騒ぎももちろん面白いのですが、それだけではなく、ちょーこたちの行動が周りの人間にもいい影響を及ぼすという、単なるコメディでは終わらない深い話になっていたのです。

 いや、この話が最初ではありません。実は、連載前の読み切りの段階でも、はっきりとこのことは表れていました。読み切りの第二話、ちょーこが保育園に行くことになる話ですが、これが素晴らしいエピソードでした。ここでも、ちょーこの無邪気な行動が、冒険好きのませた園児の心に影響を及ぼし、ちょーこと夜の山を冒険するというエピソードをきっかけにして、一歩成長することになりました。また、この冒険を通じてふたりに関わった人物たちも、みなちょっと微笑ましい結末を迎えています。
 加えて、物語の最後の、巨大化した精神獣に乗って空を飛ぶシーンが、壮大なパノラマで素晴らしい爽快感に満ちており、エピソードに華を添えています。これこそが、まさに「CHOKO・ビースト!!」を代表する優れたエピソードではないでしょうか。


・のちのガンガン系を代表する、中性的で男女を問わない絵柄。
 そしてもうひとつ、このマンガの魅力に「絵」を挙げないわけにはいかないでしょう。このバランスの良い中性的な絵柄は、極めて幅広い読者層に支持され、かつこの後のガンガンを代表するイメージの先駆けにもなりました。

 ドラクエ4コマ時代から非常に好感度の高かった浅野さんの絵柄ですが、連載作品になってもその持ち味は健在でした。一応、少年マンガ的な絵柄でもあるのですが、一般的なマンガよりもイメージがやわらかく親しみの持てる絵柄となっており、男性読者だけでなく、女性読者にも幅広く支持されました。浅野さんのマンガの読者自体、男女ほぼ半々だそうですが、それにはこの性別を問わない絵柄も大いに関係していると思われます。

 とにかく絵にくせが少なく、男性向けマンガにありがちなアクの強さがほとんど感じられません。それでも初期の頃は、まだ少年マンガ的な作画が残っており、若干粗雑なところも感じられますが、連載を重ねるにつれて絵はさらに洗練され、より優しくやわらかい絵柄になります。コミックスの1巻と4巻の表紙を比べても、4巻の方がやわらかく繊細な描線に変わっていることがよく分かります。この変化は、「CHOKO・ビースト!!」終了後もさらに進んでいき、次回作である「PON!とキマイラ」や「パンゲア」では、少年マンガ的要素はさらに薄くなり、独特の中性的な絵柄が完成されていきました。

 そして、このタイプの絵柄は、この「CHOKO・ビースト!!」の連載あたりを端緒にして、のちのガンガン(エニックス)では中心的な存在となっていきます。男性向けの少年マンガに見られる荒々しさはもはやなく、女性向けの少女マンガに見られる繊細で耽美的な絵柄でもない。そのため、男女問わず幅広い読者に人気を獲得することになったのです。そのような、のちのエニックスマンガの先駆けとなった存在として、この「CHOKO・ビースト!!」の存在は、非常に重要なものだと思われます。


・早過ぎる終了が惜しまれる、優れた逸品。
 以上のように、この「CHOKO・ビースト!!」、内容的にも絵的にも深い魅力が感じられる、実力派作家の最初の連載として、実に優秀な作品となりました。今でも浅野りんと言えばこのマンガを思い出す読者は多く、根強い人気には侮れないものがあります。

 しかし、そんなマンガの唯一の欠点として、あまりにも早く連載が終わってしまったことが挙げられます。全39話と話数自体はそれなりに多いのですが、当時のガンガンが隔週刊で一回の連載ページが少ないこともあって、コミックスではたった4巻の分量にしかなりませんでした。
 内容的にも、「もっと読みたかった」と誰もが思ってしまうような、物足りなさを感じます。ちょーこと精神獣を巡る一連のストーリーは、きちんと最後まで語られ、謎や伏線もきっちりと語られており、そこに問題はありません。しかし、そんなことよりも、「この楽しいコメディ話を、もっと長く読んでいたかった」というのが、読者の正直な気持ちではなかったでしょうか。

 また、この直後に始まった作者の次回作「PON!とキマイラ」との比較でも、色々と思うところがあります。作者の後発の作品だけあって、「PON!とキマイラ」の方が、さらに作品の完成度は上がっており、コメディの楽しさ・爆笑度で言えばこちらの方が上でしょう。しかし、この「PON!とキマイラ」、キャラクターに悪人が多く(笑)、コメディのネタもかなりきついものが多くなっており、人によっては抵抗を覚えやすい作品になっているのに対し、「CHOKO・ビースト!!」の方には、悪人と言えるキャラクターはほとんど登場せず、コメディの内容もそこまできついものはなく、誰もが素直に親しみの持てる真に優しい作品になっていたと思うのです。

 さらに、このマンガは、初期から中期への過渡期のガンガンで連載され、新しい雰囲気とイメージで新たなファンを呼ぶ一方、従来からの読者でも存分に楽しめる万人向けの面白さを持ち、幅広い読者に親しまれた点でも見るべきところがあります。そのため、次第に誌面が変化しつつあったガンガンにおいて、初期から中期への橋渡しとなる役割を果たしたのではないか。そう考えると、このマンガの果たした効果は、非常に大きなものがあったと言えそうです。


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