<CHOKO・ビースト!!がガンガンに与えた影響> ──「CHOKO・ビースト!!」──
2008・3・6
「CHOKO・ビースト!!」というマンガは、それ自体が非常に面白いマンガでもありますが、それだけでなく、掲載誌であるガンガンに与えた影響も非常に高かったのではないかと思われます。それまでのガンガンの連載ラインナップ、あるいはガンガン全体の方向性とは一線を画する雰囲気を持ち、それまでとは異なる新たな読者層を確立しました。しかも、それがこの作品だけに終わらず、以後、この「CHOKO・ビースト!!」に近い方向性を持つ作品が次々と登場するようになり、それが新たなガンガンの方向性となっていきます。その意味では、この「CHOKO・ビースト!!」こそが、ガンガンの変化の先駆けとなったと言えるでしょう。 また、この「CHOKO・ビースト!!」と並んで、ほぼ同時期に始まった新連載である「浪漫倶楽部」も、これと非常に近い雰囲気・方向性を持っており、、こちらの作品もまた、ガンガンの変化に大きな影響を及ぼすことになります。このふたつの新連載は、当時のガンガンの看板作品である「ロトの紋章」「ハーメルンのバイオリン弾き」「魔法陣グルグル」などの影に隠れ、あまり雑誌の表に出ることはなかったのですが、それでもコアな読者の間では、非常に高い支持を得ることになります。
しかし、この「CHOKO・ビースト!!」に関しては、「浪漫倶楽部」や、あるいは以後に登場する同系統の作品ともまた異なり、より幅広い読者に受け入れられたところに見るべき点があります。その人気は一般層の読者にも及び、「ロトの紋章」や「ハーメルン」などのよりメジャーな作品とはまた別に、ガンガンのイメージをよく体現するもうひとつの作品になったのです。それゆえに、この「CHOKO・ビースト!!」は、初期のガンガンから中期のガンガンへと変わりゆく誌面において、その変化をスムーズに進める大きな力になったと思えるのです。
・1994年までのガンガンは一枚板。
少年ガンガンの創刊は、1991年ですが、最初の数年、具体的には1994年までは、ほとんど方向性は変わりませんでした。創刊当時、もしくは初期に開始された人気作品が、そのまま定番の長期連載となり、一方であとに続く新連載に今ひとつ乏しい誌面であったためです。
具体的には、創刊当時から「ロトの紋章」「南国少年パプワくん」「ハーメルンのバイオリン弾き」「ZMAN」「突撃!パッパラ隊」「輝竜戦鬼ナーガス」「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」などの人気マンガが一度に登場し、2年目までに「魔法陣グルグル」「TWIN SIGNAL」が加わり、これらの人気作品が、長い間雑誌の中心であり続けました。これらは、どれもが非常に優秀な連載であり、他の作品を中々寄せ付けませんでした。
また、この初期の頃の連載陣は、いわゆる少年マンガ作品が多く、80年代から続く熱血・王道少年マンガが雑誌の中心を占めていました。これは、上記の人気マンガだけでなく、成功せずに短期で終わった作品の方にむしろ顕著で、何本もの少年マンガが連載されては消えていきました。創刊時のガンガンの編集者は、ジャンプの元編集者から雑誌作りの手ほどきを受けたという話がありますが、確かにそこからの影響を窺えるような誌面でありました。そして、この体制は、1994年までほぼまったく変わらずに続いていきます。創刊2年目までにほとんどの人気作品が登場し、3年目・4年目には、これに続くようなマンガが出なかったためです。特に、1994年のガンガンは、新連載自体が少なく、ほとんど数えるほどの作品しか出ていません。唯一、1993年に登場した、この当時では異色作品だった「夢幻街」だけが成功して長期連載化しますが、これはガンガンの主要読者層とはかけ離れた作品で、雑誌の中心になりえるようなものではありませんでした。総じて誌面の動きの少ない雑誌であり、創刊当時からの愛読者の固定層が非常に多かったのが特徴的でもありました。
・大きな変革を見せる1995年。
ところが、これが1995年に入って、状況が一変します。これまでとはまったく方向性が異なるような新連載企画を立て続けに打ち出し、様々なタイプの作品が雑誌をにぎわせるようになります。1994年までが、定番の人気連載と、王道少年マンガで占められていたのとは対照的な状況になります。
具体的に、この1995年の新連載を挙げてみると、
タイトル 作者 連載開始号 風の騎士団 増田晴彦 95・1 けんけん猫間軒 梶原あや 95・2 忍ペンまん丸 いがらしみきお 95・4 勇者コジロー2 一本木蛮 95・5 すすめ!!ダイナマン 池田匠 95・5 浪漫倶楽部 天野こずえ 95・6 CHOKO・ビースト!! 浅野りん 95・7 ドブゲロサマ ジョージ秋山 95・8 天空忍伝バトルボイジャー 結賀さとる 95・9 となります。全部で9つの新連載があり、前年とは打って変わって本数自体がまず多いです。そして、これらのマンガの大半が、これまでのガンガンの作品とは方向性がひどく異なる、新機軸の作品であることが見逃せません。この中で、従来のガンガンのマンガを踏襲しているのは、前年まで「輝竜戦鬼ナーガス」を連載していた増田晴彦による「風の騎士団」と、かつてガンガンで連載経験のある一本木蛮による「勇者コジロー2」のふたつしかありません。それ以外の作品は、これまでのガンガンではほとんど見られなかった、新しいタイプのマンガなのです。
ここで登場した新機軸のマンガは、大きく分けて次の3つのタイプに分かれると思われます。
1.ガンガンが創刊以後に発掘・育成した新人による新連載。
これまでのガンガンの人気連載は、そのほとんどが、「創刊以前に発掘した作家」によるものでした。創刊以前に開かれたマンガ賞の受賞者(渡辺道明・西川秀明・松沢夏樹)、外部から招聘した作家(藤原カムイ、増田晴彦)、そして何といっても創刊以前から続くドラクエ4コマ出身の作家陣(柴田亜美、衛藤ヒロユキ)と、ほとんどのが創刊時以前が出自の作家で、創刊後に新人として発掘できた作家としては、「TWIN SIGNAL」の大清水さち、「夢幻街」の水沢勇介程度しか見当たりません。もちろん、これらの人気作以外にも目を向ければ、新人による作品もまだありますが、それらはいずれも成功せず、短期間の連載で終了してしまっていました。しかし、この1995年以降、ようやく実力を持つ新人の作品が多数見られるようになり、それらが新しいガンガンの中心となって行きます。ここで採り上げた「CHOKO・ビースト!!」の作者・浅野りんもそのひとりで、同時期の同じく有望な新人である「浪漫倶楽部」の天野こずえと並び、ガンガン創刊後の新人では最も早い時期に人気を得た作家陣となりました。この二人の作家の作品は、それまでのガンガンとは一線を画する、男女が共に受け入れられるような中性的な作風であり、これがのちのガンガンのメインストリームとなるのです。
2.姉妹誌であるGファンタジー、及びギャグ王から来た作家による連載
ガンガンの創刊は1991年で、当初はエニックスのマンガ雑誌はこれひとつでしたが、のちに1993年にGファンタジー、1994年にギャグ王という新規雑誌が創刊され、それぞれ異なる方向性の雑誌作りを始めます。しかし、これらは完全に独立したわけではなく、相互に密接に関係し、作家同士の盛んな移籍を交えながら発展していきました。そして、ガンガンにも、この95年を境に、このふたつの雑誌から移籍してくる作家が出てくるようになるのです。具体的には、まず「けんけん猫間軒」の梶原あや、「すすめ!!ダイナマン」の池田匠、このふたりは、共にギャグ王からの作家です。「すすめ!!ダイナマン」については、ギャグ王の人気連載がそのままガンガンでも連載する形になっています。以後、このギャグ王からガンガンへ移籍してくる作家は、実に多数にのぼっており、ギャグ王でまずマンガ連載の基礎を固めた新人が、ガンガンに移籍して人気作家となる、というケースが頻発することになります。ギャグ王という雑誌が、ガンガンへの新人の供給先というか、いわば新人発掘的な場となったのです。
そして、一方でGファンタジーからは「天空忍伝バトルボイジャー」の結賀さとるが登場。こちらの雑誌からは、ギャグ王ほど多くの作家が移籍してくることはありませんでしたが、それでも雑誌間の繋がりは緊密であり、のちにはあの夜麻みゆきというガンガンを支える人気作家を移籍させることになります(もっとも、夜麻みゆきに関しては、ギャグ王でも連載を持っていたので、そちらからの移籍とも考えられますが)。そして、これら姉妹誌からの移籍作家は、この後のガンガンに大きな影響を与えていきます。また、作家の移籍以外でも、それぞれの雑誌の雰囲気、方向性が、ガンガンにまで何らかの影響を与えていったことも否定できません。この後のガンガンは、初期の少年マンガ中心の路線から、次第に異なる雰囲気・方向性の雑誌へと変わっていきますが、それには姉妹誌であるGファンタジーとギャグ王の影響は確実にあったと思えます。もし、このふたつの雑誌が創刊されず、ガンガン一誌のみの雑誌運営だったならば、その後のガンガンの姿は大きく変わったのではないでしょうか。
3.青年誌作家の招聘・起用
そしてもうひとつ、外部の他出版社からの作家、それも主に高年齢向けの青年誌で活躍していた作家の招聘が、この時期以降盛んに行われるようになります。この1995年では、「忍ペンまん丸」のいがらしみきお、「ドブゲロサマ」のジョージ秋山と、どちらも青年誌では大物と言える作家が登場します。このうち、いがらしみきおは大成功、ジョージ秋山は大失敗と明暗を分けますが、この後も同じように青年誌系の作家の招聘は続き、あの「GOGO!ぷりん帝国」のくぼたまことも、翌年の96年に招聘され、長期連載となりさらに大きな成功を収めることになります。それ以外にも、この時期に招聘された青年誌系の作家はかなりの数にのぼり、しかも彼らは、いずれもガンガンの中では異色の雰囲気を持つ作品を描くことが多く、雑誌全体の雰囲気にも刺激的なアクセントを加えることになります。
・これらの新規連載のうち、浅野りんと天野こずえの作品性が、最も強くのちのガンガンに残った。
以上のように、この時期のガンガンは、一種混沌としたところがあり、まだ健在だった創刊初期からの人気長期連載「ロトの紋章」や「ハーメルンのバイオリン弾き」「魔法陣グルグル」などに加えて、新たに発掘された新人作家による中性的なイメージの作品、姉妹誌からの移籍組によるガンガンとは異なる誌風の作品、外部から招聘された青年誌系作家による異色系作品と、実に様々な作品が混在する個性的な誌面となりました。94年までのガンガンが、少年マンガ中心の連載陣で一枚板だったのとは対照的で、一気に誌面の方向性が分からなくなってきます。この時期のガンガンは、どんな方向性にでも発展する可能性がありました。しかし、そんな雑多な連載ラインナップの中で、のちのガンガンのメインとなるのが、実はここで扱っている「CHOKO・ビースト!!」と「浪漫倶楽部」の二大新連載です。このふたつの作品は、共に従来の連載マンガとは異なる、やわらかい作風の絵柄とストーリーで、女性読者にも抵抗なく受け入れられ、また、男性読者の間でも、従来の読者とは異なるファン層を獲得しました。もっともこの当時は、まだ他の看板作品の影に隠れ、大きく注目を集めることはありませんでしたが、これがのちの時代において、まったく方向性を同じくするような中性的な作品が多数続き、それらの多くが人気を獲得し、ついには雑誌の中心となるのです。
具体的には、まず1996年の新連載である「まもって守護月天!」(桜野みねね)と「刻の大地」(夜麻みゆき)の成功が大きすぎました。このふたつは、共に後のガンガンで中心的な作品となり、雑誌の方向性を決定付けたと言っても過言ではありません。そして、翌97年から98年にかけて、「ジャングルはいつもハレのちグゥ」(金田一蓮十郎)、「里見☆八犬伝」(よしむらなつき)、「東京アンダーグラウンド」(有楽彰展)、そしてこの浅野りんの次回作である「PON!とキマイラ」と、一気に人気作品が揃ってきます。これらの成功作が相次いだ段階で、ほぼガンガンの方向性は定まったと見てよいでしょう。
そして、これらの中性的作品が揃う流れの端緒として、この95年の2作品「CHOKO・ビースト!!」と「浪漫倶楽部」の存在は、あまりにも重要でした。このふたつの作品が大きな人気を得て雑誌に定着できたことが、のちのガンガンで中性的な作品が受け入れられる素地になった。まさに、その後のガンガンの誌面の基礎となった作品として、その功績は計り知れないものがあるのです。
なお、この経過を見ると、初期の少年マンガ中心のガンガンから、中期の中性的マンガを特徴とするガンガンへの移行は、いきなり行われたのではなく、その間に大きな変化があったことが分かります。つまり、
1.1994年までの少年マンガで一枚板のガンガン。
2.95年に入って、様々な方向性を持つ新機軸の連載が次々に登場。
3.その中で、中性的な作品が最も高い人気を得る。
4.その結果として、あとに中性的なマンガの新連載が続き、雑誌の中核を占める。
5.中性的な作品を最大の特徴とした、中期ガンガンが形成される。となり、初期から中期の間に、様々なタイプの連載が存在する、方向性の定まらない期間が存在していたことになります。具体的には1995年から96年・97年の隔週時代までがそれに当たります。この時期のガンガンを「転換期」と呼称してもいいかもしれません。
・さらに、初期と中期を繋ぐ橋渡しともなった。
そして、さらにこの「CHOKO・ビースト!!」に関しては、「浪漫倶楽部」と比べても、より幅広い読者に受け入れられる懐の広さを持ち合わせ、様々なタイプの読者に愛されたことが、さらによい効果を生むことになりました。
実は、「CHOKO・ビースト!!」に限らず、浅野りん作品全般に言えることでもあるのですが、浅野作品の評価は一般の雑誌読者の間でも高く、普段ガンガン系を読まない人の間でさえ、エニックス系マンガの中で一目置かれた扱いをされることがありました。そして、それはガンガン読者の間でも同じであり、実に多くの読者がこのマンガを面白さを認めていました。
そもそも、このマンガは、中性的なマンガを好む読者だけに好かれたわけではありません。絵的には確かにその傾向がはっきりと感じられますが、それだけでなく、ごく標準的な「少年マンガ」としても抵抗なく読める絵柄でした。内容面ではさらにそうで、少年マンガ的なドタバタコメディの要素が顕著に見られ、少年マンガ読者にも文句なく愛読されたのです。そのため、このマンガは、ガンガン創刊初期から読んでいた古参の読者、中でも少年マンガを強く愛好する層にもそのまま受け入れられ、ガンガン中期の優れた連載作品として大いに評価されました。その一方で、この当時から顕著になる中性的なマンガ(のちの「エニックスマンガ」)を好む読者には、最も強く親しまれ、その後のガンガンの中性的連載陣に繋がる端緒になったことも確かです。つまり、このマンガは、初期のガンガンを好む読者と、中期のガンガンを好む読者と、その双方に幅広く愛されることになったのです。これは、「浪漫倶楽部」にもある程度言えることではありますが、それ以上にさらに「CHOKO・ビースト!!」の人を選ばない魅力は、強く光るものがありました。そのため、この「CHOKO・ビースト!!」は、幅広い層のガンガン読者をつなぎとめ、初期のガンガンから中期のガンガンへと、その移行をスムーズに繋ぐ「橋渡し」としての役割を果たしたと言えるのです。
その後、このマンガの連載の終了後に、浅野りんの次回作「PON!とキマイラ」が始まり、こちらもまったく同じ役割を果たします。こちらの作品も併せて、この浅野りん作品のガンガンの歴史に与えた功績は、実に大きなものがあったと言えるでしょう。