<作品紹介>──ドラゴンクエストへの道──

2012・10・9

 「ドラゴンクエストへの道」は、1990年2月に刊行されたコミックスで、あのゲームソフト「ドラゴンクエスト」の制作秘話を描いたメイキングものとなっています。少年ガンガン創刊よりもさらに前、エニックス出版の黎明期に出された「ドラクエ関連本」のひとつで、エニックス最古のマンガのひとつにあたります。当初はA5版で出ましたが、のちにガンガン創刊(1991年)後に、ガンガンコミックスの1冊としても出されました。こちらは他のガンガンコミックスと同じ新書版での刊行で、本の大きさが小さくなっているほか、いろいろと内容も変更が加えられているようです。その変更点には、単純に重要な箇所や構成が削除されているところも多いらしく、出来ればやはり原典のA5版の方をおすすめしたいところです。

 作者は、監修にあの石ノ森章太郎、作画に滝沢ひろゆきの名前が挙がっており、どうも当時のエニックスが石森プロに製作を依頼したようです。滝沢ひろゆきの作画は、劇画調でさほど緻密は感じられないものの、しかし迫力と躍動感に満ちており、非常に優れた作画になっているようです。のちのガンガンのマンガの作画のイメージとは大きく異なってもいますが、いかにもこの時代のマンガの作画だとも言えるでしょう。

 肝心の内容ですが、前述の通り、ゲームソフト「ドラゴンクエスト(ドラゴンクエスト1)」の製作の過程を描いた作品で、現代風に言えば「プロジェクトX ドラゴンクエストを作った男たち」ということになるのでしょうか(笑)。堀井雄二や中村光一など、あのドラクエの有名なスタッフたちが総出演しているところが最大の魅力で、彼らの出自や人となり、ゲームに欠ける情熱が丹念に描かれ、ゲーム製作を通した熱い人間ドラマを堪能できます。20年以上前のマンガながら、今読んでも夢中になるほどの面白さがあります。

 もうひとつ、ドラゴンクエストというゲームの、詳細なデザインの過程が随所で見られるのも大きなポイントです。「あ、この箇所はこんな風に作られたのか」「こんな裏事情があったのか」と思わず感心するようなエピソードが多く、ゲームファン・ドラクエファンならばより興味深く読める一作になっています。


・ドラクエ関連本の中の一冊。ドラクエ4コマに先んじたエニックス最古のマンガ。
 今でこそ数多くのコミック誌を出しているエニックス(スクエニ)ですが、最初にエニックスが出版事業を始めた時まで遡ると、そのようなコミック誌を創刊する前に、数多くの「ドラクエ関連本」を出していました。元々、エニックスが出版に手を出した契機となったのが、あの「ドラゴンクエスト3」の大ヒットで、そのヒットに合わせて数多くのドラゴンクエストを扱った本を出すようになったのです。

 その中でも最大のヒットとなったのが、あの「公式ガイドブック」で、データ重視・ビジュアル重視の構成でゲーム攻略本のあり方を大きく変え、のちの攻略本に多大な影響をもたらしました。中でもドラクエ3の公式ガイドブックは100万部を超える大ヒットとなり、今に至るドラクエシリーズでも出版され続ける超ロングセラーとなっています。
 それ以外にも、ドラクエのストーリーを原作とした小説やゲームブック、作中のアイテムやモンスターを取り上げたサイドストーリー本(「アイテム物語」「モンスター物語」)なども次々と出版。一時期の出版点数には相当なものがありました。

 そして、このドラクエ関連本の中で、やや後発ながら初のマンガ本として出されたのが、この「ドラゴンクエストへの道」。これは、当時の原作ゲームの最新作だった「ドラゴンクエスト4」に合わせてその販促として作られた側面もあり、「今のドラクエ4の原点であるドラクエ1は、実はこんな風に苦労して作られた」といったコンセプトの元に作られた作品にもなっています。そして、これとほぼ同時期に刊行されたマンガ本が、あの「ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場」。このドラクエのキャラクターやモンスターをネタにしたギャグ4コマは、公式ガイドブックと並ぶ大ヒットとなり、のちに同系のマンガが他出版社からも多数出版されることとなりました。一般的な知名度としては、この「ドラクエ4コマ」の方がはるかに上だと思いますが、刊行されたのはこの「ドラゴンクエストへの道」の方が先(「ドラゴンクエストへの道」→1990年2月15日、ドラクエ4コマ1巻→1990年4月19日)。まさにエニックス最古のマンガと言える一冊だったのです。


・あのドラクエの有名スタッフたちが総出演!
 さて、内容ですが、あのドラクエのメイキングものということで、有名なドラクエのスタッフたちがほぼ総出演するところが、作品最大の魅力となっています。いかにも人間らしさを感じるコミカルなシーンも多く、ここまで彼らの気さくな姿が見られる作品というのも、他にはないかもしれません。

 まず、何と言っても有名なのが、あの堀井雄二。元々はライターとして活動していましたが、ゲームへの興味も人一倍あり、エニックスが企画した「ゲームホビープログラムコンテスト」に応募したことがエニックスとつながる契機となり、ドラクエの製作の中心的なデザイナーとして抜擢されることになります。作中では気さくな眼鏡の人物として描かれており、しかし彼が夢に描いたファンタジー世界の物語をゲームとして昇華する過程、ゲームにかける情熱もふんだんに描かれています。

 その堀井さんと並んで有名だったのが、初期のドラクエでプログラム方面を一手に担当した中村光一でしょう。地元の香川にいた高校生の時から、ゲームプログラムでめきめき頭角を表しており、やはりエニックスのゲームホビープログラムコンテストに応募、そこで優秀プログラム賞を受賞することで、やはりエニックスに抜擢されることになります(この時に賞を受賞した作品が、あの「ドアドア」)。東京に来てから彼は「チュンソフト」という会社を立ち上げ、以後ドラクエのプログラムを一手に引き受けることになります。今でこそドラクエシリーズの製作からは離れていますが、初期のドラクエにおいて彼の功績は計り知れない存在でした。マンガでは、他の主要スタッフよりも若い存在で、ゲームに対する情熱に誰よりも燃える熱い青年として描かれています。

 ドラクエの音楽を作ったことであまりにも有名な作曲家・すぎやまこういちももちろん登場。当時からすでに作曲家としての活躍は著名で、マンガでは、堀井や中村よりも上の年齢層の、落ち着いた年配の男性として描かれています。しかし、彼もまたゲームに対する情熱は人一倍でした。音楽家であると同時にゲーマー・ゲームコレクターでもあった彼は、スタッフたちとのゲーム談義で意気投合し、この新しいゲームのために全力を尽くして作曲することになります。

 ドラクエのキャラクター・モンスターデザインを手がけた有名マンガ家・鳥山明ももちろん出ます。当時からすでに「ドラゴンボール」で超人気作家だった彼ですが、しかし普段はまったくえらそうなところのない柔らかい人物として描かれています。しかし、彼の手がけたかわいらしいポップなイメージのモンスターが、それまでのRPGにない、ドラクエ独特の魅力を生み出したことは、誰もが知っての通りだと思います。また、この鳥山明と同時に、彼の担当で当時のジャンプの名物編集長だった、あの鳥嶋和彦も登場。当時のジャンプを知っている人には、懐かしさを感じるマンガにもなっています。

 彼ら4人は、今でも非常に有名な人物ですが、ここでもうひとり、彼らのまとめ役として非常に重要な役割を果たした人物がいます。それは、エニックスのプロデューサーである千田幸信。エニックスのゲーム事業を先頭になって推し進め、このドラクエでも個性的なスタッフを育成し、外部の人物だったすぎやまこういちを招くなど、彼なくしてはドラクエは生まれなかったといって過言ではないでしょう。ゲーム開発の遅れでスケジュールを延ばさざるを得なかった時は、スタッフの無理な願いを受け入れ、その責任を一手に引き受ける懐の広さを見せます。当初は他のスタッフほどゲームには詳しくなかったようですが、しかしRPGを知るために徹夜でウィザードリィとウルティマをやりこみ、製作中期以降ではゲームデザインでも鋭い提案を出すなど、その方面での活躍も見逃せません。

 このマンガ、とりたてて特定の主人公というものは設定されていないようで、彼らスタッフ全員が主役として描かれているようです。しかし、その中であえて特にクローズアップされている人物を挙げると、最も若く情熱に溢れた中村光一と、そして影で誰よりも尽力しつつ確固とした意志をもってプロジェクトを引っ張る、この千田幸信のような気がします。


・個性的な彼らが織り成す熱い人間ドラマが最大の魅力。
 そして、そんな彼ら個性的なスタッフが、一丸となって新しいゲームの製作に取り組む、その熱意溢れる人間ドラマこそが、このマンガの最大の見所であり、抜群の読み応えのあるストーリーに仕上がっています。今から20年以上前の作品ながら、その時代の熱い空気をも感じられる、密度の高い物語になっていると思います。

 彼らスタッフたちは、互いにゲームを愛する仲間として、普段はとても仲は良いのですが、時に意見の違いから対立することもあり、その対立を乗り越えてゲームの製作を進めるエピソードに、特にしびれる物があります。中でもとりわけ心に残るエピソードは、すぎやまこういちの起用を巡っての千田幸信と中村光一の対立でしょう。
 千田は、すぎやまがエニックスのソフトにアンケートはがきを出してきたことからその存在を知り、実際に会ってゲームに対する思い入れを知り、ゲーム音楽を任せることを決定します。しかし、それに敢然と反対したのが中村光一でした。彼は、「いくらプロの作曲家とはいっても、ゲームを知らなければ本当にいいゲーム音楽を作れない」「イメージと違ってリテイクを出したら怒り出すんじゃないか」と、外部の作曲家を呼ぶことに強硬に反対するのです。それに対して、すぎやまの人となりを既に知っている千田は、「そんなことは絶対にない」とこちらも強硬に反論。ここでひどく険悪な喧嘩状態となってしまいます。

 しかし、そんなふたりの仲を解消したのは、堀井を始めとするスタッフの仲間たちでした。彼らは、すぎやまが過去にいい音楽を作ってきたことを訴え、それを聞いた中村は、一度会ってみようと決意し、勇気を持って千田に謝罪、千田のほうもそんな彼を快く許し、スタッフみなですぎやまに会うことになるのです。実際に中村と会ったすぎやまは、自分のゲームマニアとしての経歴を思う存分披露し、さらにはゲーム音楽への確固とした思想をも語り、そんな彼の言葉に共感した中村は、心をこめてですぎやまに作曲を依頼することになります。このエピソードは本当に熱いものがあり、作中でも中盤の見せ場とも言える一編となっています。

 もうひとつ、今度は最終盤の見せ場として、発売日の直前になって「ゲームの終盤のバランスをすべて見直す」という決断をするシーンも熱い。ゲーム後半の戦闘が単調になることに気づいた中村たちは、それが及ぼすゲームの面白さへの影響を危惧し、ついに千田にそのことを打ち明け、発売を延ばしてくれるように懇願します。しかし、これに驚いた千田は、やはり会社の都合を考えて強硬に反対。既に任天堂も問屋もその発売日で動いていて、それを変える事は絶対に出来ないと。それを聞いた中村は、必死の声で「売る側の都合で・・・遊んでくれる子供たちの期待を裏切るようなことはしたくありません」と必死に訴えます。この声を聞いた千田は、最後まで悩みつつも、ついには先方に電話をかけ、「ソフトの納入を遅らせる。責任は私が取る」と伝え、振り返ってスタッフたちに「一週間で絶対に完成させろ!」と全力で命を下すのです。このシーンは、クライマックスにふさわしい最高に盛り上がるシーンで、わたしがかつて最初にこのマンガを読んだときは、本当に興奮してしまいました(笑)。


・詳細なゲームの製作事情が数多く描かれているのがポイント。
 そしてもうひとつ、このマンガの本当に面白いのは、ドラクエというゲームの製作裏事情とも言えるエピソードが、大量に盛り込まれていることです。「このあたりはこんな風に作られたのか」「まさかこんな苦労をしていたのか」と思わず感心するような話が多く、ゲームやドラクエを知っている人なら興味深い話がたくさんあるのです。

 その中でひとつ取り上げるとすれば、「ゲームの容量」に対する苦労話が挙げられます。大容量で現実並みのリアルなグラフィックのゲームが当たり前の今となっては、もはや想像も出来なくなってしまいましたが、昔のファミコン時代のゲームは、それはもう容量との戦いでした。作中でも、「アドベンチャーで画像を10枚も入れたらもう容量がなくなる」という中村の発言もあるように、本当に厳しい時代だったのです。
 そして、あまりに容量がないために、ゲーム中で使える「カタカナ」の数が制限されるという事態に直面します。これは、エニックスの前作ソフト「ポートピア連続殺人事件」でもそうだったのですが、容量の都合でゲーム中に使えるカタカナを20字に制限したのです。そのゲームはまだなんとかやりくり出来たのですが、ドラクエでも同じ制限を課すことになり、今度こそシナリオ担当の堀井さんが真剣に苦しむことになります。なにしろ、カタカナのモンスターだけで40種類くらいいる。これらをすべて20字のカタカナで名前を考え出した堀井さんの努力は、まさに感服に値するエピソードとなっていました。

 さらにもうひとつ、とても興味深いエピソードを挙げるならば、「ゲームスタート時の工夫」があります。初期段階でのこのゲームは、ゲームのスタート地点は、フィールド上の一地点となっていました。すぐ近くに城と街を配置したので、ほとんどのプレイヤーはそこに入ってゲームを進めてくれるとばかり思っていたのですが、ここで思わぬ事態に直面。街にも城にも入らず、フィールドをどこまでも進んでしまい、敵との戦闘で力尽きてゲームオーバーになるプレイヤーが続出したのです。一体これはどうすればいいのか。このままでは不親切なゲームということになってしまう。その場のスタッフ全員が悩みに悩んだ末に、あるスタッフが、「遠くへ行かせたくないなら、閉じ込めてしまえばいい」と発言したことがきっかけで、一気に解決のアイデアが出ることになります。

 それは、初期のプレイヤーを、城の中の一室(王の間)に閉じ込めるアイデアでした。まず王様と周囲の兵士に話しかけ、宝箱から鍵を得て、鍵のかかった扉を開けない限り、部屋から出られなくしたのです。最低でも「はなす」「とる」「とびら」の3つのコマンドを使わなければ、最初の部屋から出られない仕様にした。これによって、プレイヤーに最低限の重要コマンドを覚えさせ、遊び方を覚えてからゲームをスタートさせることに成功するのです。

 このような、まさに「製作秘話」とも言えるエピソードが本当に多く収録されたことで、このマンガは単なるメイキングものにとどまらない作品になっています。単なる人間ドラマだけでなく、ゲーム製作のマニアックな裏事情までが明かされることで、本当にゲームファンにこそおすすめできる作品になっていたのです。中には、いまだにこのマンガでしか明かされていない事実も多数あって、その点でも興味深い資料ともなっています。


・今読んでも面白い、エニックス最古のマンガにして名作中の名作。
 以上のようにこの「ドラゴンクエストへの道」、「プロジェクトX」のようなメイキングドラマとして、その熱い人間ドラマに見るべきものがあり、かつドラクエの詳細な製作事情までふんだんに盛り込まれた、ゲームファン・ドラクエファンならばひどく興味深く読める一作になっています。まさにエニックスだからこそ出せた作品だと思いますし、おそらくはこのマンガを作るに当たって、緻密な取材とそれに対するスタッフの協力があったのだと思います。ここまで昔のゲーム製作の詳しい事情が分かるというだけで、このマンガは貴重な存在です。

 他にも、こういったメイキングもののマンガ、中にはゲームの製作を描いたマンガもいくつかあるようですが、それらと比較しても、この「ドラゴンクエストへの道」の面白さは突出しています。単に「熱いドラマがあった」というだけではない、本当に具体的なゲーム製作の姿が描かれている。単なる苦労話で終わらない、ゲーム・ドラクエが好きな人ならば、さらに楽しめるであろう作品になっているわけです。わたし自身も、ゲームは昔から大好きな人間でしたし、ドラクエも当時はこれ以上ないほどはまっていました。だからこそ、このマンガには最大級の賛辞を送りたい。

 しかし、今となっては、このマンガを知っている人は多くないでしょう。さすがに、あのガンガン創刊以前に出版されたマンガであり、しかもこれ単発で終わってしまったことで、人気シリーズとなったドラクエ4コマのような知名度を得ることはなく、すぐに人々の記憶からは忘れられました。いや、ひょっとすると発売当時から、そこまでの注目度はなかったかもしれません。当時は他のドラクエ関連本が、それもシリーズ作が何冊も刊行されていた時代。そんな中で、ただ1冊のみ出されたこの本に注目する人は、決して多くなかったと思います。

 しかし、この本は、20年経った今読んでも夢中になるほど面白い、本当にゲームへの愛に溢れた名作だと思います。最初に出たA5版の本も、後に出たガンガンコミックス版も、とっくの昔に絶版となり、今では入手困難を極めると思いますが、もし機会があるなら是非とも読んでほしい。エニックスが手がけた最初のマンガにして、自身をもっておすすめできる名作中の名作です。


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