<作品紹介> ──「聖戦記エルナサーガ」──

2007・7・7

 「聖戦記エルナサーガ」は、ガンガンファンタジー(のちにGファンタジーと名称変更)1993年4月号(創刊号)より開始した連載で、その確かな内容で確固たる評価を得た実力派の長期連載です。ジャンルは「ファンタジー」、それも王道とも言える中世風ファンタジーで、その緻密な世界観や設定、ビジュアルには見るべきものがあり、かつそれ以上に、読み応えのある重厚なテーマとストーリーが、多くの読者を一手に惹きつけました。のちに1999年5月号をもって最終回を迎えるまで、長らくGファンタジーの中核作品として君臨し、雑誌を長い間支え続ける存在であり続けました。コミックスも全13巻を数えています。

 作者は堤抄子(つつみしょうこ)。この作品を手がける前に、いくつかの読み切りや短編を発表していますが、ここまでの大規模な連載はこれが初であり、作者の名前を知らしめる実質的なデビュー作となりました。京都在住のマンガ家で、同じく京都在住の浅野りんが長らくアシスタントを担当しており、コミックスの巻末では、浅野りんによるおまけページが見られることもよくありました。

 創刊当時のガンガンファンタジーは、まず第一の看板作品として、ドラゴンクエストの外伝作品である「精霊ルビス伝説」、高河ゆんのファンタジー作品「超獣伝説ゲシュタルト」のふたつが存在しており、この「聖戦記エルナサーガ」は、その次点クラスの中堅作品的な位置づけでした。しかし、「精霊ルビス伝説」は期待されたほどの面白さはなく、 「超獣伝説ゲシュタルト」の方は連載当初から休載が頻発し、まともな連載形態にならないという有り様で、どちらも看板作品としては期待外れの結果に終わります。そこで、このふたつに代わって、真に実力を備えた安定連載である「聖戦記エルナサーガ」の方が高い人気を獲得し、実質的な雑誌の看板へと躍り出る形となりました。創刊初期のガンガンファンタジー(Gファンタジー)では、この「聖戦記エルナサーガ」と、もうひとつこちらも当初は中堅作品の扱いを受けていた「ファイアーエムブレム 暗黒竜と光の剣」(箱田真紀)のふたつが、雑誌の二枚看板として、初期の雑誌を牽引したと言っても過言ではありません。


・重厚なテーマこそが最大の魅力。
 この「聖戦記エルナサーガ」の最大の持ち味は、戦争を扱った厳しくかつ重厚なテーマでしょう。
 この作品は、「かつて勇者が魔物を倒して平和をもたらした」というオープニングで始まるため、王道ものの英雄ファンタジーかとも思ってしまうのですが、決してそれだけのマンガではありません。むしろ、そのような王道的なファンタジーとは一線を画した、むしろ人間の持つ醜さの方が強く出た厳しい作風です。
 主人公のエルナは、世界の3大国のひとつ(アーサトゥアル)の姫君ですが、自らが戦争の道具に利用されることに反発し、戦争を止めるためにあえて国を離反します。彼女の強力なパートナーとなるのが敵対国(アンサズ)の王子のひとり・シャールヴィで、最初は敵国の切り札であるエルナを殺しに来るのですが、そこでエルナの思想に触れ、一転して生かして帰ることを決意、敵国の領内から自国を目指して逃避行を行うことになります。
 物語は、このふたりの強い絆を描く、恋愛ものの側面もありますが、それ以上に、エルナの「戦争をなんとしてでも止める」という一途なまでの姿と、それに次第に同調していくシャールヴィの姿が印象的です。エルナはなんとかして戦争を止めたいと願うのですが、過酷な現実はあまりにも高い壁として立ちはだかります。

 その最たるものが、権力者によるあまりにも非道な行為の数々です。とにかく権力者の犯罪行為に対する目が厳しく、極めて殺伐とした過激なシーンが目立ちます(これは堤抄子の他の作品にも言えてますが)。その描写があまりにもシビアで、作者の目がひどく冷徹に現実を見つめていることを感じさせます。無残にも人々が殺戮される(されている)シーンも珍しくなく、拷問や誘拐、人体実験、物資の略奪などのシーンにも事欠きません。

 このマンガは、「聖戦記エルナサーガ」というタイトルや、一見して王道的にも見える設定、綺麗な作画等の要素で、きらびやかなファンタジー作品にも見えるのですが、実はそのような作品とは一線を画しています。「聖戦」というタイトル、王族たちが主人公という設定、同時期の人気連載だった「ファイアーエムブレム」の影響などから、これもまたファイアーエムブレムのような王朝絵巻、華やかな戦記ものをイメージしてしまう人も多いと思いますが、むしろそれとは正反対の醜さ、殺伐さの方が強く出た作品なのです(むしろ、同じゲームならば、「タクティクスオウガ」や「FFタクティクス」のような殺伐とした権力闘争ものに近い印象があります)。これは、未読の人にはもっとも誤解されている部分であり、一見しただけの印象、とりわけ華やかなタイトルや綺麗な作画の印象だけで、この作品を評価すべきではありません。


・ストーリーの面白さも一線級。
 しかし、このマンガは、単にテーマが素晴らしい、考えさせるというだけではありません。娯楽作品としても一線級で、ストーリーの面白さ、完成度でも卓越したものがあります。次から次へと読みたいと思わせる展開の連続で、特に前半のうちはそれが顕著でした。

 とにかく、ストーリーの見せ方が非常に巧みで、序盤の頃からそれを感じさせるシーンが目立ち、とても新人の作品とは思えませんでした。見た目の作画のうまさも合わせて、新人レベルの作品とは一線を画す完成度がありました。連載第1話で、離れたところにいるふたり(エルナとシャールヴィ)の視点から、交互に話が進められるくだりなどは、いきなり話作りの工夫、うまさが感じられ、大いに好感を持ってこの作品を受け入れられました。

 その後の連載では、序盤から長く継続して続く、主人公エルナとシャールヴィの逃避行のくだりが、最高の緊迫感があり、かつ非常に密度の濃いストーリーが見られました。相次ぐ追っ手の襲来を撃退し、市街を駆け抜けて脱出を試み、病気にかかって危機に陥り、戦場では過酷な殺戮劇に巻き込まれながら、なおも強い意志を持って脱出の旅を続けていく。とりわけ、コミックスでも最初の5〜6巻くらいまでは、作中ではほとんど4、5日か一週間程度しか時間が経過していません。それだけ密度の濃いエピソードの連続だったのです。


・緻密な世界観とビジュアル、多彩な魔法設定も魅力的。
 そして、中世ファンタジーの世界を巧みに表現した、ビジュアル面での完成度でも優れています。
 総じて北欧神話をモチーフにして作られており、作中の魔法言語やルーン文字が浮かび上がる魔法陣にも、それを強く感じさせます。しかし、最も印象的なのは、実在の文化をよく研究して採り入れられた、人物の服装や市街の建物の描写でしょうか。とりわけ、ひとりひとりの服装がとにかく凝っていて、他のファンタジーものとは、その質感やリアリティで群を抜いています。いかにも北欧的なイメージを強く感じるのですが、これは実際に北欧やアジアの民族衣装をモチーフにデザインされているようで、この創作姿勢には本当に感心しました。

 それに加えて、作品中のいたるところで見られる、多種多様な「魔法」の設定にも惹きつけられます。他のファンタジー作品でも良く見られる、炎や雷などの攻撃魔法はもちろん、一種のウイルス兵器である「魔精霊法」、自動回復の法術で「回生呪」と呼ばれる刻印魔法、死者を蘇らせ使役する「使い魔法」、魔法に対する防御障壁(バリア)である「防御圏(クレトゥス)」、辺境より竜を呼び寄せる「召喚魔法」、離れた場所に人や物を転移させる「転移魔法(ユアヴァーフォエリン)」など、まさに多種多様で(これでもまだ一部)、ここまで多彩かつ緻密な魔法設定をよく考えたものです。魔法は、剣と並ぶファンタジーにおけるひとつの花形ではありますが、ここまで徹底的なまでに詳細に設定された作品は、中々見ることはできません。


・戦闘シーンの駆け引きにも卓越したうまさを感じる。
 そしてもうひとつ、その魔法も多用することになる、戦闘シーンの見せ方も非常に優れています。

 まず、ファンタジーものの戦闘でありながら、その中でも出来る限りリアリティを重視する姿勢が感じられます。剣を交えるシーンで、きっちりと剣で鎧の隙間を狙っている描写が目立つのがその代表です。これは、作者自身のインタビューでも語られていて、「現実の中世の戦闘では、分厚い鎧には剣はあまり有効ではなかった。しかし、このマンガはファンタジーものなので、ファンタジーでは定番の武器である剣を使う必要があった。そのために、最低でも剣で鎧の隙間を狙う描写にして、できる限りリアリティを重視するように心がけた」と語っています。そのために、一撃一撃の剣戟の構図に工夫が感じられ、綺麗で繊細な絵でありながらも、そこには確実に一撃の「重み」が強く表現されています。

 リアリティだけではありません。真に見るべきは、闘いの「駆け引き」の描写に、強いこだわりが感じられることです。
 単に力押しで敵を倒すだけではありません。主人公のひとり、王子シャールヴィなどは、筋骨たくましい屈強の戦士で、かつ桁違いの魔法力まで持ち合わせ、その圧倒的な膂力・魔法力で敵を叩きのめしていくシーンも、もちろん数多く見られます。しかし、決してそれだけではないのです。それだけの戦士でありながら、時には巧みな位置取りによって闘いを有利に進めようとしたり、魔法を撃つタイミングによって勝利を引き寄せたりといった、空間や時間を駆使した駆け引きの描写が、実に頻繁に見られるのです。また、剣と魔法を交えた戦闘も独特で、武器を交えながら呪文を詠唱するという、極めてテクニカルな闘い方まで要所で見られます。

 このような、戦闘の駆け引きに徹底的にこだわった描写は、堤抄子作品全般に見られる要素で、作者の最大の持ち味のひとつとなっています。堤さんは女性作家ですが、ここまで理知的な駆け引きに満ちた戦闘シーンを標榜する人は、女性ではかなり珍しいように思えます。


・連載後半の失速が惜しまれるが、その完成度は揺るがない。
 このように、連載最初期から、圧倒的な完成度で読者を惹きつけた「聖戦記エルナサーガ」ですが、その後連載の中期までは、極めて安定した連載ペースを維持し、ストーリーの緊張感も保たれ、長らく高い質を堅持していました。しかし、連載4年目の1996年、姉妹誌のガンガンの方で新しい連載を並行して行うことになり(「STAR GAZER」)、そのために、こちらの連載が一時的に中断、再開後も隔月連載となってしまい、これで作品の勢いが大きく削がれてしまいました。肝心のストーリー面でも、このあたりから当初ほどの勢い、緊張感がなくなってしまったところがあり、これ以後、連載前半ほどの人気は維持できなくなってしまいます。ガンガンでの並行連載はじきに終了し、「聖戦記エルナサーガ」の連載ペースは通常に戻りますが、ペースは戻っても作品の勢いまで取り戻すことはできませんでした。

 また、1997年以降のGファンタジーは、新規の連載陣が大きな人気を獲得するようになり、中でも「最遊記」の人気が他を圧倒するようになります。それ以外にも「E'S」「クレセントノイズ」「東京鬼攻兵団TOGS」「女神異聞録ペルソナ」など、雑誌の新しい中心作品となる長期連載が次々と参入し、そのため、もはやかつてほどの勢いがなかった「聖戦記エルナサーガ」の存在はさらに薄くなり、以後は通好みの作品として雑誌の中堅的な位置で連載を重ねるようになります。

 そのため、連載後半の印象がやや薄くなった感は否めませんが、それでも作品の質そのものが大きく落ちたわけではなく、最後まで通して、やはり非常にハイレベルな作品であることは間違いありません。1999年に感動のエンディングを迎えたときは、多くの読者から惜しみない拍手が送られました。ただ、連載末期の人気がさほどでもなく、かつエニックスが連載終了作品の増刷に消極的である姿勢も手伝って、連載終了後にすぐにコミックスが絶版となってしまい、いきなりこれだけの良作が入手困難になってしまったことは、大いに悔やまれます(数年後に、読者の要望に応えて新装版が出版されますが、これさえ今では入手困難になっています)。

 そのような経緯もあって、今では、コアなマンガ読みの人々の間で、知られざる屈指の名作として、のちの世に語られる存在となりました。決して派手さのない、大きな人気が出ないような作風ではありましたが、その卓越した完成度には揺ぎないものがあり、もはや短くはないエニックス(スクエニ)コミックの歴史の中でも、最大の名作であることは間違いないと思われます。


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