<ギムレーの魔法大全> ──「聖戦記エルナサーガ」──

2005・11・24

 「聖戦記エルナサーガ」をファンタジー物語として読み始めて、まず誰もが真っ先に気づくのが、この作品の「魔法」描写の素晴らしさではないかと思う。一般的な王道ファンタジーにおいて、「魔法」と言えば「剣」と並ぶ最大の華。「エルナサーガ」の魔法は、その考え抜かれた基本設定、リズミカルで詩的な美しさを持つ詠唱文、そして緻密なビジュアル面での描写と、すべてにおいて非常に魅力的なものに仕上がっている。ファンタジーファンならば誰もが満足するであろう魔法の完成形がここにある。
 ここでは、その美しき魔法の数々の魅力を紹介していきたい。「エルナサーガ」の魔法は、その種類も多岐に渡っており、そのひとつひとつに意味のある設定が与えられている。その中には、物語の本質に直結する魔法も存在している。


通常魔法
 単行本2巻巻末の魔法紹介ページの記述によると、「エルナサーガ」における魔法とは「念によって周囲の物質に作用する力」であると定義されている。そして、術者が物質を動かすイメージを絞り込むために、長い詠唱と掌相が必要であるとされている。

 エルナサーガの世界では、個人の持つ魔法の力はその生まれに大きく左右される。魔法の特に強かった一族は王族となり、国家を支配するようになった。作品中でも、王族に属する人物の放つ魔法は極めて強大である。この世界の王族は、単に家柄が優れているだけでなく、身体的に特殊な力を持った存在として描かれているわけである。(*ただし、厳しい修行と学問によって強い魔法を習得した「魔道士」と呼ばれる者たちも一部に存在する。)

 通常魔法とは、その多くが戦場で使われる攻撃魔法であるが、「エルナサーガ」ではそのビジュアル面での描写が実に魅力的である。日本語の詩的な文章と北欧の言語から採った魔法名を組み合わせた詠唱文は、リズミカルで耳に心地よく響き渡り、そして詠唱とともに術者の前に現れるルーン文字の輝線は、まさに空中に浮かぶ魔法陣を思わせるもので、魔法の神秘的な雰囲気を存分に再現している。作中の凝った戦闘シーンの中でも最高に盛り上がるところである。
 以下に、作中でも最も頻繁に使われた印象深い呪文をいくつか紹介してみる。

<雷撃(ソールスラーグ)>
 極めて強力な落雷攻撃呪文。莫大な魔法力を費やすために王族にしか使えないとされている。事実、王族の使うこの魔法の威力は凄まじく、まさに一瞬で戦況を一変させるほどの大規模破壊呪文の様相を呈している。「闇の王にして光の王 闇より出でて其を打ち砕く者 九十九なる光の蛇にて〜」という稲妻の姿を詩的に表現した詠唱文が実に印象的だ。

<火箭(エルドクヴァスト)>
 いくつもの火弾を放つ火系攻撃呪文。数ある攻撃魔法の中でも割とスタンダードな呪文らしく、作中でも最も頻繁に登場する呪文のひとつだ。「気(ルフート)よこの屍櫃に満ちよ 屍櫃は毒酒の壺のごとくなれ 毒酒の壺は腑分け鳥(カラス)の卵ほどに また冥狼(ガルム)の目玉ほどになりて・・・炎宿さん」(全文ママ)という詠唱文は、作中でも最も詩的な面白さに満ちた呪文だと思う(韻まで踏んでいるし)。同系のさらに強化された呪文として「炎波動(エルドヴォーグ)」がある。

<熱核雷弾(シャーンスラーグ)>
 熱核系の最強呪文にして、超越的な威力を誇る禁呪。あまりにも膨大な魔法力を有するため、王族ですら使えるものはほとんどいないとされている。「万物に先立ち古き生まれの星の素子」(=水素?)という詠唱文の内容、「一瞬にして広大な土地を焼き払い、しかもその地は毒に呪われる」という描写(毒=放射能汚染か)、そして「熱核」という呪文名から見て、核爆発系の呪文・・・それも水素爆弾に相当するものではないかと思われる(*現実に水素爆弾のことを「熱核爆弾」と言うことがある)。超強力な呪文だけあって詠唱も長く、発動までにかなり時間がかかるようだ。発動してしまえばもはやなすすべのない威力なので、この呪文に対抗するには何としても呪文の詠唱を止めるより他にない。
 この呪文は、詠唱中の発動前に前段階があり、術者の手に雷球が出現する(水素プラズマの球体だと思われる)。通例はこの雷球を術者の手に収めてさらに呪文を継続するが、最終決戦でのヴァーリは巨大な雷球を何もない空中に維持し、さらに剣まで振るうという離れ業を演じて見せた。


短呪
 通常魔法の中に「短呪」と呼ばれる一連の呪文がある。多くの通常魔法が、長い詠唱時間と発動までのタイムラグを必要とするのに対して、短呪はその詠唱時間も発動までのタイムラグも非常に短く、発動までの隙が少ないのが最大の特徴である。そのため、魔法戦で相手の魔法に割り込む形で使ったり、あるいは相手の割り込みを許さない手段として先手を打って使ったりすることが可能だ(*カードゲームのマジック・ザ・ギャザリングにおける「インスタント」呪文のような感じ)。
 しかし、詠唱時間が短い分、ほとんどの短呪は威力的には大きく劣るのが欠点である。だが、その中でも「陣風竜(イルドラーク)」という魔法は、短呪でありながらも十分すぎる威力を持ち、作中でも最も使い勝手のいい呪文として多用されている。


回生呪
 「王族、高位魔道士など、魔法量の多い人間が、その頭部にあらかじめ治療呪文の秘文字(ルーン)を入れ墨し、体が傷ついたときに自動的に治療呪文がかかるようにしたもの」(作中の説明文ママ)。
 自動回復のエンチャント魔法だと思われるが、その効果は非常に強力であり、王族のような魔法が特に強い人間の場合、たとえ心臓を刺されても死ななくなるほどで、もはや不死身に近い存在となる。ただし、回生呪を持つ頭部と体が切り離された場合(首をはねられた場合)はこの限りではない。
 王族の場合、その一族ごとに回生呪の秘文字を入れ墨する場所が伝統的に決まっているらしく、回生呪の位置でどこの王族か知ることも出来るようだ。


防御圏(クレトゥス)
 魔法に対する防御障壁(バリア)。回生呪と違って自動発動ではなく、一応は呪文の詠唱による発動である。しかしその詠唱はとても短く、使い勝手は極めてよい。この防御圏の強さ・大きさも個人の魔法力に左右され、魔法の強い王族ならば、その防御圏を見ただけで王族だと分かるほどである。強力すぎる回生呪の効果に、この防御圏による守りが加わった王族の魔法戦闘力は極めて高い。雷撃(ソールスラーグ)のような王族専用の強力呪文もあわせて、この作品でいかに王族が特別扱いされているか分かると思う。


召喚魔法
 「エルナサーガ」の舞台は「ギムレー」と呼ばれる閉じた大地であり、その辺境の外側には人の住めない魔境が広がっている。これは、その魔境に住む生物(多くの場合、竜)を召喚して使役する魔法である。呪文に成功すれば、魔境からはるばる竜が飛んでやってくる(魔法陣などで直接呼べるわけではないことに注意)。
 作中での召喚シーンでは、竜の中でも特に強い火竜がやってきて皆が驚くシーンがある。どうやら特定の個体を選べるわけではなく、たまたま召喚に応じた個体を使役する形でしか使えないらしい。竜がなぜ召喚に応じるのかも謎であり、召喚者の死んだ肉親や愛馬の生まれ変わりであるという説や、戦場で餌(死体)にありつけるためにそれが条件付けされたという説がある。


封魔呪法
 反魔法。古代魔法のひとつで、そのメカニズムはほとんど分かっていない。作中でも最も謎に満ちた魔法であると同時に、物語の鍵を握る魔法でもある。
 あらゆる魔法をはね返し、エンチャント魔法ならばそれを解呪する。あくまで「はね返す」のであって、打ち消す(消滅させる)のではないことに注意したい。「エルナサーガ」の世界では、人間は誰しもいくばくかの魔法を体に帯びており、封魔呪法はこの体内の魔法とも反応して肉体組織を破壊してしまう。極めて恐ろしい魔法であり、使いこなせるものはほとんどいない。
 とはいえ、この反魔法は非常に珍しいものであり、作中でもわずか二例しか登場しない。ひとつは、この世界を魔風(魔力を帯びた強大な風)から守っている「聖剣(グランテイン)」であり、そしてもうひとつは、その小型版である「聖短剣(グランクニーヴ)」だ。いずれの剣も封魔呪を帯びている以上、普通の人間では触れることすら出来ない。これらの剣を唯一使いこなせるのが、魔法を全く持たない唯一の人間である、主人公のエルナだ。


魔精霊法
 これも古代魔法のひとつ。「魔精霊」とは、通常考える木や草、火や水の精霊とは異なり、我々の世界でいう細菌、ウイルスのことである。この点に於いて、これは通常の魔法とは明らかに性質を異にする存在である。しかし、前述の封魔呪法ならば、これも通常の魔法と同様にはね返し、もしくは解呪できるようだ。性質は違えども魔法は魔法、ということだろうか。
 古代にはこれを動植物を生態改造する手段としても使っていたらしいが、作中の現在ではもっぱら戦争用の兵器として使用されている。その代表的なものが「狂戦士(ベルセルク)」であり、魔精霊の感染で人間を好戦的な戦士に改造したものである。当然ながらこれは忌まわしき呪法であり、禁呪扱いされているが、実際にはどの国もある程度は使用しているのが実情のようだ。
 物語の初期に登場した狂戦士(ベルセルク)は、姿は多少変わっても元の人間の時の意識を有しており、騎士や兵士に従う補助戦力として使われる存在だった。しかし、物語の中盤以降では改造が凶悪化し、巨大で異形の姿となり、人間だった頃の意識もなく、圧倒的な力で破壊を続ける大量殺戮兵器と化してしまい、戦争のあり方を根底から変えてしまった。


使い魔法
 「使い魔」・・・エルナサーガでは、これは魔法で甦った屍を指す。つまり、これは死者をいわばゾンビにして使役する術、Animate Deadである。使い魔は生前の能力、意識をそのまま保持しており、さらには「冥王法」による瞬間移動までも可能になる。そして術者が死なない限り不死身であるとされる(作中では、首を落とされても死ななかった)。
 このように書くと非常に強力な魔法に思えるが、その分制約が多く、使役には困難を伴う。膨大な魔力を消費する他、生前自分に縁の深い存在を使い魔にすると自分にまで死者の妄執が呪いとなって降りかかることが使役を困難にしている。そのため、通常は、たまたま術者の目の前で死んだ小動物(小鳥など)を復活させ、メッセンジャー代わりに使役する程度の使用法に限られているようだ。
 術者を倒す以外に、使い魔を倒す方法がもうひとつある。使い魔は、生前の妄執が晴れた時に天に召されるらしい。が、実際にそれが成功した例はほとんどないようだ。


魔幻像(ドロームビルド)
 人に幻を見せて、精神を自在に操る魔法。これもまた別系統の古代魔法であり、通常の魔法とは全く異なる。呪文の詠唱そのものが暗示となって人を操るもので、実際には魔力は関与していないとも言われる。
 つまり、これは本来的に魔法ではなく、一種の催眠術に近いものであると推測できる。それを裏付けるかのように、魔法を持たず他人の魔法にも一切かからないはずの主人公のエルナにさえ、この魔法は通用してしまった。
 対個人限定の小規模な魔法ながら、人の精神を自在に操るという効果は大きい。悪用すれば非常に恐ろしい結果をも得られるだろう。


子供の魔法
 12歳までの子供が使える魔法。子供を守る妖精(アールヴ)ハーリティとの契約によるもの。
 子供のわずかな魔力でも使える小規模な魔法という点で、キャントリップ(ちょっとした小さな魔法、おまじない)のようなイメージの魔法だが、使い方次第ではその効果は中々に侮れないものとなりうる。ただし、大人がこれを使おうとするとバチが当たるらしい。妖精ハーリティは、もとは異国の強力な神様だったと言われる。


魔法剣
 剣に何らかの魔法をかけて、威力を増したり特殊な効果を付加したりする魔法。エンチャント魔法としては定番中の定番であろう。
 ファンタジー物語に登場する魔法としては比較的ポピュラーなものだと思われるが、しかし「エルナサーガ」の世界では、これは禁呪扱いされている。
 実は、この世界で伝説に詠われる三大魔法剣(聖剣・統魔雷剣・炎魔剣)が、あまりにも超越的な力を持つ魔剣であるがゆえに、それに近い存在である魔法剣もタブーとして禁止されているのである。人智を超えた存在に近づくことは危険なのだ。


転移魔法(ユアヴァーフォエリン)
 通常の魔法は術者の精神、肉体の能力に依存するために、その有効範囲はおのずと限られる。しかし、この転移魔法だけは例外であり、魔法陣と魔道士の呪文によって離れた場所に物体を転移させることができる。一説には、これは前述の使い魔法と関係しているとも言われる。いずれにせよ、通常の魔法とは別系統の魔法のひとつであることは間違いない。
 実は、この「エルナサーガ」の続編である「エルナサーガII」において、転移魔法は科学によって理論上再現可能であるとの解釈がなされている。これは、量子力学で言う「粒子の相互遠隔作用」であり、これにより特定の分子状態を他の地点で復元することができるという。とすれば、この転移魔法とは、いわゆる「量子テレポート」であると考えられる。
 前述の熱核雷弾もそうだが、作者の堤抄子さんは科学やSFに対する興味が強いようで、ファンタジー作品でありながらこのような科学を元ネタにしたような設定が「エルナサーガ」では散見される。そのような点に注目してこの作品を読んでみるのも面白いだろう。


 以上のように、「エルナサーガ」の魔法は、多岐に渡る様々な系統が存在し、そのひとつひとつに詳細かつ綿密な設定が与えられている。わたし自身も、この記事を執筆するにあたり、思った以上に大きな文章量の紹介になったことに驚いている。冒頭で「ファンタジーファンならば誰もが満足するであろう」と書いたが、これは決して誇張ではない。「エルナサーガ」は、テーマやストーリーの完成度ももちろん素晴らしいが、このようなファンタジーとしての魅力あふれる設定にも見るべきものがあると思われる。


(補足・作品を読む上での注意点)
 「エルナサーガ」では、「魔法」という言葉が、ふたつの意味で使われている。
 ひとつは、文字通りの「魔法」という意味そのもの。もうひとつは、魔法を使う「魔力」(ゲーム風に言えばマジックポイント、MP)の意味である。このふたつは、まったく区別なくどちらも「魔法」の一語で表されているので、前後の文脈を見てどちらの意味なのか慎重に判断する必要がある。このことを知らないで読むと、会話の意味がまったく通じなくなることもあるので、特に注意したい。

 なお、魔法を使用することで消費された魔法(魔力)は、時間が経過するか、あるいは睡眠等の休息を取ることでさらに速く回復するようだ。魔法(魔力)が体内に回復する時の感覚を、シャールヴィは、「満ちてくるようでもあり風が吹きこんでくるようでも・・・」と表現している。




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