<卓越した戦闘描写> ──「聖戦記エルナサーガ」──

2007・7・14

 「聖戦記エルナサーガ」は、テーマやストーリーも非常に優れていますが、戦闘シーンでのアクションの完成度にも並々ならぬものがあります。戦闘アクションという娯楽要素だけを抜き出しても一級品で、それも堤さんのような女性作家の手によるファンタジー作品で、ここまで卓越した戦闘描写を達成しているマンガは、そう多くはないでしょう。彼女の描く戦闘シーンの面白さは、まずその確固たるリアリティと、そして優れた駆け引きの描写にあります。


・ファンタジー世界での戦いを踏まえた、剣戟の重みまで感じるリアリズム。
 まず、堤さんの描く戦闘シーンで特徴的なのは、派手すぎるエフェクトなどは極力押さえ、純粋に構図の上手さだけで戦闘描写をなしえているところにあります。これは、剣や斧による近接戦闘においては特に顕著です。強大な魔法を使用するシーンでは、さすがにかなりのエフェクトも多用されていますが、逆に、剣が交差してしのぎを削るような戦闘シーンにおいては、派手な必殺技のような攻撃が飛び交うことはまったくなく、純粋に一撃一撃の剣戟のみできっちりと構成されています。

 ここで面白いのは、剣での攻撃において、きっちりと相手の鎧や装甲の隙間を付く様に攻撃してダメージを与えていることです。元々、実際の中世の戦闘では、分厚い騎士の装甲に対して、剣での攻撃は有効ではなく、むしろ別の武器が使われていたようです。しかし、この「聖戦記エルナサーガ」は、あくまでも架空のファンタジー物語のために、その象徴とも言うべき剣(ファンタジー的な「かっこよさ」を象徴する武器)をどうしても使う必要がありました。ハンマーやモーニングスターではかっこよさを出せないというわけです。そこで、堤さんは、「最低でも剣で鎧の隙間を狙う描写にして、できる限りリアリティを重視するように心がけた」とインタビューでも語っており、そこには作者独特のリアリティに対するこだわりが感じられるのです。

 そんな戦闘シーンの代表的なものが、コミックス10巻において、女騎士ラヴァルタが傭兵ハーレクに対して、片手一本で剣攻撃を仕掛けるシーンでしょう。これは、ラヴァルタが、右手一本で相手の剣を持つ利き腕、その装甲の弱い部分を叩きつけ、腕の骨をへし折って戦闘不能に追い込むシーンです。細かい部分の描写なので一見すると見落としがちなところですが、実はきっちりと手甲と鎧の隙間の、比較的装甲の弱い部分を狙っており、その戦闘リアリティへのこだわりには顕著なものがあります。また、このシーンでは、あえて敵を打ち倒すような大掛かりな攻撃を仕掛けず、腕を折るだけで戦闘不能に追い込み、最小限の行動で相手を無力化するというところにも、戦闘の戦術面での巧みなこだわりが感じられます。

 そして、このように武器での攻撃の描写に工夫が感じられるために、そこには確固たる「重み」が感じられます。派手なエフェクトやオーバーなアクションを使用せず、ただ武器での一撃を丹念に描いているだけなのに、そこには圧倒的な攻撃の重み、痛さが感じられるのです。これこそが、エルナサーガの戦闘の大きな持ち味のひとつであり、地味で堅実な描写の繰り返しながらも、きっちりとした現実的な戦闘を描こうという作者の試みには、大いに共感できるものがあります。

 現実的な戦闘、という点では、コミックス4巻の火竜との戦闘において、竜に乗る騎士を攻撃するために「竜の足にのってジャンプする」というシーンも本当に面白い。「前足に駆け登ると、竜は反射的に蹴り上げる」という設定なのですが、こんな風な竜の生態まで考えて攻略するようなシーンは、他のファンタジーでもあまり見たことがありません。これほどまでに現実的な描写、設定にこだわる作品は、むしろ大人向けのハイ・ファンタジーで頻繁に見られますが、「聖戦記エルナサーガ」も、それに連なるひとつの作品とみてよさそうです。


・巧みな戦闘の駆け引きが本当に面白い。
 そして、戦闘のリアリティと並んで面白いのが、なんといっても巧みな駆け引きの描写です。エルナサーガの戦闘では、個人の持つ圧倒的な力に加えて、巧みな位置取りによる戦闘戦略、同じく絶妙なタイミングを駆使した戦略描写が多数散見され、これには本当に惹きつけられるものがあります。戦闘の持つ戦略、駆け引きに惹かれるタイプの読者には、特に薦められる作品となっています。

 まず、これは駆け引き重視とは言えませんが、圧倒的なで、敵を打ち倒すシーンが目立ちます。とりわけ、主人公のパートナーで、豪腕の王子であるシャールヴィの戦いぶりに、それがよく見られます。筋骨たくましい戦士で、竜の骨を一撃で打ち砕くような強烈な膂力に加えて、王族ならではの圧倒的な魔法力まで持ち合わせており、強力無比な武器や魔法の一撃で、敵を圧倒する様子が頻繁に見られます。

 そのようなシーンの圧巻とも言えるのが、コミックス4巻での、火竜とそれを操る狂戦士とのバトル、その最後のクライマックスシーンでしょう。狂戦士の剣に腹を串刺しにされた上、竜の炎を食らってレンガの壁に叩きつけられて転落しても、圧倒的な魔法での回復力でよみがえり、ありえないほど強力な大規模魔法であたりの家ごと竜を一撃で圧殺する。このシーンでは、シャールヴィの持つ圧倒的な戦闘ポテンシャルを、まざまざと見せ付けられた形となりました。

 しかし、そんなすさまじい力を持つ戦士も登場するこの作品ですが、決してそれだけのマンガでもありません。このマンガでは、決して力だけに頼るシーンは多くなく、実際にはその軽快な動きを駆使した巧みな位置取りで、戦闘を有利に進める場面が多いのです。左右からゆさぶりをかけたり、上方から思わぬ形で奇襲をかけたりする。あるいは、相手の剣を間一髪で交わして、下方から攻撃するようなシーンも見られます。そのような場面が随所に見られることから、作者が意図してこのようなシーンを多数採り入れているのが分かります。

 とりわけ、コミックスの2巻における、竜が相手の空中戦が圧巻です。このシーンでは、スピードでまさる相手の竜に対して、巧みな操作で自分の乗るグリフォンを動かし(掛け声も手綱も使わずに、手による伝心だけで操作する)、下方へと一瞬で脱出、下から竜に対して反撃を加えるという、絶妙なタイミングでの位置取りの妙が見られます。このような、高さを駆使した立体的な戦闘シーンもまた、この作者のマンガでは特徴的なものがあり、このシーン以後も幾度となく頻繁に見ることが出来ます。とりわけ、上方からの奇襲攻撃はかなり多く、ラストバトルでさえこれが非常に重要な役割を荷っています。


 そしてもうひとつ、位置取りに加えて、タイミングを駆使した戦闘の駆け引きにも、非常に力が入っています。とりわけ、魔法戦においては毎回のごとくこれが見られ、相手の魔法の詠唱を阻止するために短い魔法を使用し、魔法発動の前に割り込みを図るという、まるで「マジックザギャザリング」の呪文の応酬のような駆け引きが顕著です。しかも、そのために、「短呪系」という、威力は低いが短い詠唱で発動可能という呪文のカテゴリーまで用意されています。中でも、「陣風竜(イルドラーク)」という短呪は、短呪ながらも十分すぎるほどの威力を持ち、魔法戦では特に重宝され、実際に多用されています。

 このような魔法戦は、連載全般において幾度となく見られ、連載開始直後の戦闘からしてもう完成されていました。シャールヴィと敵国の魔道士による魔法戦で、シャールヴィの魔法の詠唱を魔道士が陣風竜で止めようとするが、シャールヴィも反応してさらに詠唱時間の短い防御呪文でしのぎきり、態勢を立て直そうとする魔道士に時間を与えず今度こそ魔法を詠唱しきって撃破する、という流れで、いきなりこのマンガの魔法戦闘の面白さを見せ付けてくれました。
 さらに圧巻だったのが、連載中盤での、光の王エイリークと大魔道士ヴァーリとの魔法戦でしょうか。これは、ふたりが一対一で正面切って闘う魔法戦で、他になんら要素の混ざらない純粋な魔法のみの戦闘でした。ふたりの強大な魔法の使い手が、次々と立て続けに魔法を放つこの戦闘は、エルナサーガの魔法戦の集大成と言っても過言ではありません。


 そして、これらの魔法と、武器による攻撃とを組み合わせた戦闘がまた面白い。近接戦闘において、武器を交えながらも魔法を詠唱するという、極めて高度でテクニカルな戦闘技術、時にそんなシーンまでが垣間見られるのです。相手の攻撃を武器で受け止めつつ、短い魔法を発動して敵に叩きつける。剣と魔法の両方を使う「魔法戦士」という設定は、他のファンタジー作品でもよく見られますが、このような高度な戦い方までするような作品は、あまり多くはないような気がします。武器による位置取りを巡る駆け引きと、魔法のタイミングを計る駆け引きと、その双方が同時に見られるこの戦闘描写こそが、エルナサーガの戦闘の真骨頂であるとも言えます。


・ラストのクライマックスの戦闘が圧巻。
 そして、こんなエルナサーガの戦闘でも最たるものが、物語の最後の最後、ラスボスとも言える大魔道士ヴァーリに、傷を負ったシャールヴィが最後の力を振り絞って立ち向かう戦闘です。この戦闘では、圧倒的な力と、巧みな位置取りとタイミングを巡る駆け引き、そして剣と魔法の双方を同時に駆使する戦闘と、エルナサーガの戦闘のエッセンスすべてが凝縮されていたと言っても過言ではありません。まさにラスボス戦にふさわしい完成度を誇る、このマンガの集大成とも言える戦闘シーンでした。

 史上最大の圧倒的破壊力を誇る禁呪・熱核雷弾(シャーンスラーグ)の長大な詠唱を続けるヴァーリに対して、それを阻止すべくシャールヴィが剣で攻撃を加え続けるのですが、魔法と同時に剣の心得まで持つヴァーリの詠唱を全く止めることが出来ません。しかもヴァーリは、呪文の生成過程で生まれた巨大な雷球を何もない空中に維持し、その上で剣を振るうという離れ技まで演じて見せ、シャールヴィを圧倒します。そして、ついに禁呪の詠唱が終わってしまうという時に、最後の手段で強引にとどめようとしますが、それすらも傷のせいでかなわず、ついに呪文が発動されようとするのですが・・・。しかし、最後の最後で意外なところから絶妙のタイミングで思わぬ割り込みが入り、ヴァーリに一瞬の隙ができたところを剣で一閃、ついに打ち倒すことに成功するのです。


 このように、最初から最後まで様々な面白さに満ちた「聖戦記エルナサーガ」の戦闘シーンですが、以後の堤さんの作品でも、この要素は強く受け継がれ、さらに凝ったシーンまで見られるようになります。堤さんは女性作家ですが、女性においてここまでリアリティや駆け引きにこだわった戦闘シーンを志す人は、あまり見られないのではないでしょうか。とりわけ、ファンタジー作品の戦闘シーンだと、迫力の剣戟と魔法描写だけが重視され、なんとなく破壊して終わってしまうケースがよく見られるとも思うのですが、この作品の描写はそのようなマンガとは一線を画しています。エニックス(スクエニ)のファンタジー作品の中でも、とりわけこの完成度は目立っており、このマンガに匹敵する戦闘描写を持つ作品となると、わずかに「ユーベルブラット」あたりが相当する程度でしょうか。まさに、マンガ家・堤抄子の実力は、決して重厚なテーマやストーリーだけでなく、こだわりの戦闘アクションでもいかんなく発揮されているのです。


「The Memorials」にもどります
トップにもどります