<作品紹介> ──「夢幻街」──

2009・7・21

 「夢幻街」は、少年ガンガンで1994年3月号から開始された連載作品で、1996年の3月号まで2年ほど同誌で連載され、その後Gファンタジーへと移籍していき、そちらでは半年ほどの連載ののちに終了を迎えました。移籍の理由は、ガンガンが月刊から月2回刊行へと変わった事が大きく、月刊連載のペースを維持するためにGファンタジーの方へと移っていったのだと思われます。

 作者は水沢勇介。この時期のエニックスの新人であり、少し前にガンガンで掲載された読み切り版「夢幻街」が好評を博し、そのままの形で連載化されました。そして、このマンガ以外にはほとんど作品を残しておらず、これがほぼ唯一の代表作となっています。完全に無名の新人でありながら、そのマンガの完成度は驚くべきものがあり、ストーリー・作画の双方において非常に高いレベルを示しました。しかも、まったくアシスタントを使わずに完全に1人でこのマンガを執筆していたようで、その実力にはずば抜けたものがあったと言わざるを得ません。

 肝心の内容は、現代日本の闇社会を舞台にした伝奇オカルトアクションと言えるもので、凄腕の術者である主人公たちが、邪悪な妖怪や妖術師たちを退治する物語なのですが、注目すべきはその極めて落ち着いた退廃的な雰囲気すら感じる作風です。当時の低年齢読者も多かったガンガンでは異色中の異色作品で、青年誌に載ってもおかしくはないような、極めて渋い高年齢向けの作品となっていました。このような作品をあっさりと連載化した、当時のガンガン編集部の英断を褒め称えたいところです。当時のガンガンは、新興の雑誌としてこのような自由な雑誌作りがよく見られたのです。

 しかもその上で、毎回よく練られた読ませるストーリー作り、キャラクターが空中を飛び交い手足が交錯する躍動感溢れるアクションシーンや、専門的なレベルにまで達した高度な伝奇・オカルト知識の存在など、内容的にも実に優秀なマンガとなっており、誰もが引き込まれて読みふけるほどの面白さを持っていました。ガンガンの同時期の人気連載と比べるとずっと知名度では劣ってしまうのですが、しかし熱心な雑誌読者には高く評価される隠れた実力派作品となっていたと思います。

 そして、これだけ優秀な作品だったがゆえに、雑誌の改編の影響を受けて、連載途中で他誌へと移籍させられたのは痛かったと思います。移籍先のGファンタジーでは、いまひとつ精彩を欠いていたのか、あるいはこの時点で早期の終了は決まっていたのか、じきに半年ほどの連載で最終回を迎えてしまいました。この末期の扱いで僅かに残念な点が残るのですが、それでも総じて極めて優秀な作品だったことは疑いなく、エニックス(スクエニ)コミックの長い歴史の中でも屈指の作品となっています。


・ガンガンでは異色中の異色連載。
 「夢幻街」が連載を開始した当時のガンガンは、まだ創刊した1991年当時からの人気連載がほとんど残っており、それらが雑誌の中心として大きな人気を獲得していました。「ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章」「南国少年パプワくん」「ハーメルンのバイオリン弾き」「突撃!パッパラ隊」「魔法陣グルグル」など、挙げれば枚挙に暇がありません。
 そして、これらの連載がガンガンの中心をがっちり固めている中で、これらに続く有力な新連載が中々出ない状態が続いていました。そんな中で、数少ない読める新連載が、この「夢幻街」だったわけですが、これが既存のガンガンの連載とはまったく雰囲気の異なる、異色中の異色作品だったのです。

 具体的には、とにかく全体的に雰囲気が落ち着いていて、派手さやケレン味がまったくなく、渋い大人向けの作品の様相を呈していました。これは、連載の元となった読み切り版の時からそうで、評判がよかったとはいえ当時のガンガンの方向性からは大きく外れたこの作品を、よく連載化する決定を下したものだと思います。
 ストーリー自体は、主人公が妖怪や人間の妖術師と闘う伝奇アクションが基本ではあるものの、その舞台の多くが大人の「裏社会」であり、ヤクザやチンピラが毎回のように登場し、大人社会の汚い一面を何度も強調して見せる点において、当時のガンガンの少年マンガとはまったく異なっていました。この内容ならば、少年誌ではなく青年誌での掲載の方が妥当ではないかと思えるくらいで、少年マンガ中心で低年齢読者が多かった初期のガンガンでは、このマンガの異質さは完全に際立っていました。当時の読者で、このマンガを単行本で読んで存在は知っていたものの、「まさかこれがガンガンの連載だとは思わなかった」という人もいるほどです。

 そして、このような作品は、初期と言わず今に至るまで、ガンガンではほとんど似たようなマンガを見ることが出来ず、ガンガンの全歴史の中で見ても、このマンガの異質さは際立っています。唯一、2001年から連載された「妖幻の血」(赤美潤一郎)が、伝奇オカルト的な要素と退廃的な雰囲気で比較的近いものがあるような気がしますが、あえて挙げられるのはその程度でしょうか。その点において、このマンガの持つ個性・希少性には大きな価値があります。


・卓越したストーリー展開で読ませる。
 このマンガはあらゆる意味で完成度が高いのですが、やはり最も重要なのは、ストーリーそのものがとにかく面白いことでしょう。1話〜3話程度で完結するエピソードで構成されていますが、どのエピソードも本当に面白く、思わず引き込まれてどこまでも読んでしまいます。

 主人公は普段は人形師として生計を立てている牧豹介という青年ですが、実は「狗法」と呼ばれる特殊な術を使う凄腕の術師であり、時に舞い込む依頼に応じて退魔師のような稼業を裏でやっています。そんな彼の元に訪れる事件は、邪悪な妖怪たちそのものが原因であることもありますが、大抵の場合はそれを操る悪い人間が事件の根源であり、彼らのひどい悪行に対して怒りをもって鉄槌を下す、その豹介の姿には、普段の温厚な性格とのギャップもあって、読者の心に強烈な衝撃を与えます。

 また、この物語には、豹介以外にも主人公と呼べるものがふたりいます。豹介の親しい知人でやはり凄腕の符術師である白神、豹介の幼馴染で狗法の能力では彼を遥かに上回る私立探偵の美夜ですが、このふたりが織り成すストーリーも大変面白い。彼らが単独で行動して事件を解決するこエピソードもありますが、時に事件を解して互いに接触し、共同で事件解決に向けて活躍することも多く、複数のストーリーがつながってひとつの事件の解決に結びつくストーリーの構成が巧みです。

 そして、そんな事件に巻き込まれる人々の、哀しみに満ちた境遇と、それが豹介たちに救われた時の安堵の姿、それがまた強い余韻と時に強烈な感動を呼び起こします。彼らの多くは、凶悪な妖怪や、それを利用する悪辣な人間に立ち向かう力を持っておらず、豹介たちに必死に救いを求めますが、その姿が実に胸に迫るものがあるのです。あるいは、彼ら自身が知らずに凶悪な事件の原因となっていることもあり、それを解決しても完全な救いにはならず、哀れにもそのまま消えてしまうことも多く、そのようなストーリーが最も強く印象に残ります。
 一方で、まれに明るめの話であとに禍根を残さず、ほのぼのした終わり方になっているものもありますが、そういったほっとする話もたまのアクセントになっていて、これはこれで微笑ましく読めます。総じて、ひとつとして手を抜いているようないい加減な作りの話はなく、どのエピソードも卒なく完成度の高い逸品になっています。


・凝った絵柄ではないが作画レベルは高い。これをアシスタントなしで執筆した点は驚異的。
 そして、ストーリーだけでなく、作画についても見るべきものがあります。決して凝った描き込みが見られる絵柄ではありませんが、キャラクターも背景も過不足なく描かれていて、その雰囲気溢れる画面作りも卒なくこなれています。

 まず、キャラクターの造形が素晴らしいですね。ひとりひとり異なる個性的な顔立ちをしていて、描き分けがしっかりと出来上がっています。豹介のような青年のキャラクターはもとより、美人に描かれた大人の女性キャラクター、かわいらしい少女たち、壮年・老年の渋いキャラクターから、かわいらしい体型と容姿の子供たちまで、それぞれ見事に個性分けされています。今見るとさすがにやや絵柄が古い印象を受けるものの、それでもさほど見劣りすることなく、今でも十分にそのまま通用する絵柄でしょう。

 そして、最もひきつけられるのは、物語でも最も盛り上がるアクションシーンです。様々な体形から繰り出されるパンチやキックが交錯する肉弾戦は、実に躍動感に溢れていますし、何よりも、常人離れした跳躍能力で一気に建物の屋上や電柱の上に跳び上がり、都市の上空を駆け回って繰り広げるスピード感溢れる追走劇に大きく惹かれます。これは、「夢幻街」のアクションシーンの最大の見所とも言えるところで、多くの人々が行き交う夜の都会のすぐ上で、人知れず人知を超えた妖怪や術師たちと闘う闇の世界の者たち、その姿が実に印象深く描かれているのです。

 そして、このようなシーンで描かれる、都市の背景描写がまたなんとも言えません。極めて淡い繊細な描線で描かれた都市の光景は、なにかそこに寂寞とした退廃的な雰囲気をも醸し出しており、それがまた強く印象に残るのです。このような退廃的な雰囲気の作品は、他のガンガンの連載とは明らかに一線を画しており、大人向けの渋い作品という印象を強く読者に与えます。

 そして、これらすべての作画を、アシスタントを使わずにたったひとりで最後まで描いていることが、本当に驚異的です。徹底的に凝った描き込みの作画ではないため、一応作者一人でも執筆は可能なのかもしれませんが、しかし毎回の連載ページ数が35〜40ページ以上とかなり多い上に、背景まできっちり過不足なくここまでひとりで描くというのは、やはり並大抵のことではありません。驚くほどの高い実力を持った作家であったことは間違いないでしょう。


・高度な伝奇・オカルト知識にも唸らされる。
 そして、作品の端々に垣間見える、極めて詳しい伝奇・オカルト知識の数々にも目を見張ります。毎回のようにタイトルに何らかの呪術的な用語が使われており、本文中にそれに対する非常に詳しい薀蓄が語られる箇所があります。そこで語られる知識は、極めて深く高度なもので、生半可な付け焼刃の情報収集で得られるものではなさそうです。
 作者の水沢さんは、元からオカルト的なものに興味があったようですが、それにしてもここで語られる知識は非常に深いもので、ゲームやマンガのネタ本で手に入るようなものだけではありません。あるいは、今でこそ伝記作品がゲームやマンガでも多数人気を得て、いろいろな作品で見られるようになったオカルト知識ですが、一昔前のこの時代、まださほどのネタ本も流通していなかったころに、そんなマニアックな知識を作品に思う存分投入した意義は非常に大きい。わたしなどは、ここで得た知識が後々の時代にゲームやマンガでそのまま目にすることが珍しくなく、この「夢幻街」で得た知識が大いに役に立つ形となりました。
 しかも、中には、今インターネットで調べてもほとんど該当するページが見られないようなオカルト知識もあり、おそらくは詳しい専門書か文献を当たらないと分からないものもあるのではないかと思われます。

 また、それとは別に、完全に作者のオリジナルの創作ではないか?と思われる箇所も混在しているように思われます。そもそも、インターネットでまったくヒットしない知識というものが、いくら専門的とはいえそうそうあるとは思えません。これらの知識の多くに、おそらくは作者によるオリジナルの創作が多数含まれているのではないかと思われます。
 例えば、主人公の豹介が使う「狗法」という術からしてそうです。これは「天狗の能力を身に付ける」ための術法だとされ、主人公はそのうちのいくつかをマスターしており、例えば「風刃」という能力で敵を切り刻み、「飛翔」の能力で人間離れした驚異的な跳躍力を身に付けています。しかし、このような術法は現実には存在せず、そして風の刃で敵を真っ二つにするとか、ただのジャンプでビルの屋上まで一気に飛び上がるとか、そんな能力はもちろん非現実的な架空の創作であることは言うまでもありません。

 しかし、このような作者オリジナルの創作も、単に荒唐無稽なものとはなっておらず、現実にあるオカルト設定をうまく取り入れ、多くの場合かなりのリアリティを持って読者に訴えてくるのです。自分の持つ専門的な知識を駆使して、それを自身の創作とうまく組み合わせ、実に雰囲気のあるオカルト設定を作り上げ、それが作品全体の独特の雰囲気作りにも大いに貢献しているのです。


・今に至るまでエニックス(スクエニ)で屈指の作品のひとつ。
 以上のように、この「夢幻街」、ガンガンでは今も昔も異色の高年齢向けとも言える落ち着いた作品でありながら、卓越したストーリー作りや高い作画レベル、深いオカルト知識が随所に見られる極めて完成度の高い作品であり、エニックス(スクエニ)マンガの全歴史を見渡しても、トップクラスの実力派作品ではないかと思われます。おそらくは、これまでのスクエニ全作品の中でも、5本の指の中に入るほどの傑作ではないでしょうか。それほどの面白さがこのマンガにはありました。

 しかし、それほどの作品でありながら、このマンガは驚くほど知られていません。ガンガンでの連載中からすでにそうで、このマンガを特に注目して読んでいる読者は多くありませんでした。当時は、他にも雑誌の中心として高い人気を維持していた看板作品の力が非常に強く、特に「ロトの紋章」「南国少年パプワくん」「魔法陣グルグル」「ハーメルンのバイオリン弾き」「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場(ドラクエ4コマ)」などが読者の圧倒的な支持を集め、ガンガンの中心的なイメージとなっていました。加えて、これらの作品からは一歩下がるものの「突撃!パッパラ隊」「ZMAN」「輝竜戦鬼ナーガス」「TWIN SIGNAL」などのさらなる人気作品が軒を連ねており、これらの作品ががっちりとガンガンのイメージを固めている状態で、それらの作品とは異質の雰囲気で当時のガンガンの主要読者の好みからは外れた存在だった「夢幻街」への注目度は決して高くありませんでした。

 もちろん、読み切り版の評判が良かったから連載化されたわけで、熱心な雑誌読者では支持する人は多かったのですが、一方で雑誌にそれほど執着のない読者には、ひどく印象は薄かったと見てよいでしょう。この当時のガンガンを知る人の話を聞く機会はありますが、出てくるのは「ロトの紋章」や「グルグル」「ハーメルン」に代表される上記の人気連載陣ばかりで、この「夢幻街」の名前が出てくる人は非常に少ないのです。

 しかし、そのように知名度では大きく劣るマンガではありますが、それでもこのマンガの評価が揺らぐことはありません。これは、マンガそのものが持つ実力はもちろん、ガンガン(エニックス)では異色とも言えるこのような作品が、長らくガンガンで連載されたという功績も大きい。このような個性的な作品が、読者の評価と作品の実力次第でガンガンで連載を行うことが出来た。これは、当時のガンガンの自由な誌面作りを実感できる名作であり、かつてのガンガンの充実ぶりを最もよく表した珠玉の作品ではなかったかと思うのです。


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