<ベストエピソード10(前編)> ──「夢幻街」──

2009・7・25

*後編はこちらです。

 ここでは、「夢幻街」の中から特に優れたエピソードを紹介します。実は、「夢幻街」のストーリーはどれもこれも秀逸な甲乙つけがたい話ばかりで、その中から選び出すこと自体非常に難しいのです。最初は5つほど(ベスト5)選ぼうとしたのですが、それでは到底絞りきれず、あえて倍の10ほど選んでみました。しかし、これ以外にも選から漏れた優秀なエピソードはさらにいくつもあり、残念ながらそのすべてを記述することはできませんでした。


<蟲毒>
 牧豹介は、普段は人形専門店「夢幻」の人形師として暮らす青年。気さくな彼の元には、たくさんの子供たちが集まり、日々穏やかに暮らしているようにも見えた。しかし、彼にはもうひとつの、狗法という術法を駆使して依頼を解決する「拝み屋」としての稼業があった。ある日、とある暴力団の事務所に呼ばれた彼は、そこの親分の武市という男から依頼を受ける。彼の体の皮膚は、鱗状にひび割れる異様な症状に見舞われていた。ありとあらゆる病院、霊能者や祈祷師の元を回ったがお手上げだったと言う。しかし、豹介は、それを見て冷静に言い放つ。「これは恨みのスジですね。それもかなり強力な呪いをかけている。身に覚えはありますか?」・・・と。

 これが「夢幻街」の最初のエピソードなのですが、この時点でのちの話にも見られる主な要素はすべて揃っていました。主人公が穏やかに暮らす日常、一変した裏の稼業での依頼、細部まで詳しい伝奇オカルト要素、事件で暗躍する妖怪や術者たち、その影の真の黒幕と、実直で弱い者たちが苦しめられ時に悲劇的なラストを迎える物悲しいストーリー・・・と、そのすべてが揃っていました。

 武市に呪いをかけた首謀者は、実は豹介の元に通う子供たちのひとりで、由加という女の子の姉であるミキでした。豹介とも知り合いで親しく顔を合わせていたのですが、彼女の両親は武市に殺され、復讐の為に家に伝わる呪術「蟲毒」を使って彼に呪いをかけていたのです。豹介は、彼女が術で使っていた結界を破り、これは危険だと言って彼女に呪いをやめるように説得します。豹介を襲ってきた蟲毒の蟲をも一刀両断し、これで呪いは解放されます。

 これで武市の呪いも解けたのですが、自分を呪った人物を知った彼は、卑劣にも部下を使って彼女と妹を殺してしまいます。これに激怒した豹介は、武市を問い詰め、襲ってきた組員たちを狗法「風刃」で一掃し、武市を追い詰めます。ここで豹介の手のひらから先代の「夢幻」源三が登場、「お前にふさわしい死をくれてやろうぞ」のセリフと共に呪いの言葉を放ち、武市は無残にも呪いが復活して絶命します。豹介の「地獄に堕ちろ」という言葉が冷酷に響きます。

 こうして豹介は日常へと帰り、また子供たちと遊ぶ日々に戻っていくのですが、そこには哀しい最期を迎えたミキと由加を救えなかった一抹の寂しさが伴い、読者の心に余韻を残す優れたエンディングになっています。浄瑠璃からの引用「夢幻と答ふなり」という言葉が、この作品の根底にある物悲しさを象徴した名文句となっています。


<餓鬼茸>
 この話も、最期の物悲しいラストがえもいわれぬ余韻を残す優れたエピソードです。また、ストーリーの展開が面白く、一度解決したはずの事件にさらに裏があって・・・という意外性のある展開で読者を引きつけます。

 ある日、豹介が道を歩いていると、一匹の野良犬に慕われてしまい、家にまで来てしまって飼うことになってしまいます。竜介と名づけられたその犬は、人懐こい性格で、家に来る子供たちも大喜びで日々楽しく遊ぶことになりました。

 そんな折、豹介の裏稼業での知り合いの白神から、ある仕事を手伝ってくれと依頼されます。幽斉という邪法ばかりに興味を示す僧侶が、「餓鬼茸」なる霊芝を使い、禁呪を駆使して「餓鬼」を作り出そうとしているらしいのです。餓鬼茸を犬に食わせてある呪法をかけると、30日ほどで犬の体から餓鬼が生まれてくると。
 豹介と白神のふたりは、幽斉が呪法を行っている山小屋へと赴き、白神が幽斉と闘って足止めしているうちに、豹介が山小屋へと潜入して呪法を阻止しようとします。しかし、すでに呪法は完成しており、豹介が来た直後、犬の体を食い破って餓鬼が生まれてしまいます。小屋の暗闇の中に潜み襲い来る餓鬼に緊張の時を強いられますが、幸いにも豹介の風刃が力を発揮、餓鬼を一刀両断します。白神の方も首尾よく幽斉を叩きのめし、これで事件は解決したかと思われました。

 しかし、この後にまだ話が続きます。白神の話によると、幽斉が餓鬼茸を食わせた犬が、もう一匹いたというのです。それは数日前に山小屋から逃げ出したと・・・。しかもその特徴が、豹介の家に来た竜介とよく似ていると・・・。
 豹介はまさかと不安に駆られますが、その不安は的中、竜介は突如凶暴になり、腹も膨れて餓鬼が取り憑いていることが明らかになります。源三は、こうなってしまえばもうどうしようもないと言います。豹介は、首輪を外して逃げ出した竜介を追い、辛すぎる心境であれほどかわいがっていた竜介を風刃で一刀両断します。倒した後の雨の中で「お前なんか飼うんじゃなかった」と涙を流して独白する豹介の姿と、その後子供たちと遊んでいるさなかにかわいい飼い犬と出会い、竜介の面影を見出して優しい眼差しを向ける豹介の姿が、感動の余韻を残す珠玉のエピソードとなっています。


<猫又>
 源三の友人・雲海が退治した猫又を豹介のところに持ち込んでくる話。シリアスな話が大半を占めるこの作品の中では、数少ないコミカルな要素の強い話で、読者の心をほっと和ませるところがあります。しかし、単にほのぼのと和むだけでなく、過去の哀しい出来事が現在にオーバーラップする展開でほろりと涙を誘い、卑劣な悪人に完全と立ち向かう猫又の勇姿も見られる完成度の高いエピソードになっています。

 依頼人の求めに応じ、悪さをする猫又という妖怪を退治した雲海は、猫をたくさん飼っている豹介の元に、これも飼ってくれとニコニコしながら持ち込んできます。また無理難題を言ってきた雲海に、豹介は、「そんな危なっかしい妖怪を飼えるわけないじゃないですか」と言いますが、雲海は、「実は結構愛くるしいやつなんじゃよ」と言ってその猫又を出してきます。それは、一見してデブ猫にしか見えない愛嬌のある猫で、しかも雲海の首輪で悪さができないようにしてあったのでした。

 豹介は「うちの猫との相性も・・・」と言って断ろうとしますが、そのときにはすでに家の猫とすっかりなじんでおり(笑)。いやいやながら引き取ることになります。しかし、この猫は家に遊びに来る子供のひとり、ふーちゃんになぜか思いっきりなつき、ふーちゃんの方も猫をすっかり気に入り、「苺(いちご)」と名付けて一緒に散歩するようになります。苺がふーちゃんを気に入ったのは、かつての飼い主で目の前で病死してしまった女の子によく似ていたからで、その面影を強く慕っていたのでした。

 しかし、ふーちゃんと苺が散歩の途中、悪漢が人を殺す現場を目撃してしまい、あわてて逃げ出して道路に飛び出し、ふーちゃんは車にはねられてしまいます。入院することになったふーちゃんの元にまた苺がやってきて、ふーちゃんは思わず抱きかかえて喜びます。しかし、その夜、例の悪漢が目撃者のふーちゃんを殺そうとやってきて、豹介もたまたま席を外していて、一気に危機に見舞われます。そこで苺が体を張って立ちはだかり、男ににナイフで斬られ、首輪のために力が封印されていながらも、ふーちゃんのために力を振り絞って辛くも悪人を撃退するのです。

 そして、ナイフで斬られて倒れた苺でしたが、猫又はそう簡単には死なず、めでたくふーちゃんの元へと帰っていくのでした。このエンディングは、このマンガのエピソードでは珍しく物悲しいところがなく、純粋なハッピーエンドになっていて、読者を安堵させる数少ない話となっています。


<苦蛇>
 これは、「蟲毒」に続く作品2番目のエピソードなのですが、こちらの方も実に優れたエピソードになっています。この序盤の頃からの完成度の高さで、いきなり読者に評価されたと見てよいでしょう。

 今回、豹介の元に依頼を持ち込んできたのは、安部史絵(あべひとえ)という、かつての高校時代の同級生でした。高校時代から仲がよく、豹介は史絵に惚れていたようですが、しかしがっかりすることに今回結婚することになったと伝えられます。
 だが、結婚を控えて幸せいっぱいなはずの史絵は、実は恐ろしい男に付きまとわれていました。同じ大学に通う平谷達也という気味悪い男で、彼がにらむだけで耐え難い苦痛に教われるようになっていたのです。その痛みに史絵は逆らうことが出来ず、平谷のいいなりになる屈辱の日々を送り、ついに耐えられなくなって豹介にすがるように必死に助けを求めにきます。

 史絵を苦しめていたのは、「苦蛇」と呼ばれる霊獣でした。豹介は必死にすがりついて助けを求める彼女を見かねて、自らの血を流して苦蛇を落とすことに全力を尽くします。ようやくいぶりだされた苦蛇のおぞましい姿を見て豹介は一瞬たじろぎますが、干し首になった源三は恐れもせずそれを食べてしまいます。シリアスなエピソードのなかで、ここだけがちょっと気を抜いて楽しめるコミカルなシーンとなっています。

 その後、平谷と対峙した豹介は、彼の史絵をどこまでも苦しめる卑劣な性格を知り激怒、三匹もの苦蛇を取り憑かされた苦痛までもろともせず、「地獄に堕ちろ」の決め台詞とともに風刃で冷酷に切り刻みます。あれほどの苦痛を押さえ込みながら、冷酷な必殺の技をふるう豹介という男の恐ろしい側面を、これ以上ないほどよく表したエピソードになっています。

 こうして事件が解決した後、晴れて結婚の日を迎えた史絵は、式の後の車の中から豹介が子供と遊ぶ姿を見かけ、思わず涙を流して遠くから精一杯の感謝の意を伝えるのです。悪人に対する冷酷な姿とは正反対の、子供と戯れるどこまでも優しい姿の豹介が印象に残る、優れたエンディングとなっています。


<符術師>
 「符術師」のタイトルどおり、白神が主人公のエピソードで、それもこれが初の主役となる話でした。これ以前の話でも、白神は何度か登場していましたが、すべて豹介に情報を抵抗する役か、豹介と共同で任務を行う話となっていました。そんな彼が、晴れて初の主役となったこの話が、実に優れた名エピソードとなっていたのです。

 「人面疽(人面瘡)」と呼ばれる奇怪な痣が頭部に出来てしまった美樹という少女を救う為に、白神が自らの術を徹底的に駆使する話で、とにかく白神の能力の多彩さがよく表れ、その符術師としてのめざましい活躍が見られる話となっています。

 まずは、白神による符術の知識の披露。符術と言うものは霊・霊感がまったくない人間でも扱うことが出来、自分のような霊的不感症の人間にも可能である。また、そんな自分でも修行次第で、「波導法」なる気のエネルギーを操る技術の体得は可能で、それを符に込める事で霊力は格段に上がるのだと。

 そして、その波導を使った治療がいよいよ始まります。人面疽に憑いているものを落とすために、部屋の中に結界を張った上に、患部に波導を送って憑き物をいぶりだし、退治しようという計画でした。この試みは成功し、人面疽に取り憑いていた化け物が姿を現し、美樹の意識を乗っ取ってしまいます。しかし白神は動ぜず、結界の張ってある部屋の中で逃さず仕止めようとします。
 しかし、ここで思わぬアクシデントが起きます。美樹の友人で、今回の依頼者であったゆりが、結界を構成していた呪符に偶然触れてしまい、そこから結界が壊れてしまうのです。その気に乗じて化け物は結界を抜け部屋から飛び出し、夜の街へと逃げ去ってしまいます。

 白神は、なおも動ぜずすぐさま後を追いかけ、都会の夜の空で大追走劇が始まります。この追走劇こそがこのエピソードの最高の見せ場であり、そしてこの「夢幻街」ならではの、退廃的な夜の街の情景とそこで繰り広げられる暗闘が、最もよく表れた1話となっているのです。
 美樹に取り憑いていたのは餓鬼でした。餓鬼の異常な身体能力に翻弄される美樹は、自分が夜の街を走り飛び跳ねていることに恐怖を覚え、「これは夢だ 夢に違いない」と思わずにはいられなくなります。「私がこんなに速く走れるはずがない こんなに高く跳べるはずがない こんなに・・・餓えているはずがない これは夢だ 悪夢に決まってる!」という美樹の独白が、この疾走感・浮遊感に溢れる見事なアクションシーンを、これ以上ないほどよく表しています。

 白神は、夜の街をどこまでも逃げる餓鬼をひたすら追いかけ追いかけ、ついに追いつき、「剥邪掌」なる呪符でついに餓鬼を引きずり出すことに成功、そのまま握りつぶして見事に退治します。「・・・あばよ 化け物」という一言が、この長く続いた恐怖の追走劇の終わりを告げる、実に重みのある一言になりました。
 そして最後に、意識を取り戻した美樹に「夢を見ていたのさ 悪夢をな・・・」といって彼女をなぐさめて終わるエンディング、これもなんとも言えない余韻の残る、白神のエピソードならではの優れた名シーンとなっています。


続きは後編でどうぞ。こちらです。


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