<ベストエピソード10(後編)> ──「夢幻街」──

2009・7・25

*前編はこちらです。

<影法師>
 こちらは、斎木美夜の活躍が最も強く見られる一編です。美夜は、ほかの二人の主人公と比べると、やや登場頻度が低いのですが、それでもその活躍、中でもアクションシーンでの活躍がめざましい。その中でも、この「影法師」は、単にアクションが面白いだけでなく、闇の世界の住人の生き様を読者に強烈に印象付ける一作ともなっています。「光あるところに影があるように 人間(ひと)もまた陽の当たる世界の住人と闇の住人がいる」という一文が、それをよく表しており、そしてもちろんこれは美夜だけでなく、豹介や白神にも共通している生き方に相違ありません。

 そして、このストーリーで美夜の敵となる闇の住人は、影山徳二という男で、黒魔術にはまりこみ「二重存在(ドッペルゲンガー)」の秘法をマスターした男として、裏の世界では知られていました。その男のことを情報屋から聞き出した彼女は、早速徳二の家へ潜入、そしてそこで男が日々重ねていた犯行の証拠となる日記を掴み、それを取り戻しに来た影山と夜の街で闘いとなります。

 そして、このバトルこそが「夢幻街」の最大の見所です。中でもこの「影法師」のバトルはよかった。影山は、二重存在の秘術として分身の術を使うだけでなく、ナイフ使いの手練でもあり、さっと放ったナイフが美夜のすぐそばの壁に突き刺さります。間一髪外れたかと思いきや、それが美夜の影に刺さり、「影縫い」の術で身動きが取れなくなってしまいます。
 そして、ここからが最大の見せ場。完全に窮地に陥った美夜ですが、わずかに動く指先を使って指弾を放ち、影山の背後にある街灯を破壊、影をなくして自由を取り戻し、間合いを詰めて影山を一瞬で投げ飛ばします。かつて、初めてこのマンガを読んだときも、このシーンだけは痺れました。その後、影山は分身の術を使って同時攻撃を仕掛け、再度窮地に陥ったと思われた美夜ですが、一瞬の跳躍で攻撃をかわし、同士討ちを誘って影山をなんとか倒すことに成功するのです。
 この見ごたえのあるバトルは、「夢幻街」の中でも屈指のものだと思われ、特に激しいアクションの多い美夜の話の中でも、最大の見せ場となっています。

 最後に事件の顛末が説明されますが、その真相を知っているのは美夜を含む一部の人間のみ。「光が大きくなれば影もまた限りなく濃くなる あたしはそこに巣くう邪悪なやつらと闘うのが商売 無論あたしも彼らと同様 闇の世界の住人だ」との一文が印象的なエンディングを迎えます。


<妖猿>
 「夢幻街」の舞台は、退廃的な雰囲気の夜の街であることが多いのですが、たまに山中の自然を舞台にした話も散見されます。前述の「餓鬼茸」もそうですし、今回採り上げる「妖猿」は、山の中に潜む妖怪(妖獣)を相手にした闘いで、邪悪な人間が相手の勧善懲悪的な話ではなく、純粋に自然の怪異の恐怖を描いた話になっています。また、この手のホラーものは、やはり人間の住む街や家が舞台のことも多いですが、意外にも「山」にまつわる怖い話というものも多いもので、それをこの作品からも推し量ることができるでしょう。

 この話は、山崎という熟練した登山者が足をすべらせて遭難し、遺体も発見されないという事件から始まります。
 その後、その同じ山に礼子ちゃんが女友達3人を連れて登山に来るのですが、3人の1人香奈が山菜取りの途中で突然倒れ、そのまま入院してしまいます。しかも、特に外傷もないのに意識が回復しない。その様子を見た豹介と源三は、これは何者かが体内に寄生していると推測することになります。

 その後、山に礼子ちゃんと調査に来た豹介は、そこで思いがけず美夜と出会います。美夜の方は、ここで死んだはずの山崎を見たと言う情報を受けて、彼を捜索に来ていたのです。そして、そこで奇妙な動物の死骸を発見したと。妖怪の知識に詳しい源三を伴い、再度美夜はその場を訪れると、そこには猿のように見えて姿かたちが異様な死骸が。源三は「これは”やまこ”」という妖怪ではないかと言います。
 源三によると、やまこにはメスがおらず、猿に自分の子を寄生させて子供を育てる。おそらくは香奈にとりついたのもそれであろうと。そして、ここで遭難したはずの山崎が登場。彼もやまこに取り憑かれており、もう死んでいるが取り憑かれた力で生きていると。美夜、そして豹介と闘いになり、豹介の風刃で一閃。これで本当に死んでしまいます。

 その後、美夜の霊波で香奈に寄生したやまこの精を引きずり出し、一件落着となります。山に生きる妖怪という興味深いモチーフ、ふたつの事件が絡み合う凝った物語構成、豹介と美夜が一同に会して双方が共に活躍を見せるアクションシーンなど、これも見所が多く完成度の高いエピソードのひとつでした。


<犬神使い>
 豹介、白神、美夜が一同に会する唯一の話にして、連載終盤で最も盛り上がったエピソードのひとつです。
 中でも、この話は白神の活躍の素晴らしさに尽きます。白神の符術師としての活躍は、ほかのエピソードでもどれも見ごたえのあるバトルが多いのですが、これこそがその中でも白眉でしょう。

 白神にとって疫病神とも言える内村という小悪党が、かつてつるんでいた仲間で、今では代議士となった海老沢という男に狙われるようになります。そのとき、海老沢に雇われていたのが、白神と同じ裏稼業の同業者で、彼の仇敵とも言える金平という男。このふたりが再び出会うことで、新たな闘いが巻き起こります。
 最初の闘いでは、ナイフを使う金平と格闘戦となり、金平のナイフで傷つきながらもギリギリの闘いで相手を打ち倒し、あとは符術でとどめ、というところまで追い詰めます。しかし、そこで金平の使う妙な術で一斉に攻撃され、何が起こったかもわからず逆に窮地に追い詰められ、海に叩き落とされてしまいます。

 海に落とされつつも逃げて離れた岸に這い上がった白神は、なんとか豹介に救いを求める電話をかけ、なんとか豹介に家に連れられ、そこで介抱されることになります。それでも白神は屈せず「やられたらやり返す」とばかりに反撃に出ることを決意、情報屋から金平の使う術が「犬神」という小さな霊獣であることを知った上で、豹介と共に海老沢の元へと向かいます。折りしも、内村の母から依頼を受けた美夜も海老沢の下で来ており、ここで3人が、特に白神と美夜が初めて顔をあわせるシーンとなっています。そして、美夜が襲い来る海老沢の部下を相手にしている間に、白神は再度金平とあいまみえることになります。

 そして、この金平との再戦こそが、この白神の符術の最大の見せ場、真骨頂とも言えるでしょう。金平の犬神で四方から一斉攻撃された時、無数の符を手の中で一斉に展開して一気に迎撃、多数の犬神たちを一瞬で仕止めるのです。これほどかっこいい符術使いのシーンはそうそう見ることはできないでしょう。
 自分の術が破られた金平は、今度は自分の体に犬神を取り憑かせるという荒業に出て、さらに白神を攻撃します。白神はこれには苦戦し大いに追い詰められますが、あくまでタイマンでの勝負にこだわり、「紅蓮」という符術で体内の犬神を喚起、内部から金平を破壊してついに因縁の闘いにけりをつけます。

 最後に、闘いを終えて傷ついた白神の下に、豹介と美夜がかけつけ、ここで3人揃ってのエンディングを迎えます。病院を嫌がる白神に美夜がつっかかり、豹介が間に入ってなだめつつ歩いて去るシーンが、厳しい闘いの後で緊張が解けた3人の様子に読者がほっと和む名シーンとなっています。


<即身仏>
 まだ連載の序盤の頃に登場した屈指のエピソードです。この回を持って、このマンガは名作の粋に踏み込んだと見てよいでしょう。
 ある日、豹介の妹である久美子が久々に家を訪ねてきます。豹介の地元の寺の地下から即身仏が発見されたというニュースを知って、卒論のテーマにするために取材に来たのだと言います。
 豹介と久美子は、幼い頃に両親をなくし、残された祖父の源三だけではふたりを養うことが出来ず、泣く泣く久美子の方だけを養子に出したのです。豹介も久美子も、その幼いころの哀しい出来事をいまだはっきりと覚えており、ふたりは離れ離れで暮らしながらも強い絆で結ばれているのです。久美子が養子に出される回想のシーンで、豹介が涙をこらえて哀しみを乗り越えようとする痛ましい場面は、この「夢幻街」の根底を流れる儚さ、哀しさを最もよく表した名シーンのひとつだと言えます。

 しかし、そんな久美子に思わぬ不幸が襲います。取材先を訪れた久美子と豹介ですが、即身仏だと思っていたミイラは、実は封印された恐ろしい化け物でした。化け物は寺の住職や僧侶たちを次々に襲い、豹介は必死に立ち向かいますが、一瞬の隙をつかれて久美子の方が襲われ、顔にひどい深い傷を負ってしまうのです。なんとか一命こそ取りとめたものの、この顔の傷は一生治らないだろうと言われます・・・。

 怒りに燃える豹介は、化け物の後を追いかけてひたすら闘いを挑みます。夜の街を激しく跳び交い、最後には駅の屋上で両者が対峙するシーンが、この「夢幻街」ならではの独特の雰囲気溢れるアクションシーンとなっています。豹介は、化け物のその強力な再生能力に苦戦しながらも、それ以上の力を持つ風刃で切り刻んで滅ぼします。

 病院の久美子の元に帰ってきた豹介は、ここで自分に助けを求める久美子を前にして、思いもよらぬ行動に出ます。「何も心配は要らない」と優しく久美子を諭した豹介は、手のひらから精一杯の霊波を放出し、自らの生命力を削って久美子の顔の傷を完全に治してしまうのです。その後の源三と豹介との会話、「言っとくがあれで20年は寿命が縮んだぞ わかっとるのかお前は!?」「・・・百まで生きる気なんか・・・ありませんよ・・・」は、この作品中でも一、二を争うほど印象深い会話になっています。そして、涙を流してお兄ちゃんに感謝する久美子の姿が、この兄妹の深い絆をこれ以上ないほど表しており、作中でも最も感動させられる屈指の名エピソードとなっています。


<人魚>
 これは、連載終盤を飾る素晴らしいエピソードで、私的には最も強く記憶に残る、この「夢幻街」最高の一編だと思います。この作品がガンガンからGファンタジーへと移籍してしまう直前に掲載された話で、ガンガンに対する優れた置き土産のような一編となりました。

 ある海辺の街の旅館の女将に、人形を届けることになった豹介。そこに現れた女将は、思ったよりもずっと若い、志保という名の美人でした。折りしも、その地域には「人魚」の伝説が伝わっており、たまたま取材に来ていた友田という若い男にいろいろと聞かされる事になります。人魚の肉が不老不死の妙薬だったと言う八尾比丘尼の伝説、各地に残っている人魚のミイラ、実はそのほとんどが猿と魚を組み合わせたまがい物であること・・・などなど。源三も感心するような興味深い話でした。

 そんな折、この地に「吸血鬼」が出るといううわさを聞き、志保にも退治するように依頼されます。それは、磯に現れる白髪の老婆で、「磯女」と呼ばれる妖怪のような姿をしているというのです。その晩、旅館に現れた磯女は友田を襲い、そのまま海のほうに逃げていきます。追っていった豹介は、浜辺で倒れ込む志保の姿を発見。実は、磯女は志保だったのです。

 志保の話によると、自分ははるか昔幕末の文久の頃から生きており、当時は新選組の沖田総司とも付き合っていて、密かに恋もしていたと。しかし、沖田が労咳(結核)でなくなったと聞き、絶望していたところで、自分の家の蔵に人魚の死骸があるという話を思い出し、それを見つけ出して食べてしまった。しかし、それは不老不死の妙薬ではなく、一種の呪いであり、発作が起きるたびに血を欲して人を殺めてきてしまったと。そして、話しているその時にもまた発作が起こり、再度白髪の老婆に変身、豹介に襲い掛かりますが風刃で斬られ、涙を流して倒れ込みます。もう自分が長くないことを知り、わざと豹介に倒されたのでした。

 豹介は、自分の血を与えて志保の正気を取り戻させ、志保は最後に感謝と思慕の情を伝えて儚くも消え去ります。豹介はかつての総司に良く似ていたようで、志保はその面影にかつての思い出をよぎらせていたのです。人魚の呪いが解け、白い光となって美しくも儚くも消えるシーンは、この「夢幻街」でも最高の名シーンと言ってよいでしょう。のちに、彼女を思って人形を送り雛のように流す豹介。「彼女の言ったことが本当かどうか、今となっては誰にも分からぬ 誰にも・・・誰にもな・・・」という源三の言葉が哀しくも響く、屈指のラストシーンとなっています。人魚伝説を扱った伝奇ストーリーは珍しくなく、いろいろな作品で人魚と不老不死のモチーフは登場していますが、この「夢幻街」のエピソードは、人魚伝説に磯女という妖怪の話と、さらには幕末の新選組にまつわるエピソードまで絶妙に絡めた、屈指の名作のひとつに数えられるでしょう。


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