<伝奇・オカルト知識を見る(前編)> ──「夢幻街」──

2009・7・25

*後編はこちらです。


 ここでは、「夢幻街」の中に毎回のように見られる、和風伝奇・オカルト的な知識(薀蓄)を採り上げてみます。「夢幻街」に登場する呪術や秘術は、どれも実在の歴史や物語から採られたリアリティに富むものばかりで、そんな知識が語られる場面も非常に興味深いものとなっています。ほかの作品でもよく見られるメジャーなものもあれば、ほとんど知られていないような専門的な知識もあり、加えて作者自らによる創作設定も随所に盛り込まれているように思えます。しかも、単なる荒唐無稽な創作にはなっておらず、うまく実在の設定と絡めて説得力のある設定を作り上げているところが、実に巧みです。そんな「夢幻街」の優れたオカルト知識の場面のなかで、特に印象深いものをいくつか採り上げてみました。


<狗法>
「仙道の世界で天狗というのは、山川草木雲霧などの大自然に満ちている”気”が化成した生命体であり、私たちの物質的な肉体では感知できるはずのないものであるという。  天狗は大自然の精から生じたものが普通であるが、人間も修行しだいで天狗になれるという。その修行法を”狗法”といい、仙道の厳粛なるものだと伝えられている。  修行によって得られる能力は、飛翔・剛力・念動・読心・隠行・透視・水歩・風刃・霊波・幻視などである。」

 まず、このマンガ最大の特徴である「狗法」について記述しなければなりません。これは、おそらくはこのマンガ独特の設定であり、実際にある伝奇的な知識と、作者の捜索とを組み合わせて作り上げた、実に魅力的な能力ではないかと思われます。

 天狗に関する地方地方での言い伝えや伝説には様々なものがあり、一概にこれだとは言えませんが、一般的に最もよく言われているのは「山伏(修験者)が堕落した姿」だとするもので、傲慢なものが死後転生してああいった姿になる、と解釈するものです(だから、普通「天狗になる」と言えば慢心するという意味になる)。あるいは、それから転じて天狗を山の神に見立てる民間伝承もあるようですが、このマンガのように大自然の”気”が天狗の根源であるという見方はあまり一般的でなく、あくまでこのマンガの創作ではないかと思われます。加えて、「人が天狗になる修行」というのも、もちろん作者の創作でしょう。

 しかし、創作ではあると思えるものの、これは実に魅力的な設定になっています。天狗の持つ人間を超越した力、空を自在に飛び怪力を持ち風を巻き起こすとされた力、それを主人公たちが使って華麗なアクションで悪い妖怪や人間を倒す。これほど惹かれる能力はあまりないでしょう。「天狗」というと、日本の妖怪のなかでも、悪い妖怪としては扱われず、むしろ「かっこいい」イメージの方が強い妖怪なので、そんな天狗の能力を身に着けた人間、というのもなんとも言えないかっこよさがあります。

 特に、主人公の豹介が使う「飛翔」「風刃」は、そんな能力の最たるものです。飛翔の能力を使ってビルからビル、電柱から電柱へと夜の街を駆け、必殺の風の刃で敵をなますのように切り刻む。豹介は、飛翔・風刃・霊波の3つしか仕えない、狗法使いの中でも落ちこぼれのようにも作中では言われていますが、実際にはこの3つだけでも十分すぎる強さと縦横無尽の活躍を見せてくれます。
 主人公以外では、祖父の源三が透視・読心・幻視の3つを使え、豹介の幼馴染の美夜が、さらなるエキスパートとして狗法のほとんどをマスターしている達人という設定になっています。


<厭魅・蟲毒>
「人を呪う法は大別して2つに分けられる ひとつは「厭魅(えんみ)」といわれる法──呪うべき相手に見立てた人形をつくり その人形に矢を射かけたり(仙法・そまほう) 金槌で叩いたり(天神法) 釘や針を打ち込んだり(針法)する呪詛法で 呪いのワラ人形・・・いわゆる「丑の刻参り」もこの流れを組むものだと言われている。

もう一つ「蟲毒(こどく)」あるいは「蟲術(こじゅつ)」といわれる法 毒蛇・犬・狐・蜥蜴(とかげ)・蝦蟇(がま)・蟷螂(かまきり)・蜈蚣(むかで)・蝗(いなご)などを何十匹も一つの容器に閉じ込め、共食いさせ最後まで生き残ったものを呪詛(呪い)に使うのである。蛇ならば蛇蟲 犬は犬蟲 狐は狐蟲などと呼び唱えられていた」

 まず第1話でこのふたつの呪詛法の詳細な説明が登場し、特に後者の「蟲毒」の呪いが、物語の中心となってその詳細な方法が綿密に描かれるのですが、いきなりここまで本格的な知識が出てきたことに驚かされます。ここでの説明は完全に正確なもので、実在の伝承を慎重に調べ抜いて作品に採り上げたことは間違いありません。それも、「厭魅」の項目にもある仙法・天神法・針法の説明のように、細部に渡ってものすごく詳しい。こんな本格的すぎる、それも本来ならば忌まわしいとされるようなマニアックな伝奇知識を披露するマンガが、まさかあの当時のガンガンで連載されるとは本当に意外でした。あまりにも異色の連載だったことが、このことひとつ取ってみてもわかります。

 ところで、最近ではこのような「和風伝奇もの」の作品は、昔はホラー系の一般小説が中心でしたが、最近ではマンガやアニメ、ゲーム、ライトノベルでも珍しくなくなり、この「蟲毒」についてもいくつかの作品で見た記憶があります。そんな作品の先鞭として、この「夢幻街」でわたしが得た本格的な知識は、のちの作品に触れる際に大いに役に立つことになりました。


<苦蛇>
「『筒憑』あるいは『長虫』ともいう煙管(キセル)ほどの長さの至って小さな霊蛇で 飼い主の感情の動きを知り恨みに思った相手の皮と肉の間に入り込んで苦しませるという これら苦蛇は”苦蛇憑き”といい憑きものの一つで山陽山陰地方では昔から忌み嫌われている」

 続いて第2話で登場するこの「苦蛇(くだ)」も非常に興味深い。何か動物霊や妖怪や悪魔のようなものが取り憑くことを、地方の伝承で「憑き物」と言いますが、これもそのひとつであるようです。一般には、狐が憑く「狐憑き」、犬が憑く「犬憑き」あたりが有名なのですが・・・。

 一方で、この「苦蛇」に関しては、これらに比べればあまりよく知られていないようで、インターネットで検索してもほとんどヒットしません。しかし、これは作者によるオリジナルの創作では断じてありえず、実際にこのような憑き物の伝説は本当に存在しているようです。
 そのため、その記述は相当に具体的であり、『筒憑(とうびょう)』あるいは『長虫』という別名や、「山陽山陰地方では昔から忌み嫌われている」という詳細な記述を、本当によく調べたものだと感心します。しかも、文献から採られたと思われる画像まであります。ネットでもあまり扱われないような、一部の地方でのみ伝承された狭い知識であるようですが(本当に専門的で狭い領域の話題は、ネットでは見つからない)、妖怪事典などの本には載っているものもあるようです。

 Wikipedelia─トウビョウ

 なお、この苦蛇の話には続きがあり、”苦蛇落とし”なる憑き物を落とす方法の記述もあります。

「苦蛇に取り憑かれた者の身体に生きものの血をかけ・・・・・・その身体に”気”を注ぎ苦蛇を燻り出す呪法である。古来苦蛇落としには蛇の生き血が使われたという・・・」とあり、物語の中では豹介が激しい出血を厭わず自らの血で苦蛇を落とすシーンがひとつの見所となっています。このような悪い憑き物を落とすシーンは、この「夢幻街」では定番のようで、この後の話でも何度か見ることになります。


<骨偶>
「古代遺跡などでまれに出土する骨で出来た人形 土偶から発展したこの骨偶は装飾呪術用具とされており これまで宮城・岩手・北海道などの遺跡から出土している」

 いきなり考古学的な知識が出てきますが、土偶ではなくて骨偶というのはちょっと珍しい。縄文時代の遺跡、特に東日本からは土偶(土で作られた人形)は多数出土しますが、中には骨で出来た骨偶も稀に出土するようで、北海道では熊の人形の骨偶も出土したようです。

 で、これだけならごく普通の考古学知識なのですが、この「夢幻街」の物語では、さらに「イシカホノリ」という言葉が出てきてから、それとは異なるオカルト的な知識に発展していきます。作中の豹介の言葉によれば、「イシカホノリ・・・縄文時代早期に東日流(つがる)に住んでいた津保化族から伝わったという・・・古い禁呪(ごんじゅ)です」とあり、さらに「『津軽無情抄』にこうあります・・・”イシカホノリともおすは称号にして人生の生老病死の一切に用いる呪文なり”」と続きます。

 ここにある『津軽無情抄』という文献は、実は実在せず、おそらくは「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」という文献がモデルになっていると思われます。この「東日流外三郡誌」、中央の政権でない東北の地方から見た視点で描かれた歴史文献として、一時大きな話題となりましたが、のちにこれが現代人による偽作であることがほぼ明らかとなり、一大論争を巻き起こした問題作でした。今ではもう過去のものとなりましたが、この「夢幻街」が執筆された90年代前半までは、まだこの文献が話題に上ることは珍しくなく、それに着想を得た作者の水沢さんが、それからこのようなオカルト設定を採り入れたのだと思われます。

 よって、この設定に関しては、水沢さんが現実の偽書から着想を得たオリジナルの創作ということになりますが、それでもこの物語では、そんな設定の下にまがまがしい呪術の雰囲気は非常によく出ており、現実と創作をうまく組み合わせた巧みなストーリー作りが見られた秀作エピソードだったと思います。


 続きは後編でどうぞ。こちらです。


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