<伝奇・オカルト知識を見る(後編)> ──「夢幻街」──

2009・7・25

*前編はこちらです。


<即身仏>
「江戸時代、僧侶が飢饉や疫病の根絶を祈願して きびしい修行のはて生きたまま土中に入りミイラになるという荒行が 東北の湯殿山を中心に多く行われた ミイラとなった上人は即身仏として祀られ現在も信仰の対象となっている」

 これは、別に伝奇・オカルト系の知識ではありませんね。現実に存在する即身仏の事実に即した説明となっています。物語中では、豹介の妹の久美子が卒論のテーマとして調べているという設定のもと、彼女の口からさらに様々な歴史的事実が語られます。いわく「即身仏になるにはかなり厳しい修行が必要で、あまりの厳しさに挫折する人がほとんどだった」「五穀断ち十穀断ちといって穀物のほとんどを口にできなくなる いわゆる木食行を一生続けなかればならない」「そのやせ細った体で厳しい行法を二千日から三千日も続けてから 生きたまま土中に入る」「そして死後3年3か月後に掘り起こされ即身仏として祀られる」「行きながらミイラ化するなんて過激な方法をとるのは日本の即身仏くらい」など、その記述は正確かつ詳細なもので、よく知っているなと感心してしまいました。わたしなどは、この「夢幻街」で即身仏の基本的な知識を知ったほどで、なんて勉強になるマンガなんだと感心しきりでした(笑)。

 (参考)『日本の即身仏・ミイラについて

 さて、物語では、即身仏だと思っていたミイラは、実は血に餓えた怪物で、寺の僧侶や久美子が襲われる事態に発展してしまうのですが、ここでその化け物を生んだ術法として「琥魂法(こだまほう)」なるものが登場します。作中の説明だと、これは「不老不死」を得る法で、密教と道教系の秘術を組み合わせたもので、文献その他は一切残っておらず、中国の古文書にわずかに記述が記述が残るのみ・・・となっており、これはさすがに作者の創作かもしれません。それも”呪い”を己自身にかける呪法だそうで、となるとこれは西洋風ファンタジーでよく見られる魔法使いや僧侶がアンデッドと化したモンスター(リッチとか)の東洋版として設定したのかもしれませんね。


<人面疽(人面瘡)>
「最初は小さな腫瘍なんだがだんだん大きくなって やがて目口ができ人面が浮き出す しまいにゃ勝手に物を喰らい口をきくという 古くは『新著聞集』や『塩尻』に記されてる 菅茶山の『筆のすさび』には医師・桂川甫覧の記する所として人面疽のくわしい症状・挿絵まで載せてある」

 人面疽(人面瘡)とは、人の顔のような形をした腫れ物の症状で、怪談やオカルト話ではかなり頻繁に登場する、ひどくメジャーとも言えるオカルト知識です。上記の文は作中で白神が語ったものをそのまま起こしたものですが、ここでも言われているとおり江戸時代の古い文献、特に怪談話などですでに何度も登場しており、近代に入ってからも小説やマンガなどの作品で盛んに採り上げられています。谷崎潤一郎にはそのものずばり「人面疽」というタイトルの小説がありますし、横溝正史にもこれまたずばり「人面瘡」という小説があります。手塚治虫のマンガ「ブラックジャック」にも「人面瘡」という一編があります。その他にも、怪談・オカルト系の作品で数多く見られ、どうやらこれは怪談話では定番中の定番のようです。「夢幻街」のオカルト設定は、専門的過ぎてちょっと調べた程度では分からないものも多いのですが、これは比較的有名なものなので、この手の話に詳しい人なら知っている方も多いかもしれません。とはいえ、上記の通り詳細な江戸時代の文献情報まで丁寧に記述しており、作者の知識の深さにはやはり並々ならぬものを感じます。

 これらの諸作品では、どれも人面瘡にまつわる様々なストーリーが展開し、中でも患者をめぐる因縁や精神的なものが原因とされることが多いようで、昔自分が殺したものが人面瘡になって取り憑いてくるとか、精神的な病で出来るとか、そういったエピソードがよく見られます。しかし、この「夢幻街」では、さすがに伝奇ホラーアクションというジャンルでもあり、やはり純粋に邪悪な妖怪、それも餓鬼が人面瘡の正体ということになっています。中でも、その餓鬼に被害者の少女が乗っ取られてしまうくだりは圧巻で、餓鬼と白神が相対し、少女の身体から餓鬼を引きずり出すために白神が激しいアクションを繰り広げるという、人面瘡をめぐる話の中でも最もアクティブな魅力に富んだ1話となっています。


<蛟(みずち)>
「蛟(みずち)とは『蜃蛇』あるいは「ぼこう」ともいう大型の蛭にも似た霊蟲である。この蛟 一説には蛇が雉と交わって卵を産み 地下数丈の所に入って蛭となり数百年の時を経て蛟になると言われている」

 一般的に「蛟」と言えば、竜の一種、あるいは蛇が竜になる前の成長段階を指すのですが、どうもこの「夢幻街」の蛟は、まったく違った解釈がなされているようです。すなわち、一種の霊的な蟲、この場合蟲=虫とは限らず、小さな生物といったような存在でしょうか。蛇が雉と交わって生まれるというのもこの作品以外では聞いたことがなく、西洋のモンスター「コカトリス」あたりに着想を得た作者の創作である可能性も・・・?

 作中では、娘を殺された呪禁師・高村仙舟に復讐のために蛟の精卵を飲まされたヤクザのボスが、蛟に寄生され先祖がえりを起こし、全身毛むくじゃらの獣のような人間離れした姿に変わってしまう、という中々にショッキングな展開が描かれます。しかし、本当に見せ場と言えるのは、この獣と化した化け物を豹介が倒した後、その死骸の額から突然蛟が飛び出してきて豹介に襲い掛かるシーンでしょう。これにはさすがの豹介も完全に不意を付かれましたが、そばにいた白神が投げつけた符によって倒され、事なきを得ます。 寄生先の主が死んだ後もなおも新たな獲物を求めて襲い掛かる、この霊蟲の恐ろしさを見せた予想外の展開が面白かったと思います。


<やまこ>
「やまことはその昔飛騨や美濃(岐阜県)の奥深い山中に出没したという色の黒い猩猩(しょうじょう)に似た妖猿である 「山童」あるいは「やまわろ」ともいい中国では「かくえん」とも呼ぶ」

 これもひどく限定的でマニアックな妖怪ですね。老いた猿のような妖怪で、人や物をさらう。そして、雄ばかりで雌がいないという特徴があり、人間の女性を捕えて子を産ませるという伝承も知られています。また、人の心を読むという特徴もあり、同じく人の心を読む妖怪・覚(さとり)と同一視する向きもあるようです。

 しかし、この「夢幻街」のやまこは、それとは若干異なるアレンジが加えられているようです。雄ばかりで雌がいないという特徴は同じですが、子を産ませる方法が異なっており、源三の説明によれば猿を使うと。「雄の猿を捕まえ、自分の子精・・・いわば分身を寄生させる。雄の精気を喰らい育った子精は交わりを介し雌の体内に移動する そして雌の子宮の中で成長しそれが次のやまこになる 交尾後雄は死に雌も数か月でやまこに腹を喰い破られて死ぬ」と。「まるでエイリアンね・・・」という美夜の言葉どおり、作者によってこの妖怪にさらに印象的な特徴が付け加わっているようです。
 あと、文中に猩猩(しょうじょう)という妖怪の名前も出てきますが、こちらは中国に伝わる猿の妖怪のようです。このマンガのオカルト知識はいちいち本当に詳しい。

 物語では、山で遭難した登山者にやまこが子精を植え付け、さらには別の日に山を訪れた礼子ちゃんの友人のひとり・香奈にも子精が植え付けられ、それぞれの事件を追っていた豹介と美夜が出会い、ふたつの事件が絡み合い同時に双方を解決する凝ったストーリーになっています。また、美夜が山の洞窟でやまこの死体を見つけ、源三を引き連れてそこに戻って相対するシーンが特に印象深い。山深いほらの中で異様な姿で死んでいる妖猿の姿が、ホラー作品独特の恐怖を誘うなんとも印象に残るものとなっていて、わたしなどはこのマンガの連載が終わってずっと後になっても、このシーンが頭の片隅に残っていました。


<飯綱、犬神>
「飯綱とは「飯縄」あるいは「伊豆那」とも書く体長9〜12センチほどのオコジョにも似た霊獣である 狐憑きの一種ともいわれ これに取り憑かれると精神をボロボロに喰いあらされてしまう この飯綱を操る術者を”外法使い”あるいは”飯綱使い”と呼ぶ」

 飯綱とは管狐(くだぎつね)とも言い、竹管のような細い筒の中に住む細長い霊獣だとされる想像上の生き物です。これに取り憑かれると精神に異常をきたし、異常な行動を取るようになるとして地方によっては実際にひどく恐れられました。同じく狐の動物霊に取り憑かれる「狐憑き」の一種として考えられることも多かったようです。

 ところで、近年スクエニから発行されたライトノベル「犬憑きさん」(唐辺葉介)にも、この飯綱(管狐)が登場します。「夢幻街」の飯綱がオコジョのような姿をしているのに対して、「犬憑きさん」のそれはほぼ狐と同じような姿をしており、さらには味噌が好きでこれに憑かれると人は味噌をむさぼり食うようになったり、管狐の言葉を話すようになったりと、より詳しい現象が描かれています。さらには、管狐を有するとされる家の者が「くだもち」と呼ばれて忌み嫌われる様もよく描かれており、さらに興味深い内容となっています。

 さて、「狐憑き」と言えば、こちらは「犬神」に憑かれる「犬憑き」というものもあります。「犬憑きさん」というタイトルからも分かるとおり、こちらの作品にはその様子も丹念に描かれており、主人公が犬神の血筋に属していて幼い頃から犬神に憑かれていたり、あるいは人工的に犬神を作り出して呪いをかけようとする少女の話も出てきます。それは、犬を頭部のみを出して生き埋めにし、その前に食物を見せて置き、餓死しようとするときにその頸を切ると、犬神が生まれて術者に従うようになる、といったおぞましい描写になっています。そして、実はこれとまったく同じシーンが「夢幻街」にも登場しているのです。のちにこの犬神を操るようになる金平という悪人の手によるシーンで、金平はこの犬神を無数に操って白神を散々苦しめることになります。

 この「犬憑きさん」というノベル、オカルト設定の扱いやストーリー構成などで、「夢幻街」を彷彿とさせるところがあり、その共通点が中々興味深いところです。今になって「夢幻街」のテイストを持つ作品が、スクエニで復活したと見ると面白いですね。

(*上の左の画像は「犬憑きさん」)


<反魂、反魂香>
 反魂とは死んだ人の魂を呼び戻す術、反魂香とは一般的には焚くとその煙の中に死者が現れるというお香で、落語の題材にもなっているモチーフなのですが、しかしこの「夢幻街」では、これもかなり異なる扱いになっているようです。
 コンピュータゲーム「女神転生」にも、同名の反魂香(はんごんこう)という死んだプレイヤーを復活させるアイテムが登場しますが、「夢幻街」の反魂香もそれに近いものがあり、死者を蘇らせるという術の扱いになっています。しかし、このマンガの場合、本当に死者が復活するのではなく、死体に仮の魂として死霊や妖怪の魂を入れ、それを香で抑えるといった術となっています。そして、不慮の事故でこの香が消えてしまい、中に入れた死霊が暴走して恐ろしい事態になってしまうのですが・・・。

 ところで、この反魂(反魂香)もまた、前述の「犬憑きさん」に登場しています。それも、この「夢幻街」とかなり近いものになっていて、反魂香を焚くことによって、生きている人間と同じような姿をした、しかし中身は恐ろしい霊か妖怪である何かが目の前に近寄ってきて、主人公が大いに恐怖するという展開になっていました。これも同じような設定として非常に興味深いですね。死者を復活させることは出来ない、無理にそれをしようとすれば恐ろしいことになる、という警句を読者に示すという点で共通していると言えます。


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