<個人的な思い出> ──「夢幻街」──

2009・9・14

 この「夢幻街」という作品は、客観的に評価しても極めて優れた作品だと思いますが、個人的にも様々な印象深い思い出があります。

 このマンガは、元々は読み切り作品として掲載されたのですが、それが非常に面白かったので、「これは絶対に連載してほしい!」と願っていたところで、いきなりかなりの早期に連載が見事決定したことがひとつ。これは当時まだ若かったわたしには相当嬉しい出来事で、「編集部よくやった!」と本気で大喜びしていました(笑)。
 連載が決まったのが嬉しかった理由はもうひとつあり、このような当時のガンガンでは異色とも言える作品を、あっさり早期に連載決定したことが、またとても嬉しかった。当時のガンガンには、確かに編集方針に自由さ、おおらかさを感じるところがあり、低年齢向けと思える少年マンガが多い少年誌でありながら、どういうわけか青年誌出身作家による劇画調の作品がいくつも見られたり、どこからともなく作家を拾ってきたり、不思議なところも多かったのですが、このマンガもそのひとつに挙げられると思います。

 しかも、読み切りの時の面白さはそのままに、連載中もコンスタントに毎回面白い話を読ませてくれる。これは非常にはまりました。このマンガが始まった2004年当時のガンガンは、雑誌の創刊当初から続く人気連載は多く、全体的には堅調だったと思うのですが、反面いい新連載が少なく、いや新連載の本数自体も少なく、その点でかなりの不満を持っていました。創刊当時からの連載でも、この時期になるとやや勢いが鈍ってきたなと感じるものも多く、個人的にガンガンに対しての熱がやや薄れつつあった時期だったのです。そんな中でこの「夢幻街」は、わたしをガンガンへとつなぎとめる強力な新連載として、非常に重要な意味がありました。このマンガがなければ、この時期になってガンガンから離れていたかもしれません。個々の作品をコミックでは追いかけていても、雑誌は読まなくなってしまっていたかもしれない。それだけの力がこのマンガにはあったのです。

 これほどまでにわたしがこのマンガに引かれたのは、わたし自身が当時からかなりの高い年齢に達していたからかもしれません。「夢幻街」という渋めの高年齢向けとも言える作品がガンガンで読めるということに、ひどく夢中になった。逆に、ごく平均的な年齢層のガンガン読者、つまりこの当時小学生か中学生だった読者には、印象には残らなかった 人が多かったのかもしれません。当時のガンガンを知る読者の間でも、このマンガが話題にのぼることはごく少ないものです。その読者は、今では25〜30歳程度に達しているはずですが、果たして当時このマンガをどう思っていたのか今になって聞いてみたいところです。


・94年のガンガンから95年の新連載への橋渡し的な役割だった。
 94年のガンガンというのは、一年を通してあまり動きの無い年で、この年の新連載はたったの5本、うちページ数の少ない4コママンガが2本含まれていて、普通のストーリーマンガの新連載はわずか3本しかありませんでした。その中の1本がこの「夢幻街」なわけですが、実際に雑誌に定着するほどの人気を得たのはこの1本だけでした。

 実は、前年の93年あたりから、ガンガンは新連載がいまいちぱっとしなくなり、いい新規作品にやや乏しくなります。この時期のガンガンは、「キン肉マン」で有名なゆでたまごを呼んで新連載を始めさせたり、あの「妖怪人間ベム」のリメイク連載を始めたり、相変わらず劇画調の連載をいきなり持ってきたり、と様々なことをやっているのですが、いずれも成功しておらず、そんなマンガのことを覚えている読者もあまりいないと思います。そんな中で、この「夢幻街」だけが成功し、この時期の貴重な戦力となりました。
 それも、これまでのガンガンの人気定番作品「ロトの紋章」「パプワくん」「ハーメル」「グルグル」「パッパラ隊」「ZMAN」「ナーガス」「ツインシグナル」などの連載とは明らかに趣の異なる、規格外な作品で成功を収めたということで、これ以降のガンガンの誌面の変化の先触れとなったような気がします。

 そう、94年のガンガンは動きがありませんでしたが、95年になって一気に新連載が、それもこれまでにない新連載が多数誌面を賑わせるようになるのです。中でも、低年齢向けのコメディとして大ヒットした「忍ペンまん丸」や、「ナーガス」を前年に終わらせた増田晴彦による「風の騎士団」、そしてこれまでにない中性的な独特の作風を持っていた「浪漫倶楽部」と「CHOKO・ビースト!!」の存在が非常に大きく、これがガンガンが初期の誌面から変化していく最初の年だったことは間違いありません。これらの変化の端緒となったマンガの中に、前年の「夢幻街」も加えてもよいと思います。

 そして、この95年に入ってきた連載が非常に気に入ったわたしは、ガンガンへの熱を一気に取り戻し、その後今に至るまでずっとガンガンを読み続けるきっかけとなったのです。熱が冷めていた94年に「夢幻街」で興味をつなぎとめられていなければ、今のわたしはもうガンガンを読んでいないかもしれません。個人的にも本当に貴重な作品だったと言えます。


・とにかくストーリー、オカルト知識が面白かった。
 そこまでこのマンガにはまったのは、まず何よりも純粋にストーリーが面白かったこと。毎回1話か2話で完結するエピソードで構成されているのですが、そのひとつひとつのエピソードが本当に練られていて面白い。今回の記事でも10ほどのエピソードを採り上げましたが、これ以外にも捨てがたい話はまだまだあり、厳選するのにえらく苦労させられました。また、記事を書くに当たって再度このマンガを読んだわけですが、今読み直しても非常に面白く、久々に時間を忘れて読みふけってしまいました(笑)。

 毎回のエピソードには、ある程度似たプロットの話も散見されますが、それでも細部での展開の違いで毎回惹きつけられることが多く、とにかく読ませます。主人公が3人いるというのも、目先が変わってわたしを飽きさせなかった理由になっているかもしれません。特に、白神が主役のエピソードは、豹介のそれよりもさらに印象深いものが多いのです。

 エピソードに飽きなかったもうひとつの理由として、なんといっても毎回のように登場する伝奇・オカルトの知識が面白かったというのも非常に大きいです。図版付きで毎回詳細に語られる薀蓄の場面を見るだけでも面白かった。そして、これがのちの同系の伝奇作品を読むときに、大きな手助けにもなったのです。この「夢幻街」で得た知識が、そのまま他の作品に登場することも多く、あらかじめ知っていて本当に役に立ちました。「蟲毒」「反魂」「犬神」「飯綱(管狐)」「人面疽(人面瘡)」などは、ほぼこのマンガで知識を得たようなものです。

 そんな数々の名エピソードの中でも、特に印象に残っているのが、連載序盤の豹介と妹との絆を描いた「即身仏」と、連載後期の描かれた「人魚」でしょうか。「即身仏」での「言っとくがあれで20年は寿命が縮んだぞ わかっとるのかお前は!?」「・・・百まで生きる気なんか・・・ありませんよ・・・」という豹介と源三の会話は、いまだに心に残っていますし、「人魚」での、幕末の時代を絡めたストーリー、儚く消えて終わる余韻溢れるエンディングがさらに印象深い。折りしも、ガンガンからGファンタジーへの移籍間際に描かれたエピソードで、この直後にガンガンから去ってしまったため、こんないい話を描くマンガがガンガンからなくなってしまうとはなあ・・・とひどく惜しんだことを今でも覚えています。


・都市的な退廃を感じる独特の雰囲気にも惹かれた。
 そして、そのようなエピソードの面白さに加えて、シンプルながら繊細なタッチで描かれた雰囲気溢れる世界、特に夜の街を舞台にしたところにひどく惹かれました。このような雰囲気を持つマンガは、のちのガンガンでは今に至るまで見ることはほとんど出来ないと思います。他のスクエニ雑誌では、もしかすると今ではヤングガンガンの方でこれに近い作品が見られるかもしれません。「ヤングガンガンはかつてのガンガンに似ている」という意見も今になって聞かれますし、昔のガンガンでは、このようなやや高年齢を対象にしたマンガも、意外に多く見られたのかもしれません。

 時に山中の自然を舞台にした話も見られるものの、ほとんどの「夢幻街」の舞台は夜の都会であり、豹介たち主人公が建物の高層や電柱、電線を駆け巡って闘うアクションシーンこそが、このマンガのイメージを象徴していると言えます。まさに「夢幻街」というタイトルどおりの内容であり、賑やかな都会の影で、人知れずシビアな闘いを繰り広げる裏世界の人間や妖怪たちの姿を描くそのシーンには、多分に「都市的な退廃」とも言える独特の雰囲気があり、それにひどく魅了されました。

 そのようなシーンを描く背景の描写も、また繊細で情感豊かなものがありました。決して徹底的に凝りまくった絵柄ではないものの、きっちりと細部まで描かれた遠景の建物の描写、そこで闘う主人公たちの小さな姿を見ると、この巨大な都市の中では、主人公たちもまた小さな存在に過ぎないことが感じられ、それがまた退廃的な雰囲気や儚さ、物哀しさを生んでいたのだと思います。


・これをアシスタントなしで完全にひとりで描いているとは驚異的。
 その上、そのような印象的な背景描写も含めて、すべての作画を完全にアシスタントなしで描いていることが、さらにこのマンガの個人的な評価を高めています。

 コミックスの5巻の前書きで、「未だにアシスタントを使わず一人で描いてます」と発言しており、自分自身は他のマンガ家さんのアシスタントをしてきたようですが、その経験から「人を使う難しさを見てきただけに、なかなか使う気になれないんですよね」とも言っています。

 この当時からこのことはすごいと思っていたのですが、こうしてマンガのレビューを行うようになった今になって考えても、そのマンガ家としての能力の高さを改めて思い知らされます。 全7巻のコミックスのうち、5巻の前書きでそう書いているわけですから、少なくとも序盤〜中盤までは完全に一人で描いていたことになりますし、おそらくはそののちも連載終了までアシスタントを使わなかったのでは・・・とも推測できます。その上で、毎月の連載でコンスタントに35〜40ページの連載をこなしています。週刊誌に比べればペースは遅いものの、それでも毎月まとまった量の作画をこなしており、2年半の連載の間、休載なども一回もありませんでした。

 そして、前述のように背景をきっちり細部まで描いているところが、やはりすごい。確かに凝った絵柄ではないのですが、それでも要所要所では建物の細部や自然の光景までうまく描いており、これを完全に一人で描いてしまうマンガ家としての力は、まったく侮れません。ガンガン系には他にもこれよりも作画能力の優れた作家は多いのですが、単独の作業でこのレベルのマンガを描いた水沢さんの実力も、また大いに評価すべきではないでしょうか。


・個人的にもエニックスの全作品中でも5本の指に入る傑作。
 以上のように、いろいろと個人的にも感じることの多かった作品で、これまで読んできたガンガン、いやエニックス(スクエニ)全体の中でも、5本の指に入る傑作であると思っています。知名度や人気自体は、他の人気作品に比べれば大きく劣ってしまう作品なので、これほどの評価はどうかとも思うことはありますが、個人的にはやはりそれだけの評価を与えるに十分な作品であると思っています。

 単純にストーリーやアクションシーンを存分に楽しめ、その上で伝奇の知識はひどく本格的で興味深いものがあり、読後に儚くも物哀しい余韻をも残す珠玉のエピソードの数々。これは、当時のどのガンガン作品と比べても、けっして引けを取るものではなかったと思っています。実際、94年当時のガンガンでは、わたしは毎月これを一番の楽しみにして読んでいました。それゆえに、他の人気連載よりも圧倒的に知名度で劣り、このマンガについて語れる人がほとんどおらず、ガンガンと言えばロトの紋章やハーメル、グルグルしか名前が出てこない人が大半だったので、えらく寂しい思いをしたのを覚えています。

 そして、あれから15年が過ぎた今となっては、さらにこのマンガを知る人は少なくなっていると思います。元々エニックスは終了作品のコミックスがすぐ絶版になってしまう傾向にあり、しかも間で2001年のお家騒動による断絶があるため、騒動以前のエニックスのコミックスは、通常の書店ではほとんど手に入らない状態になっています。古本屋をあたるか今ならネット通販を使えば手に入りますが、このマンガはもともとの知名度も決して高くないため、今になってそこまでして手に入れようとする人も相当少ないと思います。
 わたしとしては、こういう昔のエニックスの名作コミックスを、なんらかの形で復活させてほしいと思っています。このマンガは、他のエニックスの多くのマンガのように原作付きのコミカライズ作品ではなく、オリジナルの作品ながら今でもあまり古臭さがなく(一昔前の少年マンガという感じの作品ではない)、時代を越えてそのまま通用するものがあると思います。今からでも多くの人の目に触れる機会が現れることを願ってやみません。


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