<個人的な思い出>──「浪漫倶楽部」──

2013・8・16

 この「浪漫倶楽部」、ガンガンにとって名作中の名作であると同時に、個人的にも非常に思い入れの深い作品であります。おそらくは、エニックス・スクエニ全作品の中でも、いまだにトップクラスに好きな作品であり続けています。天野さんの作品としても、のちの大名作である「ARIA(AQUA)」も、それはそれで大好きで評価も高い作品なのですが、この「浪漫倶楽部」は、それとはまた別格なものがあるのです。

 その理由としては、まずこの作品が、自分の趣味にとてもよく合っていたことがあります。楽しい放課後を描く学園もの、不思議や存在が毎回登場するファンタジー要素、そして天野さんの巧みな絵で描かれる魅力的なキャラクターたち。そのすべてが気に入ってしまい、掲載のたびにガンガンで最も楽しみなマンガのひとつとなっていました。これまでの記事に書いたとおり、月2回刊時代のガンガンにおいても、このマンガは月1ペースを保っていたために、2号に1回しか読めないことをとても残念に思っていたくらいです。それゆえに高い質を維持していたため、決してそれが悪いわけではないのですが・・・。

 さらには、これを端緒に、ガンガンが変わるきっかけとなった重要な作品としても、いまだ心にとどめています。それまでのガンガンが、いわゆる少年マンガ作品が中心の誌面だったのに対して、この「浪漫倶楽部」はそれとは異なる中性的な作風を保持していました。そして、これ以後、このような中性的な作品が次々と登場し、やがて「ガンガン系」と呼ばれる独特のカラーが生まれることになるのです。

 また、この「浪漫倶楽部」の連載が始まった頃(95年)、わたしは、創刊時からの人気連載は健在なものの、若干変化が少なくなっていたガンガンへの熱がやや冷めていました。一時はガンガンの購読をやめてもいいかなと思っていたくらいだったのです。しかし、そこで登場したこの「浪漫倶楽部」によって、ガンガンへの熱が復活し、それ以後ずっと購読を続けることになったのです。その点において、この「浪漫倶楽部」がなければ、今のわたしもこのサイトも存在していないかもしれない(笑)。そう考えると、自分の人生にとってもあまりにも重要な作品だったと思います。


・ガンガンが変わるターニングポイントとなった作品。
 上記のように、95年当時のわたしは、創刊号からずっとガンガンを購読し続けていたものの、どういうわけかガンガンへの熱はかなり冷め、半ば惰性で読んでいる状態がしばらく続いていました。一般的には、この95年頃のガンガンは、最盛期とも評価されていて、一番はまっていたという読者の声も何度も聞いているので、わたしの方がむしろ例外的な存在だったかもしれません。しかし、それにはわたしなりの大きな理由がありました。

 それは、93年、もしくは94年から95年前半のガンガンにおいて、いまひとつこれはという新連載に乏しく、新しくはまれる連載が少なかったことにあります。特に94年は新連載の本数自体が少なく、この年の新連載ではまったのは唯一「夢幻街」くらいでした。
 さらには、創刊時からの人気連載「ロトの紋章」や「ハーメルンのバイオリン弾き」「南国少年パプワくん」「Z MAN」などはすべて健在だったものの、これらの作品にも以前より熱が冷めていました。特に、連載を続けるうちに変わってきた連載、例えば前半のギャグからシリアスなストーリーに移行した「南国少年パプワくん」や、同じく序盤のギャグが少なくなり少年マンガ色をさらに強めた「ハーメルンのバイオリン弾き」などは、かつてに比べるとはまり度がかなり少なくなっていました。
 もちろん、その頃でもまだまだ健在のマンガ、かつてより盛り上がっているマンガなどもありましたが、それでも雑誌全体に対する熱意はかなり下がっていて、「これならもう購読しなくてもいいか」とまで思っていたのです。

 そんな折、忘れもしない95年6月号、この「浪漫倶楽部」という連載が始まります。以前より読み切りを気に入っていた天野こずえの作品で、初連載となったこれも期待にたがわず抜群の面白さを持っていました。そしてもうひとつ、その翌月の7月号から始まった浅野りんの「CHOKO・ビースト!!」もはずせません。このふたつの作品は、それまでのガンガンの中心連載だった少年マンガ作品とは異なる、中性的な絵柄・作風となっていました。そして、これが自分の好みにぴたりとはまり、「これはもう絶対に読まねばならない連載が出来た」とばかりに、ガンガンへの熱が一気に復活し、これまで以上にはまることになったのです。我ながらなんとも現金な性格です(笑)。

 特に、この「浪漫倶楽部」は、一種少女マンガ的とも取れる作風だったことが、これまでのガンガンからすれば大きく異色でした。「CHOKO・ビースト!!」の方が、中性的とはいえ比較的少年マンガ的な作風を保持していたのとは対照的だとも思います。しかし、このような作品が、以後のガンガン・エニックスで主流となっていくのだから、世の中分かりません。後から考えると、まさにガンガンが変わるターニングポイントとなった作品でした。


・やはり第4話が忘れられない。
 そんな風に、連載開始当初から急速にはまっていった「浪漫倶楽部」ですが、さらに評価を決定的にした回がありました。連載序盤まもない第4話である「消えゆく想い」です。

 火鳥・部長・コロンの初登場となる第1話、月夜ちゃんの初登場となる第2話、冒頭のこの2話だけでも十分心奪われるものがあったのですが、その後の第3話「MILKEY WAY」(七夕にまつわる話でこれがまた美しい)を経て、第4話で登場したこの「消えゆく想い」が、まさに絶品とも言える素晴らしいお話でした。ここまでの記事でも散々この話のよさは書いてきましたが、しかしこれは自分の評価を決定付ける出来事でした。最初からこれは期待できるいい連載だと思って読んでいたのですが、この第4話で自分の中で完全に名作として評価が定まったと言ってよい。

 ヒロインとなる源氏雛子ちゃんのかわいさと悲しい運命に最も惹かれましたが、決してそれだけの感動物語ではなく、やはり部長という周囲から誤解を受けやすい人物を中心に据え、その素晴らしい人物像をも存分に描いたことが、評価をさらにさらに押し上げた最大の要因でした。「外見だけでしか人を判断できないあなた方は、とっても寂しい人たちだと思います」という雛子ちゃんの名言が、それを象徴していますし、最も心を打たれたのも間違いなくこのシーンでした。

 わたし自身だけでなく、おそらくは他の読者にとっても、この話は最も印象に残る話だったのではないか・・・?というのが、わたし個人の推測でもあります。当時はインターネットなどもまだまだ広まっていない時代でしたので、完全にわたしの勝手な推測です。ただ、当時の読者コーナーでこの話に感動したというイラストを見かけたこと、そしてのちの終盤の話でもう一度雛子ちゃんが登場したこと、とこのふたつがわずかに推測する理由です。特に後者は、基本的に1話限りの登場となるこのマンガのゲストキャラクターにおいて、例外的に異例の再登場を果たしたことで、やはりあの話は人気あったのかなとかすかに思っています。


・「浪漫倶楽部」と言えばなんといっても「ポエミー萩原!」
 それと、ここまでの記事では触れてきませんでしたが、「浪漫倶楽部」を語るにおいて、実はどうしてもはずせないフィーチャーがあります。それは、この「浪漫倶楽部」の担当編集者であった萩原達郎(ポエミー萩原)による煽り文の数々です。
 煽り文とは、マンガの周囲の余白(主に柱の部分や、一部では絵に重ねて)に書かれるテキストで、ここは編集者がマンガに合わせて書く場所で、基本的には雑誌時のみ掲載され、コミックスでは掲載されません。この「浪漫倶楽部」でも、コミックスでは残念ながらなくなっているのですが、しかしそれはあまりに惜しいと思ったのか、後書きで作者とともに萩原さんも登場し、その一部を毎回のように紹介しています。

 なぜ彼が「ポエミー」などと呼ばれるのか。それは、彼が、連載時の煽り文の多くで、恥ずかしくなるような叙情的すぎるポエム(のようなテキスト)を毎回のように書いていたからです。それを見ていたとある持ち込み投稿者さんが、彼をポエミーと呼んだのがきっかけ。実際、まさに「恥ずかしいセリフ禁止」と言いたくなるようなテキストの連発ですが、しかしこれが本編の感動物語の中身を、これ以上ないほどよく表していたのも事実なのです。その一部をあえて紹介してみると、

 「想いは地上(ここ)に。願いは宇宙(そら)に。」(第3話)
 「欠けゆく願い・・・満ちゆく想い。重なり合ったふたつの月は、やがてひとつの満月となる。」(第10話)
 「季節は巡り、想いは還ってゆく・・・大好きなあの人の心に。」(第12話)

など。これは、「浪漫倶楽部」以前の天野さんの読み切り時代からずっと書かれていて、まさにこの担当さんならではの大きな特徴になっています。
 当時のエニックスは、このポエミー萩原のように、雑誌や単行本の前面に出てくる編集者は珍しくなく、それがひとつの名物になっていました。「パプワくん」や「パッパラ隊」のキャラクター化で有名な宮本さんや、あるいは「うめぼしの謎」で散々登場した飯田さんなどがその代表です。そんな風に編集者と読者の距離が近く親しみやすかったのが、当時のエニックスの活気をの一面をよく表していました。今となっては懐かしい思い出ですね。


・ラジオガンガンのラジオドラマも懐かしい思い出。
 懐かしい思い出といえば、連載中の一時期(96年)に放送されていた「ラジオ・ガンガン」中の1コーナーで収録されたラジオドラマは忘れられません。これは、のちに1つにまとめられてドラマCDとして発売されました。当時からエニックスはコミック連載のドラマCDを盛んに出していましたが、その多くはブックレット形式の中、これのみ普通のCDと同じケースで発売されています。ラジオでの収録といい、ちょっと異例の作品でした。

 「ラジオガンガン」とは、96年に文化放送深夜(11時からだったかな)で放送されたラジオ番組で、タイトルどおりまさに月刊少年ガンガンを扱う番組でした。連載中の作家を何度もゲストに呼んだり、読者を招いて公開録音したりと、意欲的な企画をいくつも打ち出していて、読者にも好評だったのではなかったかと思います。そんな中で、番組の1コーナーとして連載されたのが、この「浪漫倶楽部」のラジオドラマ。サウンドシアターとも銘打たれていて、それがCDのタイトルにもなっていたと思います。

 収録されたのは連載の1〜5話。すなわちコミックス1巻収録分となります。どちらかといえば少女マンガ的な作風で、当時はまだ低年齢層も多かったガンガン読者のラジオ視聴者にどれだけ反応があったのかはよく分かりませんが(雑誌連載の方は人気だったはずですが)、しかし個人的には大ヒットでした。第5話(桜井先生と矢野の話)などは、このラジオドラマの熱演が理由でさらにはまったと言っても過言ではありません。桜井先生をラジオのパーソナリティだった緒方賢一(グルグルのキタキタおやじで有名)が演じたのが特に印象的でした。主要キャラクターでは、当時公開中だった劇場版「魔法陣グルグル」の主題歌を歌っていた木原さとみがコロンを担当したり、部長をあの千葉繁が担当したりしていたのも印象的。月夜ちゃんを担当した久川綾さんの声もよかったです。


・藤咲あゆなの小説も絶品。とにかくあらゆる意味ではまった名作だった。
 ドラマCDと同時期に、小説も発売されています。このころからエニックスは連載作品のノベライズを盛んに行うようになりますが、その最初期の作品のひとつが、この「浪漫倶楽部」の小説でした。作者は藤咲あゆなで、同時期に「まもって守護月天!」の小説も同時に手がけ(一般的にはこちらの方がより有名)、ずっとのちに「ARIA」のテレビアニメの脚本を手がけることになります。「浪漫倶楽部」の小説を書いていた作者が、のちに同じ天野さんの「ARIA」のアニメ脚本に抜擢されたのは、決して偶然ではないでしょう。

 その小説ですが、原作マンガ以上にシリアスなエピソードだったことを覚えています。それゆえに、ラストの悲しさ・切なさもさらに上がっていて、シナリオ展開も十分に面白く、極めて優秀なノベライズになっていたと思います。守護月天の方の小説も面白く、こちらは10巻以上の巻を重ねることになりますが、一方でこの「浪漫倶楽部」の小説は2巻のみ。しかし、その2巻の面白さは、守護月天の小説よりもさらに上回っていたと思います。今でもおすすめできるコミック原作小説の絶品ですね。

 そんな風に、当時は原作のみならず、ラジオドラマや小説にもはまり込んでしまい、自分の中では一時代を形成するマンガのひとつでした。95年から月2回刊行時代(96〜98年初頭)までは、わたしが最もガンガンにはまっていた時期だったのですが、「浪漫倶楽部」はその中でもまさに中心的存在でした。それゆえに、月2回刊が終わりを告げて月刊に戻ると同時に、この「浪漫倶楽部」の連載まで終わってしまったのは、これ以上ないほど悲しいものがありました。

 そんなわけで、思ったより早く、約2年半の連載で終わってしまったのはやはり残念でしたが、それでもこのマンガが素晴らしい作品であることは間違いありません。今ではもう過去の懐かしい作品となった感はありますが、それでもガンガン(エニックス)に長く付き合ってきて、いまだに最も楽しかった思い出のひとつとなっています。


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