<あかりや>

2012・3・3

 「あかりや」は、朝日新聞出版の雑誌「ネムキ」に不定期連載されている赤美潤一郎の連載です。最初に2005年に読み切りで掲載された後、2009年から本格的に連載が始まりました。「ネムキ」は隔月刊の雑誌の上に、不定期連載で掲載されない号も多いため、連載のペースは非常にゆっくりしたものとなっています。2011年までにようやく第7話まで掲載され、2012年2月にコミックス1巻が発売されました。

 作者の赤美さんは、かつてガンガンで連載を行っていた作家で、そこでの作品「妖幻の血」は、一時期非常に人気を集めました。ガンガンの作品としては極めて異色で、伝奇ホラーの耽美的で暗い世界観・背徳的な人間が多数登場するストーリー・冬目景を彷彿とさせる絵柄で、随分と高年齢向けの作品となっていて、ガンガンでは珍しくマニアックな支持を集めた作品でした。
 しかし、ほどなくして姉妹誌ガンガンパワードへと移籍となり、そちらでは連載ペースが大いに遅れ、しかもしばらくしてまったく掲載されなくなり、完全に立ち消えとなってしまいました。作者の体調不良が最大の原因だと言われていますが、ガンガンでの連載時代はまったく問題なく毎月掲載していただけに、移籍後のこの経過は非常に残念に思ってしまいました。

 その後の赤美さんは、ヤングガンガンの方で新連載を始めるものの、それも開始してすぐに立ち消えとなり、これで完全にスクエニでの掲載は途絶えてしまいました。そのまま商業誌での姿は長らく消え、もう復帰もないのではないかと思われていました。

 しかし、2009年になって、スクエニからは離れた朝日新聞出版の「ネムキ」で、この「あかりや」の連載を開始。思わぬ再登場に、かつてのガンガン時代の読者にも注目を集めたようです。さらに、以前よりコミケやコミティアなどで同人活動は続けているようで、こうして今でも創作活動を続けていることは、かつてのファンとしては大変うれしく思いました。
 さらには、「妖幻の血」の連載再開の情報も2012年になって告知され、こちらも非常に楽しみな動きとなっています。


・「妖幻の血」連載中とその後の作者の動向。
 「妖幻の血」は、エニックスお家騒動の最中の2001年11月号からガンガンで連載が始まり、2002年9月号まで連載したところで、姉妹誌のパワードへと移籍になりました。ガンガンでの連載期間は1年にも満たないものでしたが、この間は毎月掲載して休載は一度もなかったと思います。
 しかし、当時季刊誌だったパワードへと移籍した後、当初は「季刊誌なので、これまでの月刊のペースと合わせるため、一回の掲載ページ数を3倍にする」という話だったのですが、実際にはまったくページ数を確保することは出来ず、連載のペースは大幅に遅くなります。しかも、じきに作者の赤美さんが体調を崩されたらしく、休載しがちとなってさらにペースは遅くなり、最終的には2004年冬季号の掲載を最後に、連載は途絶える形となりました。

 しかし、この当時創刊されたばかりのヤングガンガンの方で、「化野之民(あだしののたみ)」という新連載を、ほんの一時期だけ掲載していたことがありました。創刊2号から始まり、途切れ途切れに10号まで不定期に掲載されますが、そこでこちらも立ち消え。「妖幻の血」と同様の伝奇ホラー的な暗く陰鬱な作風は、こちらでも共通していて、かなり有望な作品だと思っていただけに、こちらまであっけなく立ち消えになってしまい、ひどく落胆したのを覚えています。

 そして、この「化野之民」のほんの短期での掲載を最後に、スクウェア・エニックスでの活動は完全に途絶えてしまいました。予定されていた「妖幻の血」のコミックス5巻が結局発売されなかったことで、4巻までの4冊がこの作者唯一の単行本となっていました。
 スクエニ以外でも、上記のように2005年に「ネムキ」で「あかりや」の読み切りを掲載した以外は、長らく活動らしい活動はまったく見られず、完全に商業誌からは姿を消したものと思われました。それゆえに、はるかのちの2009年になってこの「あかりや」の連載が始まったことは、完全に予想外で驚くべき復帰だったと思います。


・人間の醜さを描く寓話的ストーリー。
 さて、この「あかりや」の内容ですが、「あかりや」と呼ばれる様々な「あかり」を売る店に集う人々の、怪しい人間模様を描くものとなっています。その数々のあかりは、単に暗闇を照らすだけのものではなく、ひとつひとつが不思議な力を持っていて、客はそのあかりで自分の願いをかなえるために、意を決して購入していくことになります。

 そして、そんな彼らひとりひとりの抱く欲望が、ひどく醜く、人の暗い性(さが)を強く表したものとなっています。その点で、人間のどうしようもない性を描いた、寓話的な内容になっていると言えるでしょう。

 そんな中で特に印象に残る話は、画家の姉を持つ弟が来店する第4話。その姉は、しばらく前に視力を失ってしまったというのです。しかし、実はその弟が、絵にばかり集中して自分にかまってくれない姉を恨めしく思って、絵を描けなくして自分に愛情を向けさせようとして、事故にみせかけて目を潰してしまったことが判明します。そして、一方でその姉の方もあかりやに来店。自分の視力を取り戻してくれるあかりがあると聞いて、何が何でもそれを手に入れようとします。しかし、視力を取り戻すためには、代償として誰かの目が必要だった・・・。それを聞いた姉は、しかしそれでも構わないと言い切って、あかりを購入していきます。「私は描かないと生きていけないから」。
 結果としてどうなったか。姉の代わりに目を失ったのは弟であり、しかも目のみならず、手足まですべて失ってしまいます。姉の才能を取り戻すためには、それ以上の代価が必要でした。しかし、その弟はうれしそうです。これでもう姉は自分に依存せざるを得なくなる。そして、視力を取り戻した姉の方は、その行為への後悔から逃げるように、必死に絵を描き続けなければならなくなるのです。

 不釣合いなカップルが登場する第2話も興味深い。自分の方の容姿が劣っていると感じているカップルの男の方が、自分に対する女の愛情を疑問に思い、それを確かめることの出来るあかりを購入していきます。「このランプの前で問い質せばその者は真実を語らざるを得ない」。
 そして食事の席で男は女に問い質しますが、確かに女の愛情は本物でした。それも、あまりにも男を愛するあまり、男を完全に独占し、ついには(そのままの意味で)男を食べてしまいます。最後に「彼女との合体を究め一心同体となり」という意味深な手紙があかりやに来て、物語は終わります。

 第5話もシンプルな構成ながらよい。自分の家のある一室・・・そこには何もないはずなのに、しかし異様な違和感を覚える男が来店します。「この部屋になにもないはずなんてない」。男は、見えないものが見えるようになる不思議なあかりを購入して、その部屋に何があるか確かめるべく帰っていきます。
 男は、そのあかりをもって部屋に何を見たのか。実は、そのあかりをもってしても何も見えなかったのです。男はその結果を見て安心しますが、しかし数カ月ごとに同じあかりを買いに来て何度も確認するようになります。実は、その男はその部屋の中で異常な趣味を持っていて、その事実を認めたくないばかりに、「その部屋には何もない」と自分を何度も騙して言い聞かせているのです。どんなものでも見えるあかりをもってしても、自分で見たくないものは見ることが出来ない。これなどは、人間の弱い性をよく表した名エピソードだと思います。


・人外のものを主役にした悲しい話も印象的。
 また、単に人間の醜さをさらけだした話だけでなく、それ以上にひどく悲しく切ない話も多い。それも、人間だけでなく、人外のものを主役にした話もいくつかあり、それらがとても物悲しいくだりとなっています。

 とりわけ印象に残るのは、連載冒頭の第1話、キカイ少女を主役にした話でしょう。彼女は、「死人のランプ」というあかりを買い求め、死者の門へと旅立っていきます。そこは、死者の国から死者がひとときこちらへやってきて、そしてまた還っていく場所。そこへと辿り着いた彼女は、しかし「生きているものは通すことは出来ない」と門番に止められます。
 しかし、彼女は、人によってつくられた機械の少女でした。周囲の人間が年老いて死んでいっても、自分はいつまでも死ぬことができず、親しい人に置いていかれるばかり。だから、自分から死ぬためにこの門に来たと、切々と訴えます。この言葉に何かしら思った門番たちは、「好きにするがいい」といって彼女を通すのですが・・・。
 その門を開けた彼女が見たものは、どこまでも何もない世界でした。門の向こうは魂の世界。魂のない機械の彼女には、たとえ門を通ることが出来たとしても何もない。そうして失望した彼女は、さびしくこの世に帰ってくることになるのです。
 この1話のみ読み切りで描かれているようですが、これ単体で読んでも、その切なさに思わずじんと来る名作になっていると思います。そして、このキカイ少女の彼女が、のちにあかりやの店員となり、その後の連載で毎回登場し、ここで本格的に連載が始まるという流れになっています。その点で、これこそが「あかりや」の原点とも言える物語となっていますね。

 死んだ渡り鳥たちが主役の第3話も実に物悲しい。渡りの最中に力尽きて死んでしまった渡り鳥の子供たち。浜に打ち上げられあかりやに拾われた彼らの元に、鳥神の使いと名乗るものが表れます。渡りの途中で力尽き、子孫を残せなかった彼らは罪を犯した。その罪をつぐなうために、光となって他の同胞の鳥たちの先導になれと言われます。その言葉に迷いつつも、先導の役目を引き受ける彼ら。後ろからは、かつての彼らと同じように、力尽きて海に落ちる者の声が聞こえますが、しかしそれでも後ろを振り返らずに飛び続けなければならない。
 だが、そのうしろには、かつて自分を助けようとして傷を負った母鳥がいました。その声を聞いた一羽は、ついに振り返って助けに行ってしまいます。これで、群れは光の先導を失って次々に落下。みな海の光になってしまう・・・。このあまりにも悲しいラストは、この物語の中でも最も切ないものだったと思います。


・この作者ならではの陰鬱な絵柄はいまだ健在。
 そして、こうした暗く悲しいストーリーを彩る、赤美さんの独特の絵柄も健在です。かつての「妖幻の血」で見せた、暗く陰鬱でしかし耽美的な絵柄は、長いブランクの後も健在でほっと安心しました。
 赤美さんの絵は、絵柄的には冬目景や沙村広明の影響を強く受けたものとなっていますが、それよりもさらに濃く暗い感じのする絵となっていて、その陰鬱な世界観・ストーリーを強く反映しています。この絵が今になっても見られるというのは、本当にありがたい。

 特に、2005年に描かれた第5話は、かつての「妖幻の血」の絵柄がまだ残っているようで、ちょっと懐かしさも感じてしまいました。物語の主役だったキカイ少女にも、かつての連載のキャラクターの面影をちょっと感じてしまい、まさにこの作者ならではの作品だと思ってしまいました。
 その後、2009年に連載を再開した直後の絵柄は、やや雑に感じられるところも散見され、やはり復帰直後はまだ慣れていないのかなと感じるところもありました。しかし、その後じきに絵は回復したようで、再びかつてにほど近いビジュアルを堪能することができるようになっています。

 また、赤美さんの絵は、人間の暗さ・醜さ・弱さをよく映し出す陰鬱な絵であると同時に、キャラクターのかわいさ・かっこよさを描く魅力にも長けていると思います。「妖幻の血」でもキャラクター人気は非常に高いものがありましたし、今回の連載でも、あかりやの店主の男やキカイ少女には、非常な魅力を感じますね。


・完成度の高い赤美さん久々の新作。「妖幻の血」の再開も待ち遠しい。
 以上のように、この「あかりや」、人間や人外のものの性を描く暗く悲しいストーリーは、まさに「妖幻の血」譲りの赤美さんならではの物語で、そのホラーテイストの人間ドラマは健在で、これはまさに赤美さんの作品だと思ってしまいました。絵柄もかつてとほとんど変わっておらず、こちらでもその健在ぶりに安心してしまいました。かつて「妖幻の血」連載時代末期には、体調不良からかかなり絵が苦しそうなところもあったので、今こうして復活出来たのは何よりも僥倖でしょう。

 それにしても、スクエニを離れてしまった赤美さんが、朝日新聞出版の「ネムキ」で復活したというのは、またひどく意外だとも思いました。ただ、この「ネムキ」、元々は「眠れぬ夜の奇妙な話」という誌名で、大人向けのホラー作品をずっと手がけてきました。元々、ガンガンでの連載は誌面の中でもひどく異色の存在でしたし、こうした雑誌の方が赤美さんにはふさわしいといえばその通りかもしれません。わたしとしては、あえてガンガンで毛色の違った個性的な作品を連載することにも意義があったと思いますし、出来ればスクエニの雑誌で復帰してほしかった。しかし、かつての連載が立ち消えになってから長すぎる時間が経過し、もう赤美さんが商業誌に再登場することはないと思っていただけに、ここはどこでも復活できただけでもありがたいとするべきでしょう。

 そして、「ネムキ」での連載が数年続いたのちの2012年になって、ついにあの「妖幻の血」が復活するという告知がなされました。2004年に最後に掲載されてから、すでに7年以上が過ぎた時点でのまさかの復活告知。これがもし本当だとすると、これ以上うれしいことはありません。「あかりや」での作風の健在ぶりを見ると、純粋に期待が高まりますね。今のところまだ具体的にどこで再開するのか、そのあたりからして不明ですが、ここは前向きに再開を待っていようと考えています。


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