<東方儚月抄 〜 Silent Sinner in Blue>(後編)

2008・9・30

*前編はこちらです。

・ストーリーが薄味に感じる反面、キャラクターの言動に面白さを感じる。
 このように、少々設定的に説明不足な一面があると同時に、肝心のストーリーについても、はっきりとした骨太な流れというものに乏しく、ある一定の方向性(月からの異変に対抗する各キャラクターの行動)こそ感じられるものの、それ以上の激しい動きがなく、やや薄味に感じるものとなっています。テンポよく進む展開とか、あっと驚く急展開とか、驚きの謎解きとか、そういった点はあまり見られません。むしろ、各キャラクターたちが実にのんびりと構えて、それぞれが思い思いに行動している印象があります。

 ある意味では、ゆったりまったりとした雰囲気を楽しむマンガと言えるようなところすらありますし、あるいはこれは原作にも言えることかもしれません。幻想郷という世間とは隔絶した空間の中で、異変の兆候を感じながらも、それでも住人の誰もが焦るようなこともなく、ゆったりと流れる時間と、そこに舞い込んだ面白そうな出来事を楽しんでいる。こういう要素は、原作にも多分に感じられるものだと思いますし、むしろそういった雰囲気を楽しむ系統のマンガなのかもしれません。(このサイトで言うところの「ゆる萌え」的なマンガですね。)

 そして、そんな幻想郷に暮らすキャラクターたちの言動には、中々に面白いものも感じます。原作でも、キャラクターたちの会話の応酬に、なにか独特のひねった物言いが幾度も見られますが、これが原作者ZUNならではの持ち味なのでしょう。いかにもウィットに富んだセリフ回しにも、あるいは単なる言葉遊びのようにも思えますし、中には風流さ(?)を感じさせるような言い回しも多く見られます。

 さらには、人間世界の物事を、幻想郷風に解釈して行動を起こすさまも面白い。その中には、日本神話を元ネタにした設定・展開も多数見られます。その中でも、物語の中心となるのが、月へ行くためにロケットを製造するくだりで、ロケットを作るために三段の筒を持ってきてひもでくくり、そこに住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)の力を借りて推進力とするという、はたから見ていると非常に滑稽に見える行動で、見事に月に行ってしまうくだりは、この「東方」の世界観の何たるかをよく表していると思います。


・秋★枝さんの絵は確かに良いものがあるのですが・・・。
 そしてもうひとつ、作画担当の秋★枝さんの絵も、そのようなまったりした雰囲気をより強めているように思えます。この方の絵は、非常に感じのいい絵柄で、一般的な萌え絵のようなすっきりした線ではないものの、その独特のほんわかした角の張らない作画は、誰もが親しみを感じるものがあります。これは、この「東方」のようなマニア向けの作品だけでなく、作者のサイトにあるような現代的な物語、最近では作者のもうひとつの連載である「純真ミラクル100%」にも言えていることで、実はかなり幅広く一般読者にも受け入れられるであろう力があると思います。

 ただ、この「東方」原作のマンガの場合、作品のゆったりした雰囲気はよく表してはいるものの、それ以上に原作の再現という点でやや印象が薄いように感じられます。原作の作画もかなり特徴的なものがあり、こちらはこちらでその独特の雰囲気があるのですが、最近のこのゲームのファンの二次創作を見ると、それとは異なる一般的な萌え絵に近いものが多く見られます。これは、同じく同人からの人気作である「ひぐらしのなく頃に」の作画が、元々の原作から離れたものが主流となっているのと同じ現象なのですが、そちらの方を再現すると言う点では、この作画だと少々弱いところがあるように思えます。

 もちろん、秋★枝さんも、元はこの「東方」の同人で著名だった作家で、原作者にもある程度認められているようで、これはこれで「東方」のひとつの形ではあると思います。ただ、それが最大公約数的に多くの読者に受け入れられるかは、少々微妙なところでしょう。

 加えて、特に最初の頃に、作画レベルとして若干微妙なところがあり、一見してやや雑に感じられる部分が多く感じるのも、原作付きのコミックのとっかかりとしては少々マイナスかもしれません。これがオリジナルの作品ならば、純粋に独特の味わいを楽しめるのですが、これが原作付きの作品の場合、まず「いかに原作を高い完成度の絵で再現するか」という点で見てしまうので、若干ながら読み始めの段階で物足りなさを感じる人もいると思います。


・音楽CDの付属は悪い企画ではないが・・・。
 それともうひとつ、このマンガのコミックスにおいて、音楽CDが付属しているのですが、これもこのマンガの方向性について色々考えさせるところがあります。

 前編でも書いたとおり、原作ゲームも音楽には定評があるのですが、そのためかこの「東方」関連の書籍には、その多くに付録として新規曲を採用した音楽CDが付属しています。この「儚月抄」も例外ではないのですが、これが果たしていい効果を生んでいるのか、少々疑問なのです。

 実は、このCDを付属するという企画は、原作者ZUNさんの意向でもあるらしいのですが、これもあくまでゲームの音楽を知っている原作ファンのための企画でしょう。この「儚月抄」も、内容的にもファン向けの要素が強い上に、さらにこのような原作ファン向けとも思えるCDが付いて、コミックスの価格も上がっていることで、さらにファン以外がとっつきにくくなっているような気がするのです。

 CDが付いてコミックスの価格は1000円と、かなり低目の価格に抑えられており、そのような出版社側の努力は評価できますが、それでも初見の読者には1000円を出すことはかなり抵抗があるはずです。これが、他の関連書籍、例えば設定資料集やファンブックならば分かります。元からファン向けの書籍ですからね。しかし、この「儚月抄」は、いくら内容的にファン向けの要素が強いとは言っても、普通の雑誌に毎月連載されている作品ですし、さらには「『東方』初の本格コミック」という触れ込みもあり、この作品で「東方」に初めて触れる読者も当然ながらいるはずです。そういう読者のために、せめてこのコミックスについては、普通の価格で発売してほしかったところです。音楽CDは、それこそ応募者全員サービスで配布すれば良かったのではないでしょうか。


・今ひとつファン向けの印象の薄い作品にとどまっているところが残念。
 以上のように、この「東方儚月抄」、設定的に原作経験者でないと分かりにくいところがあり、ストーリーもゆるい雰囲気で薄味に思えるところがあって印象が薄く(わたしはこのまったりした雰囲気は好みですが)、原作ファン以外まで引き付けるにはやや力が乏しい作品になっていると思います。これを単体のマンガとしてみるならば、決して悪いものではないと思いますが、純粋に「原作付きコミック」として考えるならば、少々物足りないところを感じるのも事実でしょう。

 これは、同じく同人からの人気ゲーム「ひぐらしのなく頃に」のコミック化作品と比べても、大きく印象が異なっており、ちょうど正反対の方向性を辿っているようにも思えます。「ひぐらしのなく頃に」が、優れた出来栄えだったコミック化作品によって、一気にファン層を拡大したのに対し、この「東方儚月抄」の場合、あくまでファン向けにとどまってしまった印象です。このふたつの間には、あらゆる点で大いに相違点があります。

 まず、「ひぐらし」のコミック化ですが、明確で迫力のあるストーリー展開や、ホラーやミステリー、日常のコメディシーンなどの娯楽要素がよく活きていて、多くの読者を引き付けるに十分でした。設定面においても、原作未経験の読者にも特に戸惑うことなく、作品に素直に入り込むことが出来ました。加えて、絵柄の方面でも、各作画担当者が安定したレベルの作画をこなし、かつ万人向けとも思える優れたビジュアルを確立しており、こちらでもまったく遜色ありませんでした。また、コミックスの価格は一般的なものでしたが、反面ボリュームが非常に多い巻が多数見られ、読者としては買い得に感じられる優れたコミックスだったと思います。総じて、分かりやすい完成度の高さと価格以上の分量が楽しめる、優れたコミック化作品に仕上がっていました。

 一方で、この「東方儚月抄」の場合、まず原作未経験者には設定面でつまづくところがあり、ストーリーも薄味の雰囲気重視で読者を強く惹きつける訴求力に乏しく、加えて作画面でも同じように今ひとつ印象に乏しいところがあります。コミックスも、付属のCDがついているために高めの価格になってしまっており、初見の読者には購入に抵抗を感じるものになっていると思えます。これが「ひぐらし」のコミックスだと、そのような企画はすべて応募者全員サービスになっているので、まったく問題ないのですが・・・。

 このように、原作付きのコミックとしては、新規の読者を獲得するには少々弱く、ファン層の拡大にはあまり繋がっていないように感じられます。その点はかなり物足りない部分ではあるのですが、しかし、このマンガも、一個の独立した作品として見れば、決して悪いものではないと思います。作品の持つゆったりとした雰囲気と時間の流れ、キャラクターたちの独特の価値観を持つ言動は、ストーリーを追い求めるタイプの作品としてではなく、そこからじっくりと何かを感じる読み方をすれば、これはこれで十分に楽しめるものだと思います。それが、「東方Project」という原作を持つ作品として、今ひとつファン向けの印象の薄い作品にとどまっているように思えるのが、少々残念なところです。


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